第21話「賊軍への引導」

 その後、彼は外で暇をつぶし……もとい情報収集活動をしていたホプリ、パレートと合流した。

「ご苦労であった」

 仮面卿の報告を聞いたホプリは、ただそう言った。

「中央の貴族どもは、どうも腰が重くていけませんね。白雲はこれほどまでに専横を極めているというのに」

「……仮面卿よ」

 ホプリは静かに続ける。

「やりすぎではないか」

「やりすぎ?」

 ホプリはうなずく。

「白雲の軍事行動を吊るし上げて論難するのは、なんというかこう、狂言じみていないか」

 要するに、マッチポンプ、自作自演というものである。

「確かに山賊団やアルウィンと、白雲は交戦したが、それは我らがけしかけたためだ。クロトの初陣も、我らは関与しておらぬが、あれは純粋な防衛戦。大河邦の変事も、クロトは乞われて参加しただけだ」

「ホプリ殿」

 仮面卿もまた、静かに返す。表情がどうなっているかは、仮面に隠れて分からない。

「聖人君子は勝者になれません。人面獣心、謀略をいとわない者こそが、最後にこの大地に立っていられるのです」

「いや、しかし」

 ホプリは困惑顔。

「人間の本性が善か悪か……その答えを私は知りませんが、しかし、たいていの人間は善の側面も、悪の部分も持ち合わせています。善に善をもって打ち破ることはできても、悪は悪をもって対処しなければなりません」

「だが、あまりにも悪が過ぎれば、運命が我々を淘汰するのではないか。人間は善でもあるのだろう?」

「だからこそ、隠密裏に手を回しているのではありませんか。見えぬ悪は悪ではありません。表に出る悪辣さは最小限にする、これこそが真の賢者です」

「うむむ」

 ホプリは仮面卿ほど雄弁ではなかった。

「ホプリ様の悪いようにはいたしません。どうか信頼をなさってください。アルウィンの敗因を、お忘れではないでしょう?」

 ホプリは黙りこくったが、仮面卿と理想を一つにしているわけではない、そのことを実感した。


 ディビシティ山賊団は、徐々に統制が乱れている。

「今日も脱走兵か……」

 ベイナードはぽつりとひとりごちる。

 脱走というより、見限って無断脱退というほうが表現として的確だが、まあどちらも大差ないだろう。

 そして、ただ脱走するだけではない。山賊団の財産を無断拝借して、そのままどこかへ持ち去るのだ。

 日によっては指揮官級までそうしているのだから、ひどいの一言に尽きる。

 士気の低下。原因ははっきりしている。合戦に二度も負け、さすがの山賊団も経営に窮しているからだ。

 普通の国や領邦なら、それでもなんとか持ち直すことは、一応可能だろう。

 しかし山賊団は、国意識、領邦意識を持たない。兵士個々の武力は比較的高いが、統率というものからは、もとから遠い兵団である。愛国心も、ふるさとを守るという心も、もともと存在しない。

 愛国主義や愛郷主義が、思想的に正しいかどうかはともかく、通常の国軍や領邦軍は多かれ少なかれそのようなものに支えられている。

 しかし、何度も言うが、ディビシティ山賊団にはもとからそのようなものを期待できない。

 だから浮き足立つ。士気は簡単に低下する。

「治安部隊を増やせ。脱走は厳罰に処する」

「御意」

 望みは薄いと分かっていても、厳罰化に全てをかけるしかない。

 首領は命じると、頭を抱えた。


 そこを見逃さなかった男がいる。

「ディビシティ山賊団に、とどめを刺しましょう」

 白雲邦の評定で、クロトは言った。

「ほう」

「ミーナの調べによれば、山賊団はもはや、士気が下がりに下がり、まとめるのにも一苦労のありさまだそうです」

 言うと、ミーナは詳細を述べる。

「脱走兵や出奔する指揮官が日増しに増えています。しかも団内の金品をかっぱ……盗み取った上でですから、山賊団の資源も、少しずつではありますが目減りしていっています。いま戦いを挑めば、策を弄するまでもなく勝てると思います」

「しかし……勝ってどうする。財を接収するのか?」

 マリウスが問うと、クロトは答える。

「接収します。そしてその財貨を、正当な持ち主、つまり商人やら領邦やらに、対価と引き換えに返還します」

「持ち主に返すのか?」

 マリウスはその真意を問う。

「はい。ただ単に接収するだけだと、本来の所有者に恨まれます。彼らから見れば、領邦の金庫に金品をそのまま収めるのは、山賊団と大して変わらない無法に見えることでしょう」

「しかし、かといってそのまま全部返すのも問題がありますな」

 クシャナが言葉を継ぐ。

「無条件に返還したところで、所有者たちは一時ばかりの、表層的な感謝をするでしょう。しかしその『恩』はすぐさま忘れ去りましょうぞ。人とはそのようなものです」

「というわけで、手間賃を割り引いて返還するという線が最も妥当です」

「むう。しかしな……」

 マリウスは考え込む。

「実際、軍を動かすのには出費が生じます。手間賃は単なる業突く張りではなく、これを補填し、ひいてはこの白雲邦自身にも正当な報酬を割り振るべきものです」

「正当な報酬ときたか」

「それなら、所有者たちもどうにか納得することでしょう。それすら恨むような人間は、さすがに勘定に入り切りません」

 どこかで納得しなければならない。線引き。

「ああ、ちなみに大河と平原の援軍は断ります。手間賃の取り分が減りますからね」

 クロトはちらりと、大河邦出身のアイリーンを見る。彼女は視線に気づかなかったようだ。

 白雲邦になじんでいるのだろう。

「ふうむ。一理あるといえばあるな」

 マリウスはうなずいた。

「よし、ベイナードを討ち、財貨を奪還すべく出陣する!」

 諸将は「御意」と賛同した。

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