第20話「たまには」

 そのとき、仮面卿は何をしていたか。

 告げ口である。

「近頃の白雲邦。目に余るとは思いませんか」

 七人の王都付高位貴族を前にして、仮面卿は弁舌を振るう。

 ちなみに、このうちの一人「ティファンヌ侯爵」は仮面卿の正体を知っている。彼女は銀鏡公ライラと懇意のため、仮面卿が信頼して正体を明かし、他の貴族との面会を取り持ってくれるよう願ったのだ。

 そのティファンヌ以外は、若干警戒するようなまなざしで仮面卿を見る。

「……目に余る、とは?」

「端的に言えば、度重なる合戦です」

 仮面卿は、完全に場違いであるにもかかわらず、冷静に話を進める。

「ディビシティ山賊団、大河邦の変事、そして白虎邦。白雲は、この短期間で幾度も平穏をかき乱しております。特に山賊団に至っては、二度も事を構えています」

「気持ちはわかるが」

 貴族の一人が困惑顔で言う。

「確かに領地持ちの地方貴族が増長するのはまずい。わしらはもっと、王都が強力な指導力をもって地方貴族の手綱を握るべきと、常日頃から思っているし訴えている」

 中央集権。仮面卿が指名してこの場に集めた貴族の全員が、その概念を普段から強く主張している。

 しかし。

「だが、白雲邦はおおむね防衛のための戦をしたのではないかね。さすがにこれをもって白雲伯マリウスをとがめるのは」

「大河邦の変事は、不干渉の道があったにもかかわらず、クロトを中心として自分から首を突っ込んでおります」

「近所の領邦なのだから、白雲としても統治機構の壊乱は困るのではないかな」

「白虎邦のクシャナ。白雲邦はアルウィンを撃破した後、どさくさに紛れて彼女を引き抜いております」

「だが……クシャナは国法上『遺臣』ではないからのう。その処遇にどうこう口を挟むのは、逆にわしらを危うくする」

「そこまで含めて、クロトの策略でした」

「それはわしも聞いている。だがそれも防衛の一環」

 すると仮面卿は、バンと机を叩いた。

「防衛、防衛と、この肝心な時に尻込みして、本当にあなたがたは誇りある貴族なのか!」

 場を制する怒鳴り声が、部屋に響き渡る。


 白雲邦はいくつも会戦をしている!

 他所の領邦の政治に首を突っ込む!

 さらには隣国の有力な家臣を引き抜いて「横領」!

 極めつけには近隣の大河、平原と軍事同盟を形成する!

 ここまで亡国の動きを許しておいて、まだ何もしないとおっしゃるか!

 台頭する地方領邦は、いずれ必ず反逆を志向する。それはまさにあなたがたが、日頃より警鐘を鳴らし続けてきたのではないのですか!

 防衛?

 歴史の中ではたびたび、防衛の名のもとに不正不義の攻撃が行われてきたことを、あなたがたは知らないとおっしゃるのか!

 白雲の謀略による拡張政策も、防衛の名を借りた会戦も、すべてこの国の危機を示している。

 歴史が!

 何よりも歴史が!

 その危うさを、国難の予兆を、これほどまでにはっきりと示しているのではないのですか!


 しかし、この長広舌に、中央の有力貴族たちはあまり賛同しなかった。

「青いな。まったくもって青いな」

「冷静になりなされ、仮面卿よ。白雲の謀略は、いずれも必要やむを得ぬものであるし、会戦は防衛の『名を借りた』のではなくて、真に防衛のためだ。それに領邦同盟も、別段悪いこととはされておらぬ。不当な理由で地方を締め上げては、逆にそれこそ亡国を招きかねんのだよ」

 領邦の同盟は、このタートベッシュ王国では特に禁じられていない。むしろ結束を促進するものとして認められている。仮面卿のように地方領の同盟を危険視するのは、この世界では少数派だった。中央集権派の貴族ですら、この切り口には深入りできないほどに。

 ともあれ、不評に次ぐ不評。なぜか?

 仮面卿だからだ。

 ここは白雲から遠く離れた王都であるため、白雲邦近辺ほど、仮面卿が数度の「会戦」にかかわったことは知れ渡っていない。

 しかしそれでも、真偽不明の風聞としてではあるが、仮面の男が関わったかもしれない、という趣旨のことは王都にも聞こえている。

 もしその風聞が本当なら、会戦やら謀略やらは、大半が仮面卿を根本的な原因としていることになる。

 そのような人物の言うことを、誰が信じようか。

 ここに集まった中央集権派の貴族たちは、決して日和見主義でも私利私欲ばかりでもなく、かといって中央に対して無私の忠臣、または正義の政客であるわけでもない。

 しかし、そのような事情とは無関係に、彼らにとって仮面卿は怪しすぎるし、その主張は強引すぎるのだ。むしろ仮面卿こそが亡国の逆賊、とまで思われても仕方がない。そしてそれは、忠誠心からでも逆賊捕縛による利益からでもなく、色眼鏡を排して観た結果からの、きわめて素直な判断であった。

「貴殿の熱い心は分かった。だがもう少し、わしらに考えさせてくれぬか」

 無力感。

 仮面卿は深く息をついた。

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