第19話「収穫」
しかし、事態は想像以上だった。
「銀鏡公からの言伝です。カルナス様は武者修行の旅に出ており、不在でございまする」
取次ぎの言葉に、ミーナは一瞬だが顔色を変えた。
「えっ……」
「詳しくは申せませぬが、かなり長い旅となる目算でございまする。面目ございませぬ」
「行き先などは……」
「今どこにおられるか、分かりませぬ。全国各地を流浪しておりますゆえ」
「むむむ」
「遠路いらしてくださり感謝いたしますが、カルナス様はお出迎えできる状況ではありませぬ。大変面目ない次第です」
「そうですか……」
ミーナは肩を落としたが、しかしこう考え直した。
もしカルナスが仮面卿の正体なら……もっと深く調べなきゃ。
もっとも、ここで取次ぎに食い下がっても、彼は何も言うまい。隠密術と人脈の限りを使って、からめ手から情報を集める。
「そうですか。いつか戻られたら、よろしくお伝えください」
「承知仕りました。帰路もお元気で」
主君の予感は、当たっているかもしれない。
ミーナは、最近デミアンやアイリーンに奪われがちな存在感を回復するため、城下町への潜入を決意した。
ところが、進捗は芳しくない。
当たり前である。カルナスが仮面卿だったとしても、彼がわざわざ公衆の面前で仮面をつけ「私はカルナスです」などと喧伝するはずがない。
つまり、民衆の中に、カルナスが仮面卿であるか否か知る者など、いるはずがない。
ならばせめて、カルナスがどこかへ行ったことについて、何か聞いた者はいないか。
「酒場とか集会所とかに行って、そのあたり探ってきてね」
ミーナは配下の荒くれ風間者たちに命令する。
「御意。失礼仕る」
「よろしく」
さすがに十六の女子が酒場に行くと、目立つ。
危険というわけではない。危険を避けるすべも、荒事の技も彼女は身につけている。
しかしだからといって、ミーナのような若い女性がわざわざ酒場に行って、この辺りのものではないなまりで話し、何かを探っていたとあっては、あまりに悪目立ちしすぎる。
とはいえ、彼女は彼女で、荒くれ男たちでは行けない場所を押さえるつもりだ。
――喫茶店とか、お上品すぎて私のガラじゃないけどね。
ミーナは、用意していた淑女風の装いに着替えるべく、あらかじめ拠点として準備していた小屋に入った。
数日後。それでも有益な情報は手に入らない。
「どうやら武者修行の旅に出たらしい、ということ以外、何も民衆は知らないようです。これですら、取次ぎがすでに口にしたことですし……」
申し訳なさそうにミーナの部下は言った。
「うーん」
なお、ミーナの人脈から銀鏡邦内のお偉いさんに、間接的にあたってみたが、やはり結果は同じ。
「何も得られなかったってことね。カルナスの現在の居場所も?」
「聞ける限りの範囲では、誰も知らないようです」
「困ったなあ」
言って、しかしミーナはあることに気づく。
「いや待って。カルナスはとりあえず表向きには、武者修行の旅に出たんだよね?」
「どうもそのようです」
「だったら、居場所やら最近の動向やらなんかは、周りや民が知っていても、本来何も差し支えないはず」
「それもそうですな」
「なのに誰も知らない。知らないというか『知らない』と答える。おかしいと思わない?」
「そうですな。ここまで何も得られないのは、むしろおかしいことです」
「私の勘では、やっぱりカルナスがやっているのは武者修行の旅なんかじゃない。極秘裏に進めなければいけない何か。そう、例えば仮面卿として暗躍するとか」
「おお」
部下が感心する。
「つじつまが合いますな」
「何も得られないんなら、こういう推測が得られる。さっそくクロト様に報告しよ」
情報収集は全く功を奏しなかった。しかし皮肉にも「全く功を奏しなかった」からこそ、彼女たちは重要な手掛かりを得られた。銀鏡邦はいささか隠しすぎたのだ。秘匿の徹底は、銀鏡邦にとってはかえって悪手だった。
「うへへ」
――クロト様にほめてもらえる。アイリーンよりも!
ミーナは桃色の慰労を思い浮かべた。
クロトはミーナの推測を、半分は首肯した。
「少なくとも、仮面卿の正体がカルナス殿である見込みが強まったのは確かだ。だけど……」
「だけど?」
ミーナが聞き返すと、代わりにアイリーンが答えた。
「『カルナス殿が何かを秘密裏にしている』ことは疑い濃厚でも、それと仮面卿をつなげる確証はないのですわ」
デミアンも同調する。
「その通りだ。例えば、カルナスが独自に反仮面卿の活動を行っている可能性もある。そうだとすれば、カルナスはむしろ俺たちの味方だという公算もありうるな」
「うん、そうなんだ。だけど」
クロトは前言をひるがえすかのようなことを言う。
「これはやっぱり、カルナス殿が仮面卿として暗躍しているんじゃないかなあ」
「そうですよね!」
ミーナの表情が明るくなる。
「以前も言った通り、あの人が仮面卿の条件をことごとく満たすのは確かだ。それに、仮に『旅』の目的が仮面卿の打破であれば、仮面卿による被害を一番受けている僕たちにまで、事情を伏せる理由はない。民衆にまで明かす必要はないけど、僕たちに協力を持ち掛けないのは不自然ですらある」
「然り。やはりカルナス殿が限りなく怪しいとみるべきでございましょう」
クシャナがうなずく。
「これは収穫だよ。敵地かもしれない場所で、ミーナはよく頑張ったね。ゆっくり休むといい」
「フヒ、ウヘヘヘ、ウヘヘ」
彼女はせっかくの可憐さが台無しの、気持ち悪い表情をする。
アイリーンとクシャナは、恋敵がほめられたことに、若干不満げな表情だった。
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