第18話「心当たり」

 無事に口説き落とし……もとい引き抜きを成功させたクロトは、改めてクシャナを、自分の家臣と与力とデミアンに紹介する。

「デミアン以外は士官学校で面識があるはずだけど……こちら、新しく僕の配下に加わるクシャナ先……、クシャナです」

 言うと、かつて教員だった女武官は頭を下げる。

「クシャナです。今後ともよろしくお願いいたしまする」

 しかしアイリーンとミーナは浮かぬ顔。

「うぅ、美人さんがまた増えるとか……」

「なんだって、ミーナ?」

「なんでもないよう!」

 もごもご言ったミーナは、やけくそ気味に手をブンブンさせる。

「クシャナ殿、ご機嫌よう、アイリーンですわ。士官学校ではお世話になりました」

「ああ、アイリーン嬢ですな。ご無沙汰しておりました」

「ところでクシャナ殿」

 アイリーンはさりげなく、クロトににじり寄る。

「私は大河邦の将でありながら、『特別に』クロト様のおそばに侍ることを、大河侯様と白雲伯様より許された者ですわ」

「それは私も聞いておりまする」

 一瞬だが、クシャナの表情が険しくなった。

 それを意に介さず、アイリーンは続ける。

「つまり、私とクロト様は、単なる主従の絆以上のもので結ばれた関係ですわ。『その固い紐帯を尊重しつつ』、これからともにクロト様を盛り立ててまいりましょう」

 言って、アイリーンはさらにクロトに近寄る。

「……純粋な主従関係も、ときに大きな連係を生むものです。特に、家臣のほうからこの方にと、主を選んだ場合の主従というものは。……よろしくお願いいたしまする」

 クシャナも一歩も引かない。

 耐え切れず、クロトが口を開く。

「ええと、やたらヒリついた空気だね」

「ハハハ、クロト、人気者だな!」

「茶化すなよデミアン。というかこれ、僕が人気なのか?」

「お前がそう思うならそれでもいいや。ともかく……私とクシャナ殿は初対面だな。よろしくお願いします」

「ああ、どうぞよしなに」

 おまけのようにデミアンとクシャナがあいさつをした。

 かくして、優秀で少しだけヒリついた家臣団は、構成員を新たにしたことを確認した。


 その翌日、さっそくクロトは、ある議題を自分の家臣とデミアンに諮った。

 なお、デミアンはマリウス伯爵の直臣であり、本来クロトとは縦ではなく横の関係なのだが、なし崩し的にクロト一党の評議に参加している。

「さて、懸案は、最近の国難の頻発です」

 クロトは端的に述べた。

「国難というより、白雲邦の危機ですわね」

「あっちこっちから攻められているな。この頻度はちょっと不審だ」

「あ、私から一言。えっへん」

 唐突にミーナが手をブンブンした。

「なんだい、ミーナ」

「近頃の戦の大半には、仮面一味が関わっています!」

 したり顔で言ったが、格別周囲に驚く様子はない。

「それは僕ももう聞いているよ」

「問題はむしろ、仮面卿らの正体にあると見ますわ」

「私は仮面卿と直に顔を合わせましたが、正体は明かされぬままでござりました」

 などとクシャナたち。

 当然のように進む評議に、ミーナはふくれっ面。

「うぅうー!」

「ミーナの諜報をもってしても、仮面の下は分からないのかい?」

「申し訳ありません……ただ、どうやらかなり若いってことでした。それだけで……彼は何度か士官学校卒業生のエンブレムを見せびらかしてますけど、結局誰なのかは……」

 彼女はしゅんとする。

 しかしクロトは不意に思い出す。

「そういえば、仮面卿はかなり手強い。謀略も用兵もひとかどのものだ。つまり仮面卿は士官学校生のなかでも、ひときわ優秀だった人間ではないかな」

「首席とか?」

 ミーナがぽつりとつぶやくと。

「そうだ!」

 クロトは突然ガバッと身を乗り出す。

「そうだそうだ、首席のカルナス殿に、相談の使いを送るのはどうだろうか」

「カルナス殿ですか……」

 アイリーンの顔が曇る。

「僕たちは士官学校を卒業してから、アイリーン殿やミーナ以外の卒業生と接触をしていない。カルナス殿の近況をうかがうという名目で、ミーナ、銀鏡邦とその周辺を探ってきてくれないか」

「つまり、クロト様は仮面卿の正体を、カルナス殿と?」

 クシャナの問いに、しかしクロトはあいまいな答えを返す。

「いや、確信を持っているわけではありません。ただ一応、カルナス殿は条件には合致していますし、彼でなかったとしても、協力を取り付けられれば儲けものです」

「かくも仰せられると、仮面卿の声や背格好は、カルナス殿に似ていたような、いや、そうでもないような……」

 クシャナは頭を抱える。

「カルナス殿は、声も背格好もそこまで個性的というわけではないですからね。それだけでは分からないのも仕方がないです」

「面目ございませぬ」

「で」

 ミーナは話を戻す。

「カルナスにご機嫌うかがいをしつつ、身辺を調べつつ、シロだったら協力を取りつけよ、というご命令です?」

「うん。どうかお願いするよ」

「任せてください!」

 ミーナはニッと笑った。

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