40話 踏み出せない一歩

 長らく友人を見ていない。


 サミュエルは石の剣を片手に、村中を彷徨っていた。


 黄昏時、空は色づき、辺りは次第に暗くなっている。森にはすっかり陽が届かなくなっていることだろう。


 友人イアンは森林に行き慣れている。それを買われて『罠師』の任を与えられたのだろうが、だからと言って習慣を違えるような愚行は冒さない筈だ。


 闇に飲まれた森は恐ろしい。知覚至らぬ暗がりで、肉に飢えた獣が臥せっていないとも限らないのだ。ましてやその中を一人で、大した明かりなく歩き回るなど、森の恩恵に授かる者として、あってはならない選択である。


 村の中央付近に辿り着くと、そこには既に数人が集まっていた。


 ナビ子、クローイ、ルシンダ。「女性陣」もしくは「女子組」と称される彼女等は、平焼きパンを焼きながら駄弁に興じていた。


「でも村長さん、しっかりした人だよ。空から見ているみたいに、この村のことを把握してるし、ちゃんと私達のこと考えてるんだなぁって分かるし……」


「ポヤポヤしてるくせにね。でもっ、優柔不断は許せないわ!」


「わ、私は好きだよ、そういうとこ」


「わたくしは無理。イラッイラするわ。もっとスパッと決められないかしら」


 話題はどうやら、村の運営を取り仕切る長への評価のようだった。


 サミュエルとイアンは襲撃者である。村長を誘拐し、この村を破壊しようとした。そのような人物を、あの男は嫌な顔一つせず受け入れ、今やサミュエルに剣を持たせるようになった。


 それに対して思うところがない訳ではない。イアンこそすっかり懐いているが、サミュエルの方はというと、心を許しきれずにいた。


 理由は不明である。だがおそらくは、「お人好し」の裏、腹の内、それを未だに見極められていないからであろう。


 何もないのかもしれない。しかし、何かあるかもしれない。その二極で揺れ動いている。


 正規の入植者とは違うのだ。取り入るのが上手い、あの少年とも。


「あっ、サミュエル君。そろそろご飯できるよ」


 顔を上げた黒髪の女性が、にこりと笑む。『木工師』クローイ。この村における二番目の入植者だ。


 サミュエルは一つ頭を振って、改めて向き直る。


「……イアン、見てない?」


「イアン君? 見てないけど……」


 クローイの視線がルシンダ、ナビ子をなぞる。だがどれも、望む答えを持ってはいなかった。皆一様に首を振り、あるいは傾げる。


「見てないわよ。罠でも見に行ったんじゃない?」


「……この時間なら帰ってる」


 声色は自然と沈む。それに感化されたのか、クローイは眉尻を下げると、


「何かあったのかな……探しに行く?」


「そうね。……そういえば、村長もしばらく見てないわね」


「村長さんなら、さっきアランさんの畑仕事を見てたよ」


「飽きないわねぇ」


 呆れた表情を見せるルシンダ。その傍らではクローイとナビ子が苦い笑みを浮かべていた。


 アランはこの村における一人目の入植者だと聞く。それだけ『農民』としての働きを目にしているにも関わらず、あの男は仕事の見学に訪れるのだ。サミュエルにはそれが、ただただ奇怪に映った。


「じゃあわたくし、イアンの様子を見てくるわ。どうせ、いつもの森にいるのでしょう」


「わ、私も行くよ、ルシンダちゃん!」


「クローイは待ってなさいな」


「森なら、私だって経験あるもん」


 その時、背後から草を踏みしめる音が聞こえた。アランだった。畑仕事を終え、食事を探しているらしい。掛かる声に応じつつ、彼は視線を動かす。


「あいつらは? まだ帰ってないのか」


「あいつ、ら……?」


 繰り返すナビ子。その声には強い戸惑いが宿っている。サミュエルは全てを察した。


「村長とイアン。あいつら、川を見に行くとか言ってたけど……大丈夫なんかな」


「えっ、あ、アランさん、村長さんと一緒にいたんじゃ――」


 目を丸めるクローイに、アランは怪訝そうな顔を見せる。


「なんだよ、そんな顔して。村長となら、大分前に別れたよ。あー、イアンが何か呼びに来てたな。その後は知らねぇ」


 イアンは村長と共にいる。そして、長らく姿を見ていない。サミュエルは薄ら寒い思いだった。


 何かよからぬ事が起こっているのではないか。いや、もはや発生したと見て間違いないであろう。現に片割れの少年がいないのだから。


「二人は一緒にいる……」


「サミュエル君、何か知ってるんですか? 心当たりが……もし、少しでもあるなら、何でもいいです。言ってください!」


 ナビ子の視線が突き刺さる、相変わらず目敏い。村長の補佐を担うだけあって、村人の顔色には敏感なのだろう。


「……知らない。何も、知らない」


「知らないなら仕方ないわね」


 ルシンダが間に割って入る。介入に安堵する一方、サミュエルの胸は、水を含んだかのように重くなっていた。


 知らないなら仕方ない。その言葉は、サミュエルが正直者であることを前提に発せられている。偽言の可能性を排除して相手の肩を持つ、ありにも危険な行為だ。


 息が詰まる。サミュエルは嘘を吐いていた。

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