41話 あいつなら、やりかねない

「ルシンダさん、そんな……っ、緊急事態なんですよ!? そんな悠長に構えるなんて――」


「ちょっと席を外したくらいで。大げさなのよ。どこかで昼寝をしていたら寝過ごしたとか、そんな所じゃないの?」


 ナビ子とルシンダのせめぎ合いが一層激しさを増す。傍らの焚き火が弾け、野次を飛ばした。


「そんなこと――いや、あり得なくはないですけど! でも、だって明らかに何かあるじゃないですか、あの反応! サミュエル君、お願いします。何か、何か知っていることがあるなら……」


「わたくしはサミュエルを信じるわ。知らないなら知らないのでしょう。ナビ子、疑うのはしてくれる? 見ていて不快だわ」


 ルシンダとはこういう人だ。きっぱりと物事を言う。それはそれは清々しい程に。だが、いくらその人柄を理解していても、真正面から突き付けられる否定を、黙って受け入れることは出来なかったようだ。


 ナビ子の表情が強張り、ギギギと歯を剥く。


「それは私に対する戦線布告と見てよいのでしょうか」


「まあまあまあまあ、こんな所で争ってても仕方ねぇだろ。飯食って落ち着け、二人共」


 仲裁に入ったアランの手には平焼きパンとレッドベリーを磨り潰しただけのジャムもどき。近頃の食事において主食となっているセットだ。


 わだかまりが残っていてもなお食欲には抗えないようだ。心配そうに傍観していたクローイも、刃物のような言葉を向けたルシンダも、ころりと表情を変えて食事を開始した。


 手を付けられずにいるのはナビ子とサミュエル、たった二人きりだ。


「アンタら、ほんと馬鹿だな……」


 ポロリと言葉が零れる。様子を窺う目が、縋るような瞳が、サミュエルへと集められた。


「……僕とイアンは『プレイヤー』を攫う為にここに来た。イアンは賢い奴だ。多分……僕を見限って、一人で実行に移そうとしたんだと、思う」


「嘘……だってNPCは村長に忠実な筈……」


 ナビ子は絶句する。その一方、ルシンダはどこか得意げに口角を持ち上げて、


「それが貴方の予想なのね、サミュエル」


「確信に近いよ、おばさん」


「その潰れた目、無理矢理開いてあげましょうか」


「イアンが実行に移すとしたら、どのタイミングか。予想できるタイミングは三つあった。一つ目に、僕達が元襲撃者であると知らない村人が増えた頃。二つ目に、すぐ。警戒が解けた頃、半ば強行の状態で。三つ目に、試用期間が終わったら――万が一失敗しても、せめて村の中に禍根が残るよう。きっとアイツなら、それも選択肢に入れていた筈だ」


 試用期間が設けられているかどうか、それはそもそも仮定に過ぎなかった。だが、どれにせよ、長く村に留まれば留まる程、村人との交流は深まる。


 仮に計画が露見して追放されたとしても、「仲のよかった村人」が何らかのアクションを起こすことを期待していたのだろう。もしくは村長やその同調者への反感を煽る。そうして、村の発展を阻害する。


 あっけらかんとしているようで案外ねちっこいイアンなら、思い至っても不思議はない。


「今実行に移したということは、多分……イアンの中で予想外の出来事が起こったんだと思う。誰かに腹の内を暴かれたとか、強行したくなる程この村に嫌気が差した、とか」


「おいおい、ちょっと待て」


 アランが口を挟む。


「村長が失踪? その犯人をイアンって決め付けてるけど、まだそうと決まった訳じゃないだろ。アイツがドジして迷子って可能性も――」


「イアンは迷子にならない。それに、僕達の慣習に従って、あの人を一人で村に帰すこともしない。森は危ない所だから。……あいつなら、やりかねない」


 そう語るサミュエルであったが、その口調に戸惑いが残るのも確かだ。確信に近い、そう口にしていても未だ決定打に欠けるのか、信じたくないのか。サミュエルもまた葛藤の最中にいた。


「仮にその……イアンくんが村長を連れて行ったとしたら、どこに向かうのかな」


「国。僕達の国だ。『プレイヤー』を献上する為に、きっとあそこに向かう」


「ぷれいやあ?」


 クローイは首を傾げる。それが誰を示しているのか、ピンと来ていないのだろう。


「村長のこと。僕達はそう呼んでいる」


「変なネーミングね。何をする人なのかしら。村の運営?」


「さあね」


「ま、どうでもいいわ。――ナビ子、貴女、村長の秘書なんでしょう? アレの居場所、分かったりしないの?」


 呼び掛けられたナビ子は、ハとした様子で考え込む。まさかいくら村長の秘書とは言え、そこまで有能でもあるまい。


 どうイアンを追跡すべきか。国を訪ねるのが早いか。サミュエルの思考が推移しつつあったその時、ナビ子が神妙と、しかしどこか安堵したような表情を作った。


「――この近くには、いません」


 その言葉に大した驚きも見せず、ルシンダは「ふーん」と腕を組む。


「誘拐なら、向こうから接触があるでしょう。……いや、向こうの目的が分からない以上、そうとも限らないわね」


「『プレイヤー』を捕らえろ、そういう命令で僕達は動いていたから、身代金の要求だとかは望めないよ。盗まれて終わり」


「そう、なら尚更ね。待つのも焦れったいし、わたくしは迎えに行こうと思っているのだけど、皆はどうする?」


 ルシンダの瞳がクローイ、アラン、サミュエル、ナビ子を順に映す。どの目も答えは決まっているようだ。しかし――。


「無理だと思う」


 それがサミュエルの答えだった。


「助けたい、その気持ちは分かる。でも現実的じゃない。国は大きい。強い兵も沢山いる。それに僕は……あまりあそこの地理に詳しくない。裏道なんて殆ど知らないし、その人が幽閉されてそうな場所だって、全く心当たりがない。領土に入ったら最後、連れ戻すのは難しいと思う」


 サミュエルの国にして、「一一七番植民地」と呼ばれる場所は、この村とは比較にならない程発展している。上水道・下水道は整い、食糧事情も安定している。強固たる城壁を築き、今や籠城を計っている。外に幾つもの爆弾を残して。


「だとしても」


 誰かがそう呟く。無謀だとしても村長を助けたい。この村を発展させたい。だが、だとしても、その願いが叶えられるとは言い難い。


 もはや手詰まりである。この村において、まともに戦えるのはサミュエルしかいない。今用意できる最上級の装備を身に着けても、数百の軍勢を前にしては蟻も同然であろう。諦めるしかないのだ。


 視線が落ちる。それを掬い上げるように、ナビ子は凛然と策を提示した。


「救援を、要請しましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る