20話 ヒマワリの花は朗々と

「ありがとうございます、助けて頂いて……」


 事が収束を迎えようとした頃、俺はようやく頭を下げた。


 小屋の中ではナビ子の治療が行われている。肩に受けた傷は深いらしく、今は安静にしている。医療の心得を持つ来訪者の一人と女子組が、その傍に付いていた。


 俺が礼を言うと、その人はニッと笑う。救援者の一人――歯抜けの笑みは、太陽のように眩しかった。


「お礼なら、アンタの所のナビ子ちゃんに言うんだね」


「ナビ子に?」


「あの子が救援要請を送ってくれなけりゃ、こんな早く到着することはなかった。早くて半日後、遅くて一日後、アタシ等の隊は無人になった村を通り過ぎるだけだったろうね」


 いつの間に救援要請なんて。ぽかんとする俺の視界に、突然塊が割り込んできた。


 尻から火を噴き、さながらUFOのように宙を漂う。


 カメのようだ。俺の肩に降り立った甲羅から、頭と四肢が伸びる。初めて見る生き物だ。少なくとも、尻から火を噴くカメなど見たことがない。


「うちの村のナビ子が、この前飛ばしただろう。あの旨くなさそうな鳥さ。あれみたいなやつなんだって」


 余所のナビ子と鳥、それで思い出すのは、鉄板を貼り巡らせた鳥だった。連絡機『伝書バードVer.メカニカル』。先日この村を訪れたキャラバンに従う、A型ナビ子の所有物である。


 うちのナビ子も似たような物を持っていたのか。それに驚くと同時に、俺は察した。


「あなた、マルケン巡査部長さんの所の……」


「ああ、まだ名乗っていなかったね。お察しの通り、マルケン村の住民さ。アマンダという。こう見えて、戦闘部隊一番隊隊長を任されている。ところで、あの者達のことなんだが――」


 アマンダと名乗る女性が新たに話題を振ろうとしたその時、小屋の中が騒がしくなった。制止の声が多く聞こえる。ナビ子が無理を承知で起き上がろうとしているようだ。


 慌ただしさはアマンダにも伝わっていたらしい。彼女は苦笑の後、


「まあ、これは追々。とりあえず近くに行ってあげよう。どうもあの子は、アンタの傍にいないと不安みたいだから」


「それはないと思いますけど……」


 女性の軽口を追って、俺は小屋の中に入る。


 小屋の中では、貧相な《ワラ敷きベッド》の上にナビ子が横たわっていた。肩には薄灰色の包帯――止血も万全ではないのか、若々しい椿が咲き誇っている。


 ナビ子はこちらに気付くなり目を丸め、身体を起こそうとした。


「村長さ……っ」


「駄目です、ナビ子さん!」


 クローイがそっと、その腕を押す。ナビ子は躊躇っていたが、俺が頷いて寝ているよう促すと、申し訳なさそうに身体を戻した。


「申し訳ございません。このような醜態を……」


「こちらこそ。助かった――って言うのはちょっと変かもしれないけど、ありがとうございます、助けに来てくれて。応援も、頼んでくれて」


「いいえ。『ナビ子』として、この村の住民として、当然のことをしたまでです」


 そう微笑むナビ子は、どこか幸せそうに見えた。命を賭して村や住民を守ることこそ『ナビ子』の使命、そう言わんばかりの表情だ。


 胸が締め付けられる思いだった。俺が負う筈の傷を彼女が負った。それによって彼女は、今や死の危機に晒されている。大げさかもしれないが、傍観者の俺にとっては、それ程の鬼気迫るように見えた。


「ところで村長さん、アランさんは今どこに?」


「さっき捕まえた人達の所ですよ。マルケンさん派遣隊の一人と一緒に監視してます。怪我はないようです」


「そうですか。……村長さん」


 ふと、ナビ子の声色が変わる。硬く無機質な音。説明モードのナビ子、そうこっそりと名付けたそれが、突如として降臨した。


「捕虜を得た際、村長さんには三つの選択肢があります。一つ目に元の場所に帰すこと。二つ目に殺害すること。三つ目に、我が村の住民とすること、です」


「じゅ、住民に?」


 それは想定していなかった選択肢だ。てっきり俺は、襲撃者はナビ子によって提出されるものだとばかり思い込んでいた。違反の報告、そして処罰の為に運営へ。


 俺にも選択の余地がある。安堵すると共に身が引き締まる思いだった。


 そのような俺の心情を読んだのか、ナビ子は柔らかく微笑んで、


「一部の敵対NPC以外は、基本友好的なのです。それを悪意に変えたのは、その人が属する長――つまり『プレイヤー』です。どれだけ無茶難題を与えられても、『プレイヤーを害さない』という理念設定は揺るがない。だから彼等は悪くない、許される余地があります」


「けれどね、ナビ子さん」


 ナビ子の容態を見ていてくれた女性、黒髪の彼女が口を開く。


「管理役である貴方の意見がそうであったとしても、彼等の罪は決して許されるものではないと、私は思う。だって私達は意志を持っている。考える力がある。村長の命令に逆らうことも可能なの。だけど彼等は、それをしなかった。彼等は同罪。断罪すべき対象よ」


 同意を示すかのように、アマンダも頷く。だがその横顔は、どこか複雑そうだった。


 マルケン巡査部長とその村の住民は、俺よりもずっと多くの経験を積んでいる。だからこそ分かる事柄もあるのだろう。


 ナビ子の公平とルールにのっとった機械的な論とは、違った重みを孕む。情が、どうしようもない人間然とした感情が、確かにそこにはあった。

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