19話 みんな丸太は持ったな!
初心者狩り。真っ先に浮かんだのは、その言葉である。ゲーム開始直後の初心者を圧倒的装備品質やプレイ技術、もしくはその両方を以って叩き潰す行為――俺の村に明らかな敵意を見せる二人は、そうと断定せざるを得なかった。
俺は走る。だが間に合う筈もなく、火矢は襲撃者の手から離れた。惚れ惚れする程の弧を描き、小屋の傍へ着弾する。
幸いにも朝露が残っていたのか、延焼は緩やかだった。それどころか無に等しい。しかし安堵も束の間、刺客はさらなる追撃を加えようとする。
俺は雄叫びと共に、弓を持つ鎧へタックルをした。
「うっ!?」
ぐらりと、その人が揺れる。しかし俺程度の足腰で倒すことは叶わず、もう一人の仲間によって引き剥がされる。
「邪魔しないでよ、も~」
放り出され、尻餅をつく。そんな俺を嘲笑うかのように、改めて次の火矢が
次こそは小屋に当たる。そうすれば、全ての努力が灰となる。ここ数日の努力を、村人皆の働きを無に還したくない。その一心でくすんだ手甲にしがみ付いた。
「……しつこいな」
くいと、弓を持ったそれが顎を動かす。すると片方が、再度俺を掴んで引き摺り倒した。
「へへ、悪く思わないでよね」
腕程もある剣が振り下ろされる。肩口から胸を通過し、脇腹へ。その動線が、やけにはっきりと感じられた。
「……は?」
剣を持った鎧が、怪訝そうにこちらを見降ろす。そしてもう一度、同じ道を通るように得物を振った。
熱はなく、痛みもなく、ただただ冷たい。
「あ、これプレイヤーだ」
「運がいいな」
襲撃者の言葉は少なかった。万一に備え、情報は洩らさないというスタンスなのだろう。黙々と俺の四肢を捕らえようとするものだから、かなり不気味だ。
抵抗を続けていると、鎧の向こうから走って来る姿が見えた。アランとナビ子――片やクワを、片や丸太を携えて、猛々しくも接近する。
襲撃と俺のミスに気付いたのだろう。ありがたい、そう思うと同時にヒヤリとしたものだ。距離を詰める仲間から意識を逸らすべく、俺も抵抗を続けたが、
「おい」
「ああ」
弓矢を持っていた男がくるりと身を翻し、ナイフを抜き放つ。一瞬の躊躇いを見せるアランの一方、ナビ子は背丈以上もある丸太を鎧に向けて凪いだ。
目の前を丸太が通過する経験は、おそらく殆どの人がしたことないだろう。端的に言うとチビる。ナビ子は敵に回すべきではない。俺は裏写りする程強く心に刻んだ。
「あなた方の所属する一一七番植民地と管理者の処罰を、運営に求めます。入植十日以内の拠点への侵攻。そして先程のやり取りから、常習性があると判断しました。よって十分処罰の対象に成り得ます」
「報告するならすればいい」
丸太を避け、襲撃者の一人は地面を蹴る。鎧を着込んでいるとは思えない程の身軽さでナビ子に接近すると、
「国になんて帰れないだろうがな」
ヒュとナイフを突き出した。丸太を持つナビ子は平生よりもずっと鈍い。息を飲む間もない。無防備なその肩へ、白銀の刃が吸い込まれた。
「ナビ子!」
アランが攻撃を開始する。しかし相手は歴戦の戦士。『農民』のアランでは起死回生の一手とはならず、早々にさばかれ鎮圧された。
腕を捻り上げられ、アランは呻く。それをいとも容易く地面へ押し付けたナイフの人は鉄仮面を上げた。
「これだけか?」
「ぽいね。人影なし。あーあ、可哀想に」
プレイヤーである俺に刃が通じなくても、このゲーム世界に誕生し、生を重ねて来たアランやナビ子――ナビ子は住民とし難い点があるが――は当然傷付く。多分、死にもするだろう。
いや、仮に生きていたとしても、このまま捕縛されて売買に掛けられるような事態になるならば一層のこと――。
「さっさと終わらせる。ロープ」
「はいはい」
斜め掛けのバッグから縄が引き摺り出される。少なくとも指の太さはある。手製なのか、節々に繊維が飛び出ていた。
「へへ、じっとしててね」
ぐいと手足を縛られる。食い込む縄が、まるでヤスリのように感じられた。向こうではアランが今まさに拘束されようとしている。悪態を吐く大の大人に構う様子なく、小柄な鎧は一層きつくロープを引き上げる。
「ねー、それ、どうする?」
俺の傍にいる男が口を開く。それ、とは確認するまでもなくナビ子のことである。ただ一人、捕縛を逃れているナビ子は、肘を立て、懸命にもがいていた。
「……ナビ子とかって奴だろう。いらない」
「どこにでもいるもんね。報告されても面倒だし、始末しちゃうか~」
その時だった。
風切りの音と共に鎧が仰け反る。俺を拘束していたその人から、鍋状の頭装備が吹き飛ぶ。
現れたのは少年だ。年端もいかない童顔。それが襲撃者だった。
少年はよろりと足を躍らせる。兜を弾き飛ばす衝撃に見舞われたのだ、直立していられる筈がなく、どうと倒れ込んだ。
「チッ、ここは囮か」
アランを押さえ付けていた鎧は、ナイフを手に立ち上がる。
彼の向かう先には三頭の動物がいた。顔は縦に長く、背骨から地面にかけて流れ落ちる毛は、丁寧に切り揃えられている。キャラバンの中で見かけた、運送用の動物だった。
「くそっ、撤退するぞ!」
一歩足を引く男の傍を、再び矢が通り過ぎる。呼び掛けられた少年はピクリともしなかった。
動物に騎乗するのは射手三人だ。それが交互に絶え間なく襲撃者を狙っている。一本、また一本と風切りの音を立てて地面へと突き刺さる。
だが襲撃者は、それで諦める程潔くはなかった。捕縛が完了している俺を掴んで、盾にし始めたのである。
それは無謀な判断だった。剣が俺を通過したように、矢もまた俺を傷付けないだろう。村長だから、プレイヤーだから、この世の住民ではないから。だから盾には成り得ない。しかし、物理的な盾に成り得なくとも、抑止になる恐れはある。現に一人が口元を引きつらせていた。
それを横目に一人が弦を引く。容赦ない。爛々と、刃物のような瞳がこちらを見据える。それは俺ごと敵を撃ち抜かんとする覚悟の目だった。
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