連続する日々と寒天の街

春野売文

第1話

頭がおかしいのは生まれつきか、僕には判別がつかなかったので自主的なボランティアワークを始めることにした。

街の清掃。毎週土曜日の午前9時から2時間のゴミ拾い。

いつもの街並みもゴミという目的を持つことで違ったものに見えてくる。

陸橋の下にはタバコがたくさん捨ててあって汚いし、ベンチの裏にはよく空きカンが捨ててある。みんながどんな過程でこれらを捨てたのか想像するのは楽しかった。

僕がいつも孤独を感じる中央通りにもたくさんの人々が息づいているのが実感できる。

ゴミを減らす僕はゴミがたくさんあることを期待してすらいる。なんという皮肉だろうか。

でも世界もきっとそうだ。

良い世界はもうそれ以上よく出来ないから良い人が生まれないのだ。ヒーローはスラムにしか存在できないのだ。

辛いことを思うと心が熱い油に付けられたようにいたい。

熱にも種類があって良いもの悪いものがある。

良いものはバターみたいにするすると人を前に進めてくれる。

悪いものはザラザラしていて生きていたいのに死を強制的に想起させてくる。

そう、ぼくたちはなぜ生きるのかじゃなくて なぜ死なないのかを考えるべきなのだ。

だからぼくは小学生をレイプすることにした。

頭の中はいい。何をしても捕まらないから。

みんな頭の中に住めば戦争とか差別とか全部なくなると思う。

ボランティアワークの最中に見かけた小学生の女の子をなるべく詳しく観察する。

サラサラの黒髪は男の手の脂をまだしらず、小さな口は専ら友人たちと大人びた文言を交わすことに使われ、ぱっちりとした目は世界の汚さをまるで知らないかのように写るもの全てを咀嚼している。

制服は学期ごとにきちんとクリーニングされて縦笛が身の丈に合わず大きい。

僕は彼女の手を強引に掴み別世界に誘うのだ。この時僕は純粋に生活の破壊者であり悪魔、メフィストだ。命までは奪わないよ。ただ与えて欲しいだけなんだから。そう言っても君は安心しないだろうね。泣き叫び、不運を嘆き、痛みに心を引き裂かれ、生まれてきたことを後悔さえするかもしれない。他方僕は生を実感する。リスクと快楽は人生の醍醐味だ。これだって努力、勇気なんだぜ。

いよいよ挿入という時、入り口の小ささに僕は驚く。入るのか、これ。せっかく拉致ったのにこれかよ。怒りが脳を覆いそうになるけれど、性欲を意識して高めてもう一度侵入を試みる。ゔーー!!という君の声にならない悲鳴を背景に僕の脳みそを快感が塗りつぶすのだ。そこからは何も考えずに腰を振り続け僕は果てる。最後に名残惜しくキスをすれば立派なラブストーリーの完成だ。ああ、やっぱり女児レイプは良い。

でもなんで僕は実行しないんだろう。

不思議だ。

生きる意味なんかとっくにないはずなのにね。

肉はいりません。愛をください。


優しい人になれ、と言われて育ってきた。

母は教育熱心で父は無関心だった。

その時世界はつまらなかった。でも今思えば面白い方だったようだ。

頑張って進んだ高校で頑張っても上手くいかなくなった。そのまま地元の駅弁に進んだ。この田舎で一生を終えるのかと思うと死にたくなった。胸を重いものが押さえつけるようだった。

大 学にもいかなくなってたまらなくなって寂しくなった。親がすごく汚くみえた。肉。血の繋がりが鎖の様に首を締め付けた。

殺したくなった。この時殺せばよかった。

僕は家を出て都会で汚いアパートを借りアルバイトを始めた。

都会での暮らしはもっと色がなかった。

誰も僕を知らなかった。僕も誰も知らなかった。

繋がりがなかった。ネットは虚無だった。

無が常に僕の胸に横たわっていた。

行き場のない愛を向けましょう。社会に。拒否できないやつを。

ボランティアワークはそんな心の現れなのかもしれない。


その土曜日も僕は町を綺麗にしていた。

老人、それも老婆が僕に近づいてきた。知らない老婆だ。

ああ気味が悪い、臭い、社会の害悪。他の老婆に比べてめかしていない分まだマシだったけどそれでもしわくしゃの顔は死を顔いっぱいに貼り付けていて気味が悪かった。

ネガティブなワードで脳みそがうまる。なんだろう。

「いつも、あんた、偉いねぇ」

老婆は何の気なしに言った。

偉い?

偉い?

1 普通よりもすぐれているさま。

2 物事の状態が普通ではないさま。

偉いだって、この僕が?

殺してやる、と思った。

この状況を偉いだと?

ただただ死に向かって生きるだけの僕を偉いだなんてなんてそんな言葉で。僕は人生を面と向かって馬鹿にされた気がした。

「どういう意味ですか?」

目が血走る。睨む。

「一人で毎週ゴミ拾って。よくできた人間だわ。最近珍しい」

僕は老婆を突き倒して走った。

街がめくるめく。目が回る。

殺せたかな、今度は。振り向くと動いていたから多分死んでない。

残念さの中に安堵を覚える自分が嫌だった。

ボランティアワークを続けられないのは嫌だなぁ。そんなことを思った。


家に帰りたくなかった。仕方なく喫茶店に入って、コーヒーを注文した。

新聞でも読むかな。何もせずにいると神経をすり減らしそうだったから人の考えで脳みそを埋めたかった。あはは。せかいは大変らしい。テロとか関税とかデータ改竄だとか。

うるさく書き立てるけど何か変わる?僕たちの生活が。少なくとも僕は変わらないよ。

老婆を倒しても何も変わらないよ。

暴力で世界は変わらないのだ。

コーヒーが来た。飲む気が起きなくてそのまま金を置いて帰った。


死にたいけど死ぬ勇気がなかった。より正確にいうと自分でわざわざ終わらせるほどの価値を見出せなかったのだ。続くなら続いてくれ。

人は不平等だけど死だけが平等に訪れる。

一発逆転のチャンスが死なんだね。

子供の頃あんなに怖かったものが今はとても待ち遠しいのは不思議だ。

今日あったことを思い出す。街は寒天みたいに固まっていてまるで僕の心の様だった。スプーンで突いてみるけど何も起きない。偶に何かが溢れるけどそれは僕が求めたものじゃ決してない。

だからそれを僕は振り払うしかない。

分裂した精神がそのまますり潰れたら自然に僕を殺してほしい。

そんな夢を見ながら僕は布団に入った。

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