第6話 突然のお出かけ
じぃー。……。じぃー。
店員と私との闘いは永遠に続きそうなほど長く思えた。といっても、あちらには闘いの意思はまるでないが。
タバコなんて咥えて、私への配慮って物はないの! わざとらしく手の甲で鼻を抑えて防衛を試みる。
だめだ、全く歯も立たない。真由さんの丁寧さを見てきた分、男性の嫌な所が目に付く。
早く来て、真由さん。
その時だった。私の想いが届いたのか、はたまた神様のお導きか!暫く開くことのなかった戸が開き、冷たい風が吹き込んできた。真由さんだ!
なんと、今日の真由さんは一段と可愛い。働いているときは遠慮していたのだろう。上品な金色のラメが瞼に広がって、その上から段々と花咲くようなピンク色が鮮やかである。睫毛はくるんとカールしていて可愛い以外の感想が思い浮かばない。
「お父さん、ご飯」
「はいよー」
え。
真由さんの可愛さに悶絶していたところに飛び込んでくる衝撃的な一言。
えっ……お父さん……?
「あら那奈さん、来ていたんですね」
真由さんはそう言いながら私の隣に腰掛ける。ミルキーピンクのフレアスカートに包まれた腰つきが優美だ。
「お父さん、こちらはお友達の那奈さん。」
淡々と紹介を始める真由さん。私の方は驚いて声も出ない。本当に、お父さんなのか……。
「おうおう、真由にもついに友達ができたか! 良かったじゃないか。この調子で学校……」
「お父さん」
「お、おう、すまない。」
冷たく静止する娘に何かを察したのか、きょどきょどとする。それがまた、仲の良さを滲み出していていよいよ入る隙がない。
「……、……。」
「…………。」
絶えず仲の良さそうな会話が聞こえてきて、私はそれを事実として受け止めるしかなかった。
いや、彼氏じゃなくてよかったというのは勿論あるのだが。結果としてはいいことだし、貴重な親子の会話を聴けるなんてサプライズと捉えることも可能なのだが。だが。
真由さんのお父様にあんな失礼な物言いを……!! あんな猛烈な悪意を……!!!
後悔の念に駆られ、ううう、と横で唸っていたら真由さんが急に話を振ってきた。
「ねぇ、那奈さん。」
「はぇぇ!?」
自己嫌悪の国から急に現実に引き戻され、とっさに変な声をあげてしまう。
きまりが悪くてコホン、と咳払いをすると真由さんがにやにやしているのが見えた。
「だから、今日はお客さん少ないみたいだし、食べ終わったらここはお父さんに任せてどこか遊びに行きませんか?」
!?
とっさにカウンターの向こうを見れば、お父さんと呼ばれる男性が笑顔で手を振っていた。
散々嫌った相手からの好意が突き刺さる。横からそっと手が伸びてきて、私の膝の上に置かれる。
「ねぇ、いいですよね」
「……ハイ」
こんなの断れる訳がない。完全に退路が断たれ、私は真由さんと初めてのデートをすることになったのだった。
真由さんのお父様お手製ナポリタンを仲良く食べ終わり、向かった先はプラネタリウム。
流されるがままの私の代わりに真由さんが半ば強制的にお決めになった。曰く、「休日でも混んでいなくて落ち着く」とのこと。プラネタリウム、という名前は聞いたことがあるが私にとっては初体験であまりピンとこない。ショッピングや水族館といったキラキラしたデートを期待していた私としては、少し拍子抜けである。
まてよ、デートなんて一度も言っていない。
これはもしや、勘違いではないか? 真由さんは友人として普通に遊びに行くつもりなのではないか?
しかし友人とプラネタリウム、というのも余り聞かないしこれは……?
うむむと考え込んでいる私を他所に、真由さんがカウンターでチケットを買ってきてくれた。
「これは、私の奢りでいいですよ」
「いや、払いますよ」
「いいんです、無理言って来てもらったので」
「いや」
嫌がる素振りを見せたことを気にしているのだろうか。違う、あれはポーズというか見栄というか。
私だって、真由さんと二人になりたかった。
私の気持ちを察したのか、顔を近づけてささめく。
「……ほかのことで返してもらいますから、いいですよ」
途端に、内側からドクドクと熱情が呼び覚まされるのを感じる。……やられた。
「わかりました」
真由さんに軽く溶かされた私は、頬を紅く染め彼女の腕にしがみつきつつ場内に入るのだった。
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