第30話 明日はハレルヤ (最終話)
台風は現在太平洋沖上空。中部地方は暴風圏を外れ、比較的平穏な天候を過ごしていた。
猛威を振るった台風は各地に甚大な被害を出し、そして去っていった。
柚木菜達三人は少しでも被害が少なくなるように、手動の攻撃で単体を撃破していったが、やはり限界があった。
結局のところ、台風を滞在させるより、物量攻撃で短時間に終戦させた方が、被害は少なかったのだ。
それでも、超高密度体系の人型虫に対しては、手動による的確かつ正確な射撃によって、確実に撃破することができたのであった。
これにより、残存する闇の存在たる、黒き虫達の今後の発生を抑えることに繋がったのだった。
柚木菜はティカセの乗るこの台風24号の艦橋で思った。
「ねえ、ティカセ。あなたって一人で寂しくないの? いつも一人なんでしょ?」
中央のシートに座っていたティカセがこちらを向いて答えてくれた。
「今は一人だけれど、一段落したら、いったん国に帰るから寂しくはないよ。みんな同じなんだから、そんなことを思うのは、わがままな発想だよ」
「帰る? ティカセの家ってこれじゃないの?」
「当たり前だろう。これは職場だよ。超大型可動殲滅施設の天空型だから、これは国の物なんだよ」
「くに? 日本のことなんでしょ?」
「そうとも言うけれど、僕たちは倭の国って呼んでいるよ」
「ヤマト、の国…… そういえば、ティカセって、私が勝手につけた名前だけど、本当はちゃんとあるんでしょ? なまえ」
「そうだな…… 今の名前は気に入っているから、このままでいいよ。響きがいいんだ」
「……あっそう。でも、こゆきだってそこは知りたいと思っているよ。なんせ、あなたパパなんだから」
「私は、パパとママでいいよ。そんないちいち名前なんかで呼んだりしないでしょ?」
「だめよ、こゆき。あなたのお友達や、他に誰かと会ったとき、自分が誰なのか照明するには、親の名前を出さないとわからないでしょ?」
「そうなかぁ。問題ないっしょ。のーぷろぶれむだよっ」
柚木菜の娘のこゆきは、見た目はすっかり大人だったが、中身はまだまだ子供のようだ。これで、中身も心も大人だったら、柚木菜は淋しく思うだろう。
「ダメよ、苗字だってわからないし。ねえ、ティカセおしえて、あなたの名前」
「しょうがないな。ツクメだよ、アマノツクメ。これでいいかい」
柚木菜はどこかで聞いたことがあったような気がしたが、今は特に気に留めなかった。
「苗字があまの、ね。名前がつくめ…… じゃあこれからは、くめっちねっ」
「クメッチ…… まあ、いいや…… ティカセの方がよかったなぁ」
「パパはどっちでもかっこいいよっ。でも、くめっちは可愛いかな。くめちゃんでもいいねっ」
「はいはい、あまのこゆき、パパをからかわない。あなたは今まで通りパパでいいのよ」
「パパっていうのも、本当は恥ずかしいんだけれどね。ニニギさんとオシヒが知ったら笑われるな……」
「くめっちのお友達のこと? 同僚の人かな。私達のことはなんて説明するの? そもそも勝手なことをやってきたんだから、怒られないのかしら?」
柚木菜が心配そうな表情をしたのを見て、ティカセ、いや、つくめは温かい笑顔で答えた。
「私が心を染める存在を放っておいたら、それこそ天に怒られてしまう。それに、君達の協力者には、お偉いさんもいたのだから、問題ないよ」
柚木菜は首を傾げた。お偉いさん? って誰だ。心あたりがあるとすれば、あのエロ巫女様くらいだが……
「……巫女姫様って、偉いの? だって、水渓さんの先祖の方なんでしょ?」
「ああ、そうだよ。だから偉いのさ。先祖って言ってもね、半分は本人なのだけれどね」
「……よくわからない。まあ、いいや。ところでこの先、私はどうしたらいいのかな。このまま居たい気持ちもあるけど、帰らないとみんなが心配するし……」
「そうだね、君の本体は、あっちの世界にあるから、こちらに長期はいられないよ。気が向いたら、また遊びにおいで。歓迎するから」
「ぇーっ! ママ、行っちゃうの? ダメだよう。せっかくこれから楽しいこといっぱいできると思ったのに。パパと一緒にスキンシップもやりたいのに」
「……こらこら。パパの前でその話はしないで…… キナコグリーンがいるじゃない。二人なら問題ないし、寂しくないでしょ? ママと形は同じなんだから」
「ぇーっ。だって、ママの指裁きって凄く体にじんじんくるんだよ。さすが向こうの人達は経験値が違うわけだよね」
「おいおい、こらこら…… 私だってほとんど経験無いんだからね。そこんところよろしく。一応、あっちの世界の私は処女なんだから」
「ママぁ。処女ってなに? 私も処女なの? キナコは?」
しまった…… 墓穴を掘ってしまった。と、後悔する柚木菜であった。
そんな柚木菜を見てティカセのことつくめが提案した。
「せっかくだから、こっちの世界では関係をもっておく? 先に子供はできてしまったけれど。順番なんかどっちでもいいよね」
「ちょっと、こゆきの前でそんな話をしないで。恥ずかしいじゃない」
「ママぁ。関係ってなに? 特別な事なの? パパとしかできないの?」
「そうよ、こゆき。パパとならいいのよ。だから、こゆきはだめよ。特別な関係はしてはいけないのよ」
「じゃあ、巫女姫様とならいいの? 特別な関係ってどういう関係なの?」
ははははは…………
柚木菜の顔は引きつった。すでに巫女姫と関係をもってしまっていたし、その前に、こゆきに処女を間接的に奪われている。
関係とは、すでに説明のできないことになっていたみたいだ。
「柚木菜とこゆきは本当に仲がいいんだね。それこそ、特別な関係だと思うよ」
「そうだよ、パパ、私とママはね、あーんなんことや、こーんなことを……」
柚木菜が慌てて手を振って遮った。
「そうそう、こゆきとママは特別な関係なのよっ。さあ、えっと、これからどうしようかな。明日は晴れるかなぁ。もう、帰らないと、水渓さんも心配しているしなぁ……」
「近くまで送るよ。またおいで。今度は、さらに上の世界を案内するよ」
ティカセのこと、つくめが席を立った。柚木菜も静かに席を立つ。
そこに、こゆきが抱き着いてきた。
今では柚木菜よりもこゆきの方が背が高い。生まれたてのこゆきは、自分の腰程の身長しかなかったのに。
いやはや、なんとかはなくとも子は育つとはよく言ったものだ。
「ママ、また来てね。必ずだよ。待っているから……」
「約束するわ。それまでにあなたは女を磨きなさい。私はろくなことしか教えられなかった、ひどい親だよね……」
「ぅんん。ママは私に大切なことを教えてくれたんだよ。私はママの背中を見て育ったの。だから私もママみたいな強い心の女性になる。今度会うまで、スキンシップはお預けだね……」
「……バカッ」
柚木菜は優しくこゆきの頭を抱いた。二人の瞳からは大粒の涙か流れていた。
短い間だったけれど、親子として過ごした時間は、掛けがいのないものだった。本当に大切な時間を過ごすことのできた二人は、この上ない幸せだった。
「……よし、そろそろ行こうか。こっちに来れる手段はちゃんと考えてある。だから、そんなに悲しまなくてもいいのだよ。こゆき、心配しなくていいのだよ」
「……ほうとう? パパ…… またすぐにママと会えるの?」
「大丈夫。約束するよ。だから、そろそろママを行かせてあげよう。向こうの世界の人が心配している」
柚木菜とこゆきは涙を拭った。
「泣き虫さんなところはママに似たのかもしれないわね…… ティカセじゃなかった、くめっち、キナコと、こゆきをお願いね」
「この身に替えましても、こゆき隊長をお守り通しいたします」
「キナコ…… 固い硬い。もっとソフトでいいんだよ。あなたも元気で……」
「柚木菜様。御達者で」
「ほら、ママが苦笑いしている。キナコ、笑って笑って」
こういう場面が苦手なのか、キナコグリーンは顔を不器用に笑顔を作り、不器用に笑った。
それを見て、柚木菜とこゆきは笑ってしまった。
「ぁはははっ、おかしいっ! 本当にママと一緒の体なのかな。今度隅々まで調べてあげる。今度ママがくるまでの研究材料だね。ママ、やっぱり近くにママがいないと寂しい。でも、我慢する。いい子でいるから、だから、また会いにきてね。必ずだよっ!」
止まっていた涙腺は、再度解放に向かった。あふれる涙は、柚木菜の涙腺にも影響した。
「……ぅん。必ず来るから。戻ってくるから、いい子でいてね。キナコをいじめちゃだめよ…… こゆきっ、大好きよっ!」
「ママッ。私も大好きだから……」
ティカセのことつくめは、柚木菜の手を取った。顔を見て、柚木菜が頷いたのを確認してから、自分も頷いた。
「いくよ」
こゆきが笑顔で涙を流していた。やがて視界は白くなりその姿も確認できなくなった。周りは白一色から黄金色へと変わり、気が付けば、最初にティカセと会った場所に来ていた。
空も雲も大地も川も、すべて黄金色に染まっているこの世界。
柚木菜はお寺や仏壇を思い出した。極楽浄土とは、この世界のことを言っていたのかもしれない。
黄金色の世界は、すべてが満ちており。不安や心配事など、一気に吹き飛ばしてくれる気分にさせた。
「僕達の始まりの場所で別れよう。直接協力できなくて申し訳なかった。でも、君と会えたことは僕にとって生涯の宝物だよ」
「私こそ、突然やってきた部外者に良くしてくれて本当にありがとう。……ここでお別れなんだね。本当はね、もう少しこっちに居たかったの。あなたと過ごす時間はほとんどなかったし。今はこゆきもいるしね」
「君には鍵を預けるよ。こちらの世界に来るための鍵だ。いつでもすぐってわけにはいかないけれど、その気になればこちらに来られるよ」
「鍵? 扉はどこにあるの? 今まで見たことないんだけれど。それに、それって、持ち帰られるの。こっちの物って、あっちでも通用すっ……!」
柚木菜は話の途中、口を封じられて、言葉を出すことができなった。
口を唇で封じられたのだ。
「んんん……」
柚木菜は突然のことで少しびっくりしたが、目を閉じ全てを受け入れた。
唇から伝わるぬくもりと、体から伝わるぬくもりで、包み込むような心地良い抱擁を感じた。
鼓動も高鳴り、体が熱くなるのを感じ、やがて、触れる唇、胸や手などが一つになっていく感覚に捕らわれた。
頭の中が熱くなってきた。全身が痺れるような快感に包まれ、頭の中も甘美な快感に包まれていった。
自分が白い光に包まれるような、温かく、優しく、そして刺激的な抱擁は、やがて柚木菜を絶頂の世界へ誘った。
頭の中が真っ白になっていく。全身が震えるように悦んでいる。
声にならない声は、自分でも聞き取れなかった。
見えない抱擁はしばらく続き、これでもないくらいの幸福感を得た柚木菜は、真っ白になった頭の片隅に、鍵があるの気が付いた。
白の世界にポツンと小さな棒状の鍵が浮いている。それを、見えない手で握った。
すると、目の前には三メートルくらいの大きな白い扉が現れた。これも、一点の曇りのない真っ白な扉だった。
扉を開けようと見えない手で開けるイメージをすると、扉は重そうにゆっくりと開いた。
その先には、自分がよく知っている世界が地上に広がっていた。漆黒の夜空は、黄金の世界とは対照的だったが、なぜかとても安心感があった。
「ティカセ…… じゃなかった、つくめ…… ありがとう。愛してる……」
後ろを振り返ると真っ白い世界の中に、つくめが立っていた。
「サユキナ姫。私も愛しています。また、逢える日まで……」
柚木菜は、じゃあいくねっ、と目で伝え、扉の外へ身を投げた。
刃風教授は、水渓が「京」とリンクして、ようやく戻ってきたのだが、行く前とずいぶん様子がおかしいと思っていた。
本人は、なんでもありませんと、つい否定的だ。
ふーッと、鼻で深い息を吐いていると、横になっていた柚木菜が、苦しそうに声を漏らしていた。
モニターの数値は先ほどと同様だったが、今度もM値の数値とα、β波が異常に高い数値を出していた。脳内ドーパミンの増量や、A10細胞の活性も見受けられる。
「柚木菜ちゃん。今度は誰と…… かな……」
水渓は自分の体にあの感覚がまだ残っていた。行為自体も鮮明に記憶に残っていた。これはあの巫女姫の仕業だろうか……
「水渓君。あっちの様子は良かったのだろうね。今の柚木菜君の状態も、直接モニターできたんだろう? どんな戦いだったんだい」
水渓は凍るような視線を、刃風教授に突き立てた。
「知りませんよっ! そんなことっ! でも、心配はいりませんよ。私が見てきた柚木菜ちゃんはしっかり傷も治っていましたから。もう回復しているはずです」
「じゃあ、そのうち帰ってくるかな。そろそろ帰って来てくれないと「京」占有料もバカにならないからな」
この発言は、教授にとって軽い冗談のつもりだったが、聞いていた水渓は神経を逆なでた。
「ハカセの心配はそっちですかっ! もう、本当に人でなしで、無神経だわ。幻滅、最低、不潔っ」
機嫌の悪い水渓に、さらに余分なことを言い加えた。
「いやいや、ちゃんとみんなの心配をしているぞ。そういえば、巫女姫はどうだった。活躍していたかい?」
水渓は顔を真っ赤にして、近くにあったペットボトルのお茶を投げつけた。
蓋がしっかりしてあったため、中身が飛び散ることはなかったが、当の本人はそんなことは確認していない。
勢いよく飛んでいったペットボトルは刃風教授の手がしっかりと捉えた。
「おやおや、水渓君。向こうで巫女姫と喧嘩でもしたのかい?」
水渓は立ち上がって怒鳴りつけた。
「知りませんっ!」
そんなこんなで、二人が言い争っていると、横になっていた柚木菜が目を覚まし、上半身を起こした。
「…………るさいなぁ、何やっているんですか、二人とも。こっちはひどい目にあったっていうのに。のんきに夫婦喧嘩ですか?」
水渓の目が点になった。自分の化身だという巫女姫は、柚木菜にとってどういう存在なのだろうか……
「ぉぉぉお帰りなさい。柚木菜ちゃん。どどどどどうっだった? あっちでなにがあったのかなぁ……」
柚木菜は水渓と目が合って、顔を赤く染めた。つい体が固まってしまったが、プイと視線をそらした。
「……ぇっと、こっちではモニターできていないんですよね。何か記録みたいなのはあるんですか?」
水渓が少し安堵し、胸をなでおろした。向こうの巫女姫は、ただの巫女姫だ。私ではない……
「ぇっとねぇ。そうねぇ。残念だけれど、記録っていう記録は全然ないのよ。柚木菜ちゃんがあっちで何があったかなんて、全然わかっていないんだから」
今度は柚木菜が安堵し、胸をなでおろした。向こうで会った巫女姫は、ただの巫女姫だ。水渓ではない……
「……ぁ、っそう、そうなのね。ぃや残念ね。結構な冒険だったんだから。いやー残念。ないんだぁー、記録。本当に残念ね」
水渓はもちろん、言わなかった。自分の頭に鮮明に書き込まれているなんて……
柚木菜は当然、言わなかった。巫女姫が水渓にそっくりで、とても妖艶でドスケベで変態だったということを……
「それにしても柚木菜ちゃん、お疲れ様。台風、見事撃退だね。本当にすごいわ。今日は疲れているでしょ。もう上がっていいよ。後のこと私達でやるから」
そう言う水渓が、巫女姫に見えてしょうがなかった。やはり本人なのだなとつくづく思ってしまう。
向こうの世界では、音声は普通に聞くことができたが、視覚化はされなかった。そもそも、むこうへ行った瞬間から、すべてが視覚化されていたのかもしれなかった。
こちらに戻ってきて、水渓の少し紫のかかった丸っこい声の視覚化は、柚木菜に安心感を与えた。
きっと本人は気付いていないが、深層心理の奥深くで、巫女姫と水渓は繋がっており、こうして無意識に柚木菜を安心させているかのようだった。
「水渓さん…… ありがとう……」
柚木菜はシートから降り、水渓に抱き着いた。本人は突然のことにバランスを崩したが、しっかりと柚木菜を抱きとめた。
「ぇ? なに? 柚木菜ちゃん。どうしたの?」
柚木菜は水渓の胸の中で声を出して泣いた。
今まで我慢していたものが、苦しかったことが一気に噴き出したかのように、涙と共に溢れ出た。
それは、無理もないことだ。見知らぬ場所で、わけのわからないことをやれと言われて、未知の敵と戦い、襲われ、傷つき、苦み、仲間を失い、そして自分自身も失いそうになった。
それを助けてくれたのは、ティカセのことツクメであり、こゆきであり、巫女姫であった。
もう、きっと会えない二人だったが、目の前には優しくしてくれた巫女姫と同じ水渓がいた。
今までこゆきの手前だったこともあり、気丈にふるまっていた柚木菜の緊張の糸が、ついに切れたのだった。
泣きじゃくる柚木菜を、水渓は優しく抱きしめた。
それは、あの時と同じように、優しく温かみのある抱擁だった。
同じ匂いがした。同じぬくもりがした。
「頑張ったね。柚木菜ちゃん。苦しかったね。もう、いいんだよ。甘えてもいいんだよ。いくら泣いてもいいんだからね」
柚木菜は一層声を上げて泣いた。
水渓は自分も涙を流していることに気が付いた。そして、想像を絶する世界から帰還した小さな英雄を、強く抱きしめた。
翌日、気象庁内部で記者会見が開かれた。その席には、刃風教授の姿もあった。
気象庁は、今回の台風24号の経路、規模、今後の見通しなどを説明した。
後ろに気象庁のゴロがいくつも張ってある、よくニュースで見るあの場面だ。
「……猛烈で大変強い勢力の台風24号は、現在勢力そのままで太平洋沖にて進路をオホーツク海に向けて進行中……」
と、説明をしているそばから、記者達のヤジが飛んだ。
「名古屋上空の雲の流れ方はどういうことなんですか。まるで台風の眼の中にいたように、風もなければ、雨も降らなかった」
「……えー質問は、後で受付ます。えー、観測史上最大風速を記録し、各地で甚大な被害をもたらした台風24号は……」
一度、説明が中断されると、その隙をついて、他の記者が次々と質問を投げかけた。
「名古屋市内で無数の発光現象が起こっているのは、どう説明するんですか?」
「一般市民からの映像提供で、すでに全国区に広がっているぞ。何か説明しないと、国民は納得しないぞ」
「発光現象と今回の台風は、何らかの因果関係はあるのでしょうか?」
「一部のSNSで騒がれている、サユキナと巫女姫は気象庁は何か関与しているのでしょうか?」
「噂では「京」を使って架空の人物を操り、一気に拡散されたと聞いています。真意はどうなのでしょうか?」
「お静かにお願いします。質問は順番に受け付けます。勝手に発言をするのはお控え下さい」
「じゃあ、この会見はただの発表会かい。こんな普通の会見を聞きにやってきたわけではないぞっ」
記者たちの応酬は止まらなかった。
今回の台風は観測史上に残ることもあって、ただでさえ各地で被害があったにもかからわず、名古屋を中心に起こった不可解な事象に注目が集まっていた。
名古屋市内は、最初こそ暴風にさらされ、ガラスが割れる被害等は確かにあったのだが、それもつかの間、すぐに風は止み、雨も降らなくなったのだ。
席にいた刃風教授がマイクを取った。そろそろころあいだと判断したのだ。
それに、記者たちに一方的にしゃべらせては不利というものだ。
「では、質問を受け付けましょうか。はい、さっきの記者の方、名古屋がどうのこうの言っていたねぇ。そりゃ、あれだよ。国の極秘開発した、あれだよ。わかってくれたまえ。今回の実験ではそれなりの功を奏したわけだよ。それ以上言えない。わかるだろう?」
「刃風教授。それは、人体に影響のあるものなのでしょうか。例えば、強力な電波や、磁場を発生させるとか、何らかの影響が出るのではないでしょうか」
「いいところ突いてくるねぇ。心配ない。そんな大それた装置ではないよ。だから、人体にも電子機器にも影響はない。クリーンなものだよ」
「では、発光現象というのはいったいなんなんです? 今回の実験による、強力な磁場から生まれた、プラズマ現象というわけではないのでしょうか?」
「プラズマって、君、知っているのかい? 途方もないで電気を食うんだよ。できるわけないだろう? それはこちらでも観測しているが、確かに放電現現象に近いものだったが、静電気の類だと解析しているよ」
「教授。サユキナと巫女姫とはいったい誰なのでしょう。どうして「京」を経由してダイレクトメッセージが送られてきたのでしょうか?」
「そいつはアレだよ。熱狂的な巫女姫信者が先導して、うちのサーバーに侵入して「京」にたどりついたんだよ。これに関しては刑事事件として扱っているが、あまり公にしたくはないな。国のサーバーがいとも簡単に破られたのだからね。他の国が知ったらいい笑いものだよ。記事にするかは任せるよ。そっちの責任はここじゃないからね」
「SNSで拡散された映像には、確かに人のような光が空を飛んでいます。これはどう説明しますか」
「はあ? 君は本当にそんなモノを信じているのかい? 本当に記者かね? 聞いて呆れるよ。そんなものは撮影の仕方で、光の入り具合で光が左右に飛ぶんだよ。そんなことも知らないのかな」
記者達に沈黙が訪れた。もっと興味のある答えを期待していたのだろう。これでは、記事にできないし、下手すれは国からも視聴者からも叩かれてしまいかねない。
「質問はなさそうだね。じゃあ、この辺でお開きにしようか」
「破風教授。最後に一つお願いします。教授の研究により、今後台風の勢力を抑える、もしくは退けるようなことは可能なのでしょうか?」
刃風教授は腕を組んで考えた。そして、口を開いた。
「正直、無理な話だ。でも不可能ではない。全てを否定しては、面白みに欠けるだろう? これで、会見はお開きでいいかな」
いい訳がないと、真ん中に座っていた気象庁長官が眼鏡をかけなおしてこちらをにらんでいた。
やれやれと、刃風教授はマイクを置くと、今度は長官が先程の続きを延々と話し始めた。
退屈な記者会見は、もうしばらく続いたのだった。
さっさと終わらないかなと刃風教授は時計を見た。今夜は予定があるのだ。
ささやかではあるが、水渓が柚木菜の祝福パーティーを開くと言ったのだ。
どうして祝福パーティーなのかは、よくわからなかったが、水渓が珍しく主催したのだ。
巫女姫様とサユリナ姫の供宴か、悪くはないな。
一応、美女に部類される二人と飲める酒は、きっとうまいだろうと、刃風は心を弾ませた。
それにしても長い会見だ、と刃風はぼやいた。
明日は晴レディー 祈由 梨呑 @kiyurino
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