第29話 俯瞰

 時間は少しさかのぼる。

 柚木菜達が悪戦苦闘の末、人型虫の駆除に成功したが、柚木菜が胸に受けた古傷が悪化して、倒れてしまったころのときである。

 そのころ、現実世界の某研究所では、黙々と二人の研究員がディスプレイに随時上がる数値とにらめっこしていた。

 超自然科学研究所及び、超自然被害対策機関の一室だった。

 たいそうな名前の研究所の割には、人員が二人しかいないという、過酷なのか、廃れているのかわからなかったが、最新設備を備えたこの研究所は今佳境を迎えようとしていた。

 水渓は大きなディスプレイの隅っこに表示されていたグラフと数値を見て、ふと窓の外を見た。天候のグラフだった。

 台風24号が上陸して、激しい風と雨を噴き散らしていたはずだった。

 先ほどまで木々を大きく揺すっていた強風は、いつの間にか止み、雨もほとんど降っていなかった。

「ハカセ、風が止んでいます。台風は現在桑名市上空。名古屋市内はすでに暴風圏に入っているはずですが、衛星画像でもこの直上だけは雲がありませんね」

「そうか…… やってくれたな、柚木菜君。だが、あっちでは一体何が起きているんだ。容態は悪化する一方だが……」

 隣の部屋の大きなリクライニングチェアーで横になっている柚木菜は、額から大粒の汗を浮かせ、呻き声を上げていた。

 心拍、血圧は大きく跳ね上がり、脳波もかなり入り乱れになっていた。逆に、α波とβ波は最高値を指していた。

「データーが乏し過ぎて何も立証できないな。あっちで、何かが起きているのは確かなのだが、先ほどの雷や発光現象は何か関係があるのだろうか」

「そうね。一通り観測データーは取ってあるから、分析次第で何らかの形にはできると思いますけど、ハカセは本当は何が起こっているのか、ご存知じゃないんですか?」

「なにか? って、データーのままだよ。何もわからないし、何も知らないよ。僕だって人知の超えた現象には無知なものさ」

 刃風教授は、助手の水渓が言わんことにとぼけた。

 柚木菜の容態が良くないにもかからわず、実験を続行させ、未知なる現象が起きても大して驚かなかった。

 こいつは、すべてを知っている…… 

 

バイトの女子高生に時間外労働を強要し、挙げ句の側には過労で意識不明。

巫女姫なる者とサユキナなるものが、名古屋市内上空を飛び回り、数多くの目撃情報が寄せられている。

SNS上ではその現象が話題になり、社会現象まで発展した。発信元は超自然災害対策のサーバーで、大学のスパコンまでも使用し拡散を促進した。

柚木菜の体調は著しく変化し、現在も意識は戻らないし、モニターもできない。

 結果的に名古屋市内だけが、なぜか暴風圏にあっても風さえ吹かず、雨も降らない状況だ。

 非常に稀な事象が起こったというわけだ。

 すべて、お見通しだったというわけなのか?

 マスコミに嗅ぎつけられたらどうするつもりなのだ。


 それに、報告書にはいったい何を書けばいいのだ?

 それらを全て関連付けさせて、報告書に挙げても良いことなのやら、非常に悩ましい事柄であった。

 それに、「京」を長時間使用し、被験者の脳内解析も行ったが、これは本来なら違法行為だ。しかも、これはすぐにばれることだ。

 そんな水渓の心配を察知したのか、刃風教授が声を掛けてきた。

「上に報告するのは僕だから大丈夫だよ。君は今回あったことを、全て詳細にまとめてくれればいい。すべては僕の指示だ」

「私はその方が助かりますけど。余分な考えごとをしなくも良いですからね。めんどくさいんどすよ。報告書の加工って」

 そういうことを言ったのではないのだと、刃風教授は顔に出したが、その前に水渓が話した。

「柚木菜ちゃんのことは、私の責任です。何かあっても、何か起こっても、私が最後まで見届けますよ」

「それは、もしかしたら、死ぬまでという意味かな?」

「当然でしょ。あたりまえよ」

「水渓君の覚悟はわかったが、それは僕の責任なのだから、気に追うことはないよ。君には君の生き方があるだろう」

 水渓の目に冷たい光が宿った。地面を徘徊する害虫をみる目のように。

「そうですか。責任をとってくれるんですか。じゃあ、お願いします。で? 私に対しては何もしてくれないんですね。無責任を通り越して、無神経よね」

「……何を怒っているのかわからないよ。こうなったことには確かに謝る。それと、結果的にこうなることは予想はしていた。だから、僕の予想なら、もうすぐ柚木菜君は目を覚ますよ」

「なにを根拠に…… それこそ、ただの感って奴なんでしょ?」

「君もVTRを見ただろう? 紗之那比売は実在した。そして、巫女姫も降臨した」

「ぇ? サユキナでしょ? 巫女姫だって、私の架空のアカウントですよ。いくらフォロアーがいようと、リツイートされようと、実在はしてないわよ」

「君は何を言っているのかな? 僕の目の前にいるじゃないか。巫女姫様。いや、菊里姫かな」

 突然、刃風教授は訳の分からないことを言いだし、水渓は混乱した。確かに巫女姫のアカウントの主は自分だ。これを実在しているというのか? それに、菊里姫とは誰のことだ?

「……教授。ちゃんと説明してください。私、全然理解できません」

「説明、ねぇ。そうだなぁ。なんといえばいいのかな。じゃあ、こうしよう。君の数多くいるフォロアー達の願いは、ずばり、巫女姫様の活躍だ。そして、今回、その姿が目撃された。だけれど、実際はサユキナのこと柚木菜君だ。これを見た熱狂的なフォロワー、いや、信者はそれこそ興奮しただろう。我らの巫女姫様が我らのために戦っておられると。そして、信者達の思いはついに頂点に達し、一つの形を生み出した」

「その形が、巫女姫様? 人の思いが、思念が固まった存在とでもいうの?」

「そういうことだ。だが、一つ問題がある。所詮、雑魚の塊は雑魚なのさ。人が何百人集まろうと、何万人が一つになろうと、それはやっぱり人なのだよ」

「どういうことですか? 巫女姫は実在したんですか? サユキナと共に」

「サユキナは、いや紗之那比売は、今ここに実在している。だから、「京」に意識を拡幅されて、あちらで実在することができる。では、巫女姫はどうかな、向こうに実在してると過程をする。それも、同じようにどこかから意識の拡幅、もしくは拡張されていたら、どうだろうね」

「だって、私は「京」とは繋がっていませんよ」

「でも、電波を通して、フォロワーとは繋がっている。だったら、巫女姫と繋がっているってことじゃないかな」

「ありえませんわ。だって私、全然巫女姫があっちにいるなんて、わからないもの。確かに私の頭の中にはちゃんといるわよ。私が想像したんだから。私の頭から勝手に飛び出して、あっちで活躍しているってことなの? バカみたい」

「なあ、水渓君。ここの研究ってなんだか忘れていないかい。波を測定する機関でもあるけれどね。僕達は、ありとあらゆる波を測定するプロフェッショナルだろう? さて、M値がなんだか知っているだろう」

「第四の波形。その中身は多々に渡り、いまだ解析不能の分野…… でも、人の根本的な何かを形成する何か、魂に似た存在のを解明する鍵」

「そうだね、だったらもうわかるのではないかい?」

「……もう、ハカセが何を言いたいのかわかりません。この際、はっきり言ってください」

「君は自分がわかっているのを、認めたくないんだよ。巫女姫は君の化身だよ。フォロワー達の思念体に、塊に魂を吹き込んだのさ。無意識にね。ついでに言えば、君も柚木菜君と同じで、「血」を引いているんだよ」

 水渓はちゃんとした答えがもらえると思っていたが、また意地悪な問いがきて、腹を立てた。 

「は? 無意識? ち? なんのことです? 全然わかりません。何なんですか、それはいったい」

「もう一つ言っておこう。君は「京」のセッティングを自分の頭でやったのだろう? つまり「京」にアクセスしている。当然「京」の中には君の意識がコピーされているんだよ」

「……そんな、「京」が私の意識を勝手に使って、巫女姫を生んだっていうの?」

「それこそが、みんなの願いなんだ。多くの人の願いが思念体を生み、その魂である君の意識が「京」から拡張されて、思念体と融合し、本物の巫女姫を誕生させた。でも、これはあくまでも僕の仮説だ」

「根拠のない仮設ね。それこそ、ファンタジーかSFの世界だわ。でも、ハカセの仮説はまんざら検討違いってわけでもなさそうね」

「なんだ。全面否定されると思っていたけれど、少しは心当たりがあるってわけかい」

「ぅんん。少し違うの。私の意識は確かに「京」の中にいるわ。システムを組んだのも私だし、「京」の中に自分を作って、自己増殖プログラムを形成させて、どんどん思考ルーティンを開発させたりして、結果「京」の中で生きる私のプログラム「姫」は誕生したのよ」

「結果、手に負えない化け物になっていたってことかい?」

「何をおっしゃる、はふーさん、それこそSFのバカみたいなCPの反逆なんか許さないわよ。「姫」がそんな幼稚なことをするわけがない。目指したのは上よ」

 刃風教授は上を見た。白い天井が見える。この天井は岩綿吸音板といって、遮音効果と断熱効果が期待できる素材だ。

「この天井がどうかしたのかい?」

「バカなのハカセ。違うわよ、天井じゃない、天よ」

 刃風教授は、ようやくこの教え子であり、助手の水渓から、この言葉が出て思わず口元がほころぶ。

「天ね。だから、今回は天気に挑戦したのだろう? 行き当たりばったりで柚木菜君も可哀そうだが、今回は、実験成功ってことでいいのかな」

 水渓が頬を膨らまし、不機嫌に言った。

「天って、天気の天じゃない。高天原のことよ」

「かたあまはら、って、どこかのサーバーの仮名かい? 「京」を使って突破する気でいたのかい」

「……もういいっ! こんなこと教授に話した私がバカだったっ。忘れてくださいっ!」

 完全に怒りを露わにした水渓はプイッとそっぽを向いてしまった。

「冗談だよ、じょーだん。君が目指しているは、つまり、天界、神の世界なんだろう? M値の波形を解析して、それを「京」でシミュレートさせて、天界に、神にアクセスするのが、君の夢なのだろう?」

 水渓は、熱くなったおつむが、一気に引いていくのが分かった。同時に、なぜか涙も滴っていた。

 刃風教授と、しばらく目が合っていたが、はっと気が付き自分のディスプレイに目を移した。

「ただの私の妄想話です。真剣に取り入れなくてもいいです。忘れてください」

「血は争えないね。それとも、血に縛られているのかな」

「なに訳の分からないこと言っているんですか。私はただ、人が死んで、もし魂という存在が本当にあるのなら、その存在とコンタクトをしてみたい。それだけですよ」

「だから、天国か。もしかしたら、下かもしれんぞ」

 っと、言ってから後悔した刃風教授だった。

 水渓はこちらをみて、グーの手を出し、親指を立て、首の前に出して横に切った。そして、親指を下に指した。

「私は上しか見ていません。下しか見えないハカセの行く先は、すでにお決まりですね」

「じょーだんだって、水渓君は固いなぁ。ところで、君の母親はどんな仕事をしていてんだい?」

「何ですか、急に話を変えてきて。母は私が六歳の時に病気で亡くなりました。仕事は何をやっていたかは知りませんよ。何か関係があるんですか」

「だって、君の実家は神社だろう? だったら、巫女姫様だって過去に本当にいたかもしれないだろう?」

「知りませんよ。そんなこと」

 水渓はそれ以上話したくはなかった。死んだ母のことを侮辱されている気がして、その話題には触れたくはなかった。

 刃風教授もそれ以上のことは言ってこなかった。さすがに、死んだ母親のことを、はほりねほりとは聞けない。そこまで無神経ではなかった。

 隣の部屋で横になっていた柚木菜が急に声を上げた。体をくねらせて、足を曲げ首を左右に振った。

 驚いた水渓は席を立ち、柚木菜の横に付いた。椅子の横にあるモニターを見ると、脳波が異常に動いている。α、β波は跳ね上げりマックス値を出していた。

 体温、血圧、呼吸、心拍数もさらに上がり、脳内のA10細胞が異常に活性化している。

 体は悶えるようにくねらせ、全身の発汗は、シャツが濡れて肌が一部透けて見えた。

「ハカセっ! もう限界です。中断しましょうっ!」

「だめだ。ここでリンクを切ったら、かえって危険だ。それこそ、精神崩壊しかねない。大丈夫だ。私を信じろ」

「信じろなんて、無責任な言葉今さら信じられませんよっ。じゃあ、私も「京」でリンクして、状況を把握してくるわ。それならいいでしょ?」

 刃風教授は少し迷ったが、渋々返事をした。

「いいだろう。でも、君が向こうへ行けるかはそれこそ未知数だ。「京」スペックで二人の意識を拡幅できるかは疑問だがね」

「大丈夫ですよ。あっちにはすでに私の意識のコピーがいるんですから。だから、あっちの「私」と情報を共有させるだけですよ」

「それならいいが、深入りはしないように。システムのコントロールは、基本君にしかできないことを忘れないように」

「分かっていますよ。私だって、あっちの「私」を全面的に信用はしていませんからね」

 そう言うと、水渓は自分の席に戻り、ヘッドセットとセンサーの付いた帽子をかぶった。

 そして、椅子に深く座ると、椅子にあるコントロールパネルを操作して、目をつむった。

「行ってきます」

 水渓の目の前が真っ白になり、意識は一気に飛んだ。

「気を付けて」

 と、教授の声は届かなかった。

 



 水渓の意識はすでに「京」の中にあった。

「京」の中の柚木菜にはアクセスはできなかったが、前回柚木菜とこゆきが、自分の端末にアクセスしてきた経由の逆をたどってきた。

 ここで自分の意識のコピーである「姫」に繋ぎ、情報の同期を行った。

 真っ白だった視界に、景色が見えてきた。どうやら、コピーの「私」が向こうの世界で活動をしているらしい。

 視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚と五感の刺激が、水渓の脳内に入り込んできた。同期成功である。

 ただ、自分のコピーである「姫」をコントロールすることはできなかった。

 五感の情報だけが一方的に入り込み、まるで他人の体に憑依しているような、変な感じだった。

 そう、変だった。

 自分は裸の柚木菜にまたがっていた。そして、自分も裸だ。

(え? ちょっと、なにこれっ! 待ってよっ! 私なにやっているのよっ!)

 なぜ? どうして、と思っても、この体はコントロールできない。

 あちらの「姫」がコントロールしているのだ。

 自分は柚木菜の膨らんだ胸を揉んでいた。しっかりと感触が手に伝わる。崩れそうで崩れないプリンのようだ。

 目の前で、柚木菜が喘ぎの声を出している。甘美な感触に顔をゆがめ体を震わせていた。

 そして、自分の体に異変を感じた。

 股間のあたりが熱い、そして、違和感があった。

 なんだこれは…………

 なぜか本来はないモノが、そこにはあった。

(えっ!! うそっ!! そんなどうしてっ!)

 水渓は下半身から伸びた肉の棒に仰天した。それがいきり立っているではないか。

 左手が柚木菜の下半身をまさぐり、指先に生暖かい感触が伝わる。

 さらに指先を奥へ入れ内部を舐めるように触った。

 柚木菜の体がビクつき、指を動かすたびに体をくねらせた。さらに喘ぎ声は大きくなった。

 下半身の棒がより固くなっていく感じがした。それと同時に、その下の割れ目が濡れているのも分かった。

(ちょっと待ってっ! そんな、ダメよ、こんな……)

 水渓の思考はひどく混乱した。そして、興奮した。 

 柚木菜の腰あたりにまたがっていたが、体をずらして下の方へ行き、柚木菜の足をとると大きく広げた。

 そして、違和感のあった、固くなった棒状の物を、柚木菜の足の付け根にある谷間に入っていった。

(ちょっとっ! 待ってっ! ダメっ! ……ハッ! アァッ!)

 水渓に知らない感覚が襲った。似ては似つかない不思議な感覚だった。

 しかし、代えがたいその感覚は、全身を歓喜に振るわすような悦びをもたらした。

 柚木菜の上で腰を動かす。そのたびに、甘美な刺激が全身を駆け巡る。

(アァッ! いい…… もっと…… ハァッ! ァッ! アッ!)

柚木菜の声と、「姫」の声が、さらに水渓の感情を高ぶらせた。

下半身からくる刺激は次第に大きくなり、心の自分の声も大きくなった。

(アッ! イヤっ! ダメっ! ぃ、いい…… はぁっ! あっ! あっ! あっ! ダメっ! イクーーーッ!!)

柚木菜の中に入っていた下半身の棒状のものから、何か熱いものが飛び出した。

同時に、頭の中が真っ白になり、身体をガクガクと震わせた。

下にいた柚木菜も甘美の刺激の強さに、身体をくねらせ、首を左右に振っていた。

(はぁはぁはぁはぁ…… いけない…… 感じ過ぎて、我を失ってしまうところだった…… 同性なのに、変な経験をしてしまった…… いったいこれはなんだったの?)

全身にまだ震えるような感覚が残っていた。

それは甘美の刺激に震える心の模様だったのかもしれない。もしくは、初めての経験に武者震いが止まらなかったのかもしれない。

まだ下半身が熱い。柚木菜と繋がったままなのもあるが、全身が火照って興奮が冷めない状態だった。その感覚も、水渓にはしっかりと伝わっていた。

(それにしても、これってこんなに感じるんだ…… なんだか羨ましいわね。これでしたくなるのも無理ないわね。それはそうと、柚木菜と関係を持ってしまったけれど、今後はどう付き合えばいいの……)

(案ずることはない。貴様は今のままで良い)

 水渓の頭の中に声が響いた。

(ぇ? 誰?)

(貴様のいう「姫」だよ)

(えっ! そうなの? 私を認識できるの? じゃあ話は早いわね。今の状況を教えて。特に、この経緯をね…… なんで私と柚木菜ちゃんが、その…… こうなっちゃったわけ?)

 こちらの「姫」がざっと、説明をした。同じ体だから、同期すれば瞬時に情報を共有できるのに、「姫」はあえて言葉で会話をするように説明をしてくれた。

 台風の真の目的。闇の存在。黒い虫達の駆除。人型の虫達。そして、協力した仲間達。このエリアの虫達はほとんど駆除することができたが、他のエリアはまだ手付かずなこと。戦いで傷ついた柚木菜は闇の存在に感染し体を犯されている事。そして、その浄化の儀式が今の行為だったということを聞いた。

(……信じがたい話だわ。でも、これが真実なのよね…… それに、巫女姫は存在した…… でも、私の化身とはとても思えない)

 自分が柚木菜と関係を持つような展開には絶対しないだろう。

(そうじゃろうて。おぬしの深い所に、わらわはいるのじゃ。貴様には意識できない範疇の存在だからな、無理もなかろうて)

(ぁー、なんだかすべてはハカセのお見通しだったわけね…… なんだか悔しい。ところで、この二人は誰なのかしら)

 部屋の中には、こちらを真剣な眼差しで見ている、二人の女性がいた。こんな恥ずかしいところを、そんな真剣に見ないでほしいものだ。

(こ奴らか。左の背の高い奴は、柚木菜の娘だ。もう一人の柚木菜そっくりの奴は、コピーじゃ)

(……は?? こどもっ?! こぴー? なにそれ、どういうことっ?!)

(かくかくしかしか…… そういうことじゃ)

 こちらの「姫」がめんどくさがって、記憶を同期させた。水渓の頭の中に一斉に膨大な映像、音声、感触、気分の全てが流れ込んだ。

(ぅっ…… ぅゎ…… ぁぁ…… うっ! 気持ち悪い……)

 最後に、剣を丸めてかぶりついた、鮮明な記憶が入ってきた。鉄を?み切って、くそまずい触感が口に広がる……

(そういうことじゃ。わかったかの? 現実の我よ)

(ありえない…… この世界はなんでもありなのね…… そんな世界に送り込んだ私もひどい人だわ……)

(気にするな。貴様らの世界からではわかるまい。どうじゃ、しばらくこっちにいるかや? おぬしが知らないことだらけじゃが、興味もあろうて)

 水渓は動かせない体で、気持ちだけ考えるそぶりをした。気持ちだけは首をかしげて、腕を組んでいる。

(この世界に興味はあるけれど、今はいいわ。あなたに任せるわ。任せちゃっていいんでしょ? この子達のこと)

(すでに、目的は達した。私の出る幕はなかろうて。こやつらは意外としっかりしておるから大丈夫じゃわい)

 水渓は、目の前で果てて、荒い息をしている柚木菜に温かい視線を送った。そして、傍らでずっと見守っていてくれた二人の女性に感謝した。

(そうね…… 見た目によらず頑張り屋さんで、責任感があって、行動力があって、頑固さんなのかな。私、戻ります。えっと、こっちの「姫」さんは、巫女姫でいいのかしら。それとも、本当の名前があるのじゃないかしら?)

(じゃ、おぬしにはこう呼んでもらいたいのう。「菊里」と)

(キクサト? なんだかどっかで聞いたことがあるような、無いような。まあ、いいわ。じゃあ、キクサトさん、あとお願い。またね)

 そう言って、水渓は意識を手繰り寄せて「京」まで戻った。真っ白な視界になり、気が付いたら、自分の椅子で意識を戻した。

(たっしゃでな……)

 耳元にキクサトの声が聞こえたような気がした。本当にあれは自分の化身だったのだろうか。

 とにかく今は、柚木菜の帰還をまとう。

 そして、ねぎらいの言葉をいっぱい浴びせよう。

 水渓は、疲れ果てた顔で寝ている柚木菜に微笑んだ。

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