第28話 凱旋
四人はツインタワーの屋上のヘリポートにいた。
台風24号の強烈な風はなぜか無かった。
「ぁれ? 私達が休憩している間に、台風どっかいっちゃったのかな?」
柚木菜は空を見上げた。黄金色に輝く空には雲が恐ろしい早さで流れている。
目を凝らして、気を集中させた。
いた。まだ、はるか彼方に台風24号がいる。上陸してすぐに進路を変えたということか。現在は津市の辺りか?
「パパがきっと気を利かせたんだよ。この辺には闇の存在はいないから、暴風圏でも、ピンポイントで外しているんだよ」
「そうじゃな。無駄に人間界に被害は出したくはなかろうに。それにしても、なかなか巧みな腕裁きよのう」
台風は強大だ。そのエリアはもちろん、質量や持っているエネルギーはまさに天文学的だ。
その膨大な力を巧みにコントロールして、闇の存在を駆除した場所のみ暴風圏外にしていた。
雲と雲の間に街を通すようなものだ。
「さすがパパだね。螺旋状にうまく雲を逃している。風も相殺するように流動しているよ」
「私達の努力は少しは報われたのね……」
「そうじゃな。お主が一人で始めたこの無謀な行動は、一つの結末を迎えたわけじゃ」
「ママは一人じゃないよ。みんながいたから成し遂げられたんだよ」
柚木菜は振り返った。みんなが笑顔で柚木菜を見ていた。
自分と台風のティカセとのあいだにできた、我が娘のこゆき。
兵員増強のために産まれた柚木菜の4番目の分身、キナコグリーン。
日本中の夢と希望具現化した、巫女姫。
本当なら後四人いたのだけれど、残念ながら失われてしまった。
「みんな…… ありがとう。私一人じゃ何もできなかった…… 本当にみんなのおかげだよ。本当にありがとうっ!」
柚木菜の目から涙がこぼれた。
一人で突然変な世界に迷い込んで、台風と交渉しようと近づけば、突然イケメン男子が現れ、自分は台風の操縦士だといい、協力するからキスをせがまれ、挙げ句の果てには、二人の間に子供ができてしまい、そして、その子に協力してもらえというから驚きだ。
台風は巨大な掃除機で、街にはびこる害虫を駆除するために、大量の雨と風を吹き散らす存在だった。
害虫の黒い虫達がいなければ、台風の出番はないという。
早速二人は害虫駆除に行くわけだ。
そして、そんなこんなで、ようやくこの状況までたどり着くことができたのだった。
改めて自然の偉大さを知った。
自分達がやっとの思いで達成できたのは、ごく一部のエリアだけだ。それも、主要部分だけで、後は手につかずの状態だ。
台風はこの地方全域をカバーできる力があった。やはり、自然には敵わないのだ。と、いっても、台風自体、この世界で作られた存在で、それをちゃんと管理する存在が常駐しているわけだ。
世界の構造は複雑で合理的でシンプルなのかもしれない。
自分はそのシンプルな構造に干渉したのだ。今後は何らかの変化があるのかもしれない。
私達は世界の一部に小変更を与えたのかもしれない。
今後はどうなっていくのだろうと、柚木菜は思い、私はどうなるのだろうと考えた。
そういえば…… この突然現れた巫女姫は、大学の研究室にいた水渓にそっくりだ。
「巫女姫様って、水渓さんのご先祖様なんですか? 実家が神社って聞いたことありますけど」
「そんなこと気にせんでもよい。わらわはただの通りすがりの巫女にすぎん。たまたま呼ばれたから来ただけじゃ。そうじゃ、これいるか?」
巫女姫が袖の下から出したのは、肉の剣だった。身体から生えているかと思ったが、簡単に取れるようだ。
「それは…… 光の剣の擬人パーツ…… いるかと言われると、少し困るわね……」
普通にこんな物をもっていたら、だだの痴女だ。部屋のタンスの奥に隠せるならまだよいが、持ち歩くわけにはいかない。それに、我が子のこゆきも見ている。
「じゃあ、こゆき、お主にやる。せっかくこの世に生を受けたんじゃ。こういうものも必要じゃて」
「やったーっ! 巫女姫様! ありがとうございます。やってみたかったんだぁ、これ。地上の人達もしてるんだよねっ。あとでキナコグリーンとやろっと」
「たいがいにしておけよ。かなりの力を消費するからな。それにクセになるから毎日はやめておけ」
ぉぃぉぃ。人の娘に何を教えるのよ……
「さて、我々の出る幕は無くなったぞ。どうする。ここで高みの見物でもするかや」
柚木菜は考えた。これ以上は何もできないのか。できることは本当に何もないのかと。
「ママ、帰ろう。パパのところへ帰ろうよ……」
こゆきが心配そうな目で訴えてきた。
これまでの無茶や、怪我のことを考えれば当然なのかもしれない。
先ほどまで、生死の境をさまよっていたではないか。
かわいい我が子が心配しているのだ。もう、潮時だ。
これまでだ。
「よしっ。こゆきっ! 帰ろうっ! パパのところへ帰ろうっ。もちろんキナコグリーンもねっ」
こゆきは満面の笑みで頷いた。
「さて、わらわも、おいとまするかな」
「ぇ、巫女姫様は、これからどうするんですか?」
「適当に布教活動をやってから、帰ろうぞよ。楽しかったぞ、柚木菜。よい体験ができた。処女でありながら経験をできたのは貴重ぞよ」
「……おっしゃっている意味がわかんないんだけど、それに、とても初体験とは思えなかったけれどな」
「わらわだって女子ぞ。暖かいメシが美味いと思えば、身体の温もりも恋しくなろうて。いつの時代も、同じなのじゃよ。そちだって、膨らんだ妄想は限りないじゃろ? 煩悩あって人なのじゃよ」
「ははは…… 巫女姫様の煩悩って、相当なものね……」
「それにな、女子同士なんじゃ。汚れを知るわけではなかろうに。それにあれは神聖な儀式だ。恥じることはない」
「はは…… 恥には思わないけれど、とても恥ずかしかったよ…… みんな見てたし」
「いいではないか。身内なのだろう。それに、自分の娘に寂しい思いをさせたくないだろう?」
「ぁ、ぃゃ。そっちの寂しいのは確かにあるんだけど、親としてはどうなのかなぁ……」
こゆきが首を傾げて不思議そうな顔をしている。
「ママ。別に私は寂しくないよ。それより、巫女様にもらったこれでスキンシップしようね。どっちが先につける? 楽しみだなっ」
……こゆき、違うんだ。本当は女子同士でするものではないのだよ……
「はははははぁ…… そ、そうだね、こゆき。ママは使い方がわからないから、こゆきからどうぞ」
「やったーっ。じゃあ、早速……」
と言って、スカートをめくり上げ、下着を下ろした。
「ち、ちょっと待ってっ、こゆき、後にしようね。今はまだやめておこうね」
「ぇー。どうして? つけるだけだよ。どんな感じがするのかな」
「とにかく、今はやめよーね」
「はぁーぃ。ママがそこまで言うならしょーがないなー」
はぁ…… 誰に似たのやらと、改めて成長したこゆきを見た。
最初は六歳児ぐらいで、可愛い女の子だったのに、あまたの戦場をくぐり抜けていくうちに、いつの間にかすっかり大人になってしまった。
今は見た目は二十歳から二十二歳ぐらいだろうか。これ以上自分より大人にはなって欲しくないなと思う柚木菜だった。
「さて、わらわはいくぞ、皆の者、達者でな」
「巫女姫様っ。ありがとうございました。またいつかお会いできますように。ぁ、それと、水渓さんには何か伝えることはありませんか?」
巫女姫は顎に手を当て考え出した。首を右にひねり、左にひねり、そして口を開いた。
「そうじゃな。変な男に引っかかるのはかまわんが、さっさと籍を入れて子を産め。血を絶やすな。と、言っておけ」
変な男とは、刃風教授ことか? あの二人はやはり付き合っていたのだ。
「はいっ! わかりました。必ず伝えますっ! もう一つ教えてください。巫女姫様の本当のお名前。水渓神社のゆかりの方だとは思いますけど。もっと高貴な方だと存じ上げます」
「まあ、そうそう硬くなるでない。大した存在ではないぞ。そもそも、人が作り出した幻想ぞ。柚木菜のように、しっかり実体がある方がはるかに偉大なる存在じゃ。最後になるかもしれんから、名だけは名乗っておこう。我が名は…………」
巫女姫と別れた柚木菜達三人は、中破したF35に乗って、ティカセのいる台風24号に帰投した。
一見雲の塊のような台風だが、上部から中心の目のあたりに機体を進入させると、突如滑走路に入れるのだ。
ホログラフィーのような空間はダミーで、外からは内部の状況は一切見えなかった。
三人は広大な滑走路、と言っても、だだの平地なのだが、F35を下ろし、ようやく始まりの場所に戻ってこられたのだ。
キナコグリーンは初めてだったが、柚木菜の記憶の断片があったから、僅かながらここのことは覚えていた。
「……戻ってきたわね、こゆき。ティカセはどこにいるのかしら」
きょろきょろ辺りを見渡す。台風の目の中は、街が一個分入るくらい広い。上部も天井はなく、黄金色の空が見えていた。
建物らしいものも特にあるわけでもなく、だだっ広い広場にいる感覚だった。
「僕ならここにいるよ。お帰り、柚木菜」
紗百合の目の前が一瞬光ったと思ったら、次の瞬間には着物姿の男性が立っていた。
「た、ただいま……」
こうやってティカセを目の当たりにするのは、それこそ二回目だ。
自分の好みの男子がそのまま擬人化した台風のティカセは、柚木菜をドギマギさせた。
タダでさえイケメンで、面向きあって目も合わせられないのに、前回はこの男子とキスをしている。
その結果、できちゃったのがこゆきだ。
顔を合わせただけでも、鼓動が跳ね上がった。
「良かった。重傷を負ったと聞いていたから心配したよ。こゆきが治してくれたのかい」
「ただいま、パパ。ママを治したのはね、巫女姫様っていう女性の人だよ。その人がね、聖なる剣でママを突き刺し……」
柚木菜は慌てて手を振ってこゆきの発言を制した。
「も、もう大丈夫。全快したからもう大丈夫よ。巫女姫様って方が現れて治してくれたの。はい、この話はここでおしまい。次っ!」
「なんだい。もっと詳しく聞かせてほしいな。闇の存在を浄化したのだろう? こっちの世界の人は限られたことしかできないから、その人は多分、別の世界から来た人なんだろうね」
「うん。私の知り合いのご先祖様らしいの。地上の人達がみんなで呼んだら現れたらしいんだけど。本人は、人の思いが具現化した。自分は思念体だって言ってたよ」
「それは凄いことが起きたものだ。君の存在もそうだけれど、人間って、本当に凄い存在なんだね」
「人はね、一人じゃナニもできないんだよ。私の後ろにはたくさんの支えてくれる人達がいる。だから私は今ここに立っていられるんだよ」
「ママには、私もいるしね」
「そう、こゆきの存在は大きかった。こゆきがいなければ私はナニもできなかった。ここまでこれたのは、こゆきのおかげだよ」
「私だって、ママがいたから頑張れたんだよ。ママと一緒にいられて本当に楽しかったよ。特にあのスキンシ……」
柚木菜は慌てて手を振ってこゆきの発言を制した。
「君達は仲がいいな。僕も一緒に行けたら良かったのにな。よし、これからは三人で、いや、四人で地上の制圧をしようか。と言っても、ほとんど全自動だから、特になにもしなくてもいいのだけれどね」
柚木菜とこゆきとキナコグリーンが顔を見合わせた。
「この台風の真の力が見られるわけね。わくわくするわね」
「やるやる。地上制圧って、闇の存在を都市制圧兵器で抹殺するんでしょ?」
「お掃除なら喜んでやるわ。地上のゴミどもを残さず排除するなら、私の本望よ」
三種三用の意思で三人はやる気を表明した。
「よし、決まりだ。艦橋へ行こうか」
四人はほのかな光に包まれたかと思ったら、一瞬強い光を放って、気が付いたら、まるで船のブリッジのような部屋にとばされていた。
四方の大きな窓は外が見えるわけではなく、地上の映像が映し出されていた。
シートも十席ほどあり、その前にもディスプレイがあり、映像と何やら文字が表示されていた。
ティカセは真ん中のシートに腰をかけた。その前にこゆき、両サイドに柚木菜とキナコグリーンが席に着いた。
「席にあるヘッドセットとめがねをかけて、それでこの極型聖掃機関に同期できるから、意識を拡幅できるよ。メインのコントロールは僕しかできないけれど、聖気管制装置には干渉できるから、やってごらん。超高出力射出装置もあるし、自分でコントロールできるよ」
こゆきは目を輝かせた。この台風はそもそも、地上の闇の存在である黒き虫達を抹殺するための地上制圧兵器だ。産まれてこのかた、武器や兵器に目が無いこゆきはが興奮しないはずがない。
柚木菜もヘッドレストとめがねをかけて、早速台風と同期した。
意識が飛んだ。今まで自分はブリッジの席にいたが、今自分は台風になっていた。
この感覚は、以前この世界にきたとき、最初に感じたときと同じ感覚だった。
超大型台風が見た、感じた風景や状態が、様々な場所から頭に飛んできた。
それは、目が数万個存在して、それを同時に頭で見ている感覚だった。まさに台風その物になった感じだった。
地上に闇の黒い存在がうごめいていた。空を飛んでいるもの数多くいた。
が、台風から打ち出された水状の弾丸が虫達を粉砕していた。もしくは、風に切り刻まれ身体を千切りにされてもいた。
台風の火力、いや、浄化能力は並ではなかった。
闇の存在は、黒い虫達を集結させて人型虫を何体も生もうとしていた。
それを見つけたこゆきは、超高出力射出装置とやらを試した。台風内で凄まじい高エネルギーを生成すると、一気に放出した。
それはまさに雷だった。10億ボルトと聖なる光の矢で人型虫は粉々に粉砕された。勢い余って地上に激突し、周囲を焼いた。
「ぅわ。マジヤバッ! リアルに現実世界にも影響があるんだ。だからこんなにも威力があるんだ」
こゆきは台風の力を目の当たりにして少しびくついた。これでは乱射はできない。
「雨も風も、闇の存在にはとても効果がある。でもそれは現実世界でも影響がある。それくらい威力があるんだ。だから闇の黒い虫達に効くのだけれどね」
「私達がやってきたことは、無駄ではなかったってことね。それにしても、この攻撃力はハンパないね」
地上はまさに雨あられ状態だ。実際は虫達を問答無用で蜂の巣にしているわけで、この膨大な量の弾幕だったらひとたまりもないだろう。
その分、現実世界の地上も、酷いことになっているのだが……
それにしても、一方的な虐殺だった。相手が虫とはいえ、かわいそうなくらいな弾丸の応酬だった。
これが台風の力。これが極型聖掃機関、台風の正体だった。
台風の真下は、黄金に輝いていた。打ち出された、雨や風は聖なる光を帯び、地上はおろか、その空も黄金色で埋め尽くされていた。
こんなところに闇の存在が、生存できるはずもないかのようだ。当然のように闇の存在は殲滅した。その代わりに、現実世界も雨と風で、甚大な被害が出た。
たまに発生した人型虫はティカセが的確に狙撃した。雨あられで威嚇し、風で身体を切り刻み、超高出力射出装置の最小の力で粉砕していった。
これを見て、こゆきとキナコグリーンはまねをして他の虫型虫を粉砕していった。
台風とは巨大掃除機。
いらない存在を消すためのキルマシーンだった。
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