第26話 巫女様

「私とキスして……」

 こゆきは真剣な眼差しで言った。

 キナコグリーンの顔は引きつった。

 柚木菜の分身とはいえ、性格までは全く同じというわけではない。正確には、柚木菜のまじめなところや潔癖なところが強く出ているのがキナコグリーンの性格の特徴だった。

 だから、キスと聞いて生理的に抵抗したのだった。潔癖性のキナコグリーンは相手が男子ならもちろんのこと、女子でも当然不潔だと感じた。いや、女子だからより不潔に感じたのかもしれなかった。

「ちょっとまって。それは、する意味、あるのかしら。ちゃんと説明してくれないと、そんなことできないわよ。だって、こゆき隊長は女子だし、私だって女子だし、それに、一応親子の関係にもなるんでしょ? だったら、余計にする意味なんてあるのかしら。私、そんな関係当然望んでないし、なりたいなんて全く思わないし、そんな関係があること自体不快に思うわ。大体どうして……」

 くどくどと、あれこれ嫌がる態度を示すキナコグリーンに苛立ち、こゆきはぴしゃりと言った。

「お願いっ! 時間がないのっ! ママと同じ体じゃないとだめなのっ!」

 こゆきの気迫に押され、キナコグリーンは渋々と返事をした。

「……わかったわ。少しだけだよ…… 変な気を起こさないでよ」

 変な気とは何なのだろうとこゆきは思ったが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。

 柚木菜を寝かしたベットの横に、もう一つベットがあった。

 そこにキナコグリーンを仰向けに寝かせ、自分は上からかぶさるように体を重ねた。

 キナコグリーンの熱いぬくもりと、鼓動が伝わる。激しく細かく鼓動しているのが分かった。

 こゆきはゆっくり顔を近づけて、唇を重ねた。こゆきの柔らかく温かい舌が、キナコグリーンの舌に絡みついていく。

 口の中でそれから逃げようと相手の舌は逃げたが、狭い口の中でこゆきの舌に捕らえられ、柔らかい抱擁に、やがては抵抗をするのを諦めていった。

 最初、嫌がっていたキナコグリーンだったが、次第にその甘美な感触とぬくもりに体が熱くなるのを感じ、自ら舌を動かし、からませていった。

 こゆきの右手が、キナコグリーンの下半身に伸びた。足と足の頂点を目指し、その間にある谷にたどりついた。

 指先は谷間にある小さな突起物を優しく撫で続け、やがて、谷からあふれて出てきた湧き水に指を絡めさせた。

 水を得た指先はさらなる冒険をしようと、谷間の奥深くと潜っていった。

 キナコグリーンの体がよじれた。こゆきが指を動かすたびに、敏感に反応し体を震わせる。

 激しい息遣いと、漏れる声に、こゆきも自身の谷間で洪水が起きているのを実感した。

 ……今はスキンシップはお預けだね。

 こゆきは、キナコグリーンの中に入っていった。




「……あら、こゆき隊長。私の頭の中にようこそ。手荒い侵入に、腹を立てている暇はなさそうね…… でもスゴイ感じちゃったわ…… こゆき隊長とならスキンシップしてもいいわよ」 

「……ぁぁ、ぅん。それはまた今度ね。キナコグリーンっ。あなたの体なら、ママの世界に直接アクセスできるの。そこで、呼びかけてほしいの。我が名はサユキナ。巫女姫様の一番の使い。もう一歩で台風を退けようぞ。だが力が足らぬ。我に力を貸したもうな。って心の中で叫んで。向こうの世界の電子変換は私がするから、そう呼びかけてほしいいの。ママを助けるにはこれしかないのっ。おねがいっ!」

「わかったわ、と言いたいけれど、どうやってアクセスするのかしら。私やったことないから、よくわからないのだけれど……」

「大丈夫。私が案内するから。手を繋いで、ほら、いくよっ!」

 こゆきとキナコグリーンは、深層心理のさらに奥のある細い道を伝って、現実世界の柚木菜の拡幅された思考がある「京」までたどりついた。

 さらに、そこから超自然被害対策のサーバーを経由して、水渓の端末までたどり着いた。

(お願い。ママが大変なの。このままじゃ闇の存在に取り込まれてしまう。みんなの力が必要なの。お願い、みんなでママのことを願って。祈って!)

 突然、ディスプレイにメッセージが映し出されて、水渓は驚いた。

 今隣の部屋にいる柚木菜は荒い息をして、非常に不安定な状態だった。実験を中断しようか、続行すべきか思案に暮れていたことろだった。 

「あなたは誰なの。柚木菜ちゃんのお友達なの?」

 水渓は次のメッセージを見て驚いてしまった。

(私は柚木菜さんと台風24号のティカセから生まれた子の、こゆきと申します。ママが危ない状態です。こちらの世界の力がないと、ママの存在がなくなってしまいます。だからお願い。みんなの思いが、祈りが、願いが必要なんです。ママのために力を貸してください)

「……わかったわ。オッケーよ。こちらの柚木菜ちゃんも尋常じゃないことはわかっているし、協力しない訳がないでしょ? 安心して。あなたのママは必ず助けるからねっ」

(感謝します。よろしくお願します)

 こゆきは、ディスプレイ越しに見える水渓に頭を下げた。

「教授、わかりました? こゆきちゃんだそうよ。私にはなんとなく見えたわ。柚木菜ちゃんによく似て美人だったわよ。さて、急がないと、こゆきちゃんに怒られてしまうわ。もちろん柚木菜ちゃんにもね。「T計画」再始動。ってこんなにも効果があるなんて意外だったわ。人の可能性って、未知数なのね」

「水渓君は今さらそんなことに気が付いたのかい。だから、この研究はバックが強いんだよ」

「非公式で、人体実験して、おとがめ無しなんだから、私達って本当に悪人ね」

「それは言わない約束だ。結果的に、人を救うことになるんだ。多少の犠牲はしょうが無いことなんだよ」

「だから、悪なんでしょ? 私達は」

 そうだな、と言って、刃風教授はふっと微笑んだ。

 水渓はディスプレイにたくさんの窓を開いて、いくつものツイートをクリックした。

先の戦闘で、多くの人が発光現象の光を見ていた。大きな光は六回。さらには地響きのような轟音が鳴り響き、地域の人は未知なる現象に恐怖を感じていた。

 

 その発光現象はテレビ中継もされ、噂はさらに拡散され、瞬く間に大きな話題になった。

 これは巫女姫が何かと戦っているためだと、妄信的な信者は、さらにことを煽るようにSNSで拡散させたのもあるが、キナコグリーンのメッセージを、こゆきが直接信者達に送ったのが功を成したのもあった。

 信者達は突然来た謎のメッセージに驚き、感動し、ある者は怒った。

 サユキナ様が私に信託を下された!

 サユキナ頑張れ! 私達は応援しているぞ!

 サユキナ。恥を知れ。巫女姫様の名を汚すな!

 騒動は社会現象までに至った。これを良しとしない宗教団体は数多くいたわけで、ある種の宗教戦争となっていた。

 マスコミ関連も面白がって巫女姫特集を組むなど、各種の宗教団体の怒りに油を注いだ。 そんなこんなで、巫女姫の話題は加熱し、ネット検索は軽く一億を超え、ツイッターでの波紋は、日本はおろか、世界各国でそのツイートは広まり、さらにリツイートが繰り返された。

 世界中から、巫女姫とサユキナの声が響いたのだった。

 

 


 こゆきとキナコグリーンは、意識の世界から、元の世界へ戻った。

 目を開け、つながっていた舌と唇は離れ、下半身で接続されていた二本の指も抜かれた。

 キナコグリーンは顔を赤らめ、目をそらした。

「こ、これで良かったのかしら。お望みなら、何度でもしてあげても良くてよ……」

「ありがとう、キナコグリーン。手応えはあったわ。多分これで、何かが起きるわ。確証はないけれど、前回も似たようなことがあったの。ママの胸に剣が突き立てられて、死んでしまうのかと思ったけれど、みんなの応援で、ママは復活できたの。今も、耳を澄ませれば、聞こえてくる。巫女姫様とサユキナを励ます声が……」

 こゆきは目をつむり耳に手をかざした。

「巫女姫って誰なの? そんな人っていたかしら?」

 キナコグリーンは怪訝な表情をした。柚木菜と同じ仕草をして、おかしいなとこゆきは微笑んだ。

「こっちの世界にはいないんだけど、ママのあっちの世界にはいるみたい。でも架空の存在で、実在はしていないみたいなの。だから不思議なのよね。人って、架空の存在でもああやって深く信仰するからどんどん存在が大きくなっていくのよね。だからだまされ易いんだろうけど、そこが人のいいところなんだろうね」

(そうだ、人は愚かな存在なのよ。だから救わなければならない)

「ぇ? グリーン。なにか言った?」

「私は何も言っていないけど。こゆき隊長が言ったんじゃなくって?」

二人はお互いの顔をみて、次に柚木菜を顧みた。

苦しそうに呻いている。とても喋れるような状態ではなかった。

 すると、部屋の一角に突如まばゆい光が現れ、それはやがて光は人の形に変わっていった。

白い小袖に、袴が赤い装束姿の若い女性が現れた。明らかに巫女衣装だ。

 年は現在のこゆきより少し年上だろうか、22、3歳ぐらいに見えた。

黒い艶やかな長い髪に、透けるような白い肌。さらにはすらっとした長身に、整った顔立ちは、まさに和の美女であった。

こゆきやグリーンが見ても惚れ惚れするほどの美女だった。

見た目はまさに「巫女」だった。

突然現れた巫女は静かな口調で口を開いた。

「人間とは恐ろしいものよな。強い思いは私のような存在を生み出すのじゃからな」

「ぁのぅ…… もしかして、「巫女姫」さま、ですか?」

こゆきが念のため聞いてみた。

巫女姫は実在しない。架空の信仰対象のはずだ。

しかも、ネットだけの存在で、それ以外では特に存在していないはずなのだ。

それなのに、どうしてこちらの世界にいるのだ?

「私が巫女姫か? ほう。思念体とはいえ、よくできているものじゃ。おどろきじゃよ。だが、おもろいのぉ。人の可能性とは本当に無限なのじゃとつくづく思うぞ」

は? こいつは何を言っているのだ? 自分が何なのかわかっていなかったのか?

二人はそう思ったが、口には出さなかった。

 もし、本当に巫女姫様なら、まさに柚木菜を救える唯一の存在なのだから。

「お前がこゆきか? おぬしも半分はそのような存在なのだろう? 今後は私の元で働くが良いぞ。もちろんサユキナと共にじゃ。わるくなかろうや」

「……ぁの、巫女姫、さま? その話はとりあえず置いといて、ママを助けて欲しいの。闇の存在に蝕まれて身体中が侵食されているの。早くしないと、ママが闇の存在になっちゃう……」

「ほぉ。闇の存在も、そもそも人の負の思念から産まれた存在じゃろう。だから、それにやられた柚木菜はどんどん身体を冒されている。元々柚木菜の中にも少しはあったのじゃよ。闇の存在が。だから、直接闇の存在に触れてしまったから、触発されて、さらには身体に刻まれ、どんどん浸食してしまったのだろうよ。だから、この闇を取り除くのには少し手間がかかろう」

「ぅん。わかるから、だから、早くなんとかしてっ!」

巫女姫はこゆきの焦る気持ちを手で静止し、柚木菜の身体を診て触れた。

そして、周りを見渡して目を留めた

「ちょいとその剣を貸してごらん。この剣だって元々は白き光の存在だったのだよ。それが黒き闇の存在に呑まれてしまって、こんなにも黒くなってしまったというわけだ」

グリーンから黒い剣を手渡されて、巫女姫はそれを色々な角度から眺めた。

「これの持ち主はもういないのかい? いい剣だよ。たくさんの血を吸っている。歴戦の勇者だったんだろうね。昔はいっぱいいたものさ。最近は闇の力が大きくなってほとんどが闇の存在に飲まれてしまったよ。だから、超大型清掃機関が動くようになったんだろう。昔は地元の勇者が虫達を狩っていたんだがね」

こゆきは重苦しそうに今までの経緯を話した。途中人型虫も白き存在になって一緒に戦っていたが、結局数に圧倒されて、最後は柚木菜と相討ちになってしまったと。

「それは残念だったな。八人の勇者もこれで安らかに眠れるだろう。奴らに代わって感謝するぞ」

こゆきは、この巫女姫の底知れぬ威圧感に畏怖した。

この人は今この瞬間に生まれたのに、全てを知っている。誰かの転生のような存在なのか?

少なくとも、私より上位者なのは確かだ。他に頼る者もいない。信じるしかなさそうだ。

「では、この剣を元の光の剣に戻すところから始めようかね。この剣が、柚木菜の感染元だから、まずはこいつを綺麗にしようか」

そう言って、巫女姫は持った剣をまるで紙か板かのように折り曲げた。

こゆきとキナコグリーンは目を疑ったが、そういう自分も目を疑う存在だ。

柚木菜は物を生み出す能力があった。自分もその子だし、キナコ隊員の五人は柚木菜のコピーだ。F35のコピーも柚木菜製だ。

目の前の未知なる存在は、何をしでかしても今さら驚かない。つもりだ……

巫女姫は、剣を一回折り、二回折り、三回折って、八分の一程の大きさにすると、おもむろにそれをかぶりついた。

それほど大きくもない口を思いっきり開け、歯をむき出しにしてかじったのだ。

さすがに、こゆきとキナコグリーンは驚いた。

そんなものを、口に入れてもいいのだろうか?

あんたも汚染されてしまうのではないのか?

とは、口に出さなかった。

「ぅわ、まずい…… 生臭いし、気持ち悪い……」

だったら、食うなよ……

とは、口に出さなかった。

この後の展開を二人は想像して、気分が悪くなった。

闇の存在に汚染された剣を食べた。これは、この剣を浄化するためだ。

さて、どこから出すのだ?

たしかに出てきたモノは綺麗になっているかもしれない。

でも、どうやって出すのだろう。

目の前にいる美しい巫女姫の得体の知れない行動に、不安を覚えたこゆきとキナコグリーンだった。

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