第25話 勝利の意味は

 名古屋上空のあちこちで光っていた青白い爆発の光はやがて無くなり、再び静寂な空を迎えた。

 とはいえ、強風が吹きだし、別の意味であわただしい空を迎えようとしていた。

 三人は近くの高層ビルのヘリポートにF35を降し、再会を果たした。

 目的を果たした後だったが、三人の表情は暗かった。

 疲れはてた三人は、ようやく顔を合わせだが、交わす言葉はでなかった。

 さらに沈んだ気分に追い打ちをかけるように、強風が吹き荒れた。

 ビルの屋上とはいえ、横なぎのに払われる風は立っていることも困難で、体を風でもっていかれないように、三人はビルの内部に避難した。

 尋常では無い強風だった。

 台風24号が上陸したのだった。




「……ぅん。そうだよ。そう、この辺の黒い存在はほとんど駆逐したよ。ぇ? ……だって、そんなの、無理だよ。……そう、わかった…… ママに伝える……」

 こゆきは、父のティカセと話していた。表情と出てくる単語の状況からして、あまり良い展開ではなさそうだった。

「ティカセは、なんて言っているの?」

 柚木菜は、不機嫌そうに煮え切らない表情のこゆきに聞いた。

「……進路を少し北に変更、あと5分で暴風圏内だって。この辺の虫達は駆除したけれど、ここよりも北のエリアは全然ダメダメだから、予定通り上陸するんだって……」

 このまま台風24号が上陸すれば、多少進路は変更されるとはいえ、被害はきっと甚大になる。結局、台風の上陸を許してしまった。 

 柚木菜はため息をついた。私達の力は無力だ…… 

 四人の犠牲を出して結果が結局これとは、自分のやって来たことに虚しさを感じた。

 自分と同じ顔を持った仲間達、レッド、イエロー、ピンク、そしてブルーの顔を思い出す。同じ顔なのに全然違う表情をしていた、もういない仲間達。

 あの4人の犠牲を考えると、どうしても納得がいかない。

 もしかしたら、私かこゆきが犠牲になっていたかもしれない。

 こゆきの傷は深かったが、全国からの声援のおかげか、消滅することは免れ、傷口もみるみる塞がっていった。

 自分は言い出しっぺだからしょうがない。こゆき隊のキナコ隊員は一応私の分身だ。

 でも、こゆきは違う。この子は私とティカセの二人から産まれた唯一無二の存在だ。

 本当の、我が子だ……

 そう思うと、一気に悲しみが湧き起こってきた。

 分身とはいえ、自分のおなかを痛めて産んだ子だ。失って悲しくないわけがない。

 自分の分身だと言い聞かせ、自分をごまかしてきたが、それも限界に来ていた。

 抑えていた感情が、一気に噴き出した。

 心で締め切っていた涙腺は、感情によって全開に開かれた。

 柚木菜は大粒の涙を流し、泣いた。

 抑えられない悲しみは止まらなかった。

 その場で崩れる柚木菜を、こゆきは優しく抱きしめた。

「ママ…… ママのやったことは無駄じゃないから…… 人類初の挑戦なんだから、誇りに思っていいんだよ。それに、私はママのことを偉大だと思っているから」

 柚木菜は声を上げて泣いた。悲しさと、悔しさと、自分に対する怒りに泣いた。

「ごめんね、みんな。私がこんなだから、結局振り回しただけで、迷惑をかけただけで、仲間を失っただけで…… 何もできなかった、私をゆるして…… 本当にごめんね……」

「ママが謝ることは、何一つもないよ。結果はきっと変わらなかったんだ。結局私達は無力だったんだ…… でも、私は全然悲しくないから…… ママの仲間が犠牲になったのはもちろん悲しいけれど、私を生んでくれたのは、間違いなくママなんだから…… 私、嬉しいよ。ママと一緒に仕事ができて。ママと一緒にいられて。ママのこと大好きだからっ!」

 二人を見守っていた、キナコグリーンは後を向いて涙を拭った。止まらない涙を何とか止めることに成功させ、いまだに涙の止まらない二人に言った。

「ねぇ、もう帰ろうよ。すぐそこが家なんでしょう? ほらぁ。二人とも会いたいんでしょ? パパに」

 柚木菜が顔を上げた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃだったが、自分のスカートをタオルのように拭って、無理やり笑顔を作った。

「……ぅん。そうだね…… そうだよね。パパが待ってる……」

 涙は止まらなかったが、柚木菜は立ち上がり、こゆきの手を取った。

「…………ょしっ! こゆきっ。三人で帰ろう。我が家にっ! そうしたら、みんなでスキンシップしよっ! さらに今度は男子もいるぞっ! さらには四人で4Pだよっ!」

「うんっ! またこーふんするねっ! またぬるぬるのぬれぬれになるねっ!」

「そうね…… おじゃまするわ…… でも、3Pでやってちょうだい…… 私は遠慮するわ……」

 ようやく、重い空気は拭き払われ、いつもの笑顔が戻りつつあった。

 こゆきは、自分の母にようやく笑顔が戻り、いつもの陽気さに、安心と安堵を覚えた。

 結果は良いと言えないが、これはしょうがないことだったんだと。大自然の代行をするなんて、初めから無理な話だったのだ。

 こゆきは柚木菜に手を引っ張られ、外へ向かっていた。

 その足取りが急に止まった。柚木菜は足を止め、膝を落とした。右手はこゆきの手を取り、左手は胸を押さえていた。

「ママ? どうしたの?」

 後ろ姿の柚木菜から、その表情は見えなかった。でも、肩で荒い息をしているのはわかった。

「……大丈夫。心配ないよ。少し、胸が痛んだだけだから……」

 胸? が、痛む?

 こゆきの記憶に、悪いイメージが浮かんだ。

 名駅での戦闘で、柚木菜は人型虫の刃に胸を射抜かれた。

 かろうじて相手の人型虫は粉砕したが、そのとき胸に刺さった剣を抜いたのは自分だった。

 胸の周りが黒く染まっていたのを思い出す。傷は癒えたと思っていた。でも、どうやら違っていたようだった。

「ママ、胸を見せて…… 早くっ!」

 こゆきは回り込んで柚木菜の正面に座り、手で押さえていた胸の当たりの服を引きちぎった。

 胸の中央部が真黒に染まっていた。傷こそなかったが、そこを中心に、黒いシミのような存在は体全体に広がっていた。

「……これは、いったい何なの?」

 こゆきはその変貌を目の当たりにして言葉を失った。

 柚木菜はさらに苦しみ、苦痛で顔をゆがめた。

 今まで我慢していたのか? 戦闘中確かに射撃が冴えないと思ってはいたが、これが原因だったのか……

 親が自分の子に心配を掛けたくないのはわかるが、こんなになるまで放っておくなんて……

「パパのところへ行こう…… ここでは何もできない。 グリーンっ、手を貸して」

 こゆきとキナコグリーンは柚木菜を両側から支え、外まで運び、強風の中、F35のリアシートになんとか座らせた。

 前席にこゆきが乗り、テイクオフさせた。キナコグリーンもこゆき機に続いた。

「パパっ! ママが大変なの。助けてっ!」

(……こゆき。パパではどうすることもできない。ママの体はママのものなんだよ。この世界の物ではないんだ。だから、ママが自ら何とかするしかないんだよ)

「そんな……」

「……こゆき、私の中に闇の存在が感染したみたいね…… 私、虫になっちゃうのかな。それとも、真っ黒い人型の虫になっちゃうのかな。いやだな……」

「なに言ってんのっ! そんなっ、そんなことないっ! 絶対私がママを助けるからっ! 絶対にあきらめないでっ!」

 でも、どうすればいい? どうしてこうなった? このままだとどうなるの? お願い、誰か教えてっ!

 こゆきは考えたが、何も答えは浮かばなかった。

 後ろの席で苦しんでいる自分の母を一刻も早く何とかしたい気持ちが早まって、冷静な思考はできなかった。

 せめて、こんな狭いコックピットではなく、広い場所で休ませてあげたい。

 やはり、一旦パパの元に戻るか……

 それを見越してか、こゆきの父であるティカセから声が届いた。

(闇の存在はここには入れない。それこそ、感染してしまったら取り返しのつかないことになる。ママのことはもちろん好きだけど、これはどうしようもないことなんだ)

 その声を聞いて、こゆきは絶望した。最後の砦である、父のティカセにも見放されてしまった。

 せめて少しでも楽な体勢にしてあげたかったのに……

「ごめん、ママ…… 私は非力だ…… どうすることもできない……」

「……こゆき。私こそごめんね、生まれて間もないのに、苦労ばっかり掛けちゃって…… もっと楽しいことをして、美味しいものを食べて、いっぱい笑っていたかったのに…… 何もできなかった、こんなママをゆるしてね…… ごめんね……」

 どうする、もう時間はない。台風だの虫だの、もう関係ない。現実世界が台風で被害にあうのは自然の摂理だ。ママやパパのせいではない。

 ママさえ助かればいい。ママさえいてくれれば何もいらない……

 でも、どうしたらいいのっ!

 こゆきは頭を抱えた。そして何もできない自分に嘆いた。F35の中で計器をたたきつけた。

 手に痛みが伝わったが、自分の苛立ちを晴らすには、痛みは足らなかった。

 代わりにコクピットの計器はひび割れ、機能しなくなった。叩いた衝撃で壊れてしまったみたいだ。

 こんなのママだったらすぐ直るんだろうな。ママは私を生んだ。ママには物を生み出す力がある。このF35だってコピーできたし。キナコ隊だってママから生まれた。

 私にはできないけれど……

 まてよ…… キナコ隊はママそのものだ……

 ママを犯しているのは、人型虫の闇の存在。感染源は奴らが持っていた長剣だ。

 だったら……

「キナコグリーンっ! お願いっ。名駅周辺で、人型虫が持っていた剣がどこかに落ちているの。それを探してっ! それがママの体を犯している現況なのっ」

 後ろで飛んでいたキナコグリーは「わかった」の一声で、状況を理解し、すぐさま探索に行った。

 こゆきも一緒に探しに行きたかったが、後ろで苦しんでいる母を置いていくわけにはいかなかった。

「ママッ。もう少し我慢して。何とかしてみせるから」

 後ろの席で苦しんでいる柚木菜は、返事をする余裕もすでになかった。固く目を閉じ、苦しみに耐えていた。

 とりあえず、ママをどこかで休ませないと……

 こゆきは、剣が落ちている名駅方面へ機体を向け、着陸できる場所を探した。とりあえずツインタワーの屋上へ機体を降し、キナコグリーンを待った。

 まもなくして、剣を持ったキナコグリーンが現れた。

「あったよ。この黒い剣だろう? 撃墜履歴の位置情報と、サーマルスキャンで剣の場所が出てきたよ。こゆきチューンのF35は本当に凄いね。リンクしたらすぐ出たよ。」

「ありがとう。これでママが助かるかもしれない。それと、もう三つ、お願いがあるの……」

「なーに、なんでも言ってごらん。なんでも聞いてあげるわよ」

「……ぅん。お願いね。一つは、ママをF35から降ろして、このビルの寝室に寝かせてほしい……」

 こゆき一人では、柚木菜をコックピットから降ろすのは困難だった。二人がかりでもこれは大変だったが。

 このビルの15階より上はホテルになっていた。そこのスイートルームに柚木菜を寝かせた。これで、少しでも苦痛が楽になれば救いものだった。

 一息ついて、キナコグリーンは聞いた。

「つぎ。二つ目はなにをさせたいの?」

 こゆきは、キナコグリーの顔を見て真剣に言った。

「私とキスして……」

 キナコグリーンの顔は引きつった。

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