第23話 苦戦

こゆきサンゴー小隊の各隊員は、大爆発したF35の火球が消えるまで、息が詰まる思いで見ていた。

また一人死んだ…… この世界で死んだという表現が正しいのかはわからない。でも、消えて消滅したことには変わらなかった。

「……ぁと、……二体よ。気を抜かないで。千種に現れた人型虫は位置を絞り次第、ミサイルで攻撃。みんな、距離をとって……」

 レーダーには二体の人型虫が表示されていた。まだまだ無数の虫達はいたが、今は雑魚にかまっている暇はない。

 こゆきの機体下部のハッチが開き、ミサイルが飛び出した。

 他の4機も、同じようにミサイルを放った。

こゆきは、仲間を失った悲しみと、敵の意表をついた攻撃に何もできなかった自分に苛立った。

 確かに新たな人型虫の出現は予測していた。だが、こちらと同じような武装を装備してきたのは完全に予想外だ。

今は目の前のことを考えよう。起こってしまったことはしかたがない。

柚木菜の心配そうな声が届いた。

「だ、大丈夫よこゆき。あと二体片付けてパパのところに帰ろう」

「ぅん。そうだね。帰るっていうか、もうすぐやってくるんだけどね…… 各機、散開して索敵して、目標をとらえ各自で撃って」

「わかった」 静かに、キナコブルーが答えた。

「うん、じゃあ、そういうことで」 キナコイエローが言った。

「そうだね…… みんな、気を付けて…… また後で……」 キナコグリーンが重々しく話した。

 ミサイルが人型虫付近で爆発した。向こうにはM134があるから、ミサイルを撃ち落とすのはたやすい。

 五機のF35は散開して、人型虫を狙った。

 キナコブルーが、ビルの反対側に回り込み、視界に銃を持った人型虫を捉えた。

 こちらが撃てるということは、向こうも撃てる。問題は距離だ。こちらからざっと3,000m。十分な射程距離だが、向こうさんはそうでもない。

「当たれっ!」

 キナコブルーはトリガーを引いた瞬間、機体に何かがぶつかる衝撃を感じた。

 機体から発射された超高速投射弾頭は、人型虫の頭をかすめた。当たりはしなかったが、衝撃波で顔の皮膚を削いでいった。そして、こちらに向けて六砲身の銃が火を噴いた。

「外したっ?」

 キナコブルーはすぐさま機体を傾け、銃弾をかわそうと回避運動に入った。

 3,000mあれば、着弾までに十分かわす時間はあった。

 はずだった。

 異変に気が付いた時には、すでに遅かった。

 最初、機体に何かがぶつかったのは、雑魚の虫達だった。50cmから1mほどの大きな虫だが、今の戦力なら敵ではない。

 しかしそれは、距離を保って撃つことができればの話だ。

 黒い虫達は、キナコブルーの機体にびっしりと張り付いていた。まるで巣に群がる蜂のように、もしくは砂糖に群がる蟻のように、無数の虫で多い尽くされていた。

こうなると、もう身動きはできなかった。

見よう見かねたこゆきが、ブルーの機体めがけてバルカン砲を撃った。40ナノ弾は虫達には効果的だが、ヒコーキには大したダメージを与えることはなない。

 有質量弾だが、大きさのごとく、大した質量ではないのだ。

 機体に張り付いていた虫達が一層された、同時に、人型虫の撃った12ナノ弾がブルーのF35に被弾した。

距離もあったため、弾はばらけて機体のあちこちに穴を空け、撃墜までには至らなかったが、航行は不能状態に陥った。高度もどんどん落ちていく。そこへ黒いもやのような雲に包みこまれ視界から消えてしまった。

 こゆき小隊の後続機が人型虫めがけて、超高速投射弾頭を次々打ち込むが、距離があったためクリーンヒットには至らなかった。

 それでも、人型虫のブルーに対する攻撃を阻止することはできた。

 レーダーに反応が出た。もう一体の人型虫だ。高速移動でブルーに近づいてきている。

 柚木菜とこゆきは銃を持った人型虫を追い、イエローとグリーンはもう一体の人型虫に機首を向け、トリガーに指をかけた。

 その直後、イエローは見た。照準を人型虫に合わせた瞬間、視界に黒い光のようなものが入った。それはF35の機首に突き刺さり、機体内部に侵入し、やがて、キナコイエローの胸に深々と刺さった。

 人型虫が持っていた、長い長剣だった。F35がロックオンするタイミングで長剣を投げたのだ。同じ射線上にいれば、当然、当たるというものだ。

 キナコイエローのF35のキャノピーが赤く染まった。

 同時に、剣を投げつけた人型虫は、キナコグリーンの撃った超高速投射弾頭を食らい砕け散った。

「肉を切らせて、骨を断つか…… 後味、悪すぎだよ……」

キナコグリーンは先ほどまで笑顔を振りまいていたイエローを思い出し涙した。

 柚木菜とこゆきは、キナコイエローのF35が大爆発するのを遠い目で見ていた。

「そんな…… イエローが……」

「ママッ! 今は目の前のことに集中してっ! 気を抜いたらやられるよっ!」

「ぅん…… わかってる……」

 こゆきは通常弾で弾幕を張り、その後ろで柚木菜が超高速弾頭で狙撃するスタイルで戦闘をしていた。

 人型虫は、ちょこまかと高速に動き、有効的な弾傷を与えることはできず、たまに振り返って逆に弾幕の応酬を食らうこともあった。

 そこにグリーンも駆けつけ、三段構えで銃弾の応酬を食らわした。

 その甲斐あって、人型虫は少しずつ被弾していった。こゆきの放つ通常弾では薄皮一枚ほどしかめくることができなかったが、グリーンの放った超高速弾頭が足を捉え、次に持っていた六砲身の銃を粉々に破壊し、ようやく胴体を捉え、その体は見事に四散した。

「ゃ、やったぁーっ!!」

一番に喜んだのは柚木菜だった。

「ママ、まだ油断してはだめだよ。もしかしたら、もしかするかもしれないから」

「そうだ、安心するにはまだ早いぞ、マザー」

 周囲を確認する。大きな反応はもうない。小型の虫たちが多少群れになってはいたが、密度はなかった。

 三人は念のため、ミサイルで残存する虫たちを駆除した。やがては、視界にもレーダーにも反応は無くなっていた。

 もう一度周囲を確認して、三人は緊張の糸を解いた。

「終わったのね…… これでよかったのかしら。結局私が清掃したのは、名古屋周辺だけで、実際にはそれ以外のエリアだって虫たちは数多くいるはずなのに…… こんなので本当にいいのかしら」

「いいんだよ。ママはママができる事をやったんだから。それ以上のことはできないよ」

「マザーがいなければ、誰もこんなバカみたいなことはやらないよ。マザーは本当にばかげた人だ」

「そりゃあ、ママはこの世界で唯一の存在だからね。だって、私のママだもん」 

 柚木菜はこれまでのことを振り返った。長いようで、短いこの道のりを。 

 台風のティカセに会い、協力してあげるからキスしろとせがまれ、結果、子供が生まれてしまった。

 その子が協力者だ、なんて、本当にばかげている。

 さらには、台風は実は強大な掃除機で、まさにサイクロンクリーナーであり、世界の誤作動の元になる虫達を駆除するために、こんな大がかりな装置、つまり台風を使っているのだから、ぶっ飛んだ話である。

 二人は、虫の駆除をするために、現実世界にある武器のレプリカを使って虫を殺しまくり、やがては虫たちの親玉のような存在の人型虫が現れ、苦戦を仕入れられた。

 武器をどんどん強力にし、最後にはこのヒコーキを操り、さらには兵員の増加を試み、腹を痛めて分身まで作ってしまった。

 何人かの犠牲の下にようやくつかんだ勝利だった。

 長かったようで、やはり短かったような……

「こゆき。パパに連絡。ここ一帯の虫たちは駆除完了したって言って。こっちには来なくてもいいよって」

「うんっ! わかった。これで、パパに会えるね」

「マザーのパパって。父君なのか?」

「グリーン、違うよ。パパって、こゆきのパパって意味だよ。そして、私の旦那様なの。だから、グリーンからみたら、おじさんになるってことなのかな?」

 こゆきは即答した。

「違うよ。グリーンの夫でもあるねっ」

 柚木菜はよくよく考えてみたら複雑な思いになった。確かにグリーンは自分の分身だ。姿形は全く同じだから、そう言われると、そうなのかもしれないが、性格は明らかに違う。きっと双子のような存在なのだろう。だったら、やはりおじさんになるのか?

 そういえばブルーは無事なのか? 機体の反応がない。本人からの通信も途絶えたままだ……

 突如、機内から警告音が鳴り響いた。

 そんなはずがない…… この警告音はレーダー照射だ。そんな敵はここに存在しない……

「各機散開っ! 急いでっ!」

 こゆきの緊張した声が頭に響いた。

 次の瞬間、こゆきの乗ったF35の左翼が爆発した。

 何かが飛んできた。それは、ものすごい早さでこゆきのF35を射貫いていた。

 火線の遙か向こうには真っ黒な飛翔体があった。

 それは、レーダーに写らないステルス戦闘機のF35だった。

 

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