第21話 応援

こゆきが指さした物を見て、柚木菜は自分に問うように答えた。

「これってヒコーキのこと? こんなデカイものを、コピーなんかできるかな?」

ざっと全長15mはある機体だ。重量だって30t以上はある。ケーキなどの比ではない。

「ママは聞いたこととか、見たものを視覚化できるんでしょ? だったら、このF35も視覚化されて何かに見えるんじゃないの?」

そのようなことを突然言われてもと、柚木菜はF35を凝視した。

「ぇーっと、ねぇ……」

 柚木菜の頭の中に、記号のような数字のような文字の塊でできたヒコーキが見えてきた。

シルエットはもちろん、中の細部の構造、配線、電子器具、見えないはずのソフトウェアーも見えてきた。そのソフトにはこゆき改の文字も見えた。オリジナルの機体とソフトだが、随所にこゆきの手が入っているのが分かった。

もともと素粒子と電子の塊みたいなこゆきだからこそ可能な技であった。

そういう自分は「京」とのハイブリッド状態だ。こうやってヒコーキの細部の情報が読み取れるのもそのおかげである。

「これならコピーできそうでしょ? だって元ネタはパパの頭にあったんだから」

おぉ、そうだった。青森上空でスキャンしたものをコピーしたのだったかな……

「ょし、それじゃあ、やろうか」

「そうだね。じゃあ準備するね」

そう言って二人は立ち上がった。




 柚木菜とキナコ隊の六人はヒコーキを囲むように配置に付いた。

 こゆきがヘリポートの床に書いた正六角形の角に立ち、F35を円陣で囲む要領だ。

 円陣の中が緑の光で包まれている。それはまるでF35を光で透過させ、全ての情報を網羅するかのようだった。実際、その光はスキャニングするための光だった。

 柚木菜の頭の中に冷気が入り込むような感覚に襲われた。緑の光が最小の粒となって頭に入ってくる。激しい頭痛がして顔をしかめた。

 キナコ隊の五人も同じ様子で、目を閉じたり、頭を抱えたりして、頭痛に耐えていた。

 F35の全ての情報が頭に入り、柚木菜はこゆきに手で合図を送った。

こゆきはなにやら呪文のようにブツブツ唱えながら、ヒコーキの、羽の一部をへし折るとそれを円陣の上部へ投げた。

「我親愛なる友人よ、ここに我のために出でよっ! いざっ、ペーストっ!」

羽の破片は円陣の中央部上空、つまり、既設のF35の真上で光を放ち大きく膨れ上がった。

光はやがて形を成型し、F35のシルエットを作っていった。しばらくして一瞬強く光を放ち、眩しさに目を閉じてしまうが、次目を開けたときには真っ黒なヒコーキのF35が出現していた。

「やったっ! すごっ! 本当にコピーできたっ!」

柚木菜は感嘆の声をあげた。他のメンバーからも、オーとかワーとかの声援が上がった。

オリジナルのF35の上には、確かに一機のF35が浮いていた。

「……でも、少し小さくない?」

指揮を執っていたこゆきも頭を掻いていた。

オリジナルのF35が15mに対して、コピーペーストした機体は1.5mほどしかなかった。これでは妖精サイズの柚木菜だったら搭乗できたかもしれないが、それでは意味がない。

「パワー不足だね。いくらこっちの世界がなんでもありと言っても、それなりのエネルギーの源が必要なんだよ」

「やっぱり現実は甘くないと言うことか…… って、ここは現実じゃないんだけどね」

柚木菜はどうしたものかと腕を組んで考えた。考えたところで答えは出ないのだが……

「とりあえず力を集めないといけないね。こんなデカイものだと結構なエネルギーが必要だからねぇ。ママ、地上の声を聞いて。そして呼びかけるの。もっと力が欲しいって。人の想いって、ここの世界では反映されて力の源になるから」

ちじょう? 元の世界のことか?

そういえば、身体が癒えるときも暖かい声援があったような気がする。人の思いは結果的に世界をも動かすことができるのだと実感していた。

「で? どうするの? なんて呼びかければいいのかな」

「そうだね。我はサユリナ。巫女姫様の一番の臣下である。これより台風24号を見事退けてみせよう。そのためには、貴君らの力が必要だ。私に力を貸して欲しい。貴君らの強い願いと思いがあれば、我の力となり得よう。我、サユリナに力をっ! はい。こんな感じで呼びかけるの。いい?」

「ちょっと待って、もう一回言って、そんな一発で暗記できるわけないじゃん」

「……ねぇ、こんな短いセリフも覚えられないのに、よくF35が本当にコピーできたね…… ママの頭の中に今聞いたことがちゃんと残っているはずだよ。ママの場合は聞いた言葉が。文字になって視覚化されてるからなおさらだよ。ちゃんと頭の中を見てごらん?」

 頭の中を見ろといってもなぁ、と見えそうな記憶を探った。確かによく見れば様々な記憶の映像や文書などが見えてきた。

ぉ、これか…… 確かに文字化されて視覚化された言葉があった。こゆきの言葉は少し丸っこく、黄緑色で可愛らしい。そういえば、この巫女姫様って誰なの?

「こゆき? 巫女姫様って誰か知ってる? 知り合いなの?」

「ぇ? ママは知らないの? 私は会ったことないけど、ママは何度も会ったことがある人だよ。知りたければ、「京」経由でハッキングすればいいじゃない。すぐに誰かわかるよ」

「……ハッキングなんてやったことないよ」

「難しいことを考えなくってもいいんだよ。元の出所を突き止めるだけでしょ? 基本みんな繋がっているんだから、手繰りで探れば、そのうち最初の一本に辿りつけるよ」

「そ、そうなのかな……」

柚木菜は目をつむり、もともとのSNSが発信地なっているサーバーに介入するイメージをした。

頭の中に文字やら、数字やら、記号、写真動画が展開した。そして、無数のアカウントが頭の中で交錯した。

今この瞬間も無数のページが更新されていた。その中で、巫女姫様とサユリナのワードを絞る。出元はすぐにわかった。それこそが「巫女姫」のアカウントだった。

詳細情報などを開示する。これは管理者権限で回覧出来るわけだ。

その気になれば、このアカウントごと乗っ取ればいい。

 詳細情報から個人を特定はできないが、発信元は突き止められるはずだ。

IPアドレス、通信施設、サーバーの機器……

ぇ? 日本政府? 超自然災害対策機関?

愛工大特設サーバー?!

サーバの所在は……私のバイト先、超自然科学研究所だ……

つまり、巫女姫は水渓さんだ……

柚木菜は「京」を通して、そこのサーバへ介入しようとしたが、これ以上進むことができなくなった。何やら扉がイメージ化された。まるで鋼鉄でできた扉だ。この先に刃風教授と助手の水渓が使っている端末があるはずだ。なんとかこの扉を開けて、水渓と連絡を取りたい。

「こゆきっ、手を貸してっ! ここから先に入れないっ」

「いいけど、私は直接そっちには介入できないよ。ママの身体を通せばいけるけど、いいかな?」

「もちろんいいわよっ。お願い、きてっ!」

 こゆきは、ょしっ、と口元をほころばせて、自分の唇を舐めた。

目をつむっている柚木菜の真正面に立ち、そして、自分の唇を柚木菜の唇に重ねた。

当の柚木菜は目をつむっていたから、最初は何が起こったかわからなかった。

その後、こゆきの手が背中に回りさらに二人の唇を押し付けた。

口の中に生暖く柔らかいものが入ってきた。

柚木菜は思わず目を開いて今の状況を目の当たりにした。

我が子のこゆきが自分とキスをしている……

初体験の相手はこゆき。

セカンドキスの相手はこゆき……

なんて親密な親子なのだろうか……

さらにこゆきは新調した柚木菜のスカートを捲し上げ、下着の中に手を突っ込んた。そのまま股間の谷間に指を滑り込ませた

「……っ!!」

口はこゆきの舌で封じ込まれ、下の口はこゆきの指で封じ込まれてしまった。

もがくと秘所に入った指が食い込み、身体に体験したことのない刺激が走り、身を震えさせた。

頭の中に白い靄のようなイメージが浮かび上がり、それが人の形になった。

それはこゆきだった。

(やったーっ! ママの中にはいれたー)

頭の片隅にイメージ化されたこゆきが存在していた。

(ちょっとっ、なんて入り方をするのよっ。びっくりしちゃったじゃない……)

(だって、直接頭に穴を開けたら痛いでしょ? だから、一番神経が集中している末梢神経系からアクセスしたんだよ)

(私のあそこはUSBジャックかい…… それに、頭に指なんか入れたら死んじゃうじゃない)

(大丈夫だよ。脳みそに指を突き立てるわけじゃないんだから。優しく触れるだけだよ。それより。頭蓋を割って穴を空ける方が大変だよ。パパだったら下半身に出っ張りがあるからきっとジャストフィットするんだろうな。どんな感じがするんだろう…… 今度聞いてみよっと)

(そっ、そんなことは聞かないでっ! それより、ここを開けてほいしんだけど)

こことは、超自然災害対策機関のサーバーだ。ここを突破できれば刃風教授と水渓助手とコンタクトが取れる。

(うん、そっちに行くよ。それ。はい。ついた)

こゆきは柚木菜の意識のはるか先、「京」を通して、サーバーの前にたどり着いた。そこには柚木菜とイメージ化された扉があった。

(……さすが早いわね。ここまでの描写をどうしようか悩んでいたけれど、その手間が省けたわ)

(ママが何を言っているのかわからないわ…… ちょっといいかな)

 こゆきは扉の前に立ち何やら呪文のような言葉を発した。すると、手にはナイフが何本も現れそれを扉に突き立てた。

 六本、正六角形角の六カ所にナイフが突き立てられると、その外周にどこから出したか分からないが、ワイヤーのようなものを巻きつけた。

 それに、火を付ける。ワイヤーだったものはまるで導火線のように火を走らせ、六本のナイフの周りに火を走らせた。

 六角形で囲まれた部分の扉がぼやけてきた。やがて、その部分だけが溶けてなくなったかのようにぽっかりと穴が空いた。

(よし。ママ、空いたよ。行こう)

(ぉ、おう。行こうか。それにしても、何をやったの? まるで手品ね)

(そんなもんだよ。あえていえば防壁を焼いたんだよ。そのうち修復されるから、急いでね)

 二人は、空いた穴に潜り込み奥へと進んだ。

 超自然災害対策機関のサーバー内部に侵入したのだった。




「ぇ″? ハッキング? このクソ忙しいときに。一体どこのどいつだ。非常識にも程があるっ!」

 水渓はディスプレイの右隅に表示されたメッセージをみて憤慨した。

「ここの防壁を破るなんて、それこそ非常識なやつだ。何者なんだろうね。只者ではないよ」

 これは刃風教授だ。特に驚いた様子もなく、いつもながらに冷静だ。

「それは私に言っているんでしょうかね。私だったらここの防壁なんて破れますよ」

「そりゃあ、ここの基本理論を立案しているのは水渓くんだからね。でも、それ以外に破れそうな人は、誰か心あたりはあるかい?」

「ない!」

 水渓は即答した。苛立っているのはそのせいもある。ほぼ自分で作ったようなこの防壁を、短時間で破った者がいる。一体誰なのか。何者なのか。

 水渓は侵入経路を追った。回線の経路からそんなのはたやすく割り出せる。

「ぇ? 「京」からのハッキング? ってことは、やっぱり私の作った回路を誰かが利用している……」

 誰だ? そんなことのできる人など限られている。

 現在「京」を使用しているのは、この研究所だけだ。つまり、私と刃風教授と、それから、柚木菜ちゃん……

 柚木菜の意識は「京」によって拡幅されている。つまり、「京」と同期してしまったら、「京」を使ってハッキングできる。あのハイスペックだ。こんな防壁など確かに短時間で破れるだろう、しかも「京」に入っている基本回路も私のものだ。

 しかし、それを柚木菜がやったというのか。人は「京」と融合することによって、さらなる進化を遂げたのかもしれない。

 私たちは、踏み込んでは行けない領域に足を入れてしまったのかもしれない。

 水渓のディスプレイに突如文字が表示された。

『やっとで連絡が取れました。柚木菜です。ご心配をおかけしました。今、名古屋上空で交戦状態になっています。しばらくは雨が降ったりしますが、台風はこっちに来ないようにします。巫女姫様、応援ありがとう。助かりました。それと一つお願いします。サユキナの一番弟子のこゆきにも応援お願いします。私は一人ではありません。こゆきとあと五人の仲間がいます。もっとみんなの応援がないと戦力を維持できません。より一層の応援をお願いします。ふろーむ、サユキナ姫のこと柚木菜姫』

ディスプレイを見ていた水渓は文面を見て凍りついた。

最初は何かのイタズラかと思ったが、こんなところにメッセージを残すことのできる者は他にいない。

「……フフフッ。…………ははははははははっ! こいつは傑作ね。柚木菜ちゃんはあっちで凄いことをやっているみたいよ。そりゃあ、全力で応援しないといけないでしょう」

 水渓はディスプレイにツイッターの画面をいくつも開き、各画面にメッセージを凄い勢いで打ち出した。

 そして、ツイートの箇所をいくつもクリックした。

『我は巫女姫であるぞ。我が配下のサユリナが苦戦しておる。皆の応援が必要じゃ。唱えてくれ。サユキナ頑張れと。叫んでくれサユキナを応援しているぞと。そしてもう一人の配下、コユーキも応援してくれ。皆の熱い想いが一番の糧なのじゃ。さあ、我に力を、我配下にも力をっ!』

このツイートはさらなる波紋を呼んだ。一つは、白いモヤのような天使柚木菜の動画も一緒に添付したからだ。これは理研の上空を飛んでいたときの画像だった。それともう一つが、多くの人たちが実際に暗闇の上空に動く多くの光を見たからだ。

サユキナは本当にいる。巫女様の言うことは事実だ。そう確信した者が数多くいたのだ。感動した多くの人達は巫女姫様をより多くの人に広めようとSNSで拡散を希望した。

 結果、ツイートがツイートを呼び、瞬く間にツイート数とリツイート数は増え続け、再び全国区にその姿が知れ渡ることになった。

「ほら、応援したよ。柚木菜ちゃん、頑張るのよ。それから、こゆきちゃんも頑張って。私の巫女姫は実在しないけど、逃げも隠れもしないからね」

 こうしてサユリナのこと柚木菜と、こゆきの存在は世に知れ渡ることになった。

 台風24号は現在伊勢湾上空。上陸まであと10分ほどに迫っていた。

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