第19話 胎動
水渓は、隣の部屋のリクライニングシートで横になっている柚木菜を見て、心配になってきた。
先程まで安定していた心拍数、血圧、呼吸が一気に上昇したのだ。
それに伴い、脳内のA10細胞の活性とドーパミンの分泌量が異常なほど高い数値を示した。
向こうで何かが起こっている。一体ナニが起きているというのだ。
巫女姫のリツイートもエンゲージ数がどんどん上がっている。
柚木菜のMP値という数値も、それに合わせて上がっていた。
苦痛に顔を歪め、苦しそうにあえぎ声を漏らしている。
体温も上昇し、額から汗を浮かべている。
柚木菜の身体をサーモグラフィで見ると、全体的に黄色からオレンジ、一部は赤くなっている。
その部分は特に熱を帯びているということだ。
……腹部下部と胸、ここに何らかの反応があるようだ。一体なにが……
何かのダメージをうけたのか? それとも……
サーモグラフィに変化が出た。腹部下部にさらに温度の高い色がでた。明らかに体温より温度が高い。
それと同時に、柚木菜が悲鳴に近いあえぎ声を漏らした。
これは一体……
腹部周辺の体温が上がって、モニターの色が明るくなっていく。
別の数値も一気に跳ねかがった。正確に言えば、計測不能になっていた。
おなかの中で何かが起こっている……
水渓は振り返り、ガラス越しの柚木菜を見て血の気が引いた。
「は、はかせ…… ちょっと、見てくださいっ!」
隣の部屋で横になっていた柚木菜は緑の光に包まれていた。特におなかの辺りの光は強い。
「ほう、これはすごいね」
刃風教授は特に驚いた様子もなく冷静だった。
「ほう、じゃないわよっ! なんなんですかっ、この緑の光はっ!」
「水渓君は見たことないのかい? 巫女巫女様なんだろう? これは後光とか光背とか呼ばれている、神秘的な光ってヤツだよ」
「その名で呼ぶな…… そりゃあ、確かに私も巫女の端くれだけど、そんなモノは見たことはないわよ。はかせの実験で似たような光は観測したことがあるけれど、こうやって人体から肉眼で見るのは初めてだわ」
「この光の波形は、一時間前にも観測されているよ。柚木菜君がアッチ側に行って少したったころだね」
「今回のこの光は何を物語っているんでしょうね。何か宿したのかしら? それこそ、神の力的な何かを」
「そうなったら、柚木菜君は、本当にサユキナ様に昇華するわけだ。そして君はその上位神。巫女巫女姫様だ。悪くない話だ」
刃風教授はクククと笑いをこらえた。
「ちょっとっ! 冗談じゃないわよっ! はかせっ、ちゃんと責任を取ってくださいよっ。柚木菜ちゃんはもちろん、私の人生もよっ!」
「心配するな。第一信者になってやるから。それに、全面的にバックアップするからさ。政府公認でね」
「全然分かってないっ!」
水渓は近くにあったマウスをぶつけてやりたい気分だったが、さすがにそれは押さえて、柚木菜の状態を確認した。
サーモグラフィの映像に、腹部の白い光を確認した。何かがここにいるようだった。
一体、何が……
名駅ツインタワー屋上のヘリポートで二人の少女は抱き合って座っていた。
二人はよく似た顔立ちで、一見すると兄弟のように見えた。
一人は上半身服が血まみれで、下半身は裸だった。
もう一人は、少し年上なのだろうか、顔立ちが少し大人びていた。血まみれの少女が17歳ぐらいなら、こちらの少女は19歳ぐらいに見えた。
それはまるで、姉妹の姉が妹と関係を持って、一息ついているかのようにみえた。
実際は姉ではなく、柚木菜の娘のこゆきで、母柚木菜の体を温めるように抱き合っていたのだが……
「もうすぐ産まれるわ。ママの分身。楽しみだなぁ」
確かに、娘のこゆきと関係を持ってしまい、自分のおなかには新しい命が宿っているらしいが、これで本当にいいのか?
「そ、そうなんだ。産まれるんだ…… 本当に産まれるんだぁ……」
柚木菜は我が子との擬似的な行為のあと身ごもっていた。擬似的といっても、しっかりモノは入れられ、おなかで新しい生が芽吹いている。
最初、こゆきは分身ならできるよと言っていたが、これでは分身ではなく、クローンだ。
柚木菜はため息をついた。これから御産というわけだが、陣痛とかくるのだろうか。
痛いのはいやだ……
「ね、ねぇ、こゆき。ところで、どうやって産むの。御産経験なんてママないんだけど。大丈夫かな……」
と、聞いたものの、当然こゆきにもそんな経験などない。
「だいじょーぶだよ。私のときだって、ちゃんと受け取ったんでしょ?」
そういえば、ティカセのときも特に問題なかったではないか。そのときは、まさかと思ったが……
しかし今回は、自分のおなかの中に宿している。ここから出るには、やはり産道を通らなければ出てこられない。
「はぁ…… そうだね。たぶん大丈夫だね……」
柚木菜は自信なく答えた。と、思っているとおなかの辺りが暖かくなってきた。
不思議な感覚だった。身体全身に力がみなぎり、身体が火照っていくのが感じられた。
下半身がムズムズしだし、尿意のような感覚が襲ってきた。
「ぅ、産まれる…… かもしれない……」
「ママ頑張ってッ! 私がちゃんと受け取るからっ」
こゆきは柚木菜の両足を広げ、股間の谷間に集中した。
自分の秘所をまじまじと見られ、恥ずかしいと顔を赤らめたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
我慢していたモノが出ていくような開放感が襲った。
「ぁッ! で、出るっ! ハァァァッーー!」
柚木菜の股間から、透明な体液と共に、白い塊が出てきた。
にわとりの卵ほどのそれは、まさに白い卵だった。
こゆきは両手でそれを受け止めた。
「やったーっ! 産まれたよっ! ママッ、産まれたっ!」
「アァァッー! ま、まだ出るっ! ァ、ハァッー!」
さらに柚木菜の股間の谷間が、ぱかりと開いて白い卵が姿を現した。
「ママッすごい! また産まれたよっ!」
先程の卵を優しく床に置き、新た出てきた卵を両手で受けた。
「ンンンッ! マダ…… 出る……」
再び股間の谷間が開いて、白い姿を現す。その状況が何度か繰り替えされた。
結果、柚木菜は五つの卵を産み落とした。
「ハアハアハア…… も、もう…… 出ない……」
「ママッ、頑張ったねっ。五つ子ちゃんだよ」
柚木菜は自分の足下に並べられた、産まれたての小さな我が子を見た。
「……た、たまご?? はは…… 私はトカゲか鳥なのか……」
「なに言っているの。ママは人でしょ? すごいよ、兄弟が一気に増えたねっ」
「兄弟ね…… 私のクローンだけど……」
それにしても、卵で出てくるとは驚きだった。まあ、普通に赤ちゃんが出てこられても、困ってしまうが……
こゆきは産まれた卵を両手で優しく抱きかかえ、それを柚木菜に見せた。
柚木菜は産まれたての我が子を見て、感動…… することはなかった。
「……ぅーん。なんて言えばいいんだろう。こゆきと関係を持って生まれた子供達。なんか背徳完がハンパないな……」
「何言ってんの。私は、こんな奇跡的な瞬間に立ち会えて、とても感動しているわ。ママと私で作った子供よ。感動して当然よ」
ぁー、我が愛娘こゆき。違うんだぁ。本当の感動って、もっと違うんだよぉ……
こゆきに抱きかかえられた卵に、ピシッとヒビが入った。一つにヒビが入ると、他の卵にもヒビが入り出した。
こゆきの顔がぱっと明るくなる。
「あっ! 孵化するっ!」
柚木菜はこの光景を見て思わずぞっとした。
卵から人が出てくるのか? トカゲだったらどうしよう…… 鳥ならまだマシなのだけれど……
卵が割れ、最初に見えたのは羽だった。鳥の羽ではなく、虫の羽だ。中の溶液で濡れていだが、間違いない。
……卵といえば、そうか………… 虫の可能性もあるんだ……
卵の殻がどんどん割れていく……
柚木菜は目をそらした。
こゆきが感嘆の声を上げた。
「ぅわ……」
ぅわっ、ときたか…… 一体、卵の中から何が現れたというのだ……
「かっわいぃーっ! すごいよ見てママっ!」
あなたのいう凄いとは、セミかトンボが卵から出てきたということなのか?
柚木菜は恐る恐る、こゆきの抱えていた卵を見た。
背中に羽が生えていた。背中は人の背中だった。
「ぇ? 可愛いぃっ……」
柚木菜は、自分で言うのも何だが、自分の小さな分身を見て思わず感嘆の声を上げた。
こゆきに抱きかかえられた卵から孵化したのは、小さな人だった。
15センチほどだろうか。一言でいえば、妖精のようだった。
しかも五匹、ぃゃ、五人、腕に抱えられていた。
五人の小さな妖精のような存在は、永い眠りから覚めたように大きく背伸びをし、あくびをしていた。
やがて、柚木菜とこゆきの存在に気付いた。
「……ん? ここはどこだ? おまえ達は誰だ? って! 私? ぇ?! なんだここっ?」
「えっ! 私がいっぱいいる、どうして? あなたは誰? この大きいのも私っ?」
「マジ? ちょっとやばくない? 待ってどういうこと? 信じられないっ」
「きゃッ、なんで裸なの? それにみんな裸じゃないっ! 服着てよっ! はしたないっ!」
「わー、なんだここー。でっかい私もいるぞ。こっちのでっかいのは、こゆきちゃんかな? 大きくなったね」
いきなりしゃべり出した五人の子を見て、柚木菜はため息をついた。
「……自分をこうやって見るって、変な気分ね。記憶もしっかり継承しているみたいだけど…… これ本当に自分の分身なの? 何だか違うんだけど……」
柚木菜は、小さな妖精のような存在を見て不安を感じた。
確かに自分の分身かもしれないけれど…… 小さいし、五人いるし……
ぉぃ。これ、どーすんだよ……
「ママーッ、すごいねっ。ちっちゃなママが五人いるよ。これで戦力は五倍だねっ」
「こゆき…… こいつら本当に戦力になるのかな? 少し不安なんだけど」
それを聞いた、五人の小さな柚木菜は、大きな柚木菜に文句を言った。
「何言ってんだ? おまえなんかでかいだけで、でくの坊なだけだろう。偉そうなこと言うな」
「そうだそうよそうねそうのとおりだよねー」
柚木菜は頭が混乱しそうになる。
「ちょっと、五人同時にしゃべらないでっ」
「おまえでかいからってえらそうにでかくてもむねのおおきさはかわらないわねでかいのはたいどだけかよひとはみためによらないのよちいさいほうがかわいいわっ」
「だからぁ……」
柚木菜は頭を抱えた。自分がもう一人いたらいいなと思ってはいたが、まさか五人もいるとなると、一筋縄ではいかない。
自分がこうも扱いにくいとは思ってもみなかった。
時間はもう無い。このままでは台風24号がきてしまう。どうする?
こゆきを見た。分身をすればいいのだよと言ったのはこゆきだ。何か策があるはずだ。きっと……
当の本人は、腕に抱えた可愛らしい妖精もどきに心を奪われていた。
「ママってやっぱり、かわいーね。今度みんなでスキンシップしようねっ」
「こゆき…… それは、みんなが大きくなってからしようね…… その前に、虫退治にいかない? パパが来てしまうよ」
「そうだね、じゃあ、スキンシップはその後だね、楽しみだなぁ。みんなでスキンシップ。だって親子だからねっ」
「ははは…… 私の教育は間違っていたのかもしれない……」
こゆきに抱かれた、五人の小さなクローンは、我が子に弄ばれてしまうのかと思うと、行く末が不安になった。
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