第17話 マジ神っ!
ここは市内にある大学の超自然科学研究所の一室。
外では台風24号の影響か風が強くなってきていた。
「教授、台風の進路、勢力、変わりませんね。柚木菜ちゃんの努力も限界があるってことなのかしら。いまだにコンタクトも戻らないし、脳波、心拍数、血圧、呼吸等がかなり乱れていますよ。もう、中断した方がいいんじゃないんですか?」
水渓は、奥の部屋のリクライニングシートで横になっている柚木菜を診て、ため息をついた。
額に大粒の汗をかき、荒い呼吸をしている。ときより呻き声を上げたりもしていた。
さすがに限界だ。これ以上は無理がある。これ以上実験を続けたら、人体と精神が破壊されてしまうかもしれない。
白髪の男性、刃風教授はディスプレイを凝視していた。
台風24号は現在、伊勢湾上空にいた。もうすぐこちらのエリアは暴風圏内に入る。
教授の見ていたのは、名駅上空の衛星映像だった。
赤い雲のような影と、青い光のような影が映っていた。
青い光は点灯していた。その度に、赤い雲の影が減っていった。
「水渓君、これはなんだと思う? 私には何かの存在が、何かに消されているように見えるのだがね。どうかな?」
「教授は私に意見を求めますか。そうですね、強いて言えば、誰かが害虫退治をしているのではないんですか?」
水渓は特に視線を変えずに話した。
「やっぱりそう見えるかい。柚木菜君の視界がモニターできないのは残念だな。きっとうまくやっているとは思うんだがね」
「教授は酷い人ですね。安いバイト料であの超大型の台風と戦わせるって言うんだから、人でなしはもちろんですけど、悪魔の博士と呼ばれても致し方ありませんね」
「まあ、そう言うな、水渓君。それより「MM計画」を実行してくれ。君にも苦労をかけるかもしれんが、これからも頼むよ」
水渓は、やはり視線を変えずに冷たく答えた。
視線はディスプレイに釘づけだった。
「言われなくても、わかってます。でも、やるんですね「MM計画」。私はやりたくないですけど…… そんなことより、ちゃんと分析してくださいよ。こっちは忙しいんですからっ」
水谷はディスプレイに集中して、高速でキーボードをタイピングした。
ウインドウが画面にいくつも開いている。その一つ一つのウインドウに、文字を打ち込んだ。
「それにしても、水渓君は凄いんだね。ネットの新興宗教の主教さんとはいえ、信者は10万人を超えるんだろう? 一体日頃はどんな布教をしているのだろうね」
水渓の視線、氷のように冷たい視線が、教授の横顔に刺さった。
「信者じゃありません。フォロワーですっ。ちゃんとモニターしていますか? しっかりデーターをとってくださいよっ」
教授は鼻で深いため息を吐いた。
「はいはい、ミコミコ様。どうぞご無礼をヒラにぃー」
さらに冷たい視線は、教授の顔を刺した。
ひと通り開いたウィンドウに文章を入力し、右手でマウスを操作した。
「……ょし。 ぃっけーっ!」
水渓は、各所開いたウインドにある、ある箇所をクリックした。
その箇所は「ツイート」だった。
アカウント名、天から舞い降りし「巫女姫」のツイッターに新メッセージが表示された。
フォロアー達はこのメッセージのことを「神メッセージ」と呼んでいた。
巫女姫がツイートすると、フォロアー10万人に通知が届く。
水渓は、さらにいくつもある自分の裏アカウントを使って、自らのツイートをリツイートしていた。
もちろん、コメントをつけてのリツイートだ。
「巫女姫様がおつげだっ! 対台風24号対策のために、サユキナという部下を布陣したらしい!」
「名古屋の上空で、巫女姫様が我らのために戦っているっ!」
「サユキナは巫女姫様の下っ端だが、我らの期待を裏切らないそうだ。応援しようっ!」
「巫女姫様ありがたや。マジ女神っ!! サユキナもがんばれっ!! 巫女様のために頑張れっ!」
等々…………
水渓のツイートはあっという間に拡散され、全国区に知れ渡ることになった。
特に衛星からの動画は信者の心を打った。
名古屋、栄地区と名駅地区上空のサーモグラフィーのような映像は、とても信憑性のあるものだったからだ。
赤いもやと青白い光がぶつかって、赤いもやを減らしていた。
そして、その動画を観ていた現地の人達の中には、霊感の強い者が何人かいて、その状況が見えたという。
白い天使が、黒いもやのようなモノを浄化していたとか、翼のある女神が、空を縦横無尽に飛び回っていたとか……
その目撃情報が、さらなるツイートを呼び、巫女姫様のツイートはさらに拡散されていった。
世間は、台風24号のこともあり、これらの関連情報は特に皆々の関心を集めていた。
「巫女姫って誰だ? 何者だ?」
「台風と戦う女神って何だ?」
「サユキナってなんだ。化け物なのか?」
未確認情報は憶測を呼び、神秘と衝撃的な情報は波紋を広げ、その波は海を越え、国をも超えた。
「オオ、ジャパニーズ! ファンタスティック!!」
「オォ……マイゴット!」
「アメージング! ジャパニーズ、ミコヒメッ!」
当然、報道関係者もその情報をつかんだが、さすがにこの未知なる実態を報道するわけにはいかなかった。
ただ、偶然この辺りを取材していたテレビ局が、生放送で台風のニュースを撮っていたのだが、日も暮れて街を闇が包み出した頃だったこともあり、上空に青白い光の発光体が、偶然にも写し出されていた。
高速に移動する光の筋、稲光のように発行する球体。
それは一瞬の出来事だったが、広い空のあちこちで確認された。
その映像はしっかりとカメラは捉えていた。
現地レポーターは当然気が付くことはなく、普通に生中継を続け、カメラマンは、稲光がビルのガラスに反射しているものだと思い込み、当然カメラを回し続けた。
これを観ていた一部の視聴者は皆鳥肌を立てた。
巫女姫様がカメラに写ったっ!
我らの巫女姫様が降臨したっ!
不気味なサユキナが空にいる…… と。
そして、巫女姫関連のツイートはさらに加熱した。
時間にして30分ほどしか経っていなかったが、リツイートは10万回を超えた。インプレッションに関しては驚きの100万超えだった。
「ぁーあ。これで私は、世間の目にさらされることになってしまったわ…… どうしてくれるのよ。その気になれば発信元なんて、すぐに割り出せられるんですよ」
水渓が愚痴をぼやいた。
「いいじゃないか、主教様。信者は多いことに超したことはないのだろう? 実物の巫女姫様を見たら、もっと信者は増えると思うのだがね」
水渓は刃風教授をにらんだ。先程までは氷の視線だったが、今度のは火矢のような視線だった。
「はーぁ?!! 何言ってんですかっ! こんな大っぴらにされたら、もう外を歩けないじゃないですか。どーしてくれるんですっ!」
まあまあと、刃風は両手でなだめるような仕草をした。
「そんなことを言っても、柚木菜君を見捨てるようなことはできないだろう? 我々ができることは、せいぜいこんなところだよ」
「本当にこんなことで、柚木菜ちゃんを救えるんですか? そもそもハカセ、最初から分かっていたんじゃないんですか? こうなることを……」
刃風教授は腕を組んで天井を見ながらつぶやいた。その視点は遙か空の彼方を見ていた。
「さあね。どうなのかな…… でも、水渓君も勘付いていたのだろう。だから、このミコミコプランに参加した」
「みこみこ言うなっ。神聖なる私の部屋が、汚された気分だわ。……でも、これで柚木菜ちゃんの助けになるなら、まぁ、いいやって思えるけれど…… でも落とし前はちゃんと取ってもらいますよ」
「はいはい。巫女姫様。ありがたき幸せですよ。さて、どうかな。柚木菜君のパラメーターは変わったかい? 数値的には結構上がったように見えるのだがね」
刃風教授はディスプレイをチラ見した。水渓も画面を切り替えて、柚木菜のステータスのグラフを見た。
先程までは、脳波、心拍数、血圧、呼吸等の乱れがあったが、今はかなり安定していた。
MP値という値も、かなり下がっていたものが、今ではかなりの数値まではね上がっていた。
さらにはA10神経と脳内ドーパミン数値も一気に上がっていた。
実験当初の数値を全てが上回る結果となった。これは一体どういうことなのか?
一体何が起こっていると言うのだ。人の意思が、思いが実際の力になったということなのか。
全国からの応援を一点に集め、力に変換した柚木菜もすごいが、その呼びかけをした実際の立て役者の存在に、水渓は改めて思った。
巫女姫様はすごいっ! と。
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