第15話 対価
二人が乗ったヒコーキF35は、羽の下にあるハードドポイントから絶えず火を噴き続け、弾丸の行き先で白い火球がいくつも花開いていた。
「凄いねこのヒコーキ。最初からこれを持ってくれば話は早かったのにね」
「わかっていればだよ。でも、まさかこんなにも負の存在が多いなんて思ってもいなかったよ。改めてパパの存在の偉大さがわかったね」
「その偉大さが、人界に与える影響は大きいのよ。台風21号のときなんて、本当に酷かったんだから。だからこうしてママたちが活用しているわけなんだけど。確かにパパは偉大だわ。こんなに苦労するなんて思ってもみなかった」
「人間さんは、自然の力に逆らってはいけないのよ。ありのままに受け入れればすべてうまく収まるようになっているの」
「その割には、こゆきは乗ってきたじゃない。言っていることに矛盾するわよ」
「私はママの子だから、半分は人間なのよ。それに、楽しいじゃない。多勢に無勢。たった二人で巨大な悪に立ち向かうなんて、かっこいいじゃない」
「映画の見過ぎよ。って、映画なんて観たことあるの?」
「いろんな電波が飛んでいるから、そこで視聴したよ。それでね、とりあえずアバターとアイアインマンは観たよ」
「はぁ? 無難な選択だけど、親としてはあまり見せたくないわね」
「どうして? 人間は愚かだから?」
(そうだ、人間は愚かだ。生きる価値はない)
「ぇ? なになに? だれ?」
柚木菜は狭いキャノピーの中で周りを見回した。声は頭の中に直接響き、どこから聞こえているかはわからなかった。
「ママどうしたの? 何かきこえたの?」
「うん。多分、あの人型の虫だと思う。どこかにいるよ、気を付けて」
目をつむって、目ではなく心の目で診てみた。
……いたっ! 真上っ!!
「こゆきっ! 急反転! 真上よっ!」
こゆきは機体を左に90度傾け、急旋回した。視界に黒い人型が見え、剣を振り下ろしていた。
衝撃が走った。左翼が3分の1ほど切られて無くなっていた。
急反転して先ほどの場所に照準を定めだが、そこには何もない。
ふと、上を見ると、剣を振りかぶった黒い人型の虫がいた。このままでは、こゆきが切られる。
柚木菜は膝の上に置いていた6砲身の銃をとり、キャノピー越しに発砲した。至近距離からの射撃でかわすこともかなわず、数発着弾して小爆発が起こった。
「こゆきっ! 無事?!」
「あーあ。私のF35がおしゃかだよ。あの人型は一体なんなの? 繁華街にいた奴とは全然別格だよ」
「そうなのよ、あいつが今回のラスボスってやつよ。ナカトシの変化バージョンなんだけれどね。それにしても、このヒコーキはまだ飛べるの? とっさには動けないから、あいつと対戦するに不利じゃない?」
「ここからは二手に分かれようか。ママ、おなかの傷は大丈夫なの?」
「これくらい大丈夫よ」
「その調子だと大丈夫じゃなさそうね。無理しちゃだめだよ」
「……お見通しなのね。こゆきも気をつけて。ヒコーキの中だと逃げられないから、うまくやってね」
「わかてるって。じゃあ、気をつけて」
柚木菜は割れたキャノピーを砲身で破り穴を広げると、そこから飛び立った。
その際、腹部に激痛は走ったが、悟られないように我慢したが、すでに悟られていると思い、苦笑いした。
まずは人型の虫を探さないと、また奇襲を受けてしまう。目をつむり、全身の感覚を使って、診た。
目で見る視覚とは違い、姿ははっきりわからないが、独特の、いや毒々しい感覚が伝わってきた。それをたどっていくと、大きな円柱型のビルの裏にその存在があった。
(いたっ。ツインタワーの左側の裏っ。こゆきっ、場所のイメージを感じ取ってっ)
(りょーかい。ぁ、これね。左から撃ち込むから、出てきたところを狙撃して。多分右から出てくると思うから。こっちの火力は左に集中するね)
(わかった。でも、ここから撃てるの? ビルの裏側だけど)
こゆきの乗ったヒコーキの腹の部分、つまり底部中央の小さなハッチが開き、そこから長細いロケット状の物が落下したかと思うと、一直線に前方へ飛んでいった。
それは、ビルの左側へと飛んで行き、超えたところで右に旋回していった。
ビルの陰に隠れて見えなくなった刹那、爆発が起こり、白い爆煙の半分だけ見えた。
「当たったかな?」
「ぃ、今のなに?」
「ミサイル」
「み、みさいる? そうだよね……」
「そうだよ。でも、ママの世界のモノとはかなり違うけれどね。あえて言えばマジックミサイルだね。結局のところエネルギー光子弾なんだけど、負のエネルギーに吸い寄せられるように飛んで行くのよね。この原理はそもそも負の存在を構成している……」
「ぁあ、もうわかったから、説明はいいから。ほら、来るよ。左、いや、右っ!」
柚木菜は両手に構えた銃を撃った。ビルの右側に火線を集中させる。
一瞬黒い姿を現したが、すぐにビルの陰に隠れた。
「こゆきは右に集中して、それからさっきのやつ、もう一発撃ち込んで」
「りょーかい」
こゆきのヒコーキは再び先ほどのミサイルを放った。ビルの右側から裏側に回り、白い爆発が起こった。
柚木菜はビルの裏側に電光石火の勢いで向かった。
(いた。奴だっ)
柚木菜は対象を見つけると当時に発砲した。
人型虫も常に高速移動して弾丸を回避した。
たまにくるこゆきのミサイルに何かを投げつけて撃ち落としていた。
その一瞬のすきに弾丸を撃ち込むが、当たったと思われた弾は右手に持った長剣によって弾かれていた。すぐさま回避運動に入りビルの陰に隠れていった。
(あの剣は、いったいなにでできているの? こちらの弾が効かないなんて)
(あれは多分、私のヤツと同じだよ)
(こゆきと同じヤツ? なにかあったかな?)
(このF35みたいに、あっちの世界のモノをここで再現したような武器だよ。ママも今持っているでしょ? それの「剣」だよ)
(それって、あいつらにも、こゆきみたいなハーフがいるってことなのかな?)
(私みたいなのはいないと思うよ。あいつらの場合は、負の力を持った人間と同化したんだと思うよ。その本体は多分気がついていないだろうね。そこが人間の怖いところだよ)
(ぅーん、言ってることがよくわからない。とにかく、うちらの世界の人が何らかで関わっているってことなのね)
(そういうことだよ。無意識の集合体ってところだよ)
(なおさらわからないわ…… どちらにしても、破壊できない剣は何か対策しないと)
(対策もなにも、至近距離から撃ち込めば、爆風であいつの身体は吹き飛ぶよ。よほど硬いのか、密度が高いのか知らないけど、一枚一枚皮を焼いていけばいつかは焼き尽くせるよ)
(至近距離は危ないわ。こゆきのヒコーキは身軽に飛べないでしょ? ある程度距離を置いて援護して。ママは至近距離から、こいつを叩き込むから)
(ちょっと待って、念のためにこれも持って行って)
こゆきはキャノピーを開けて、柚木菜に向かって短い棒状のモノを投げつけた。
とっさに右手の銃を離し、その棒状のモノをキャッチした。
(なにこれ? これも、ぐれねーどってヤツかな? 引き金とかないけど、銃に取り付けるの?)
(違うよ。それはいわゆる光剣ってヤツだよ。ライトセーバーって言ったほうがわかるかな? こゆきちゃんオリジナルだから原理は違うけど、何でも両断できるから、あの人型虫の剣もぶった斬れると思うよ。ただ、取り扱いには気をつけてね、触れたものは何でも切れちゃうから、自分の足とか切らないように気をつけてね)
(……また、怖いものをママに扱わせるのね…… ジェダイみたいな剣さばきは無理だけど、大根を真っ二つにするくらいなら問題ないわね)
(相手が止まっていればね…… それよりお腹の傷はいいの?)
(うん、少し痛むけど、これくらいなら大丈夫よ。よし、早いところあいつを片付けちゃいましょ。このエリア以外にも、負の密集地帯はあるんでしょ?)
(えっとね、栄、名駅、次は伏見、金山、今池、東山ってところかな。実際もう時間はないよ。それにあんな人型虫がまた出てこられたらそれこそ時間を取られちゃう)
(そうだね。大自然の力の代わりなんて結局できないってことなのかもしれない…… 人類は自然の偉大さを思い知らされたわ)
(パパは偉大なんだよ)
(そうだね。本当に偉大だわ…… その脅威から、私は人間を守らなくっちゃいけない。ここにいるのは、そのためだから)
(ママも偉大だよ)
(ママを褒めてもなにも出ないわよ)
(でも、どーぱみんってやつが出るんでしょ)
(生身の人間はね。ほら、時間がもったいない。さっさと片付けに行くわよ)
(あいあいさー)
こゆきのヒコーキの底部が開き光り輝くミサイルが飛んで行く。それについて行くように柚木菜も飛んだ。
ミサイルが飛んで行く先には人型虫がいた。着弾する前にミサイルは爆発した。人型虫が何かを投げて撃ち落としたのだろう。
柚木菜は爆発する火球の中に飛び込んだ。聖なる爆発だから、衝撃はあったが、身体が焼かれることはない。負の存在を焼くための爆発なのだから。
爆風を突き抜けると、そこには人型虫がいた。向こうの意表をつくことができたか、回避運動に入っていなかった。
柚木菜はさらに接近して見の前まで迫った時に、引き金を引いた。
二本の火線が、人型虫を捉えた。
とっさに両手の剣で火線を防ぎながら後退をして行く人型虫に、柚木菜はさらに突進し距離を縮めた。
弾かれる弾丸は小爆発し、人型虫の皮膚を剥いでいった。こいつの中にはきっとまだ白い人型虫のなかとしがいるはずだ。そう信じて、両手の銃の、弾丸を撃ち込んだ。
急に人型虫は止まり、柚木菜とぶつかりそうになった。
左手の剣は弾丸を弾き、右手の剣は弾丸を弾くのをやめ、突きの構えに変えた。
一本の火線は人型虫の上半身を直撃し、頭と右半分の上半身を粉々に粉砕した。
同時に柚木菜の胸に、深々と剣が刺さっていた。
(ぁ……)
痛みが走った。それは痛みと表現できるものなのか自分でも分からなかった。
先程腹を刺された時は激痛だったが、今のは違った。熱く重く押し付けられるような痛みだった。
人型虫の残った左半分は、それでも左手の剣を振りかざして襲いかかってきた。
とっさに右手の6砲身の銃で受けるが、いとも簡単に両断されてしまった。
勢い余った剣先は左に肩に食い込んだ。
激痛で銃を落としそうになったが、歯を食いしばって、トリガーを引いた。
ゼロ距離射撃で回避することもできず、人型虫は大量の銃弾を浴びた。
もともと上半身は半分吹き飛んでいたが、今度は下半身が吹き飛んだ。残ったのは左腕と、両足の膝下部分、そして、左手に持った剣だった。それぞれがバラバラになってビルの谷間に落ちていった。
柚木菜は肩で荒い息をし、右手に持った六砲身の銃を手放した。
それから、肩に食い込んだ剣を抜いて放り捨てた。
「……終わったの?」
周囲では単発で小爆発が起こっていた。こゆきが残存する虫を駆除したいるのだろう。
肩の痛みでめまいが起きたが、胸に刺さったこの剣はどうしたものか。
一通り小爆発が収まると、こゆきの乗ったヒコーキがやってきた。
「ママっ! 大丈夫なのっ! あっ!」
こゆきは柚木菜に刺さった剣を見て愕然とした。胸から剣の柄が生えているように見えたからだ。
「……ママ」
こゆきから、それ以上の言葉は出なかった。どうしていいか分からないのと、もう、どうしようもないのではと絶望感で打ちひしがれていた。
「こゆき…… ごめんね。心配かけちゃって……」
こゆきは、すぐさまヒコーキから降り、柚木菜の元に駆けつけた。
肩はバックリと傷が開き、血こそ出ていなかったが、真っ赤に染まっていた。
それより痛々しいのは、胸元に突き刺さっている剣だった。
塚のあたりまで刺さった剣を抜くには、さすがにためらったが、こゆきは勇気を出して塚に手をかけ、剣を抜こうと力を入れた。
「ママ…… 少しだけ我慢して……」
柚木菜の顔が激痛に歪む。
ゆっくり剣が抜けていく。それに伴い、大量の血も溢れた。
剣が刺さった周りは紫色に変色していた。
それはまるでまで剣に毒でも盛ってあり、肉体を蝕んでいるかのようにも見えた。
こゆきは慎重に刺さった剣を抜いていった。
痛みに喘ぐ柚木菜を見て、こゆきは胸を痛めたが、この剣を抜かなければ、毒のようなものは、さらに広がってしまう。
「ァァッ…… ハッ、ンンッ! アッ! アァーッ!」
苦しみ喘ぐ柚木菜は、痛みと苦しみに耐え抜いた。
ようやくの想いで、こゆきは胸に刺さった剣を引き抜き、そこに自分の手を当てた。
胸の傷から血がドクドクと溢れ出しこゆきの手を真っ赤に染めたが、しばらくして血は止まった。
「ママ…… もう大丈夫だからね」
目を固く閉じていた柚木菜は、ようやく目を薄く開けた。
「こゆき…… ありがとう。もう…… 大丈夫だから…… 心配…… しないで……」
霞んだ声で答えた柚木菜だったが、全身から力が抜けて、意識を無くしてしまった。
「ママ…… ママッ! ママッー!」
こゆきは柚木菜に抱きつき、絶叫した。
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