第14話 期待
爆風に巻き込まれた柚木菜は大きく吹き飛ばされて、近くのビルの外壁に背中をしたかた打ち付けた。
「きゃぁッ!」
柚木菜は自分の体を確認した。が、激痛で体が動かせられなかった。
目を追って傷口を見ると、胸とおなかの間に黒い傷跡があった。血は出ていなかったが、代わりに黒いねっとりとした液体がついていた。
死んでいないということは、致命傷ではないのかと思ったが、この激痛は只者ではない傷だとわかった。こんなところを襲われたらひとたまりもない。
と、柚木野の視界には早速、虫たちの大群が押し寄せていた。あの爆発でも両手の武器は離していなかったのを確認すると、両指の人差し指に力を込めた。
砲身が火を噴くと、その衝撃で腹部に激痛が走った。火線は大きく乱れ、目標に定まらない。迫る黒い虫の大群に少しならず損傷を与えたが、虫たちの勢いは止まることはなかった。
柚木菜は迫る虫たちに恐怖を感じた。今までまさに虫けらのように殺戮してきた本人だったが、ここにきて、後悔の念が強まった。たとえ負の存在でも、生きる存在には変わらない。駆除の対象でも、むやみに殺しては、手を出してはいけなかったのかと。
大群が迫ってきた。柚木菜はおもわず叫んだ。
「こゆきッ! 助けてっ! はやくきてっ!!」
声が届いたからそうなったわけではないが、柚木菜の視界が真っ白になった。白い爆発が一度に何か所も起こったからだ。
(ごめん、待たせたっ! こいつの操作に手間取って少し遅れた。大丈夫なの?)
柚木菜の頭に、こゆきの念波が届いた。
「おそいおそいっ! 死ぬかと思ったじゃないっ!」
(さっきと立場逆転したね。私だって、さっきは必至だったんだよ。死ぬかとは思わなかったけどね。でも、もう大丈夫だよ。こいつの火力は並じゃないから)
柚木菜は胸をなでおろした。傷は痛んだが先ほどでもなかった。傷の周辺が青白く光っているのは、傷が少しずつ癒えているのだろう。
それにしても、こゆきが言う、この火力は凄いと本人も言っていたが、いったいどんな武器なのだろう。今もなお大きな爆発が続いている。多連装のグレネードランチャーでも装備しているのだろうか。
とりあえず、反動の少ない左手の銃で迫りくる虫たちに応戦した。大多数はこゆきの攻撃で撃破していたから、柚木菜が撃ち落としているのは、ほんのおこぼれだ。
ビルを背中にしているから、背後から襲われることはないが、地上からよじ登ってきた跳べない黒い虫たちが柚木菜を見つけて壁を移動してきた。それも結構な量だった。
痛みをこらえながら、右手のM134とやらの銃を掃射した。下向きだったからまだ撃ち易いのだが、それでも反動と振動は傷に堪えた。
痛みを我慢しながら撃つ火線はやはり定まらない。片手で撃っているからなおさらなのだが、それでも壁伝いの目標は狙いがつけやすかった。何とか下方の黒い虫たちはハチの巣にできたが、今度は壁の左右から虫たちが押し寄せてきた。当然と言えば当然なのだが。
柚木菜はまず右手側の目標に狙いを定め、両手の銃の火を噴かせた。その間にも、後ろから、黒い虫たちが迫ってくる。羽がないから、まだましなのかと思っていたが、羽のない奴らは替わりに脚がたくさんついていた。
壁を自由自在に移動できる多脚の虫たちは、思いの他動きが速かった。
普段から目視したくないような虫たちが、わんさかと押し寄せてくる。
その壁にも白い爆発が起こった。きっとこゆきの援護射撃だろう。
それにしても、こんな激しい戦闘をしたら、現世界の人達にバレバレなのではないかと心配してしまう。この爆発だって、ビルが壊れてしまうのじゃないかと心配だった。
前方の虫たちをある程度排除し、後ろを振り返ってみると、そこには大量の虫たちが半壊し、朽ちて粉々になっていく情景だった。
体が半壊し、長い胴体とたくさんの脚をもった虫はグネグネとのたうちまり、柚木菜の気分を悪くさせた。
これで虫たちの焼ける臭いがしたのならもっと気分を悪くさせただろう。のたうち回る虫に左手の銃を撃ち、目標を沈黙させた。
「こゆき。ありがとう。助かったわ」
(どういたしまして。それよりその傷は大丈夫なの? 痛そうだけど)
「うん。痛むけど、思ったほど傷は深くないから、大丈夫よ」
(それは、痛いけど、死なないから大丈夫って言っているのと同じだよ。つまり、そんなのは大丈夫とはいえないよ)
「まだ戦えるわ。傷だって少しずつ癒えてきているから」
(だめだよ、そんなの。怪我人はおとなしくしていないと。いいから乗って)
「のる? 背中に?」
そういえば、こゆきの援護があったのに姿は見えなかった。多連想のグレネードなら目視できる程度の距離にいるはずである。ということは……
気を静め、耳を澄ました。遠くに何か飛んでいるのを感じた。その方向をみると、光の点が見えた。結構な距離だが、それが航空機だとわかった。
(こゆき、飛行機に乗っているの?)
(うん。そうだよ。えふさーてぃーんふぁいぶ、っていうんだよ。ママの世界のヒコーキだから知っているでしょ?)
(エフさーてんふぁいぶ? F35? それってもしかして戦闘機のこと?)
(そーだよ。ママの世界のあおもりってところにあったのをコピーしたんだよ。もちろん少しアレンジしているけどね)
(それは確かに時間がかかったわけね…… とにかくわかったわ。私がそっちに行こうか?)
(そんないいよ。怪我人はそこで待っていて。すぐいくから。その前に、その辺の片付けをするね)
こゆきのいる方角から光の点がいくつも走っていくるのが確認できた。光の点は空中で方向を変え、虫たちの密集地帯で炸裂して、いくつもの白い火球を出現させた。
柚木なの目の前でも火球が炸裂し視界をくらませた。
その爆発が収まった頃、こゆきが乗ったと思われる飛行機が滑るように現れた。正確には全長16mほどの戦闘機だ。
空中でホバリングをするようにゆっくり空中を滑りながら近づいてきた。
たまに羽の下にあるハードポイントが火を噴き虫の密集地帯に白い爆発を起こさせた。
「おまたせ、ママっ! 乗って。傷は大丈夫?」
上部のハッチが開いて、こゆきが顔を出した。顔にはゴーグルのようなものしていた。
飛行機に乗ったことはある柚木菜だったが、こんな戦闘機に乗ったことはもちろんない。
近寄ってみると思いのほか室内は狭そうだ。持っていた銃はどうしようかと考えたが、とりあえず機内に体を押し込め、膝の上に銃三丁を置いた。M134の6砲身はさすがにかさばったが、これは我慢するしかない。
「よし、出るよっ!」
ハッチが閉じて、機体が傾き、その場所を離れた。
「こんなことを聞くのは、どうかなと思うけど、こゆきって何者なの?」
「何をおっしゃる人間さん。私はママとパパから生まれたこゆきちゃんだよ。正真正銘ママの子供だよ」
「ははっ…… そうだよね。こゆきはママの子だよね…… でも、いつの間にヒコーキの免許なんてとったの? それに、これって高くないの? Amazonにこんな物売っていた?」
「うん。売っていないよ。だって、普通には買えないし、この機体ってすっごく高いんだよ。だから、コピーをパパに頼んで作ってもらったんだよ」
「うちのパパはなんでも屋さんかいな…… パンを焼くんじゃあるまいし。 コピーって言ったって、どうやってコピーしたの? だって、これって青森にあったんでしょ?」
「パパがこっちに来るときに調べたんだって。っていうか、パパが進路を決めるときにこの島をスキャンして負の存在の位置を調べるの。その時に、この機体もスキャンされているから、コピーができたんだよ。すごいねっ、パパって」
「あなたも凄いけど、パパもたしかに凄いわ…… それに比べて、私は無力だわ……」
「ママは偉いんだよ。だって、こんなことをやろうって言ったのは、ママが初めてなんだ。数千万年今までこんなことをする人はいなかったんだよ。ねえ、すごいと思わない? ママはこの世界に別の光を作り出したんだよ」
「あのね、こゆき。まだママは、このことを成し遂げていないし、これが本当にいいことなのかわからないの。それにあなたを巻き込んで、危険な目に合わせている母親なんて、どう考えても偉いなんて思えない。自分のわがままに付き合ってもらって、こんなこと言えないけどね」
「一つ成し遂げたことがあるよ。それはね、一つの光を生み出したことだよ。それはまぎれもない事実だから、ママは誇っていいんだよ。それに、そのことをとても感謝している人だっているんだから」
「ん? ……ひかりを生み出した?」
柚木菜は考えた。私が生み出したひかり? 光? なんだろうと思ったが、生み出したで思い当たることがあった。
それは確かに光だった。
自分から生まれた光。
我が娘、こゆき。
「よっしゃあっ! こゆき、早いところ終わらせて、パパのところへ帰ろう。この戦闘機って、普通じゃないんでしょ? こゆきのオリジナルチューンがしてあるんでしょ?」
「わかってますねぇ、ママ様。お目が高い。この機体は見かけによらず搭載できる火機が多いのと、なんて言ったてこの機動力、って、速さじゃないよ。こいつはねぇ、ホバリングができるんだよ。それと、こゆきちゃんスペシャルなんだけど、まずは複座だね。オリジナルは単座なの。次、オリジナルの火器。両翼に40mmのガトリングガンを装備したわ。実際の弾は40ナノ弾で、さっきまで私たちが撃っていた大口径版ね、それから、この機体の火器管制装置で目標をロックできるわ。それで誘導して迎撃できるよ。40ナノ弾はさっきのグレネードと同じ火力があるの。それを毎分3000発撃てるから、全面的にカバーできるわ。さらに、機体の内部のハードポイントにはね、これがなーんと……」
「……ぁ、あの、こゆき、わかったから、この機体の凄さはわかったから、難しい話はそれくらいにして、虫退治の話にしましょう」
「そうだね、機体の自慢話は帰ってからしようか。さて、気になったのは。なかとしが黒い虫達に囚われたことね」
「それなんだけど、私を剣で切ったのは。なかとしのような気がする。あの剣は多分同じものだわ。なかとしが虫達に虜にされて負の存在に戻ってしまったんだわ」
「そうなると、繁華街の時みたいに、火力を集中させて、瞬時に浄化すれば。また正の存在に戻るんじゃないのかな」
「うん。さっきの私の火器では、なかとしを捉えることはできなかったけど、この機体の火器なら、ゴリ押しできると思うわ」
「ゴリ? おし? なにそれ? まあ、いいや、さっさと終わらせて帰ろう」
二人を乗せた機体、F35はビルの谷間を滑るように飛び、たまにいる、負の存在、黒い虫達は機銃掃射で排除していった。
そして、二つのタワービルがある前に、黒い塊を発見した。正確にいえば黄金色の世界にそこだけは光がないように真っ黒な空間が広がっていた。
それはもちろん何もない空虚な空間ではなく、大量に密集した黒い虫たちがその空間を覆い尽くすように群がっているのだ。
その、黒い場所にこゆきたちが乗ったヒコーキは弾丸を撃ち込んだ。
正確にいえば、電磁パルス弾なのだが、口径が大きいのと、撃ち出される弾の量は今まで柚木菜が撃っていた銃の比ではなかった。
両翼にぶら下がった40ナノガトリング砲は実銃なら最新式の戦車の装甲でも撃ち抜けるだろう。
それこそ、全弾を目の前のツインタワーをぶち込めば、へし折ることもできる。
そんな火器を虫たちに向けて叩き込んだ。貫通力もあり、さらには炸裂する弾丸は、すぐさま白い火球を数多く咲かせた。弾丸は実弾ではなく、高出力のパルス弾のため、プラスとマイナスが引き合うように、虫と弾丸は引きあった。
特に狙いを定めなくとも、弾は勝手に虫たちに反応して、その方角へと飛んでいった。
機体の左右や後方からも虫たちは押し寄せたが、その度に機首の向きを変えて迎撃した。
火力と射程距離を生かして近寄れる虫たちはいなかった。
「ねぇ、これって半ば反則だよね…… こんなことをして怒られないのかな?」
「ママは今さらなにを言っているのかな? そもそも誰に怒られるの? この世界には他にも確かにそういう存在はいるけれど、わざわざ怒ってくれる存在はいないんだよ」
「へー、この世界は全てが黄金色だから、てっきり仏様がいる世界だと思っていたんだけど、違うんだ」
「いるにはいるけどね。その人が仏様かは知らないよ。でも、神様はこの世界にじゃなくって、もう一つ上の世界にいるよ」
「え? 神様ってやっぱりいるんだ。てっきり、やおろずの神様とか氏神様とか、そんな神様はここの世界にいそうな気がしてたけど、天照大御神とか、すさのおとか、山神様はもっと上の世界にいるんだぁ。ちょっと感動だよ。でも、私たちの行動は見られているんじゃないの?」
「そりゃあ、見てるでしょ。若い女子が両手に銃を持って虫ケラどもを撃ち殺しているところなんて、そんなに見られないからね」
「はは、こゆきは自覚してるんだ。女子のやるとこじゃないって」
「私はママの子供だから、概念的なことはなんとなくわかるんだ。女子だからこれをやっちゃいけないとか、女子のくせにそんなこともできないのとか、私は生まれてまだ年端のいかない子供だけど、ママの魂を引き継いでいることには違いないんだよ」
「そうか、そうだよね。こゆきはママの子だもんね。私に似て当然だよ」
前の席に座るこゆきの顔は見えなかったが、急成長したこゆきの顔立ちは、柚木菜にとてもよく似ていた。最初は6歳ぐらいの可愛い女の子だったのに、今ではすっかり大人びた顔つきになり、柚木菜の身長をも抜く勢いだ。いや、もう抜かれたかもしれない。
そんな我が子の成長を嬉しくも、寂しくも感じた。
暗い闇のような空間だった場所は、今では大量のタンポポの綿毛が一面に広がっているように見えた。本物の綿毛なら、風に乗って種をばらまくのだが、今ばらまかれているのは、粉々になった黒い虫の残骸だ。その残骸も地上に落ちるまでには粉の最小単位まで細分化され、風と共に消えていった。
深い闇は徐々に削られていき、しばらくすると黄金色の空が見えるまでに減少した。
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