第13話 名のある場所

 先ほどは、この都市の繁華街だったが、今度は駅を目指した。この地区最大を誇るこの駅は、鉄道はもちろん、様々な交通手段の交差点となっており、いくつもの路線と、道路に、絶えず車両が行き交いしていた。

 それに伴い、オフィスビル群や、宿泊施設、ショッピングモール、飲食店などが軒並み並んでいる。

 先ほどの繁華街エリアとは、また違った意味で人々の往来が頻繁なくあり、無数の人と、無数の黒い存在を診ることができた。

「ぅわ…… ここも凄いわね。ねえ、こゆき、パパに頼んで一斉射撃を要請してよ。あんなに地ベタに居られても駆除に困るわ」

「そうだね、ちょっと浮かしてもらわないと大変そうだね。すぐ頼んでみるね」

「なかとしは何か飛び道具はあるの? さっきみたいな剣でなぎ倒していくの? 私たちは、こんな武器があるから、距離があっても駆除できるけど。なかとしは接近して一体ずつ駆除するのも大変じゃない?」

「うん。僕はこれしかないからね。でも大丈夫だよ。僕は結構密度が高いから一撃が重いんだよ」

「は? 重い? まあ、いいわ。一人でも多い方が有利になるから。なんせ、もうすぐでっかい台風がやってくるんだから、少しでも勢力が弱くならないと、困る人がたくさん出るからね」

「ママ、30秒後に一斉斉射がくるよ。………………きた」

 黄金色の空にモクモクとこれまた黄金色の厚い雲がやってきた。それは黄金の大きな雨粒を大量に降り注ぎ、大地に叩き付けた。

 地上を行きかう人達も、突然の豪雨に慌ててビルなどの建物に避難した。

 負の存在達も、黄金の豪雨を浴びて、苦しそうに悶えた。

 地上200mほどの上空で見ていた柚木菜は、地上でうごめく黒い存在に身震いした。

 それは、アフリカなどにある2mほどの大きな蟻塚をスコップで崩し、大量の黒い蟻が湯のごとく湧き出る様に似ていた。

 こゆきの父である台風ティカセが降らせた豪雨で、負の存在、黒い虫たちは建物の上部に登りはじめていた。

本来ならこの後に強風で吹き飛ばしてしまうのだが、今回はその後の処理を三人がやることになっている。

わずか10分の豪雨だったが、かなり多くの虫たちがもがき、のたうち、うごめいていた。

 あの雨には、黒い虫たちを浄化させるまでの効果はなかったが、狂わせ、弱らせて、この後にくる聖なる強風で吹き飛ばすことができるようだ。

 黒い虫の群衆はビルに登り始めた。どうしてこの行動に出るのかはよくわからなかったが、濡れた体を乾かすためなのかもしれない。もしくは、地上に降り注いだ聖なる雨に触りたくないのかもしれなかった。

 羽のある黒い虫たちは、宙に舞って地を離れた。黒い靄のように、黒い虫たちの大群は迫ってきた。

「二人とも、いいね。いくよっ!」

 柚木菜とこゆきは引き金を引いた。4条の火線が黒い靄の中に刺さっていき、間隔を空けて放たれるグレネード弾で白い爆発が起こった。

 地上から湧き上がるように、黒い靄のような虫の群れは三人の周囲を包んだ。無数の黒い虫の量は、先ほどの繁華街よりも多かった。

 三人の視界から黄金色の世界は見えなくなり、代わりに黒い虫たちの巨体が覆いつくすことになった。黒光りする虫たちは銃弾を浴びて、巨体に穴をあけて落下していくが、その後から別の虫が押し寄せてくる。

 次から次へと襲いかかってくる虫たちに、三人は個々で迎撃した。三人が固まっていては行動に制限ができてしまう。柚木菜とこゆきは先ほど同様、自分を中心に360°の全方位射撃をした。

 右手と左手に持った銃はそれぞれ別の方向に発砲し、弾丸が当たると白く炸裂させ、黒い虫達を半壊させた。それは、はたから見たら、巨大なタンポポの綿毛が空に二つ、浮かんでいるようにも見えた。

 一方、銃ではなく剣を持ったなかとしは、一本だった剣を二本に増やし、両手で黒い虫たちをなぎ倒していた。

 上から下から正面から後ろからと、迫る黒い虫たちを、体を回転させ器用に両断させていた。至近距離の攻撃のため、なかとしの姿は黒い虫たちに囲まれてほとんど見えなかったが、たまに見える二本の白刃が、その存在を明らかにしていた。

 それを見て、柚木菜は少し安心した。自分も目一杯で、とても他の人の援護に廻る余裕はなかった。こゆきも自分と同様で、他に手は回らないだろう。

 今は、目の前に迫る、負の存在を排除するのが先決だ。他の人の足を引っ張るようなことはできない。

 毎分600発撃てるこの銃を二丁で撃っても、黒い虫たちの勢いを止めることは難しいと思えた。このままでは、黒い虫たちに押されてしまい、最悪、負の存在に食べられてしまう……

 自分はともかく、こゆきのことが心配になってきた。

(こゆきっ、どうっ? 大丈夫?)

 白く炸裂した光が半球状に輝いているのが確認できた。一定の距離で迎撃している証拠である。

(私は大丈夫よ。に、しても数が多いね。下の方でなかとしが善戦しているとはいえ、これでは数に圧倒されてしまうよ)

 柚木菜と黒い虫たちの間合いも、徐々に詰められてきている。全方位から虫たちは襲い掛かってきているが、これがもし統率されて一点集中等で攻められたら、この弾幕では防ぎようがない。

 今はバラバラでも、先ほどみたいに、ここのリーダー的な虫が現れたら、状況は変わってしまう。そうなる前に何とかしたいところだった。

(ここに来る前に、装備を強化するべきだったね。今さら遅いけれど)

(今からでも遅くはないよ。逆に今何とかしないと手遅れになってしまうよ)

(ママは武器について詳しくないから、ここはこゆきに任せたわ)

(りょーかい。じゃあパパにあれを送ってもらおうかな。少し時間ちょーだい)

(うん、いいけど。私は武器は疎いから、難しいのはだめだよ)

(ママはそれよりでかい武器にするね。火力で圧倒できるくらいのをオーダーしたよ。私はもっとでっかいのにするから)

(こゆきに任せるわ。できたら早めにお願いね)

(それはパパ次第だね。私に言われても困るよ。そもそも、パパの力なら、こんな奴らあっという間にやっつけるんだけどね。人間のわがままについていくのも大変だよね)

(ごめんなさいね。私たちのわがままで。でも、こゆきはなんだか楽しそうね)

(それは、ママも同じだよ。それに私はママと一緒なら、何をしても楽しいよ)

 親子で虫を駆除するために、両手で銃を乱射して殺しまくるのも、どうなのかなと思うが。



 一方、なかとしは苦戦していた。二本の剣では、一度に4体をなぎ倒すのが限界だ。正面の虫を真っ二つにしている間に後ろから襲ってくる虫を、体を回転させて剣を横に払い、その間に頭上からきた虫をもう片手の剣で串刺しにし、その隙に背中から迫られすぐさま頭上の剣を抜いて体を捻って袈裟斬りし、と、気が抜けない常にぎりぎりの状態で戦っていた。

 そんななかとしの頭に声が届いた。

(お前はどうして戦うのだ? 仲間なのにどうして同志を切るのだ? 人に心を売ったのか? お前はそれでも虫なのか?)

(どうしとはなんだ? こころを売るとはなんだ? 僕は虫だよ。友達が戦おうと言ったから戦っている)

(そうか、人と友達なのか? なら私たちと友達になろう。それなら、たたかう理由はないだろう)

(お前たち、黒い虫は、僕たち白い虫とは違う。一緒にはいられない。だから駆除する)

(なら、白い虫よ。黒くなればいい)

 なかとしに襲っていた虫たちは、バラバラで襲っていたものがいくつかの集団となり、V型の陣形を組んで突っ込んできた。二つほどの集団を撃退したが、三つめの集団でついに白刃の刃は黒い虫をとらえることができずに、黒い虫がなかとしの体に取り付いてしまった。

 黒い虫は、足の爪をなかとしの皮膚に食い込ませ、簡単に外れないようにさらに他の脚も体に絡ませてきた。

 身動きの取れなくなったなかとしに、他の虫たちも次々と絡みつき、やがては、黒い虫の群がる塊となってしまった。

 周囲の黒い虫たちも次々とそこに集まり、黒い巨大な球体となっていったが、その大きさは一定の大きさまで膨れ上がると、やがて少しずつしぼんでいった。

 やがて、元の人間ほどの大きさに戻った時には、中にいたなかとしは黒いなかとしになっていた。




(パパからの荷物が30秒後に届くよ、ママから先に離脱して回収して。私の荷物は大きいから、そのあとで受け取るから)

(わかったわ。持ちこたえてね。……なかとしの気配が感じなれないの。すぐ戻るから、気を付けて……)

 そう返事をして、柚木菜はこの場を一旦離れた。離れたくない気持ちは強かったが、このままでは虫たちの勢いに押されてしまうのは明白だった。

ここで打開策に転じなけば全滅は免れない。

早く新しい武器を手に入れて戻らなくてはと、少し焦っていた。

 ティカセは現在三重県から伊勢湾上空に移動していた。ゆっくりとはいえ、着実に現在のいる場所に近づいている。

超高速で物が飛んできているのを感じた。それがきっとティカセが送った武器だ。そういえば、今度はどんな武器なのだ? こゆきがレクチャーしなければ扱うことができないぞ、と思いつつもとにかく今は受け取ることに専念した。

黄金の空のはるか彼方に、金属の鈍い光を確認した。柚木菜も相対速度を合わせるために同じ方向に加速した。

それは、はたから見れば、電光石火で移動した柚木菜が瞬時に見えなくなるくらいの速さだった。

武器に並行して飛び、最初の銃を脇に挟み、やってきた太い銃の砲身をつかんだ。正確にいえば、太いではなく、6本の砲身だった。

「っわ? なにこれ? 銃なの? しかも重いっ」

銃の砲身は6本あり、付け根のあたりが軸になってその下にグリップとトリガーがあった。マガジンを入れる箇所にはカンのペンケースのような箱が刺さっていた。

 受け取ったはよいが、どう扱っていいか戸惑っていると、頭の中にこゆきの声が届いた。

(ママ何やっているの? 早くしてよっ。こっちは大変なんだからっ!)

 こゆきにしては珍しく声に焦りが感じられた。どうやら相当状況は緊迫している様子だ。

 とりあえず、今まで使っていた銃をスリングで首から肩にかけ、今入手した銃を両手で構えた。

 最初手にしたときはずっしりとした重量感があったが、こうやって両手で持ってみると、案外しっくり手になじんだ。

(こゆき、すぐいくから)

(早くしてっ!)

 こゆきの悲鳴にも似た叫びに、柚木菜は文字通り電光石火で戻った。

 戻ってみると、なかとしの気配は完全になくなっていた。かわりに重いねっとりとした気配を感じた。その方角をみると、黒い人型の存在を確認した。

 一方、こゆきは隊列を組んだ虫たちの応酬に苦戦していた。先ほどまでは自分を中心にして全方位攻撃をしていたが、いまは、逃げるように追ってくる黒い虫たちを迎撃しながら、まえからくる黒い虫たちを撃ち落としていた。

 虫たちが、密集陣形をとって突進してくるため、今の火力では応戦しきれなかった。縦に厚い陣形は、前衛が盾となり弾丸を受け止め、後衛が一気に襲い掛かるといった波状攻撃を仕掛けてきている。

こうなると、こゆきは回避するために逃げるしかなかった。

柚木菜はこゆきを追いかける黒い虫達の集団に銃向け引き金を引いた。

六本の砲身が回転し、ヴぉーーーーーーーっと、けたたましい音と共に、まるで棒状になった弾丸が黒い虫の集団をなぎ払った。

「なにこれ…… すごいっ!」

 柚木菜はほかの黒い虫の層の厚い群れに銃口を向け、一帯の虫たちを一気に殲滅していった。

(いいでしょう、その銃。もしもあっちの世界だったら、一生撃つことのできない銃だよ。M134っていうんだ。それと、ママ。片手が空いているよ。慣れればそんな銃は片手で撃てるから、両手に銃を持って。じゃないと、武器を替えた意味がないよ)

(難しいことをいうわね…… 結構重いのよ、この銃…… それに、今使い始めたばかりなのに、そんなに簡単にいわないで)

(そうしないと、私の武器が取りに行けないのよ。もういくよ。いいの?)

(そういうことなら…… ほら、これでいいのでしょ?)

 そういって、スリングで背中に背負っていた銃を左手に持った。グレネード付きの銃のほうだ。

(じゃあ、行ってくるから、持ちこたえてね)

(大丈夫よ。でも、早めにお願いね)

 こゆきは前方にグレネードを撃ち突破口を開くと、そのまま前線を離脱した。

 黒い虫たちはそれ以上は追うことはせず、今度は標的を柚木菜に向けた。

 一斉に空中にいた黒い虫たちが襲い掛かってきた、全方位から、しかも陣形を組んでやってくる。

 柚木菜は層の厚い陣形に向けて火力を集めた。数秒打ち込むだけで、火線の周辺にいた虫たちは小爆発を起こして散っていった。

 すぐに別の場所に撃ち込む。最初の銃は小口径で毎分600発と言っていたが、この六本の砲身が回転する銃は毎分6000発ほど発射していそうだ。五倍の弾幕に虫たちの厚い壁も難なく撃破することができた。

 とはいえ、数では圧倒的に虫たちの方が上だ。厚い陣形からの波状攻撃は全方位からやってくる。効率的に落としていっても、やはり少しずつ間合いを詰められている。

 最初虫たちの攻撃はバラバラだったのが、どうして統制の取れた動きになったのか考えたが、単純に、黒い人型の虫が指揮を執っているのだろう。

だったら、話は早いではないか。

 銃口を黒い人型の虫に向け火力を集中させた。先ほどの繁華街の時は、別の虫たちが盾となって守っていたが、この火力なら、盾が何枚有ろうと問題なさそうに思えた。

 黒い人型の虫は銃弾をかわすために高速移動を始めた。横に移動しながら、たまにフェイントを使って回避運動をしていた。火線が人型に集中すると、周囲の虫たちを迎撃できず、結果的に火線を戻して接近してきた虫たちに火力を当てた。

(あの虫さん、結構しっかりしているわ。虫ながらあっぱれなんだけれど、さて、どうしたものかな…… なかとしは、たぶんやられているだろうし ここはこゆきがくるまで、消耗戦を挑めばいいのかしらね)

 柚木菜は一転にとどまって迎撃するスタイルから、とにかく移動をして時間を稼ぐスタイルに変更した。力と力では数で押されてしまう。何より、空中での全方位での戦いは不利である。

 直線的な移動で、前方の虫たちを蹴散らせて、追ってくる虫に斉射して虫たちの数を減らしていった。たまに横目で、人型の虫の位置を確認して、銃弾を撃ち込むが、これを俊敏にかわされてしまう。

 柚木菜は距離を詰めれば、当てられるかもしれない思い、人型の虫に向けて突進していった。撃てば、ひらりとかわされるから、間合いを詰めるまで発砲は我慢した。

 人型の虫まで30mほどまで間合いをつめ、そして、撃った、撃ちまくった。両手の銃が火を噴き続けた。まるで棒状のように連なる弾丸は黒い人型の胴体をとらえた。

 柚木菜は見た。黒い人型の虫は両手に黒い長剣を持ち、それを前でクロスさせて突進してくるのを。大量の銃弾はクロスさせた剣によってはじかれ、たまに当たる弾丸はあったものの、決定的はダメージを与えることはできなかった。

 黒い人型の虫の剣が、柚木菜の目の前に迫った。

 柚木菜の撃ったグレネードが炸裂するのと、人型の持った剣が、柚木菜の体を貫くは同時だった。

 白い爆発が起こり、爆風に巻き込まれた柚木菜は大きく吹き飛ばされた。

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