第12話 トモダチ
柚木菜とこゆきが撃ったグレネード弾は、黒い存在を大量に巻き込んで爆発した。
二つの大きな白い火球が収まると、黒ずくめの人型の虫は少し小さくなっていた。あれだけいた虫たちも、ほとんどいなくなっていた。
よく見れば、人型の虫は小さくなったというより、幼くなっていた。今は10歳前後と思われる。先程までは真っ黒の服を着ていたイメージだったが、今は、真っ白になっていた。白い服を着ているようにも見えたが、体自体が白く光っているようにも見えた。
柚木菜とこゆきは顔を見合わせた。
「これはどういうことかな。状況がよくわからないね……」
「私たちの弾は対象を浄化することができるの。浄化された個体は消滅したり、もしくは負の存在ではなくなるの」
「つまり、それは、黒が綺麗になって白になったってこと?」
「そんなところだと思うよ。だから、あれはもしかしたら、負の存在ではなくって、正の存在なのかもしれないね。たぶんだけど……」
こちらをじっと見ていた人型の虫少年は首を傾げた。
(駆除、殺すって、何なの? それは良いことなの?)
口調も先ほどの黒の存在とは違い、言葉も幼くなったような気がした。どう答えようか迷ったが、気が抜けないことには変わらない。
「ええ。私たちには良いことなのよ。今のあなたはどうなのかな? 試してみる?」
柚木菜は銃口を人型の虫少年に向けた。
(僕たちは駆除されるのかな? 君たちにはよくない存在なのかな? 僕たちは殺されてしまうのかな?)
悲しげな表情をして子供になった人型の虫は嘆いた。
「ね、ねえ、こゆき。どうしよう……」
「どうしようと言われても、ママが決めてよ。今のアイツは、負の存在ではないと思うよ」
「そ、そうだよね。無理して駆除する必要もないよね……」
殺すの、駆除されるのと、言われているのを理解していないのか、子供になった人型の虫は微笑んでいた。
どうして微笑んでいたのか……
(僕は、君たちの存在を良くないと判断するよ。だから、駆除する。殺してあげる)
子供になった人型の虫には、いつのまにか長い剣が握られていた。
「ちょっと、やる気なの? こゆきどうしようっ」
「何を今さら言ってるのかな。やるかやられるかだけだよ。シンプルに考えよう」
「あの子を撃つのか…… 気がすすまないな」
「ほらっ、ママっ、くるよっ!」
虫少年は機敏な動きで迫ってきた。手に握られた長剣は白く輝き、大きく振りかぶられた。
柚木菜とこゆきは標的に向かって発砲した。四本の火線は虫少年の機敏な動きにかわされ、もしくは手に持った剣によって弾かれた。
一気に間合いを詰められ、虫少年はすぐ目の前まで迫り、白刃の刃が襲いかかった。
柚木菜は背筋が凍りついた。今まで散々虫たちを蹴散らしていた本人だったが、こうなると身もふたもない。ただ何もできずに慌てふためいた。
「ママ、ゴメンッ!」
こゆきが柚木菜の背中を蹴とばした。
虫少年の刃は空を切った。
すかさずこゆきは至近距離で弾丸を撃ち込み、グレネードを撃ち込んだ。
いくらかの弾丸は刃で弾かれたが、数発は身体にあてることができた。さらにグレネードも刃で弾かれたが、同時に弾頭は炸裂し白い火球に、虫少年とこゆきは包み込まれた。
白い火球の中から、こゆきが弾き飛ばされるように飛んできた。反対方向には虫少年が飛ばされていた。
「こゆきっ!」
柚木菜は叫んで、すぐさま飛ばされていったこゆきを電光石火で先回りして受け止めた。
「ちょっとっ! こゆき、大丈夫なの?」
こゆきは目を閉じて気を失っていたようだったが、柚木菜の呼びかけではっと目をさました。
「……ぅん。大丈夫。それよりあいつはっ?」
「反対側Iに吹き飛んでいったわよ。浄化されたかは、わからなかったけれど……」
ふと、軽い頭痛のするようなノイズが襲ってきた。しばらくしてそれが、先ほどの虫少年の声だとわかった。呻くような、苦しむような呪いの言葉をはいているようで、柚木菜は顔をしかめた。
こゆきにも聞こえたようで、眉間にシワをよせていた。
「ママ。あいつまだ生きているね。決着をつけなきゃ」
「でも、どうややって…… 私たちの武器はあまり効果ないみたいだったし……」
「そうなの。あいつ、弾丸を食らっても全然死なないの。多少のダメージはあったみたいだけど、効果的なものではなかった……」
「ところでこゆきは大丈夫なの? あんな至近距離で爆風に巻き込まれたけど。どこか火傷でもしていないの?」
こゆきは改めて自分の身体を見まわした。確かに、火傷はおろか衣類の損傷も特に無かった。これは、つまり……
「ねえ、この武器って、私たちには効かないのかな」
「そりゃそうだよ。私たちは負の存在ではないから、当たっても反応はしないよ。それなりの衝撃はあるけどね」
「じゃあ、やっぱり…… そういえば、こゆき? また背が伸びていない? 私とほとんど変わらないと思うけど……」
「さっきも言ったでしょ。親は無くとも子は育つのよ」
「言ったっけ? それに、親はここにいるし」
「だから成長も早いのよ。ここはもうパパの圏内だし、すぐ横にママがいれば、子供はスクスクと育つのよ」
「へー。そんなものなのかな…… あなた達の構造は理解を超えるわ……」
「そんなことより。ママ、あいつが来るわよ」
遥か向こうに白い人影が見えた。黄金の世界に白く光る存在。
自分達も同じように白く光っている。これは普通に考えれば、同じ存在なのではないか?
そう考えた柚木菜は遠くにいる虫少年に声を掛けた。
「ねえ。もう何もしないから、私たちと一緒に遊びましょ。さっきは撃ったりしてごめんね。ゆるしてくれないかな。友達にならない?」
すると、虫少年から返事が返ってきた。
(ゆるす? ともだち? あそぶ? それは、いいことなの?)
「うんうん、とってもいいことなの。だから、駆除とか、殺すとかはやめましょうね。私とあなたは、今からお友達なのよ」
(駆除しなくてもいいの? 殺さなくてもいいの?)
「いいのいいの、しなくていいの。お友達はそんなことをしないのよ。お友達は、一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、楽しく過ごすの。だから、駆除とか、殺したりはしなくていいのよ」
(うん。わかった。駆除しない。殺さない。あそぶ。一緒にご飯食べる。お前、これ食うか?)
虫少年との距離はまだあったが、何かを投げつけたのが確認できた。黒い何かを……
柚木菜はそれを反射的に、銃を脇に抱えて右手で受け取った。硬くひんやりとした感触だった。
昔、子供の頃、近所の神社でコガネムシやカブトムシを捕まえたことはあった。あの頃は別に平気に触れたものだったが、今はもちろんそうではなかった。
今、右手にがっしりと掴んでいた物は、そのコガネムシの頭部だった。それもバスケットボール程の大きさはある頭部だった。よく見れば、何やら液体が滴っている。真っ黒い頭部に、さらにどす黒い体液だった。
「キャーーーーーーッ!!」
柚木菜は手に取ったコガネムシの頭部を放り投げた。
「ママ、だめだよ。人の好意をちゃんと受け取らなくっちゃ。嫌われちゃうよ。友達になりたいんでしょ?」
「あんな物、食べられるわけないじゃない。こゆきは食べられるの?」
「台風はあんな物、食べないよ。でも、ママは人間でしょ? 食べるんじゃないの?」
「人間様は虫なんか食べないのっ! 触ることもできないのに、そんなことできるわけないじゃないっ!」
「ママは何怒っているの? だって、人間は虫を食べる記録がちゃんとあるよ。ママも食べていたんじゃないんだ」
「食べない食べない。女子高生はそんなものは食べないのっ」
「ぇっと、なら、女子大生になると食べたりするのかな。虫は少しほろ苦って記録があったから、きっと大人の味なんだよね」
「いや、それも違う…… 基本、日本人は虫を食べないのよ。外人さんは知らないけれどね」
「へー、そーなんだ。人間って複雑なんだね。理解に困るわ……」
「はいはい…… そうかもね。ぁ、ねえ虫少年さん、ごめんね。私たちの口にはあなたの贈り物は合わないの。本当にゴメンなさい」
(口に合わない? 大きすぎて口に入らなかったのかな。もっと小さく砕いてあげるよ。そうだ、ムカデのぶつ切りだったら一口サイズだよ。きっとそれなら気に入ってもらえるはず)
そう言って、虫少年は地上に右手を差し伸べると、黒い長細い何かが地上から飛んできた。飛んできたというよりは、虫少年の手に吸い寄せられるように手に収まった。
それは、体長2メートル程はあろうか、巨大なムカデだった。右手でガッチリと掴み、あばれるムカデの足の脚をまるでシャコの殻と細かい脚をむしり取るように?き身をした。
中から黒い艶やかな肉が出てきて、その部分だけ引きちぎると、虫少年は満足そうに微笑んだ。
「ああっ、いやいや、結構です。その気持ちだけで嬉しいわ。だから、ご飯はもういいの。今はお腹減っていないし、きっと減らないし…… えっと、その、友達って別に、一緒に食事するだけじゃないしねっ。……えーっと、君の名前は、なんていうのかな?」
柚木菜は友好対応として、本人のことを聞くことにした。もう、食に関しては戻りたくない。
(なまえ? 虫少年? なの、かな?)
虫少年は手にしていた?き身のムカデを興味無さそうに放り投げると、首をかしげて考え込んだ。
「じゃあ、名前をプレゼントしてあげるわ。お友達としてのプレゼントね。ちょっと待ってね。考えるから。……ぅうん。虫少年だから、ちゅうしょうとし…… 中小都市。そうだ、なかこ・としっ。君は「なかとし」君だ。漢字だと那珂慧っ。ちょっと難しいかな。まあ、ひらがな読みでいいわ。なかとし君。この名前でいいかな?」
(僕の名前は「なかとしくん」だね。ありがとう。君の名前はなんだろう)
「ぇっと、くんは名前じゃないからね。呼び捨てでいいよね。たぶん私の方が年上だし。ぇっと、私は、柚木菜、ゆきなよ。それから、こっちが……」
「こゆきよ。ママ、本当にこの子と友達になるの? 私は気が進まないな……」
「そんなこと、言わない。この子は敵ではないわ。それに、さっきこの子は負の存在を食べようとしていた。つまり、利害は一致しているのよ。少なくとも私たちの敵ではないわ」
(ゆきなと、こゆきと。ぼくは、なかとしくん。三人は友達)
「そ、そうよ。三人は友達。だから、駆除とか殺し合いはしないの、いいかな?」
(友達は殺し合いをしない。うん、わかった。ところで、ともだちって何?)
柚木菜とこゆきは顔を見合わせた。友達ってなにって聞かれてもねえ。
「ほ、ほら。仲のいい集団ってことよ。ぃや、少し違うか…… 気を許せる仲ってことかしらね。それでね、ものは相談なんだけれど、私たち黒い虫さん達を、なんというか、追い出したいのよね。そうしないとデッカい台風さんがやってくるの。だから、虫少年君…… じゃあなかった、なかとしは黒い虫達を追い出すことはできないのかな。あなたは黒い虫達のことを、どう思っているのかな?」
(黒い虫? さっきのアレのこと? どう思うかなんていわれても、美味しいとしか思わないよ)
「はは、そうなんだ…… なかとしにとってはただの食料なんだね。駆除の対象ってわけではないのかな」
(くじょって、どんなことをするの?)
「ぇっとねえ、私たちに害のある存在を排除するってことかな」
(それなら、僕たちも黒い虫達は邪魔な存在だから、いなくなってほしいな)
「なかとしと、黒い虫たちって、そもそも違う存在なの? なかとしも最初は黒い虫だったんだけれども……」
(うん。黒い虫を食べ過ぎて黒くなったんだ。それから、どうなったかはよく覚えていないよ。気が付いたら、2人に銃で撃たれたんだけど……)
「その節はごめんね。私たち何も知らなかったの。最初あなたは黒かったから、負の存在だったから、容赦なく撃ったりしたけれど、私たちの攻撃で一瞬にして浄化されたのね。いやはや、驚きの連続だわ。ねえ、私たちと一緒に黒い虫たちを駆除しない? この辺りの虫たちは、大まか駆除できたみたいだから、少し移動してほかのエリアも駆除したいの。お願いできるかしら?」
(うん。いいよ。黒い虫たちを切って、潰して、引き千切って、殺しまくって全滅させればいいんでしょ? 協力するよ)
「あはは…… 可愛い顔してそんなことを涼しげに言うのね…… よし、決まりね。こゆきもそれでいいね」
「別に、私はいいわよ。ママに従うから」
こゆきは変わらず乗る気が無い。似たような年齢のせいなのか、ライバル視をしているのか柚木菜にはわからなかった。
「よし、決まりね。じゃあ、次は名駅に行ってみようか」
こうして、三人は黄金の世界に広がる空を飛び、負の密度が高いエリアを目指した。
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