第11話 未知なる道
虫達が集結した黒の塊は、より一層闇の黒さを濃くしていった。早く撃退しようにも、今は大量の虫たちの迎撃が目一杯で、手を着ける余裕はなかった。
少し離れたところで戦闘中だったこゆきにも、それは気になる存在だった。たまに火線をそこに集中させていたが、他の虫達に阻まれていた。
そのこゆきから、頭に声が届いた。
(ママ、60秒後にブツが届くよ。一旦ここを離れようよ)
(もうできたの? さすが早いわね。こゆきができたのも早かったけれど、こういうのもやっぱり早いのね)
(ママはひどいことを言うね。私はものじゃないよ。二人から生まれた、愛の結晶なんだよ)
(こらこら、まだ子供なんだから、そういうことを言うのはやめようね。ママ、恥ずかしいから。とりあえず、取りに行こうか)
二人は一旦この場所を離れることにした。出来上がった武器を空中でキャッチするためだ。黒い闇の塊は気になったが、それはことが済んでからでいい。
柚木菜は高速で飛来する物体を肌で感じた。まともに受け取ったら、手はおろか腕までも消し飛んでしまう。要は、速度を消せばいいのだ。
飛来する武器に合わせて柚木菜も飛んだ。同じ方向に似たような速度で飛べば、速度は殺せるのだ。
電光石火で飛べる柚木菜とこゆきには、どうってこともないことだ。
二人はそれぞれ飛来した武器を手にした。その代わり、時速1500㎞で数秒飛んだだけで、先ほどの場所までかなり離れてしまった。
(よし、戻ろう。それにしても、あのエリアが一番負の力が濃いとはいえ、あんなにも虫たちがいるなんて思ってもみなかったわ。これでは他の場所の駆除が追いつかないよ。どうしたものか……)
(ほんとうだよね。このままだと、パパの集中砲火に頼ることになっちゃう。でも、それはしょうがないよ。私たち二人だけでは限界があるよ。それにしても、これは予想以上な展開だね……)
(ママもパパの偉大さを思い知ったわ…… とりあえず戻りましょう。さっきの闇のようなものが気になるわ。それに、中途半端なことをしたら、それこそパパの怒りを買って、この辺一帯水浸しにさせられてしまうわ。早くなんとかしないとね)
(そうだね。パパって、怒ると何するかわからないからね。そうなったら、本当にこの地に人は住めなくなっちゃうよ。戻らなきゃね)
二人は電光石火で先ほどの場所に戻った。
黄金色の空は、虫たちの黒色で覆われ、闇に包まれていた。本来の時刻ならもう夜の19:00ぐらいだ。ここの世界は日が暮れることはなく、常に大地も天も黄金色に包まれていた。
大量の虫達のせいで、空は日が沈み闇が辺りを覆い隠そうとしているかのようだった。
大量どころではなかった。無数と言うのが正しいのか。
先程ティカセが降らせた豪雨で、虫たちが建物の上部に登り、羽のあるものは全て空には羽ばたいていた。
本来なら、この後に台風の強風で吹き飛ばしてしまうのだが、今回はその後の始末は二人の仕事だった。
わずか10分の豪雨だったが、かなり多くの虫たちが目を覚ましてしまったようだ。あの雨は虫たちが嫌がる成分が含まれているのか、虫たちは狂ったように動き回っていた。
「ママ? 虫たちって、あんなにいたっけ? ここには、負の存在があんなにいたってことなのかな?)
「今回の台風が超大型なのが理解できるわ…… あの数が相手となると、それは確かに超大型じゃないと太刀打ちできないわけだ。これは骨が折れるわ…… あら? こゆき? あなたまた背が伸びたわね」
「そりゃあそうでしょう。育ち盛りなんだから。親はなくても子は育つって言うでしょ?」
「それはそう言う意味に使う言葉じゃないよ。そんなことより、よし、こゆき、やろうか」
「よっしゃあっ。ガッテン、りょうかいっ!」
「……こゆきの言葉は誰に似たのやら……」
二人は、新調した銃を両手に構え、トリガーを引いた。
四本の火線が暗闇のような虫たちの群へ消えていく。そして、幾つもの白い小爆発が起きた。
数撃ちゃ当たるとはよく言ったものだが、今は撃てば必ず何かに当たるぐらい標的は密集していた。
毎分600発撃てる銃が、二人で四丁だから、毎分2400匹程の虫を撃退しているわけだが、一向に減る気配がない。
例によって、虫たちはこちらに気がつき、一斉に襲いかかってきた。
「……ちょっと待ってよっ。多すぎやしない?」
目の前に迫ってくる暗闇のような虫の群集に、柚木菜はつい愚痴をこぼした。
それは澄み切った青空に、突如雨雲が黙々と広がってくるのような状況に似ていた。
こゆきも隣で二丁ライフルで撃ちまくっていた。銃弾の乾いた発射音とは別に、低い低音の効いた発射音がしたのに気が付いた。
通常弾よりはるかに大きい弾丸が、虫たちが密集して暗闇だった場所に光を灯した。
光は爆発だ。通常弾で起きる爆発の1000倍程は大きい爆発が起こっていた。
「さっき入荷した銃には、グレネードもつけておいたから、試してみてね。弾数はチャージ方式だから、10秒に一発は撃てるかな? マガジンもロングタイプだら残弾は心配しなくてもいいよ」
「……は? ぐれねーど? レモンみたいな弾頭ってことなのかな?」
「ママは自分の世界のモノなのに、何も知らないんだね。グレネードって榴弾のことだよ。カートリッジの中に火薬が詰まっているんだよ。もちろん、私たちが持っているのは火薬式じゃないけれどね。バレルの下に安全装置と発射ボタンがあるからね」
「へー。私の世界には、こんな武器があったんだ。考えてみれば恐ろしいね…… 本来はこれを生身の人間に向けて撃つのだから……」
「そうだよ。人間は恐ろしいんだよ。だから、負の存在の虫たちもあんなにも湧くんだよ」
「あれって、私たちが原因なの? 負の存在って、自然現象じゃないんだ」
「自然の中から生まれるモノもあるよ。でもね、ここ最近は人から生まれる方が多くなってきている。だから、パパの存在も大きくなってきているんだよ」
「こゆきはなんでも知っているんだね。誰に教えてもらったの?」
「そりゃあ、パパとママからだよ。あとはその辺の電波を拾って学習しているんだよ」
「電波? インターネットのことかな?」
「ママだって、電波をひろって情報収集はできるはずだよ」
「あはは…… 今はそんな暇なさそうだから、後でね……」
柚木菜はグレネードを発射した。トン、とくぐもった音を立てて電子の火花を散らして弾頭は飛んでいった。
初速は遅いせいか、少し経ってから白い火球が現れた。
通常弾だと、一発に対して一体だったが、これだと一発で数百体駆除することができた。
「ふぇー。すごいねこれ。最初から装備しておけばよかったのに」
「こんなことになるなんて、わかっていれば苦労はしないよ」
「そうだよね。私もこんな風になるなんて夢にも思わなかったわ……」
こんな風にか……
まさか、台風とコンタクトを取っていたら、いつの間にか、台風の片棒を担ぐことになっている。ことはあろうか、その間に子供までできて、この子に仕事を手伝ってもらっている。
この世は未知で満ちあふれている。
なんて上手いことをいったら、こゆきにバカにされるだろうか。
この駆除が終わったら、私は 、私たちはどうなってしまうのだろうか。
柚木菜の不安は募る一方だ。
とりあえず、今は目の前のことを心配しよう。全てはこれを片付けてからだ。
柚木菜は休むことなく弾丸を叩き込んだ。
次々と迫る虫たちは、圧倒的な火力の前にどんどん数を減らしていった。
一方、一部の虫たちは別の場所で一箇所に集まっていた。集まるという表現は間違ってはなかったが、一つの場所に重なるように集結していた。
重なり、連なり、そして、融合して、多数だったものは一つの「個」になろうとしていた。
先ほどから柚木菜が気にしていた、闇の塊だった。
「こゆきは、あれがなんだかわかる? あの闇の塊のような存在だけど」
「あれは虫の集合体だよ。私にもわからないけれど。それ以上の存在ではないはずなんだけど、確かに不気味だね」
「私はすごい胸騒ぎがするわ。絶対何かおかしい。すごい量の虫たちが融合しているのにそれ以上の変化が見られない…… こゆきはあの闇を集中砲火して。援護するから」
「ママは変な感覚器官を持っているんだね。胸騒ぎなんて、どんな感覚なのかな?」
「人間様の特殊な力なのよ。そんなことはいいから、早く撃ちなさいっ」
「はぁーい。人間のママさまぁ」
緊張感のないこゆきの返事に、この子には恐怖心とか、胸騒ぎなみたいな不安的な心境は働かないのだろうかと感じてしまう。
よく考えてみれば、自分も同じか……
胸騒ぎ、不安は感じたが、確かに恐怖は感じない。
小さな娘にそんな思いもさせたくはないが……
こゆきは両手の銃で暗闇を撃ちまくった。それをかばうように他の虫たちが盾になって消滅していく。
同じく、上からも下からも後ろからも虫たちは襲いかかってきた。
柚木菜がそれらを的確に落としていく。こゆきは一点集中で闇に向かって撃った。
グレネードが炸裂しても闇は吹き飛ばなかった。やはり虫たちがガードしているのだろう。
柚木菜も火線を集中させたかったが、そうは問屋が下さない。
闇の塊は光ではない闇を放った。眩しくはないのに、なぜか眩しさを感じた。
目が開けていられない。実際目を閉じていても見ることはできたのだが、それもできなかった。
眩しさに慣れてきたのか、ようやく視界に捉えることができた。
闇の塊は、「人」になっていた。遠くからでは、男性が黒い服を着て空中に浮いているように見える。
よく見れば背中に羽があるようで、トンボのような透明な羽が羽ばたいているのが分かった。ついでに言えば、黒い服を着た男性型の虫は、意外とイケメンにみえた。二十代前後の長身の若者と思われる。
「虫が人になった…… っていうより、擬人化したのかな? どうしてこう、いい男になっちゃうのかなぁ。駆除しづらいじゃない。こゆきは、あれ、なんだと思う?」
「形は変えても虫は虫だよ。ママも私もそうだけど。台風の子は台風だよ。ところでイケメンってなに?」
「その話はまた今度にして…… つまり、虫が人の姿を借りて、私たちに接触を試みようとしているのかしら? そういえば…… 虫たちの包囲網も少し薄くなったわね」
頭の中に嫌な感じの言葉が入りこんできた。音声ではなく念波というやつだ。
(包囲網が薄くなったのはお前たちが我が同胞を一方的に殺したからだ。一体お前たちは何者だ)
柚木菜は返事に困った。虫たちが融合して人型になったとか、自分がわかる言葉で話しかけられたから驚いて返す言葉がないというわけではない。
何者だ? と聞かれたら。私は女子高生17歳よ、と答えても何も意味はないような気がして返事に困っていたのだ。
こゆきが先に答えた。
「台風の子、こゆきちゃんとは、私のことだよ。この人はママだよ」
(ママとはなんだ? 魔魔? 真魔か? 台風とは一体なんだ? 鯛風? コユキチャントとはなんだ?)
「はぁ? 聞いたのはキミでしょ? 脳みそはやっぱり虫並みなんだね。そういや、虫に脳なんてあるの?」
台風にも脳みそはないぞ…… とは言わなかったが。目の前に現れた人型の虫は思っていたほど脅威ではないのかもしれない。
(脳みそとはなんだ? それが無いとどうなるのだ?)
「……呆れた。あなた、日本語理解できるくせに、言葉の意味、わかっていないわけ? あなたに言っておくわ。あなたに脳みそは無いわ。でも安心して、何も問題ないから。あなたみたいな虫さんにはそんな物は全く必要ないから。だから安心して駆除さてくださいな。何も考える必要ないから」
(そうか。何も問題はないのか。安心したぞ)
「そうなのよ。だから安心して駆除されなさいな」
(駆除とはなんだ?)
「気にしなくていいよ。そこで何もしないで待っていて。これをあげるから」
そう言って、柚木菜は斉射しながらグレネードを撃ち込んだ。こゆきもそれにならった。
4本の火線が黒い人型に浴びせられて、さらに白い爆発が二つ起こった。
「ママは怖いね。笑顔で人を殺せそうな気がする」
「なにを言っているの。あれは人ではなくって、人型の虫よ。人は虫を平気で殺せるのよ」
「じゃあ、虫に人の心があったら、殺せる?」
「それって、虫のかたちをした「人」ってこと? うーん、知らなければ殺しちゃうわよ。知っていれば殺せない。だって、人なんでしょ?」
「難しいんだね。形が虫でも、中身が人のときってどう判断するの? 人の言葉が話せても、それは人とは限らないんでしょ? 今あそこにいるような虫が人間の形でも、人ではないんでしょ? 識別しようがないでしょう」
「でも、今、目の前にいるのは人ではないでしょ? 後は、自分の気持ち次第なのよ」
「きもち? 気分じゃなくて?」
「そうとも言うわね。殺したいと思ったときは殺す。殺したくないときは殺さない。人の形をした害虫は駆除しないといけないでしょ?」
柚木菜はグレネードをもう一発撃ち込んで。撃つのをやめた。こゆきも同じように発射させ、撃ち方をやめた。
目の前で大きな白い爆発が起こった。面倒くさい存在は綺麗に消えて無くなって欲しいと、柚木菜は願った。
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