第10話 駆除
眼下には巨大な台風24号が渦を巻いていた。黄金色に光り輝く台風は、銀河に渦巻く星団のようにも見えた。
しかし、その実態は地上に巣くう負の存在を駆除する巨大な掃除施設だという。
そして、ひょんなことで擬人化した台風24号のティカセと縁あって、その間に子供ができてしまった……
柚木菜は、その自分の子供と、これまたひょんなことで虫退治に行くことになってしまった。
自分の隣には、我が子のこゆきが大きな銃を構えていた。本人に言わせれば、これはショートバレルのカービンだから少し小さいのだという。どこの世界の言葉なのだろうかと考えたが、たとえ日本の言葉にしても理解はできなかったと思った。
(それじゃあ、準備はいいかい? 10分間援護射撃をするから、その後に出撃して)
ティカセの声が頭に響いた。本人は台風の中にいる。
「出撃って…… なんだか戦に行くみたいね。こゆきは怖くないの? ママは正直怖いわ……」
「大丈夫だよ。ちゃんと私がアシストするし、ママのバックには「京」があるから心配はないと思うよ。戦闘システムが確立したら、最強女子の名はママのものだから」
「はは…… あまり嬉しくない称号ね。こゆきは怖くないなんて、強い子なのね。初めてなんでしょ? こんなの」
「うん、そうだよ。すべてがはじめてだよ。でも、パパの記憶やママの記憶を引き継いでいるから、全然怖くないよ。それに、ママと一緒なら全然へっちゃらだよ」
「そうね、ママもこゆきと一緒なら怖くないよ」
一段と大きくなったこゆきを抱きしめた。身長はさらに伸び、自分より10センチほど低いぐらいまでに成長していた。12歳ぐらいだろうか。もう少ししたら、自分の身長を超えていくだろう。
親としては嬉しくもあり、少し寂しくもあった。
「よし。こゆき、行こうか。早いところ片付けて帰ろう」
柚木菜は大きな羽を広げた。別にこれがなくても飛べるのだが、これはただの柚木菜の趣味だった。
隣にいたこゆきにも羽があった。柚木菜の羽は鳥の翼のような羽だったが、こゆきの羽は虫のトンボのようにコンパクトで透き通っていた。
「うん。いこう!」
二人は空を蹴った。目的地は中部地方。台風24号は現在三重県上空で猛威を振るっていた。
この地はすでに浄化が始まっていたから、二人の出番はない。そうなると、次に被害を受けるのは愛知県だ。
二人は台風の進路を割り出し、不浄なる地を目指して電光石火の速さで名古屋市上空に着いた。
この地は。まだ暴風圏手前だったが、雨は結構な量が降り注いでいた。
ティカセが言っていた援護射撃というやつだろう。この雨を受けた不浄の元凶は狂ったように暴れ、地上を離れて空を目指すそうだ。それを駆除するのが、台風のティカセであり、柚木菜とこゆきの二人であった。
二人から見た世界は一面黄金色に輝いており、地上で行き交う人や車両も、すべて黄金色に輝いていた。
まるでクリスマスマのイルミネーションを町中に飾り付けたような輝きだ。それも、ゴールド一色だったから輝き方は冬のそれとは全然違って見えた。
「綺麗ね…… こんな体験ができる私は、世界一の幸せ者だよ……」
「ママ、あそこ、あそこに虫がいるよ」
その黄金色の世界にも、一部真っ黒い場所が何箇所もあった。負のエネルギーを持つ虫たちは正のエネルギーを捕食するため、その辺りは暗くなるという。
「よ、よし。こゆき。い、いくよっっ!」
二人は手に銃を構えて暗闇に突進していった。
大通りのビル群の裏側辺り一帯は闇に包まれていた。そこで蠢く巨大な虫たち。暗闇のなか、わずかに青白い光を放ちながら動いている。コガネムシに似た甲虫もいれば、八本足クモ型の虫もいるし、長細いミミズのようなものもいた。よく見れば日頃見たくないような虫たちもびっしりいる。
柚木菜はこのとき初めて理解した。虫の駆除なら殺虫剤のようなものでいいのに、どうしてこんな物騒な銃で駆除しないといけないのかを。
銃を渡されたときは、虫って大きいのかと、せいぜいネズミかウサギ程度の大きさと考えていたが、目の当たりにした虫たちはゆうに牛の大きさはあった。
さらには、虫たちはビルをアブラムシのようにびっしりと群がり、街中は蟻が餌に群がるようにうじゃうじゃいた。
その数は数千を超えていた。
柚木菜は血の気が引くのを感じた。
「……こんな虫たちの駆除をする私は、世界で一番不幸な女子だ……」
パパパパパパパパッ……
こゆきの銃口が火を噴いた。
アサルトライフルから発射された高密度抗体弾は巨大な虫に着弾すると、体に大きな穴をあけて激しくスパークし小爆発した。他の虫にも次々と着弾させて数々の小爆発が起こった。
的確に虫たちを射止め、白い閃光が辺り一面に広がった。
「おおー、すごいねこゆき。とても初戦とは思えないよ。私もしっかりやらないとね」
柚木菜も銃を突き出し、暗闇に向けてトリガーを引いた。
狙いやすそうなビルに群がった虫たちを撃った。100匹ほどはいるから、どれかには当たるだろう。
タタタタタタタタタタッ……
弾丸はあちこちにバラけて空を切った。目標にはなかなかな当たらず。二、三何体にはは当てることができたが、他は全弾空に消えた。
突然の攻撃に気が付いた虫たちは、羽を広げ、一斉にこちらに向かって飛んできた。黒い虫の軍団は空を黒く染め押し寄せてくる。
「ひゃーーーっ!」
柚木菜はさらに撃ち続けた。が、やはり弾はばらけて、なかなか群の中に弾は集弾できなかった。
「ママっ、もっと脇を締めて、腰の少し上で構えて。その銃はハンドガンじゃないから、しっかりと構えないと弾を安定して撃てないよ」
た、確かに。と柚木菜は実感した。
この銃はハンドガンではなくサブマシンガンだ。片手で撃てないことはないが、初心者の柚木菜には到底無理な話だ。
右脇を締め、少し腰を入れて、トリガーを引いた。
タタタタタタタタタタタッ…………
乾いたスパーク音と共に、抗体弾が虫の群にめがけて飛んでいった。
先ほどはシャワーのように飛び散っていたが、今度は一本の線のように弾丸は飛んでいった。
飛んできた虫の群の中に白い小爆発が連続して起きた。
さらに、こゆきも加勢して飛んできた虫たちを迎撃した。
その間をかいくぐって何体かは目の前まで迫ってきた。
あせって銃口を向けて火砲を浴びせるが、なかなかクリーンヒットしない。
とっさに、高度を下げて、衝突をかろうじて避けた。その後からも虫たちは迫ってくる。一体を衝突寸前で撃ち落とし、振り返って、先ほどかわした虫に銃弾を浴びせた。
また一つ白い火球が生まれ虫は消えていった。
虫たちは他の場所からも、こちらに向かって飛んできていた。
空中で激しく戦闘をすれば、嫌でもこちらに気付くというものだ。
撃ちながら、回避しながら、飛びながら、周囲の状況を見た。
街中のあちこちから、黒いモヤのように虫たちは集まってきていた。自分とこゆきを狙って。
一方のこゆきは、数に押されながらも、確実に虫たちを撃墜していた。それこそ、前、上、下、右、左、後ろと、ほぼ全方位の虫たちを蹴散らしていた。白い火球はこゆきを中心にして大きな球のように光り輝いていた。
それは、まるで巨大なタンポポの綿毛のように、幻想的な情景が空に浮かんでいた。
「凄いね、こゆき…… いったいどこで覚えてきたのやら……」
たまにくる流れ弾も、しっかりと柚木菜の視界で虫たちを捉えていた。
目で見ているのではなく、まるでこの辺りの空間を肌で感じているように、的確に虫たちを射止めていた。
(ママにもできるよ。全身で虫たちを感じ取るんだよ。後は銃口を突きつければいいだけだよ)
こゆきの声が頭に響いた。激しく銃撃戦をしているようには思えなかった。
……簡単に言ってくれるわね。こゆきには本当に簡単なことなのだろうけれど……
全身で感じる……
そういえば、もともと自分は台風の姿でこの世界に出現したんだった。
その時は当然、目もなければ耳もなかった。でも、今見ている景色となんら変わらなかった。
擬人化した今では、確かに瞳はあったが、考えてみれば、瞳を使わなくたってこの世界では物が見えるのだ。体で感じ取ることができるのだ。
今の自分は何で構成されているかなんて、知らなかった。わからなかった。
でも、少なくとも細胞の塊でないことはわかっていた。
柚木菜は目を閉じた。この目はとても良く見える。遠くのモノでもはっきりと良く見えた。だから、頼りすぎたのだ。
こゆきが回転しながら銃弾を振るっているのがはっきりと感じ取れた。
いや、手に取れるように観ることができた。
(そういうことね。ありがとう、こゆき。ママもわかってきたわ)
柚木菜は撃ちまくった。前、上下、左右、後ろと、撃った弾はほとんど外れることはなく、視界に入った虫たちはほとんどが撃ち落とされた。
こゆきの周りに咲いた綿毛のような爆発の閃光は、柚木菜の周りでも咲かせることができた。
(ママやるう! すごいじゃん。さっすがぁ!)
(こゆきが気付かせてくれたおかげよ。ところで、この銃の弾はどれくらいあるの?)
(ナノサイズの弾に超高密度の負荷をかけてマガジンに詰め込んだから、せいぜい百五十万発ぐらいかな。このエリアだけならなんとかもつと思うけれど)
(ひゃ、150万ぱつっ! す、すごいね。ものは見た目によらないってこのことだわ。ねえ、こゆき。もう一丁あったほうが効率良くない?)
二人は四方八方からやってくる虫たちと激しく迎撃戦をしながら、普段と変わらない調子で話した。
(ぉ。ママはやる気だねぇ。私もそれは考えていたんだよ。本当にすごい数だね。パパはこんなのを一人で駆除していたと思うと尊敬してしまうよ)
(パパはたしかに凄いんだけど、でもね、パパが来るとここに住んでいる人たちが吹き飛ばされてしまうの。ママの生まれた場所がパパのせいでひどいことにならないようにするために、私がここにやってきたの。そして、あなたが生まれたのよ)
(二人の馴れ初めはログに残っているから、後でゆっくり見るね。それより、ママはもう一丁の銃は同じものでいいの? もう少しデカいのにする?)
(私たちの出会いは見なくていいから、そっとしといてね。それから、銃はもっと大きなものの方がいいのかしら。残弾を気にしなくてもいいのなら、大きい方が初速が早いし、威力もあるんでしょ?)
(そうだよ、でも、これくらいの近接戦なら今のサイズでも問題ないと思うよ。もっと距離を置きたいのなら、私が使っている銃のロングバレルなら距離も少しは稼げるけれど、チューン次第でどうにでもなるよ。どうする?)
(とりあえず、今使ってるやつでいいわ。でもこれって、パパのいる炉心じゃないと物質化できないんでしょ?)
(そうだよ。パパに作ってもらって送ってもらえばいいんだよ。そんなに距離は離れてないから)
(送ってもらう? どうやって?)
(投げてもらうの。パパが投げれば、時速で換算して1500㎞はでるから、現在三重県上空からなら5分くらいで届くよ。受け取るのは少し難しいけれど……)
(ど、どうやってって受け取るのよっ。時速1500㎞って、ざっとマッハ1.5ってところよね。手でとったら腕ごとなくなってしまうわ…… まあ、いいわ…… こゆき、お願い、作って送ってもらって)
(うん、わかった。オーダーするね。…………ぁ、パパ。うん、そう、そうなの。あぁ、じゃそれもつけて。大至急ね。……うん、頑張る。だいじょうぶだよ。……うん、じゃあね)
相変わらず二人は激しい銃撃をしていたが、いたって変わらぬ口調で話していた。
虫たちの攻撃はより一層激しさを増していったが、二人の正確無比の射撃で次々と撃ち落とされていった。しかし、減るどころか数は増える一方だった。
やがて虫たちの行動に変化が出てきた。二人に襲いかかっていたものと、別の場所に集まっているもが出てきた。
その虫たちは空中で一箇所に集まって蠢いていたが、集まる量の割には大きくはならなかった。黒い塊はさらに黒さを増したが、それは見た目の黒さとは違い気持ちをも暗くする黒さだった。
不審に思った柚木菜は、火線をそこに集中させた。弾丸は黒の塊に届く前に別の虫たちに当たり捉えることはできなかった。
火線を集中させると、多方向からの虫の侵攻を許してしまう。結果、謎の黒の塊に集中砲火を浴びさせることはなかなかできなかった。
柚木菜の不安は募った。黒の塊は色の黒ではなく、闇の黒に見えてきた。早く撃退したいが、今は大量の虫たちの襲撃でそれどころではなかった。
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