第2話 実験開始

隣の部屋は、まるで放送スタジオのモニタールームのような設備が並んでいた。

 壁一面にディスプレイが並び、その前に並んだ机には操作用のコンソロールと端末用のディスプレイが並んでいた。

 主調整室と言うらしいが、ここの人達はオペコンと呼んでいた。人達と言っても、スタッフは刃風教授と水渓助手の二人と、バイトが一人の三人だ。

 実際にこのペコンに座るのは、二人だけで、大いに機器を持て余しているように思えた。

 柚木菜はガラスで間仕切りされた小部屋に入った。こちらはレコーディングルームのような部屋になっていた。実際、録音ブースなのだろう。

 もともとこの設備は、放送学科が使っていたものを改修したのだろう。この二人の為にこれだけの設備を提供する大学もどうかしていると思うが。

 録音ブース内の中央にリクライニングができる大きなチェアーがあった。お昼寝、仮眠用のチェアーだと思うが、いつも実験にはこの椅子を使っていた。

 電源やUSB端子などもいくつかついている。

柚木菜はそこに座り身体の力を抜いた。

助手の水溪がガチャガチャと計器やらケーブルをカゴに入れて持ってきた。その中の物を柚木菜の手首足首頭に取り付ける。

 水渓は喋らなければとても綺麗で上品な女性だったが、一旦口を開くと暴言を吐きまくる悪女に変貌する。

 柚木菜や教授にバカなどクソなど酷いことを言うのにはもう慣れた。

天井からぶら下がっている大型ディスプレイが表示されると、先ほどテレビで観ていた映像が流れていた。車庫や屋根が吹き飛んで電線を引きちぎっていた。

「柚木菜ちゃん、語弊なのよ。私に女子高生のようにはしゃげといっても、それは無理な話なのよ。だから、柚木菜ちゃんが羨ましいってことなのよ」

 水渓の突然の言葉に柚木菜は戸惑った。

「え? なんのこと?」

「あ、なんでもない。気にしないで」

もしかしたら、先ほどのことを誤っているのかもしれなかった。一応気にはかけているようで、この人なりに不器用で素直ではないが、謝ったのかもしれなかった。

「ところで、私は一体何をすればいいのかな? 台風に話しかけろといっても、どうすればいいわけ?」

計器を着け終わった頃に、刃風教授も部屋に入ってきた。

「なあ、柚木菜君。あれは何だと思うかな?」

刃風教授はディスプレイに映っている台風に関するニュースを見ながら言った。

「え? 台風24号でしょ? 私の目でもそれ以上の物は見えないですよ」

「それは、目で見ようとしているからだよ。ちっと待ってよ。 気象庁の中央データー分析室につなぐから」

「え? きしょーちょー? ここって気象庁の関連施設なの?」

「そんなわけないでしょ。ツテとコネがあんのよ。このタヌキおやじは見た目によらず悪魔のような人なのよ」

水溪助手は冷たい眼で上司の教授を見た。つられて柚木菜も教授の顔を見る。メガネの中の瞳は笑っていた。否定はしない、その通りだよと語っていたようにも思えた。

「……はは、ご冗談を。その下で助手をしている水溪さんも、その片棒を担いでいるってことですよ」

「大丈夫よ。法には触れていないから。それに、ちゃんとバックがあるからいいのよ」

「バック? 悪魔の後ろ盾があるってことですか? それこそ魔王でもいるんですかね」

 柚木菜は半分冗談で言ったが、帰ってきた返事に少し戦慄を覚えた。

「そうね、あえて言うなら破壊神かしら。この国の防衛省よ。ほら、繋がったわよ。変換してシンクロさせるから、頭で関知してみて」

「頭で、っていってもなあ……」

 柚木菜は軽い頭痛のような刺激を感じた。その後に何かを思い出したかのようにイメージが浮かんだ。どうやら、気象庁からの映像データーや、観測データーが頭に直接入っていたようだ。

「うわぁ、なんていうか、不思議な感じ。頭も中で動画を見ている感覚。それに、何箇所もの動画を同時に観ているよ。すごいねこの装置」

 柚木菜は目を開けている状態で、頭の中で映像を確認していた。目からは部屋の状況が見え、頭の中では衛星からの画像や、機上からの画像、レーダーに捉えた情報や気象庁が設置した計器の大量の情報が流れ込んできた。 

 教授が別のモニターを見て、柚木菜のコンディションのパラメーターを確認した。血圧、脈、心拍数、脳波、その他の特に問題値は出ていない。

「柚木菜君、気分はどうだい? 頭がパニックになっていないかい?」

 リクライニングチェアーで深く座っている柚木菜は、視線を教授のほうに向けた。

「すごい感覚ですね、これ。目がいっぱいあるみたい。これって心の目ってヤツなんですか? 聖徳太子が10人の人の会話を一度に聞き分けたって話、なんとなく分かるような気がしてきた」

「それは結構。今回は、ケイちゃんにも協力してもらっている。その感覚はケイちゃんのアシストあっての感覚だよ。すごいだろ」

「けいちゃん? 鶏ちゃん? なんだかおいしそうな名前ね」

「柚木菜ちゃんの雑念が多いと、ケイも困ってしまうから、ほどほどにね。それと、あなたの思考はモニターされているから変なこと想像しないように。今、鶏肉のこと想像したでしょう。ケイって「京」のことだから。まあ、知らなければ別にいいのだけれどね。雑念が増えるだけだから」

 柚木菜はぞっとして、頭に投影された24号の情報に集中した。

 その片隅に、焼き肉の「鶏ちゃん」の映像と詳細が浮かび上がっていた。その隣には「京」と表記された、どでかい設備が表示されている。

「ケイちゃんって、スーパーコンピューターの「京」のことなのね。こんな実験のためによく許可が下りたわね」

「柚木菜君はひどいことをいうなぁ。こんな実験っていうけれどね、これって、国家保安対策の一環なんだよ。分かるかな。僕たちは戦争屋ではないけれど、国を守るための極秘任務を帯びているんだよ。だから、国の施設はうちらには協力的なんだよ。安心したかな」

「……逆に怖いよ。それに、私って本当にモルモットなんだね。そのうち極秘裏に消されるんじゃないの?」

「それは大丈夫だよ。君みたいな検体は探せばそれなりにいるんだけどね。今回採用したのは、とにかく近場にいたからだよ。だから希有な人材はできたら手放したくないな」

「それって、さっきの不安を擁護していないよ。私の代わりは他にもいる。たまたま私が近所にいたから、私はここにいる。それだけの存在なんでしょ?」

 ディスプレイで柚木菜の脳波をモニターしていた水渓が顔をしかめる。

「ちょっとハカセ、余計なことを言わないでください。精神の波形が乱れてきたじゃない」

「おや、それならこう言えばいいかな。柚木菜君はここにいる。それはどうしてかいえば、流れだ。流れとは物体が動く現象の一つだが、現象は偶然に起こることはない。何かが原因で起こり、そして何らかの現象が起こる訳だ。僕は柚木菜君のような人材を求めた。だから柚木菜君のような人がやってきた。僕は柚木菜君に出会えて光栄だよ。だから、協力してほしい。今日の実験は第一歩だ。何かの結果が出せれば今後台風で被害を受けて困る人が減るかもしれない。人助けだと思って協力してほしい」

「私からもお願い。柚木菜ちゃん。あなたに出会えて感謝しているわ。確かにいたのよ。貴女みたいな人は。でもね、ここに来てくれた人は貴女だけだったの」

 水渓がディスプレイのモニターを見ると、先ほどまであった精神の乱れた波形はなくなっていた。内心ほっとする。

「わかりました。人助けだと思って、お手伝いはします。でも、ちゃんとアシストしてくださいね。私だって怖いんですから」

「大丈夫、大丈夫。こんな実験は初めてなんだから、向こうさんの反応がみたいのよ。行き当たりばったりでごめんなさいね」

 本当に大丈夫なのだろうかと柚木菜は不安を覚えた。こんな実験を行き当たりばったりで行うのこの研究室はどうかしている。

 とはいえ、自分がこの実験の中心にいる責任感と、ちょっとした期待感で高揚していたのは事実だ。

「さて、そろそろ本題に入っていこうか。今回は脳に送った24号の情報を見て、何を診ることができるかだ。君が見た物は、脳波で測定して分析にかける。そして、君にしか診えない、感じない感覚を、現地の外部のセンサーでも感知できるようにフィードバックさせる。そして、ここからが重要だ。君は台風24号に話しかけて、相手の反応を見る。君の思考はデーター化されて24号に電波として発信する。だから、普通に日本語で話かければいいよ。後はケイちゃんがやってくれる。それで反応を見て、向こうからの交信があったら、柚木菜君に分かるように変換して会話してもらう」

 柚木菜はふと、薄々感じていた疑問を聞いてみた。それは、あれって、何なの? と。

「刃風教授。この実験は私としては、もちろんしっかりやらせてもらうつもりですけど。あれって、実のところ何なんです? 会話なんて本当にできるんですか?」

 柚木菜の質問に刃風教授の目が輝いた。

「なあ、柚木菜君。あれは何にみえるかい?」

「え? 台風ですよね。熱帯低気圧の塊。つまりは雲ですよね」

「くも。そうだな、くもだな。じゃあ質問するよ。くもと私たちの違いは何かな?」

「え? 違い? くもは水蒸気の塊で、私たちは細胞の塊なのかな」

「蜘蛛も、私達も、細胞の塊だよ。知らないのかい?」

「……蜘蛛って、八本足の蜘蛛でしょ? そんなこと知っているわよ。その蜘蛛とあの雲に一体何の関係があるというの」

「細胞の塊の我々と、雲の塊の台風は似ていると思わないかい?」

「え? 似ている? どこがです?」

「細胞はタンパク質でできている。そして、細胞同士のやりとりは微弱な電気信号で行われている。じゃあ、彼ら雲の塊さんはどうかな。チリと水蒸気でできている雲は微弱な電気でやりとりしている。ほら同じだろう」

「はあ。そりゃそうですけど。雲に知能があるとは思えませんけど」

「じゃあ聞くけど、細胞の塊の八本足の蜘蛛は知能があるのかい?」

「……知能はないけれど、でも、生きていますよ。生命体ですから」

「あの巨大な雲だって生きているじゃないか。目があってぐるぐる回っている。ほら、同じじゃないか。八本足の蜘蛛と何が違うんだい」

そう言われると、確かにそうだが、明らかに違うような気がする。

「台風には血が通ってなければ神経も無いわ。動いているけれど、生きているとはいえない」

「柚木菜君は頭が固いなぁ。何を定義に生きていないといえるんだい。太平洋で生まれで、南国で成長して、やがて小さくなり死んでいく。短命ではあるが、彼らの生き様は素敵だと思わないかね。太く短く実にシンプルだ」

「ぅーん。教授のロマンにはついていけないけれど、仮に生きていたとして、会話なんてできるのかな」

「では、そうだな。人間と八本足の蜘蛛とでは、どちらが賢いかな?」

「それは人間よ。脳の大きさが断然ちがう。蜘蛛に脳なんてあるのか知らないけれどね」

教授はウンウンと頷く。

「では、台風君と人間はどちらが賢いかな?」

「……人間。理由は同じ。人には脳がある。水蒸気の塊の雲には、脳はないから」

「そうだな、人間は体重に比べ脳の重さが他の動物に比べて重い。では、今回の台風君は体重はどれくらいあるのかな? あの大きさだから何千トンとあるだろうね。いや、もっとあるか、何千万トンとあるわけだよ。だったら、脳は何トンあるんだろうね」

「台風に脳はありませんよ」

柚木菜はさらりと言った。

待っていましたと、刃風教授は微笑んだ。

「雲は空気と水蒸気でできている。そして微弱な電気を発生させている。大きければ大きいほどそれは当然でかくなるよね。台風は雲の塊とはいえ、しっかりとした形を形成している。

 さて、脳細胞はニューロンのネットワークを微弱な電気信号でやりとりしている。シナプス結合ってやつかな。脳細胞の数が多ければそれは複雑さを増すわけだ。脳細胞がいくつあるかは置いといて、あの雲の中で発生している電気信号のやり取りはどれくらいの規模だろうね。質量、大きさ、電気量と共に、まさに天文学的数字だ、とこれは大げさだけどね」

「つまり、教授は台風には意志の塊があると言うんですね。だから、今回の実験は「台風との会話」が目的なんですよね」

「その通りだよ。話は早いだろ。アレと交渉すればいいんだよ。簡単な事だろう?」

「簡単でないと思いますけど…… 交渉って、一方的にこっちへ来ないでって言うだけでしょ? 向こうが嫌だと言ったらどうするんです?」

「それ自体が、実験の成功なんだけどね。今回は会話をすることが目的なのだから」

「交渉は二の次か…… まあ、とにかく私はできることをやりますね。教授の趣旨はわかりました」

「結構。よろしく頼むよ。これができるのは君しかいないんだからね」

「はい。頑張りますね」

柚木菜の目には力強い光が灯っていた。その瞼を閉じ、頭に直接入ってくる画像に集中した。

それはまるで真っ暗な大きな部屋に、いくつもの画面が映し出され、複数の画面を同時に見て読み取る感覚だった。

脳の九割は眠っているというが、これはそれを解放してフル稼働している状態なのかもしれなかった。

それと、頭につながれた計器やセンサーは「京」と繋がっている。柚木菜の脳と「京」が直接リンクしている状態なのかもしれなかった。

(さて、これは現地の画像と衛生からの画像とレーダーで捉えた情報ね。何か診えればいいんだけど)

 柚木菜はじっくりと画像を見た。他の人には見えないものを診るためだ。

共感覚、シナスタジアというらしい。

 通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる特殊な知覚現象らしい。

例えば文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりする。

柚木菜の場合は、文字に色を感じたり、逆に色に文字を感じたりする。音に関しても、形を感じたりすることがある。

いつもの実験はPCのディスプレイの中の画像だったり、ボードに書かれた模様だったりするが、今回は頭の中に直接放り込まれた映像だ。目をつむっている状態での検証だから、集中はしやすかったが、慣れない感覚での実施に戸惑いを感じていた。

頭の中で映像が同時にいくつも飛び込んだくる。一つ一つ認識してしっかり見ることはできたが、まさに目の回る思いだった。

「柚木菜ちゃん、何か見えた? 何色に見える?」

耳から水溪の声が入ってきた。この状態だと、声の情報は頭の中で視覚化されて、言葉が文字の形となって頭の中に流れ入ってきた。

色はオレンジで少し丸っこい文字が正面からやってきて、後ろに流れていく感覚だった。

その様子は、モニターしていた二人にも確認できた。

「面白いわね。私の話した言葉は柚木菜ちゃんの中で視覚化されるのね。ここで悪口を言ったらどんな形になって何色になるのかしら。やってみたいわね」

「助手よ、遊びじゃないんだから、そういうことは今度にしてくれ。おや、私の声はグレーで固そうな文字体だな。これは確かに面白いな」

頭の中を覗かれているようで、柚木菜は恥ずかしかった。下手なことを想像したらきっと視覚化されて二人に見られてしまう。今は集中はしないといけない。

「あまり覗かないでください。プライベート侵害ですよ」

「そうね、特にハカセは見ない方が良さそうね。乙女の頭の中をのぞいているんだから」

「わかったよ、データーだけ見るよ。視覚化情報は見ないから」

「よろしい。これでいいかしらね。柚木菜ちゃん、どう? 台風は何か訴えているのかしら?」

柚木菜は台風を観察した。そもそも台風にたとえ知能があったとしても、人みたいに認識してくれるのだろうか。

 人は道端に転がっている小石を特に気にしない。小石が意志を持って何らかのコミュニケーションを取ってきても、人は気付かずに去っていくだろう。

そう思ったとき、もしも小石の意思が伝わり理解できたとしたら、それは面白いだろうなと思った。小石のくせして人間様に話をかけてくるなんて身の程を知らない奴と馬鹿にするのだろうか。それとも、小石の年齢を聞いて敬語で話しかけるのだろうか。なんだか楽しい。

 今からやる実験は、そのような楽しい内容なのだと思うと少し期待感が持てるし、何よりやりがいがあるというものだ。

「私の方から訴えてみるけれど、伝える方法はあるのかな」

「柚木菜ちゃんの意思的な思考はちゃんと電波に乗っけて現地から飛ばせるわよ。そのときはちゃんとケイちゃんが台風との波長を合わせてくれるわ。ある意味世界最大の翻訳機ね。それより何か診えた?」

「えーとね。青い細かいのがいっぱい見えるよ。氷の粒みたいなのが踊っているような感じかな。それから音が聞こえるよ。なんていうのかな、和音のような音が聞こえてくる」

「音? 和音? 何かが調和しているってことかしら。それとも帯電している電気の振動かしら」

「それは調和のとれた波だよ。つまり意図的に奏でられた旋律、リズム、信号だよ。こちらでも聞こえるよ。柚木菜君の捉えた音声は、いや、特殊な波は、君の認識した情報でこちらでも聞くことができる」

「これってケイちゃんが翻訳というか、解析して私の頭に流しているんですよね。あぁ、なんだかわかりますよ。私の頭が京ちゃんと繋がっている感覚が。これって、私の脳を拡張しているってことなの?」

それを聞いた水溪はクスリと笑った。

「それ以上のことはまたの機会にしてね。時間があまりないの。「京」の使用料金ってバカにならないからね」

「そうだな、無駄口は後で聞こうかな。今は目の前にいる彼とお友達になるのが優先だ」

柚木菜の頭の中を「京」でエミュレートしているとはさすがに言えなかった。つまり、脳内の情報をそのままコピーして擬似的に動かしているのだ。

だから同時に他のこともできたりするのだ。

逆に言えば、プライベート情報も全て「京」の中にコピーされたということだ。こんなことを言ったら、当然反論されてしまうし、精神が乱れてしまうから、実験にならない。いらない情報は極力伏せた方がいいというものだ。特に若い女子に対しては……

「はぁい。わかりました。とにかく話しかけてみます。日本語でいいんですよね」

「ああ、後の翻訳はケイちゃんがやってくれる。そのかわり、君の心の声で話さないと伝わらないぞ。心を込めて話してくれよ」

「……難しいことを言いますね。ただでさえ相手は普通じゃないのに、話がわかる相手ならいいですけどね」

「そう言えば一つ聞くのを忘れていたが、君は晴れ女かい? それとも雨女かい?」

「は? 何を聞くかと思えば…… 私はバリバリの晴れ女ですよ。それが何か?」

「やっぱりそうだと思ったよ。君が傘を持ってくるのを見たことないし、雨が降っていた記憶もない」

「そこは少し自信があります。根拠はありませんけど。でも、私のお相手さんは雨雲ですから、相性が悪いんじゃないですか?」

「そこは大丈夫だよ。それに君はそういう迷信的なことを信じるのかな? 僕としてはそういうの大好きなんだけどな」

「学者としてあるまじき発言ですね。教授は神様とか信仰する人なんですか?」

柚木菜は目をつむっていたから教授の表情が見ることができなかったが、きっと少しは考えていたのだろうと、眉根を寄せている表情を思い浮かべた。が、帰ってきた返事はあっさりしていた。

「神様も仏様も信じているよ。だから、お盆にはお墓参りに行くし、お正月は初詣に行くよ。そして、今はここにいて、君はここにいる。神様の思し召しということさ」

「教授の口からそんな言葉が出るなんて意外ですね。そもそも神様ってどういう存在だと……」

「無駄口はそこまでよ。ハカセも真面目にやってくださいよ。全てがモニターされていることを忘れないように」

水溪の尖った声が耳に刺さった。正確に言えば、形になった言葉のイメージが、刺々しい角のある赤い文字だった。

なんだかおかしかった。教授の声は真面目な話だとグレーで、今は丸っこい緑色の形の文字だったのに、水溪の声は基本オレンジ色の角のある文字で、感情が入ると今みたいに赤にかわり角のある文字が棘のある文字に変わる。

水溪は気が短いのか? それとも嫉妬でもしているのかと思うと、何だか楽しくなるのだった。

「はーい。集中しまーす」

柚木菜は声に出してそういうと、自分の声も頭の中で視覚化された。

丸々の丸文字の黄緑色だった。柚木菜は心の中で微笑んだ。


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