明日は晴レディー
祈由 梨呑
第1話 バイト女子
柚木菜はテレビのリモコンの選局ボタンを押し続けた。
どのチャンネルに替えても似たような番組しかやっていなかったからだ。
たまに違うと思えばアニメだったりして、結局番組を替えた。
その番組の内容は、台風の被害情報と今後の予想進路だった。さらには、画面の下に各所の雨量と風速が表示されていた。
強風で屋根が吹き飛ぶ瞬間や、トラックが横倒しになるシーンや、どの局も同じような映像を流していた。
確かにコレは酷いなとか、凄いなとか思える映像ばかりで最初は目を見張ったが、さすがにこればかりだと、自分のような視聴者は飽きてしまう。
台風24号。非常に大きな勢力はそのままで本島へ上陸し、西日本に甚大な被害を出した。
そして、そのまま東へ進路を向けているそうだ。
日本列島直撃。すでに、九州、四国、近畿ではひどい有様の映像が、テレビで日夜連続で流れていたのだった。
柚木菜はため息をついて、リモコンをテーブルの上に置いた。
「あーあ。つまんないな。外には出たくないし、ここにいてもしょうがないし、なんとかならないかな。ねえ、教授。聞いています?」
「君はその資料をまとめるという仕事があるだろう? レポートだって残っているじゃないか。もういいから帰りなさいと言いたいところだが、その資料だけはまとめてほしいな。早しないと本当に帰れなくなるぞ」
教授と呼ばれた中年の男性は、テレビのリモコンをもてあそんでいた柚木菜を戒めた。
白衣を着た中年の男性は、奥の机でPCと向かっていた。白髪のせいもあり年齢は40代に見えたが、よくみると実は30代前半にも見えた。黒縁のメガネをはめて、いかにもという感じな大学の教授だった。
「はーい。だって、台風が気になってしょうがないんだもの」
「そうには見えなかったけどな。どう見ても、それ以外の何かを求めて選局していたようにみえたぞ」
紗百合はPCの中にあるファイルや写真をフォルダに放り込み、時系列順に分けていたが、その量が結構膨大で、夕方になるとさすがに飽き飽きしてしまう。
「そんなの気のせいですよ。まるで、私が仕事をさぼっているような言い方をしないでくださいよ。世間の惨状を知っておかないと申し訳ないような気がして……」
「ほらほら無駄口をたたいている暇があったら手をうごかす。アルバイトといってもしっかり働かないとバイト代を減らすぞ」
教授はテレビを見ながら、PCで何やら入力している。
「教授はなんとも思わないんですか。すごい被害が出ているのに。それに、このままじゃ、この辺だってただじゃすまないですよ」
「……で、早く帰りたいという訳か。リモコンの選局アタックはそのアピールかな」
「違いますよ。こういう作業は、なんていうか、性にに合わないんですよ。教授みたいなガリ勉さんとは違うんです。花の女子高生はこんな 地味な作業は2時間ともたないんですよ」
「それはきっと君だけだ。バイト女子よ。しっかり働け。……それでは、別のことをやってみるか? あることを検証してみたいのだが、やるか? バイト代は、はずむぞ」
柚木菜は驚いた。台風が迫っているというのに、今から何かの実験を行うというのか? さっさと帰らないと、電車は止まってしまうし、それどころか雨風の強風で外出どころではなくなってしまう。
この人は一体なにを考えているのだ? この後に及んで私を軟禁でもする気なのか?
部屋の奥から白衣を着た女性が現れた。年は20代前半ぐらいか、すらっとした長身に、出ているところはしっかりでている身体にまとう白衣姿は、なんだか艶めかしい。
それくらいに、同性の柚木菜から見ても魅力的な女性だった。
性格を除いてだが……
「あら、柚木菜ちゃん。まだいたの? こんなハカセの言うことを聞いていたら、帰るどころか、そのうちカゴの中に入れられて薬漬けにされるわよ」
「ひどいことを言うなぁ、水溪君は。まるで、柚木菜君をモルモットのように扱っているように聞こえるじゃないか」
「よかったわね、柚木菜ちゃん。モルモットのように、小さくてよく食べて従順で可愛いって」
白衣を着た女性、水溪がにっこりと笑った。
「……はは、あまり嬉しくないですね」
柚木菜は苦笑いで答えた。
この研究室は刃風 葉加瀬(はふう はかせ)教授と、水溪 紗百合(みずたに さゆり)の、大学院生の助手の2人のが在籍していた。
なんでも「波」について研究しているらしく、波乗り刃風と二つ名がついていた。
柚木菜には、なんのことやら全くわからないことだったが、全ての物質には、固定された振動、つまり波があるとのことで、それを日夜研究しているらしい。
それを研究することによって、一体何か得なことはあるのだろうかと疑問に思いながら、自分はここでバイトをしている。
バイトというよりはモニターに近いことをしているのだが、それはなかなかの単調な作業で、多感な柚木菜には少し退屈な内容であった。
PCに表示された写真を見て、これが何に診えるか判断するという内容だ。
写真といっても、風景や物ではなく、単色の色だったり、模様だったり、線の羅列だったりする。
それを一分間見続けて何に診えるかの単調な作業だった。
最初のうちは、まだ好奇心が強かったこともあり結構楽しんでやっていたが、最近はさすがにこの単調な作業に飽き飽きしていた。
どうしてこんなことをわざわざやるのか疑問に思っていたが、どうやら他の人には私が見ている物が診えないらしい。だから、高校生ながらにして、こんな大学の研究所のバイトに採用された訳なのだ。
自分には特殊な「波」が診えるらしい。
そのため、色や模様やもしくは文字など、そういった二次元的な対象から固有の波があるかをひたすら検証していた。
そして、今回の教授の提案だ。柚木菜は悪い予想しか思い付かなかった。
「あのー、このままだと本当に電車が止まってしまうんだけど、そろそろ帰ってもよろしいでしょうか?」
「電車が止まっても、送ってあげるから大丈夫だよ。心配する必要はないね。それに、もしかしたら、台風はこれ以上は来ないかもしれないしね」
「は? 何を根拠にそんな能天気なことを言っているんです。台風は間違いなく来ますよ」
なんだかんだで、仕事をさせようとする教授に苛立ちを覚えた。
か弱い女子高生に、こんな日に何をさせようというのだ。コレはある意味パワハラだぞ。
「柚木菜ちゃん、やる? 私は賛成だけどね。こんな部屋に閉じこもって、ひたすら分析や調査などで、飽き飽きしていたところでしょ。やってみない?」
「やるって、何をさせる気なの? 外に出るわけ?」
「何をって、この状況だから、わかるしでしょ? 台風を追い払うのよ」
「は…… 何、ご冗談を。あんな自然現象に私達人間がどうにかできるわけないでしょ」
「だから、それを今からやるのでしょう?」
「やる意味あるのかな…… それって」
「私たちは科学者なのよ。最初から最良の結果を求めて実験を繰り返すわけではなくてよ。つまり、因果関係を調べていくのが科学者なのよ。ビジネスマンとの違いはそこね」
「つまり、失敗は厭わない。失敗は成功のもと。私のバイト代は保証されている。そう考えればいいのかな」
「結構。あなたの家までの護送も約束されているわ。何事も前向きにならないといけないのよ。特に私たちの仕事は、草の芽を掻き分けるような地道な作業の連続なのよ。例えるなら、ゴールドラッシュのように、一攫千金を求めて砂金を探すハンターのようなものね」
「……その例えは全然伝わりませんよ。水溪さんは海外留学でもしていたのですか?」
「ははぁ、たとえが悪かったかしらね。じゃあ、徳川の埋蔵金を探すトレジャーハンターのような、それともツチノコを捕らえて懸賞金を…… まあ、そんなところかしらね」
「水溪さん、金とか賞金とかが好きなんですか? 理系の人だから、シリコンバレーとかレアメタルとかが好きそうな気がしますけど。それに、今の世の中は、そんな見た目だけの物より、しっかりと中身の濃い物の方が価値があると思うんですけどね」
「花の女子高生さんには金の魅力は伝わらないのかしらね。皮より実を選ぶあなたは、しっかり者さんなのだけれどもね。もう少し可愛げがあっても悪くないと思うけれどな」
「そういう水溪さんは表面も中身も完璧を求める人なんですね。だから、なかなかいい人が現れないんですよ。と言うより、その、なんでも見透かす鋭い眼光は男性に嫌われますよ。それに賢すぎる女性は、可愛げがないとか言われて、すぐに距離を置かれてしまいますよ。もっと女子っぽくならないと」
「つまり、柚木菜ちゃんみたいに、バカっぽくなれと言うのかしら? それともバカになれと?」
柚木菜は、前頭葉の中で細胞同士のネットワークが激しく稼動し、荷電状態になるのを感じた。つまり、頭に血が上っていた。
「私は確かに水溪さんから見たらバカかもしれないけど、バカになれない女性はある意味アホなのよ。可愛くなれない女性は不幸だわ」
「何を言っているのか解らないわ。理解不能。そもそも、女性と女子と女って何が違うのかしら? おバカな柚木菜ちゃんは理解して使っているのかしら?」
「そ、それは……」
柚木菜は顔を真っ赤にして、拳を握りしめた。
そこへ、やれやれと表情を浮かべた教授が割って入った。
「こら、助手よ、目上の人を呼び捨てで呼んではいけないよ。それに、柚木菜君をそんなにいじってはいけないよ。怒らせて帰ってしまったらどうするんだい」
「はぁ? おこる? ハカセの可愛いモルモットのちゃんでしょ? 実験サンプルのご機嫌取りはハカセの役目でしょ。ほら、なんなら今から交渉しなさいな。こんなチャンスはなかなかないわよ」
やれやれと、教授は頭をかいた。
「よし、柚木菜君。受けるか受けないかは君が決めてくれ。まずは今回の実験だが、あの台風24号がこの辺りに向かっている訳だが、ちょいとコースを変更してもらう。そのために君には24号君と会話をしてもらう」
柚木菜は目が点になった。この人はいったい何を言っているのだ。台風とお喋りしろという。
「……あのう、私、日本語しか喋れませんよ。気象予報士でもなければ学者さんでもないですから……」
「ハカセ、柚木菜ちゃんにしっかり説明しないと、理解してくれないわよ。つまり、こういうことよ。あなたの頭に脳波を測定するセンサーを取り付けるわ。そして、あなたの会話の脳波を検知して、それを増幅、変換する。そして、台風24号の持っている固定周波数に合わせて送信するの。どう? 簡単に説明したけど。理解したわよね」
柚木菜の表情が少し明るくなった。
「はい、一応わかりました。私が持っている「識眼」の能力を応用するんですね」
「そういうことだね。君には私達には見えない何かを見ることができる。それは、眼で見ているのではなくて、脳が見ているんだよ。例えるなら眼はセンサーでその情報を識別するのは脳の情報処理機能だ。君の脳は何かを検知することができるらしい。もっとも、今回は眼から入る情報ではなくて、言語からくる情報だけれどな」
教授は柚木菜に簡単に説明をした。それを聞いていた助手の水溪は不機嫌な顔をした。
「はいはい、ハカセ。まだ肝心なことを言っていないわよ。バイト料はいくらにするわけ? こんな未成年をこんな危ない日に残業させるんだから、時給は1万円ぐらいかしら。当然、食事付き送迎共よ」
柚木菜は水溪の提案にびっくりした。今のバイト料は時給1500円だ。結構楽をして、いいお金をもらっているのに、台風だからと言って時給1万円は少し極端な話だ。
「水溪さん、あの、そんないいですよ。さすがに1万円は多いですよ」
「いいのよ柚木菜ちゃん。こういう時はしっかりもらっておかないと、今後このハカセはつけあがるから、また無理難題を言ってくるわよ。それに残業はこれから3時間ぐらいやらされるのよ。それぐらいもらったって問題ないわよ」
「助手よ。未成年の純真な乙女に、ぼったくりの仕方を教えてはいけないよ。そらから、君の残業代は出ないからね」
「ハカセ…… 労働基準局にチクるよ」
「はい、どうぞどうぞ。そして君は職を失うわけだ」
「そして、私は隣の研究室に身を売って囲われるわけね。それもいいかも」
「君のような人をめかけたら、すぐにバレてここから追い出されるよ。その時は僕のところに来るといい」
「あら、私を口説いたくせして、体には指一本触れようとしないのよね。臆病者のくせして、まためかけるのね」
柚木菜は二人の険悪なやりとりを少しヒヤヒヤと見ていたが、これは二人なりのコミュニケーションなのだと知った。なんだかんだいっても、この二人は仲が良いのだ。そもそも、この二人はどういう関係なのだ?
「あのぉ、お二人は特別な関係なのですか? 教授の名前って、刃風葉加瀬なんですよね。水溪さんはハカセって呼び捨てで呼んでましたけど、身内の方なんですか?」
「いや、こいつはただの後輩だ。いくところがないから僕が拾ってあげたんだ」
「何を言っているのかしら、君の力が必要だから来ないかと、口説いたのはどこの誰ですか」
「まあ、過去のことはここまでにして、今は目の前に迫っている24号君を相手にしようじゃないか」
「話をそらしやがったな。このたぬきオヤジが。まあいい、この話の続きは柚木菜ちゃんと酒でも交わしながら語ろうか」
「あの、私、未成年ですけど…… 烏龍茶でよければ付き合いますよ。お二人のこと、もっと知りたいし」
「そうだろう、そうだろう、この科学者づらした中年オヤジは……」
「ほら、水溪君。準備して。早くしないと台風直撃しちゃうよ」
「へいへい、じゃあ、柚木菜ちゃん、隣の部屋に行こうか。バイト代を踏んだくらないとね」
「は、はい…… 早いところ終わらせて帰りましょう」
柚木菜は思った。この実験に参加するとは一言も言っていないぞ。
なんだかんだで、二人の勢いに負けて渋々やっている感じがあった。
まあ、時給1万円だ。悪い話ではないと自分に言い聞かせた。
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