(4)惚れた理由
次の日の昼、私はかたんと幌馬車から降りた。
道中でまたオーレリアンに出会うことを考えて、あのまま旅芸人の一座の馬車に乗せてもらっていたのだが、ノースライス城のあるタリゼの街は、もうすぐだ。
「じゃあマリエル。行って来る」
馬車から、リールに乗り換えた私の服は、さっきまでマリエルが着ていた薄紅色のドレスだ。
淡い紅色の生地の裾が、リールに横向きに座った私の周りに、ふわりと花のように広がる。
「アンジィ。気をつけて」
馬車から顔を出したマリエルが心配そうに見つめている。今マリエルが着ているのは、さっきまで私が着ていた騎士服だ。崖を落ちたときの泥がまだ少しついているのが申し訳ないが、少しの間だから我慢してもらうしかない。
「大丈夫、マリエルも成功を祈っているよ」
だから、私は後ろでレオスも自分の愛馬に跨がったのを確かめて、深く頷いた。
「ええ。頑張るわ」
マリエルが不安そうな顔ながら、精一杯健気な笑みで私の言葉に頷いている。私も頷いてリールの腹を蹴ると、馬車の少し前まで走らせた。
そして、馬車が視界の端についてきているのを確認できる位置まで行くと、リールをゆっくりと馬車と同じ速度で歩かせる。
横には、今回の作戦に協力してくれるレオスも並んで歩いている。
「悪いな、お前まで巻き込んで」
私は冬が近いにしては暖かい陽射しの中に乾いた蹄の音を響かせながら、横のレオスに話しかけた。鳥がまだ青い空を飛んでいるところを見ると、やはりノースライス城のあるこちらは、南方だから暖かいのだろう。
振り返ったレオスのコートはまだボタンが一つしか留まっていない姿だ。けれど、この気温ならば、寒風には悩まされずにすむだろう。
「かまわない。むしろ、君のドレス姿がまた見られて眼福だ」
――うっ! だから、こいつはなんでそういう言葉が、すらりと出てくるんだよ!?
実は、内緒にしているだけで、今までの女性経験が豊富とか言わないだろうなあ!?
「あのさ。お前、今までに女性と付き合ったことって……ひょっとして、ある?」
この顔なら、ない方が詐欺な気がする。だが、性格的には、ある方が詐欺な気がする。一体、どちらの詐欺師だ!?
「あるわけないだろう! 何を誤解しているんだ!?」
いや、ここはむしろ、あるのをひょっとしたらと疑った方を怒るべきじゃないのかな?
あると思ったのを怒られるとは思わなかったが、とりあえず顔の方の詐欺師らしい。
「悪かったよ。ただお前の顔なら、今まで一人ぐらい彼女がいても不思議じゃないなと思っただけで」
「生憎だが、俺の顔は女性には会話しにくいものらしい。少し道を聞きたくて、話しかけても、みんな赤くなって困った顔をするだけだし……」
そりゃあ、これだけ綺麗ならな。間違いなく生物兵器に出会ってしまって心臓が爆発寸前だったんだろう。かわいそうに。歩く心臓破壊兵器に、突然話しかけられるなんて。
「だから、正直に言えば、身内以外でここまで気さくに話せたのは、君とマリエル姫ぐらいだ」
うーん、マリエルのは気さくに入るんだろうか。思い切りライバル宣言されていたような気がするんだが。あれを気さくに入れなければならないなんて、なんて不憫な女性関係。
「あ、それで私が気になったのか? あの月の夜、普通にお前と話したから」
確かに最初、ついいつもの騎士隊で話す時と同じように話してしまっていた気がする。だから、初めて会話できた女性として気になったとか?
だとしたら、私もなにか不憫な惚れられ方な気がするのだが。いや、でも、そこまで地を這っているこいつの女性経験の方が、余程不憫なのかもしれない。
「それは……」
けれど、私の質問が意外だったのか、レオスはじっと私を見つめた。わっ! やっぱり綺麗な藍色の瞳だなあ!
「正直に言えば、最初立っているのを見た時、すごく綺麗な人だと驚いた。だけど、次に襲ってきた刺客相手に戦う動きが、すごくしなやかで綺麗で――」
うっ! しまった! 心臓に悪いことを訊いた気がする!
「一瞬どこかで似た動きを見た気もしたが、月光の中で戦う君の姿は、今までに見た中で、一番美しい光景だった。それに女性なのに俺を体を張って助けてくれて――、あんな女性には出会ったことがなかった」
頼む。見つめながら口説かないでくれ!
絶対に意図して言っていると信じたい! もし、これで無意識に口説いているのなら、私の心臓が暴走してもたないぞ!?
「しかも触れた手は、すごく剣で鍛えているもので。美しくて、強い――こんな女性がこの世にいるのかと驚いた」
「そ、そうか……」
ごめん。初めてレオスの前に立った令嬢の気持ちがわかった。見つめられながら話されるだけで、心臓が限界寸前だ。
「だから、もっと深く知りたいと思った。いや、走って君がいなくなってからは、部屋に戻って目を瞑っても、思い出すのは、君のことばかりだった。もう一度会いたくて、会いたくて――。それからは、もしもう一度出会うことができたなら、一生あの人の側ですごしたいと思うほど、繰り返し思い出した」
「わ、わかった! わかったから!」
なんで口説き文句になると、こうも饒舌なんだ!
しかも、多分無意識だと思うけれど、いつも怒ってばかりいるお前の顔が、私を口説いている時は、少しだけ微笑んでいるぞ?
これだけ美しい顔で微笑んで口説かれたら、相手の心臓を止めかねないとなんで気づかないんだ!? さすが、生物兵器、恐るべし。
どっどっと鳴る心臓を、必死に手で押さえて宥める。
「だから――君だとわかった時嬉しかった。これからも一緒に生きていける」
青い初冬の空を背景に、爽やかに話すレオスの笑みに、心臓が一度大きく脈打つ。
なんて、嬉しそうな顔をしているんだ……。そんなに私が好きだなんて。
この頬の火照りをどうすればいいのかわからない。だから、ぎゅっと手綱を握った時、緩やかな上り坂を越えた向こうにタリゼの街が広がっていた。
あの奥にマリエルの祖父であるギルドリッシュ陛下のいるノースライス城がある。
そして、街を侵略から守る城門の前に見覚えのある姿があった。
「行くぞ、レオス」
つい先日見た銀色の髪の姿が、街に入る者の顔を見張っているではないか。予想した通りの光景に、私はリールの手綱を握りなおした。
「ああ」
声が返ってくるのと同時に、オーレリアンがこちらに気がつく。
私の髪と化粧は、敵をおびき寄せたいと話した旅芸人の一座の女性が協力してくれたお蔭で、完璧に仕上がっている。
少なくとも、私の偽者の姿をマリエルだと信じているオーレリアンなら騙せるだろう。
だから、私はオーレリアンがこちらに反応したのと同時に、馬首を返して走り出した。
もちろんレオスも一緒にだ。
リールの腹を蹴り、手綱を駆って、全力で走る。ドレスを着た女性用に、今までは横座りをしていたが、今からはそんなことを言っていられない。だから、いつも乗る乗馬の姿勢に戻すと、ドレスの裾が風で巻き上がるのも気にせずに、急いで駆けた。
「レオス! 奴らは!?」
「ぴったりとくっついて来ている!」
「よし!」
ちらりと振り返ると、私の服を着たマリエルが城門に向かう幌馬車の幕から覗いていた。
目配せをして、そのまま少し離れた森の中に駆け込む。
普段は鬱蒼とした森なのだろうが、紅葉した葉が木々に残っている今はどこか雰囲気が華やかだ。イルドに比べたら、タリゼの街はかなり南方だから、まだ葉が残っているのだろう。
黄色い葉の間を駆け抜け、やがて細い岩場の窪んだ道に入る。
先にマリエルから聞いていたここなら、馬が集団で入ってくることはできない。だから、私とレオスは馬を下りて中に入った。
間もなく奴らはやってくるだろう。
追いついてくる蹄の音が聞こえる。
「大丈夫だな、レオス」
信頼している。言葉にのせて、その気持ちを伝える。
「ああ。君に傷一つつけさせやしない」
鋭い剣を抜きながら、レオスも私の隣を守りながら深く頷いた。
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