(3)最強の女王様っ!?


 馬車の幌の中に入ると、荷台は動くたびにごとごとと揺れるが、意外と広くて快適だった。


 リールとレオスの馬は、手綱を幌馬車の後ろの金具にくくりつけたから、車輪の動きと一緒に後からついてきているはずだ。


 馬車にかけられている幕を持ち上げて、一緒に歩いてきているリールを確認すると、私は安心して、視線を中にいるマリエルに戻した。


 雨風を避けるためにつけられている幌が分厚いので、中は思っていたよりも暖かい。数人の旅芸人の子供達がマリエルの膝で転がりながらふざけているが、周りの大人たちが叱っても、まだ周りを笑って跳ねている。


 はしゃぐ声に目を細めているマリエルに、私も知らない間に微笑んでいた。


「心配したんだよ。王妃方のオーレリアンが追いかけていたから」


 子供達が朝飲んだミルクの匂いだろうか。幌の中には、どこか甘い香りが柔らかく漂っている。


「ああ」


 私の言葉を予想していたのだろう。マリエルは、いつもと同じように柔らかく笑いながら、膝の上の子供の頭を撫でている。


「洞窟に隠れたのかと今から探しに行くつもりだった」


「洞窟は、今は冬眠した熊の寝床よ。殴られるじゃすまないわ」


 くすくすとマリエルは面白そうに笑っている。


「いつもね。どこからか見張られていたから。きっと今回も追いかけてくると思っていたの。だから、最初は昔の検問所だったところで夜を明かそうかと思っていたのだけれど、この幌馬車と道を一緒になった時に急に思いついて、慌ててお願いしたのよ」


「そうだったんだ。でも、よく奴らに見つからなかったね」


「ああ。途中で彼らに追いつかれた時に訊かれたみたいだけれど。最初にすごく年上の伯父様が、金で私を妾にしようとしているのから逃げ出してきたと話しておいたから。機転をきかせてくれたみたい」


 にこにことマリエルは話しているが、私は思わず絶句した。


「つまり、あいつらは……」


 ロリコンな上に、金で実の姪を手篭めにしようとしている鬼畜生に思われたというわけか!


 いつもすかした顔をしているオーレリアンに、旅芸人のみんなが一致団結をして一矢報いてくれたのだと思うと、噴き出したくなる。


「それはいい……!」


 声が震えるほど、笑いがこみあげて来た。私も、旅芸人の皆と一緒に、ぜひ追い払ったオーレリアンにあかんべえをしてみたかった!


「みんな親切な方だったから。私が困っていると思って助けてくださったの。だから、せめてものお礼に子守をしていたのだけど」


 マリエルは照れながら話しているが、私は爆笑を堪えるのに精一杯だ。


 ざまあみろ! 知らないところで、とんでもない汚名を着せられて!


 お前たちが、侮ってマリエルを軽く見るからだと、できるなら今大笑いをしながら告げてやりたい。相手が目の前にいないのがとても残念だ!


「マリエ……チャ。コジュ、チョウド……」


 けれど、膝に抱かれていた子は、マリエルの視線が自分から逸れてしまったのが残念だったらしい。少し拗ねた顔で、マリエルに手を伸ばしている。


 小さい子に瞳を向けたマリエルの横で、膝に乗っているのよりは少し大きな子が竹とんぼを持って、困った顔をしている。


「ドウチェ・ヨウ……」


 あ、これはルミネリアの言葉だな。確か、南部地域で使われているルード語だが、これならわかる。


「壊れたのか? ほら、貸してごらん」


 笑いながら、カタコトのルード語で話しかけると、男の子がはっきりと笑顔に変わった。


 受け取った竹とんぼは、別の凧糸が絡みついて、解けなくなっているだけだった。これなら簡単だ。


 だから、すぐに糸が絡んでいる竹とんぼのプロペラを外し始めてやる。


 私が、子供から受け取った竹とんぼをほどいてやるのを、横でレオスはじっと見つめていた。けれど、やがてぽつりと言葉をもらす。


「君は、ルード語もわかるのか?」


「うん? 三カ国との国境地帯で育ってきたからな。砦に訪ねて来る商人や旅人のお蔭で、ガラント語とルード語とパトリア語のカタコトなら、なんとか話せるよ」


「へえ……。それはすごいな」


「私より、マリエルの方がすごいんだ! マリエルはイグレンド語やキリング語も完璧だし、更に西方のラペンス語も話せるんだ!」


 情報源は、もちろんシリルの自慢話だ。だけど、大切な従姉妹で主君でもあるマリエルを自慢できると思うと、私も誇らしい。だから、つい饒舌になってしまう。


「それに、マリエルの素晴らしいところは言葉だけじゃないんだよ! 毎日、遅くまで勉強していてロードリッシュの経済や政治にも詳しくなっているし! すごく努力家なんだ!」


 正直に言えば、こんなに国民のために頑張ってくれているマリエルが女王に選ばれて嬉しい。きっとマリエルなら、素晴らしい女王様になる!


 だから満面の笑顔で嬉しそうに話す私の顔を、レオスはじっと見つめた。


 そして、マリエルの顔を見つめる。


「へえ」


 静かにマリエルを見つめる藍色の瞳に、ふと私の背中に冷たいものが流れていく。


 あれ? なんか、レオスのマリエルを見つめる瞳が今までと違うのだけれど。


 なぜかこれまでと違って、真摯にマリエルの姿を見つめている。


 ――ちょっと、待って。そう言えば、レオスが私を好きになったのって、女性としての姿を見てじゃなかったか?


 もし、レオスの好みが、女性としての私の顔なら、同じ姿でもマリエルの方がずっと女らしい。


 ひょっとして――。いや、まさか。


 でも、振り返った先では、視線に気がついたのか、マリエルもこちらを見つめている。最初に迎えの挨拶をした時から今まで、レオスのことは護衛の騎士としてしか気にした様子はなかったのに。


 そうだ。見慣れて忘れていたけれど、レオスはこの美貌だ。それに、間違いなく、私が見た中で一番かっこいい。


 ――どうしよう! もし、マリエルがレオスを気に入ったら……!


「君たちはよく似ているな」


 レオスの言葉に、私の背中がびくっと揺れた。けれど、レオスは私の様子に気がついた様子もなく言葉を続ける。


「君達二人を合わせると、まさに噂通りだ」


「え?」


「政治に精通したマリエル姫。そして優れた剣姫である君。二人合わせれば、七カ国語を話し、まさに最強と噂の女王陛下そのものだ」


「えっ!?」


 私とマリエルで、噂の女王様!? 最強と噂されている!?


 今まで、思いつきもしなかった言葉に、衝撃を受けてしまう。


「そんなこと……! まさか!?」


 私は、マリエルの影武者にすぎないはずだ。


 けれど、レオスを驚いて見つめている私の首が、突然後ろから抱きしめられた。


 ぐえっと咄嗟にひしゃげた声が出てしまう。


「マ、マリエル!?」


 驚いて後ろを振り返ると、まっ赤になったマリエルが目に涙を溜めながら、レオスを睨みつけているではないか。


 え!? なんで、見つめ合った姿勢から睨むになっているの!?


「あ、貴方、アンジィが好きでしょう……!?」


 はあ!? なんで、何も言っていないのに、ばれているの?


 けれど、私に抱きついたマリエルは、半分涙を浮かべながら、じとりとレオスを睨みつけている。


「ア、アンジィは私の大事な従姉妹なんだから! たとえ、貴方がどんなにかっこいい人でも、か……簡単になんか渡さないんだから!」


 はあ? 今、マリエルの口から問題発言が出たような気がするのだが。空耳だったろうか。


 けれど、マリエルの涙混じりの睨みを宣戦布告と受け取ったのだろう。レオスがマリエルを見つめると、ふっと笑っている。


「いいでしょう。ならば、俺は、必ず次期女王陛下に認めていただき、アンジィと盛大な結婚式を挙げてみせます」


 おいおい! なんで、そういう話になっているんだ!?


 けれど、マリエルはまだ私の首に抱きついている。レオスを睨む眼差しは、さっきより厳しい。 


 いや、明らかに鋭い光が宿ったのはどういうことだ?


 涙まじりで、きっとした声音に変化した。


「い、従姉妹だけではありません! アンジィは、私の大切な幼馴染みで、一時とはいえ共に女王を務めた片割れでもあるんです。そのアンジィを手に入れようというのなら、だ、誰よりも強い男性でなければ……認めることはできません!」


「マリエル!?」


「結構です、陛下。俺の忠誠はアンジィが仕える姫のものですが、彼女だけは渡すことができません。必ずや姫を頷かせる最強の男になってみせましょう」


 だから、なんでそういう話になっているんだ!?


 というか、私の意思はどこにいった!?


「わーっ! 今はそんなことで争っている場合じゃないだろう!?」


 一刻も早くノースライス城に行かなければならないのに!


 私の言葉で、二人ともやっと現在の状態を思い出したらしい。


「そうね。少しでも早くお爺様のところにいかないと……」


 言いながら、マリエルは私の横にぽすんと座る。


「マリエルは、どうやってギルドリッシュ陛下に面会するつもりだったんだ?」


「ああ――私が生まれた時に、お父様からもらった指輪があるの。だから、王家の紋が刻まれた指輪を見せれば、お爺様も私が孫と信じてくださると思うのだけれど……」


 でも、とマリエルは一度溜息をついた。


「きっともう相手に先回りされているわね……」


「途中の妨害は確実でしょう。何か手を考えなければ」


「何か手ねえ……」


 レオスの言葉を受けて、私は顎に手を当てた。


 確かに、このままノースライス城に向かっても、間違いなく途中でオーレリアンが待ち受けているだろう。


 街道をしらみ潰しに探して、マリエルを見つけ出せなければ、城がある街の入り口で待ちかまえているはずだ。


 マリエルを捕まえようとしているオーレリアンたちを、なんとかまく方法というと――。


「そうだ!」


 思いついた方法に、私は指をぴょこんとあげた。叫んだ私を、興味津々の様子で、マリエルとレオスが見つめてくる。


「こういう方法はどうかな?」


 だから、私は二人に思いついた悪巧みを披露するように顔を寄せた。

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