第一話 起因

 先日隣町で十五歳の少年が自分の両親を刃物で殺害するという事件が起きた。それが原因なのか新学期早々少年犯罪についてのビデオを見ることとなった。

「じゃあこの紙に感想書いて下校までに提出な」

 担任はそう言うとビデオの準備に取り掛かった。


 ビデオの内容は九十年代後半に起きた神戸連続児童殺傷事件のもので、犯人である少年Aの犯行声明文や彼の著作『絶歌』の文章が抜粋されており、表現が少々グロテスクであり真顔で視聴するのは酷であった。



『 殺しをしている時だけは


 日頃の憎悪から解放され、


 安らぎを得る事ができる。


 人の痛みのみが、


 ボクの痛みを和らげる事ができるのである』


 俺は二千年生まれなので当時の日本の状況はよく知らない。記憶に新しいのは十年前に起こった少年犯罪の方だ。

 


 当時十七歳の男が千葉県内のとある家庭を襲い、三人が死亡した事件。千葉県民としてかなり衝撃を受けた覚えがある。

 


 そして何よりも忘れられないのがその事件の判決だ。残酷で残虐なその犯行内容に対し男に課せられたのはたった数年の実刑判決だった。小学生だった俺でもその異常さはすぐに理解出来た。



『殺してやる。絶対に殺してやる…。犯人、関係者全て残らず必ず殺してやる…。』

 被害者遺族の会見で語った男は真っ赤な目を見開いて震えた声でそう言った。会見には老夫婦と同世代と思われる女の子がいた。その女の子の顔は映ってなかったから今どのような表情をしているのかはわからなかったが、彼女が何を考えてるのかは最早想像もつかない。


 ビデオの後半でその事件についても語られていた。襲われた家族は四人で、殺されたのは両親と次女。長女はどうやら俺と同い年らしい。その他、犯行動機や犯行内容、犯行現場の悲惨さがありのままに語られた。それもまた、表現が残虐で表情を崩さずにいるのは不可能であった。

 そんな時だった。後ろの席の女が俺の背中に吐き出したのは。


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 翌日、俺に吐瀉物をまき散らしたその女は大倉詩と名乗った。

「昨日は本当にごめんなさい」


「別に気にしてない。グロテスクだったし無理もないよな」


「それが原因で吐いた訳では無いのだけれど…」


「なんだ? 聞こえなかったからもう一度言ってくれないか」


「気にしないで下さい。それよりクリーニング代は」


「どうってことないよ。仲のいい友達がクリーニング屋なんだ」


「嘘ですよね?鬼頭さん、一年の頃からずっと一人じゃなかったですか。校外学習の班決めの時も余り者同士で組んだではないですか」


「直球だな…」

 


 そう。この女とは一年の頃から関わりがある。と言っても仲がいいという訳ではなく、去年の校外学習で同じ班になったというだけの間柄である。その校外学習でも特に関わることもなく、その後今に至るまで喋ることさえなかった。


「とりあえず体調は大丈夫なのか?」


「はい、何ともないです」


「そっか、それはよかった。というか大倉って普通に喋るんだな」

 

 大倉は普段誰とも話さないし、声も発さない。去年同じクラスだったけれど声を聞いたのは今回が初めてかもしれない。


「人と話すのは苦手です。けど自分と同じような人種と話すのはなんだか気が楽です。陰キャって言うんでしたっけ」


「おい誰が陰キャだ。俺は友達がいないだけで陰キャじゃない」


「それって陰キャじゃないですか」

 

 それなりに会話が続いている。だから聞いてしまったのかもしれない。


「それより大倉って年がら年中そのマフラーつけてるよな。暑くないのか?」

 

 この女、大倉詩は一年中場所を問わずマフラーをつけてる変人としてクラスから敬遠されていた。それに加え誰とも話さない。友人がいないのは明白だ。

 

 そんな大倉は俺が投げかけた質問に口を閉ざしている。地雷を踏んだか…?


「ごめん。言いたくないなら気にしないでくれ」


「いえ。これは…そうですね。私の罪であり使命です」

 

 絶対何かあるような返答。反応に困った俺を横目に大倉は去っていった。その日、大倉と話したのはそれっきりで、元々今まで話す機会なんてなかったからなんとも思わなかった。


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 それから数日が経った金曜日。俺の後ろの席である大倉は欠席だった。なぜ鬼頭の後ろに大倉が来るのかは、俺の学校は出席番号が誕生順であるからだ。俺は五月一日に生まれたこととなっているため、大倉も五月生まれなのだろう。


 その日は金曜日だった為か、一日があっという間に感じられた。帰りのHRの後、クラスメイトらは早々と帰りの支度をし始めた。俺も早く家に帰って夕飯の支度をしなければならない。皆と変わらず帰りの支度を始めた時だった。


「二年六組鬼頭昴、職員室へ」

 

 という放送が流れた。何か悪いことをした覚えはない為、特に急ぐことなく、帰りの支度を整えてから職員室へ向かう。



「悪い!これを大倉の家まで届けてくれないか?それと三者面談の手紙の提出が今日までで、明日でもいいから学校に提出しに来るよう伝えてくれないか?」


 そう言う担任が持っていた紙は校外学習の参加用紙だった。


「えぇ、まぁ。家が近いならいいですけど」

 

 渡された書類をカバンに入れながら言う。


「それは大丈夫だ。こうして呼んだのも家が近かったからだ。わざわざ家が遠い者を呼ぶかね」


 それもそうだな。俺はスーパーへ買い物に行って夕飯の支度をする他にやるべきことはないので、


「それじゃあ、住所を教えてください」


 大倉の家へ向かうことにした。


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 大倉の家は俺が普段利用している駅から徒歩数分の場所にあるらしい。地図を見る限り、俺の家とは逆の方向だが決して遠くない。


 俺と大倉が住んでいる街は都会でもなく田舎でもなく、ちょっと田舎な場所だ。生活を送るのに何の不便もないし、人が飽和しているという訳でもない。住めば都だ。


 今日は朝からずっと雨であった。個人的に雨は嫌いだ。理由はあるが、結局はなんとなく嫌いなのかもしれない。雨が好きな人なんているのだろうか。

 

 雨粒は絶え間なく地面へ降り落ちる。早く用事を済ませて家へ帰ろうと思う一方、同級生の家、ましてや女子の家に行くのなんて初めてだったので、少しばかりの高揚感と共に俺はその足を動かした。


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「ここか…」

 俺はこの街に三年ほど住んでいる。だから嫌でも目に入る豪邸。こんな家に住めたらなぁと思ったことも幾度かある。しかし、まさかこの豪邸が大倉の住んでいる家とは。

 

 インターホンは敷地内に入らなくても押せる場所にあった。それを押し、暫し待つ。


 何度見ても大きい家だ。洋風な外装で、外から見る限り4階までありそうだ。そして敷地が広い。サッカーグラウンド一つ分くらいあるのではないか。

 それは過言かもしれないが、そうとしか言いようがない。彼女の両親の年収とか考えてしまう。


 それにしても反応がない。

 出てくる雰囲気もないので家へ帰ろうとしたが、我がクラスの担任は課題の期限を厳格としている人で、もしこのまま帰ったら月曜日に何を言われるか。


 とは言え勝手に人の家の敷地内に入るのは少し戸惑う。それに加えこんな豪邸だ。最早緊張してると言っていい。


 だが俺も俺でこの後用事がある。門を開け大倉邸へ足を踏み入れた。


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 門からポーチに来るまで体感三十メートルも歩いた。庭がやはり大きく、なんと池があり獅子落としがあった。庭には三本の糸杉が植えられてる。


 玄関前にもインターホンがあった。二つある意味がわからないがとりあえず押す。反応はないので玄関ドアに手をやった。鍵はかかっていない。


「すいませーん、大倉さんはいますか?」


 そもそも大きい家だから玄関から発した声がリビングに届くのかわからないが言ってみた。しかし、反応はない。

 

 鍵をかけずに外出は考えられない。それに今日は朝からずっと雨で、外出する気にはならない。


 早く帰りたいので、言っても意味はないと思うが、

「お邪魔します」

 一言だけ発して上がらせてもらおう。


 <>


 廊下が長い。長すぎる。そして部屋が多すぎる。さすがにこの部屋数は探しきれないので廊下の一番先の、リビングと思われる部屋へ向かう。


 そこはやはりリビングで、案の定広い。使い勝手が良さそうなオープンキッチンに三階まで吹き抜けていて途轍もなく高い天井。何もかもが我が家とは大違いだった。


 しかし、反応がないにも関わらずテレビはついている。空気清浄機もエアコンも動いている。居留守か?


 その時、何かが倒れる音がする。音の出処を探す。おそらくリビングの端にある襖の奥からだ。分かり次第、向かう。


 襖を開ける。そこは和室だ。



 


 そして首を吊っている大倉がそこにいた。


「おい!」


 俺はすぐさま縄をほどく。先ほどの音の正体は梯子だったらしい。それよりもなぜ大倉が首を吊っていたのだろうか。


 大倉を抱え、倒れる。なんとかすぐに縄がほどけた。


「おい!なんで首なんか吊ってるんだ!」


「…」


 大倉は何も発さない。別にクラスでいじめがある訳でもない。家庭でうまくやれていないのだろうか。自殺行為に至るくらいだ。かなり思い病んでるのだろう。

 ならばこの場合は寄り添う方がいいのだろうか。


「すまん。さっきは大声出して。何でこんなことしたんだ?」


「…」


「教えてくれ。余り者同士のよしみじゃないか。なんでも相談にのるぞ?」


「…かった」


「ん?」


「また、死ねなかった」


 そう言う大倉の首にはマフラーはなく、その部位は締められた跡で変色している。


「どうしたんだその首。言ってくれ」


「…」


「死ねなかったってなんだ?首吊るのもこれが初めてじゃないよな?」


「…」


 大倉は呆然としている。無気力で今さっきまで首を吊っていたとは思えない。


「俺でいいなら相談に乗るから聞かせてくれ」


「…私、」


 大倉は落ち着いたのか声を発す。


「私、家族を殺してしまったんです」

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