第6話 檻の洗礼

 壁の穴を抜けどれだけの時間が経っただろうか?

 未だバレルの姿はそこに無かった。時間が経つにつれ、不安は頭の中で広がる。

「ったく……」

 こうして待っているだけではどうも身体が落ち着かない。再び壁の穴を通り、檻の中に入る。近くからは物音は聞こえない。静寂に包まれていた。

「おい、おーい」

 聞こえるほど大きく、それでも出来る限り声を殺してバレルを呼ぶ。

 返事は無い。

「もしかしてちゃんと逃げ切ったのか?」

 自分の頭にある最悪の結末ではない事を口に出す。あれも無鉄砲な部分もあるが頭が悪い奴ではない。それこそ、あのレインの教えを一緒に聞いてきた人間だ。そんな事を考えていると、前方から何か物音が聞こえた。反射的に腰の刀を抜いていた。

「おいおい、そんな物騒な事をするなよ」

 音の持ち主はバレルだった。

「お、お前無事だったのか?」

「当ったり前だよ」

 バレルはそう言ってピースサインをこちらに向ける。

「逃げただけでそんな自信持つことじゃないだろ……」

 俺の発言にバレルは指を振る。

「チッチッチ、甘いよ、甘いよユウト。ほら、見てみろよ」

 バレルが後ろの方を指す。暗くてよく分からなかったがそこには一つの物体があった。

「おいおい、まさか冗談だろ……」

「それが冗談でも無いんだよ。ほら、もっと近づけって」

「押すな押すな」

 若干興奮気味になったバレルに背中を押され、その物体に近づく。

 近づく?

 そんなことはしていない。だって俺の身体は一歩も動いてはいないじゃないか。

 じゃあこれは、目の前の光景は何だ?

 …………。

 ……。

 目の前が真っ暗な景色と変わる。

 少し先、そこに何かが座り込んでいた。その巨躯自体を動かさず、その代わりに腕を必死に動かしていた。

 何かが頬に飛び散る。それを拭い舐めると、鉄の味がした。駄目だ、そんな本能を無視して身体は一歩、一歩それに近づく。

 目の前にいたのは化物だ。発達しすぎた筋肉は皮膚を突き破り、その身は真っ黒に染まっていた。座っていてもなお見上げるほどの高さを持つそれは、鼻息を荒くして必死で何かをむさぼっていた。

 カラン、と音がする。遠目から見ても分かる。間違う筈なんて無い。子どもの頃から何度も自慢をされたものだ。

 バレルの剣。それがどこからか落ちたのだ。突如、顔から体温が消えていくのが分かった。

 目の前にある現実を頭は必死で拒否をする。そして、

「はぁ、はぁ……、はぁ、はっ、はぁ……」

 俺は逃げた。現実、正義感、そして友人を捨て逃げた。穴を抜け、ようやく俺の足は止まる。けれども呼吸は荒くなる一方だった。

「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ……」

 あり得ない。そんなはずはない。

 だったらあの光景は? あれは何だった?

 そうだ、あれは現実だ。変えることが出来ない現実だ。

 でも現実なら…………。

 頭の中で繰り返す感情に身体が支配される。それに身体を預けた。

 気付いたら自分の部屋のベッドの上に転がっていた。

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