第5話 檻

「というかよくこんな場所を見つけられたな」

 バレルに案内された場所には壁に穴が開いていた。ただ、こんな場所、知ってなければ分からないだろうと思わせるほど入り組んでおり、尚且つ様々なものが置いてあるせいで死角になっている。

「ま、まぁな。いやぁ本当に偶然なんだがな、ここら辺を散歩している時に何かの 気配があったんだよ。そしてそれを追って今たらこの穴があったんだ。もうこれ は神のお贈り物だと感じたね」

「そ、そうか……」

 発見した当時の様子を嬉々として語るバレルのテンションに少し着いていけない。それでもまぁ、自分の夢が叶いそうな一筋の光が見えたという事ならこの喜びようも妥当なのだろう。 

「しかしよくもまぁこんな狭いところから入ろうとしたな」

 再び穴の方を見る。大きく見積もっても這った大人一人が通るのでぎりぎりと言ったところだ。

「荷物も小分けにしないと入らなかったからな」

 バレルは自慢げに言う。

「そういうのは良いから、とっとと行こうぜ」

 俺がそう言うと、バレルは少し寂しそうな顔をしていた。それなりの苦労話を聞いて欲しいのだろうが、こちらも様々な事で頭がいっぱいでそれに付き合うのは煩わしかった。

「ま、まぁともかく俺に着いて来てくれ」

 そう言ってバレルは穴の中に入って行く。するとすぐに壁の向こう側からバレルの声がする。どうやらそこまで壁が厚いわけでは無いらしかった。俺も穴の中に入って行く。

「この壁、薄すぎないか……」

 かつて国を守っていた壁だ。敵の攻撃を防ぐためにはそれなりの強度、つまり厚さが必要だと思っていたが、穴の長さは俺の身長と同じくらいしか無かった。

「それはだってほら」

 バレルが顎で壁を指す。後ろに目を向けると、穴のある部分の壁が何かしらの攻撃を受けていたのかその部分だけやけに抉れていた。 

「まさかこれがヴィルスの仕業とか無いよな……」

 見上げるほどの高さの壁を抉るなんてそれはもう生き物の枠をはみ出しているものだ。そういうものだとすれば今までの討伐の結果にも納得はいくが……。

「ユウト、そろそろ日が暮れるから拠点まで移動しようぜ」

 バレルは先に進んでいく。

「待てって……」

 俺もその後に続く。

「それにしてもほんと街なんだな……」

 しばらく見渡しながら歩いた風景からはそんな感想が零れた。辺りには俺たちの家とほとんど造形が同じのレンガ造りの家があった。ただ人がいないせいなのかそれともヴィルスに荒らされたせいなのか、そのほとんどが半壊状態だ。それでもかつて活気があったことを匂わせていた。

「まぁ、そもそもこっちが国だって話だからな。まぁ安心しろ、俺が見つけた拠点 はほとんど家が崩れてないんだ。まぁ井戸も枯れていたから屋根があるってだけ だけど」

「屋根があれば充分だろ。それにちゃんとそこら辺は用意しているんだろ? だっ たら大丈夫だろう」

「まぁ今回の準備に関しては会心の出来だな」

 バレルはこちらを向いて親指を立てる。あまりにも自信満々な反応をされると逆に不安になるという話だ。

「で、その拠点ってのは何処あるんだよ? もうほとんど周りを見渡せられるよう な明るさじゃないぞ」

 元々人が住んでいるような場所では無いし、灯りになりそうなものは周りには無かった。

「もうすぐだよ。って言ってもちょっと怖いな」

 そう言ってバレルは背負っていた袋からランタンを取り出しつける。

「さすが、会心の出来と自己評価しているだけはあるな」

「お前は俺がどこまで馬鹿だと思っているんだよ……」

「……………………」

「……どうしてそこで黙るんだよ」

「いざどこまで馬鹿なのか、を説明しようとすると難しいな」

「それは俺が馬鹿ではないっていう証明になるな」

「いや、無いわけでは無い。むしろありすぎて困っているんだ」

 おもえばこいつとは随分と長い付き合いになる。その間こいつが原因で何度危ない目に合ったことか。少し考えを巡らしただけで苦い記憶がいくつも思い浮かぶ。

「あぁ、そうだ」

 このままだと自分が不利な状況に追い込まれるとでも思ったのだろうか、バレルが話題を変える。

「昨日の夜だったけか、ここで準備していた帰りに遠くの方で雷を見たんだよ」

「雷? 昨日雨でも降っていたか?」

「違う違う。地上から閃光が奔ったんだよ」

「は、はぁ。それって見間違いとかじゃないのか? 遠くだったんだろ」

「そうだとしても光ったのは確かなんだよ。それで思い出したんだよ。覚えているよな、神話の一節」

「神話? あぁ、確か泉に浸かったら聖なる力を手に入れたとかだったけ」

「そうそう、神の泉の水を浴びた聖なる心を持つ者、神の加護を得る。もしかしたらそれかもって思ったんだよ」

「というか神話の内容を信じているのかよ。あんなの信じるのは熱狂的な信徒か子どもくらいのもんだろ」

 神話はこの国では学校で習う教科の一つになっている。というのもヴァリエルが神話内に名前が登場する国家、神話国家としての一面があるからそうなったという事らしい。が、ただ登場したというわけではなく、この国は神話国家の中でも特別な役割を持っている。それは神授国家としての役割だ。簡単に言ってしまえば神とされるものから何かを与えられた神話国家がそう呼ばれるらしい。因みにヴァリエルが与えられたのは泉という話だったはずだ。そしてその泉は、神を信じるものが浸かれば聖なる力を得るというものだった。

「確かにそうかもしれねえけどさ、ほら、実際ヴィルスがいるだろ。あれだって  ルーツを辿れば泉になるんだぞ」

「まぁ、確かにな」

 バレルの言った通り、神話の中にヴィルスという単語は出てこないが、それと同類とされる化物に関する話があった。さっと言ってしまえば、神を信じない邪な男が泉の力を信用せずに泉に浸かった瞬間、誰もが目を覆う異形の姿になったという話だ。

「でもその泉っての見た事ねえからな」

 泉は檻の中にある、らしい。元々ヴァリエルは檻の中自体が国なのでそれもそうだと言う話なのだが。

「そりゃあ当たり前だろうが……。まぁともかくついでにその泉を探すっていうのも楽しそうだと思ってさ」

 バレルはそう言って笑顔を浮かべる。

「まぁ確かに神話に書かれているものだし実際あるってのは十分に考えられるな。検討はついているのか?」

「検討って言われてもなぁ。まだ檻の中は全然探検してないから何とも言えない。ヴィルス退治のついで、いや、それが終わったらゆっくり探検しようぜ」

「そんな先の事を考える前にヴィルス退治っていうとんでもない問題が目の前にあるんだが……。それよりもまだなのか?」

「いや、もう目の前……ほらあそこだよ、あそこ」

 そう言ってバレルが光を向けた先には周りの建物だったものと比べて遥かにまともな建物があった。確かに拠点にするって事に関して言えば、檻の中での事を考慮せずとも最善だと思える代物だろう。

「いや、思ったところより住めそうな場所だな」

「まぁ色々と探したからな。ここら辺はほとんど崩れた所も無かったし。問題は井 戸が枯れていたってところだけど水も二人分と計算しても十日はもつくらいは準 備してきたから大丈夫だと思うぜ」

「そ、そうか。なら……、なぁ、足元、足元を照らしてくれ」

「どうしたんだ?」

「ほら、あれだ」

 俺が指した先には謎の足跡が続いていた。その大きさから人間よりはるかに巨体であることを匂わせていた。頭の中にただ一つ、それに該当するものがあった。

「ヴィルスってことか? まさかこの近くにいるって事か……」

「マジか。折角綺麗な場所を選んだのに」

「逆に考えるとそいつらの住処だから綺麗だったっていう線もあるな……」

「今まで会わなかったんだ、だから」

「だからって言ってもそれは偶然運が良かったって話だろ。それよりもどうする? 一回撤退するか?」

「馬鹿言うなよ、今まで俺が何のために準備をしてきたと思っているんだ」

「そうは言ってもその準備地点にいたらどうすんだよ。死んだら元も子も無いんだぞ」

「それは分かっている。分かっているけど……」

「だったら……」

 逃げるしかない、その言葉が続かなかった。咄嗟の判断でバレルの腕を掴むとそのまま来た道を疾走する。

「ど、どうしたんだよいきなり?」

 状況を掴めていないバレルはようやく着いた拠点から離れていくことに不満を感じているらしい。 

「お前の後ろに化物がいたんだよっ」

 光が当たらなくても分かるその巨大さ、おそらくはあの足跡の持ち主だ。そしてそれは恐らく、

「それってヴィルスって事だよな」

 バレルはそう言うと俺の手を払い、化物のいた方向に視線をやった。

「二手に分かれて逃げよう」

「二手に?」

「そう、別に冗談で言っているわけじゃないさ。二手に分かれれば最悪の状況、二

 人とも死ぬってのは避けられるはずだ。それにどっちにしてもあの穴は一人ずつ し通れない」

 バレルの話はある意味で合理的だ。確かに最善の手とは言えないかもしれないが、現状何もせずにここでくたばってしまうよりははるかにましだろう。

「了解した。じゃあ逃げ切った後、とりあえず穴の近くで合流しよう」

「そうだな」

 顔を合わせ互いに強がるように笑う。小さい頃から変わらない合図。それを最後に、俺はバレルと別れた。


 ******


「ごめんな、ユウト」

 これだけは譲ることは出来ない。それに自分のわがままに付き合わせるのも忍びない。

 ——運命。

 そんな言葉を信じているわけではないが、それでもやるべき時というものは必ず存在している。

 それが例え、失敗すると分かっていても。

 ここまで来たら下がれない。

「もう少しで秘密兵器もあったのにな」

 そうすれば二人で英雄にだって。

 まぁ仕方ない。それでもこの機会を捨てるのも忍びない。

 これはこういうものなのだ。

 そう受け入れ、前を見据えた。


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