2-3 来訪者


「ではこれからもよろしく頼む」


 皇帝がそう言い残して退出すると、空気はだいぶ軽くなった。


「どこかで何かが起こっているのかねえ」


 マヌエルが両手を頭の後ろで組み、椅子の背もたれをきしませながらつぶやく。


「まだ分からんぞ。偶然という可能性が残っている。むしろ今のところはそちらの方がありえそうだ」


 クロードの返答をマヌエルは鼻で笑った。


「はっ、冒険者をやってた頃にもいたな。何でもすぐに偶然って言い出す思考停止野郎が」


「私が思考停止だと言うのか?」


 クロードが不快そうに眉を動かすと、マヌエルは挑戦的な黒いまなざしを向ける。


「他にどう聞こえたって言うんだ?」


 二人の間に流れる空気が険悪になった時、バルがずいっと両者の間に割って入った。


「くだらない言い争いはよせ」


「そうだ、みっともないぜ」


 彼に続いたのはイングェイという男である。


「……すまない。ありがとう」


 冷静さを取り戻したクロードは、謝罪と礼を言って席を立つ。


「頭を冷やすとする」


 彼が立ち上がったのに続き、残りの面子も立ち上がって部屋を後にする。


「どうしてわざわざ喧嘩を売ったんだよ?」


 イングェイがマヌエルに尋ねた。


「はっ、とんでもない展開をありえないなんてわめく野郎なんて、ムカつくだけだからだよ。なあ、バルトロメウス。お前なら、俺の言いたいことは分かるよなあ?」


「否定はしない」


 バルは短く答える。


「だが、お前のやり方に賛同するわけではない」


 彼の言葉を聞いたマヌエルは、


「けっ」


 と言って席を立ってしまう。


 その彼の後ろ姿をミーナが不穏な目で見ていたが、バルが身振りで制止する。


「私たちも帰るとしよう。またな、イングェイ」


「ああ。もうちょっと顔を出してくれよ、バルトロメウス」


「善処する」


 困った顔で言ってきたイングェイに応えたところで、ミーナが転移魔術を発動させた。


「まだ分からないことばかりでしたね、バル様」


「そうだな。他の地域でも似たような件があるなら、偶然とは言えないはずだ」


 彼女の言葉に彼は応じる。


 会議の場で言わなかったのは、明確な根拠や証拠があるわけではないからだ。


「魔物の生態に変化があるのは、大体が凶兆ですものね」


「その通りだ。もっとも、魔物と触れ合う機会が少ない奴には、分かりづらい感覚なのも事実だ」


 だからこそクロードとマヌエルの小競り合いが生まれたのだろう。


 バルはそう考える。


「もっともクロードは真面目な男だから、自分が信じていないことでも手を抜いたりはしないだろう」


 その点は他の八神輝レーヴァテインも心配はいらない。


「私はどのようにいたしましょうか?」


 ミーナの質問に彼は迷わず答えた。


「他の八神輝レーヴァテインと手分けして、魔物の調査をしてくれ。私は帝都のギルド本部から情報をもらえるように言ってみよう」


 仕事をサボっているように思えるが、実はそうとばかりは言えない。

 魔物の生態や調査に関しては、冒険者ギルドこそ国内で最も優れた機関だと言っても過言ではないからだ。


「何もなければよいですね」


「そうだな」


 二人はそう言い合ったが、何か起こるのだろうなという予感を漠然と抱いていた。



【さえないベテラン冒険者にして帝国最強戦力・バルの英雄譚――続きは書籍にて!】

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日常ではさえないただのおっさん、本当は地上最強の戦神 相野仁/角川スニーカー文庫 @sneaker

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