1-2 《その場しのぎのバル》と新人冒険者
指定された薬草が生えているのは、帝都の西門から出て徒歩で三十分ほど進み、途中でなだらかな丘を越えた先にある川のほとりだ。
街道が通っているすぐ側で、騎士団も定期的に巡回している。
危険度は低く、おつかいと言っても差し支えがないような依頼だ。
この手の依頼を軽視し、油断するのは何もエーファたちばかりではない。
エーファたちは体力の配分なども考慮せず、どんどん先を進んでいく。
簡単な依頼である分、設定されている報酬も高くない為、さっさと達成して次の依頼を受けたいのだろう。
「あまり急ぎすぎてもよくないよ」
早歩きになりながらバルが忠告したが、彼の方をチラリと向いたのはヘレナだけで、残り二人は見向きもしない。
(ちょっと危ういな、これは)
冒険者を甘く見ているか、早く依頼をこなそうと焦っているのか。
どちらかであればまだマシなのだが、両方となると少々厄介だ。
(特にトラブルを起こしやすいタイプだぞ)
バルは気を引き締めざるを得ない。
何事もないのが一番だと思うものの、トラブルというものはどういうわけかトラブルメーカーのところへ集まってきやすいのだ。
丘を越えるまでは何事も起きなかった。
雲行きが怪しくなってきたのは、川の近くまでやってきてからである。
「あれって」
足を止めた少女たちの前方にいるのは、ゆっくりと川の水を飲んでいる大きな黒い牛だった。
「アウズンブラ、です」
ヘレナが自信なさそうに名前を言う。
「確か大人しくて、肉と乳が美味しい魔物よね」
エーファの言葉に彼女は頷く。
「角が生えてないから、雌でしょう。お肉の美味しさはお貴族様じゃないと食べられないお肉並み、らしいです。でもオーガを返り討ちにしちゃうくらい強いって」
「上手くやれば、乳を搾るくらいできない? だって大人しいんでしょ? 依頼以外にも納品してお金をもらえるチャンスじゃない」
エーファの発言は少女たちにとって現実的に聞こえる。
一般人や弱い冒険者では歯が立たない魔物の代名詞の一つ、オーガですら返り討ちにできる相手と戦おうと言うならば、イェニーとヘレナは反対しただろう。
しかし、乳を搾ってゲットするだけならば、やり方次第ではいけるかもしれないと思えたのだ。
「ちょっと待った!」
慌てたのはバルである。
彼の立場上、止めなければいけなかった。
「何でしょう?」
エーファとイェニーは無視しようとし、ヘレナだけが彼に聞く。
「アウズンブラの乳を搾るなら、近くに仔がいないとダメだ。そうじゃないのに乳を搾ろうとすると、激怒して大暴れするんだ」
「え、そうなんですか?」
ヘレナが目を丸くする。
「そうだよ。それに雌が一頭だけ、こんなところにいるのはおかしい……本来帝都周辺にはいないはずだから」
バルが彼女たちを止めたのはそういう理由もあった。
本来いないはずの魔物がいるということは、何かの前触れである可能性があるからだ。
「そんなの、ただのはぐれかもしれないでしょ」
エーファはどうしても彼に反発したいらしく、むすっとした表情で言い返す。
はぐれとは群れや家族で行動するはずの生物が、単独行動を取っていることを言う。
その個体の性格による場合や、外敵などに襲われた場合が考えられる。
彼女はいちいち気にしていられないという考えらしかった。
「その場合も危険だよ。仔が近くにいないアウズンブラを怒らせずに乳搾りすることはできない。そしてアウズンブラを殺せる存在が近くまで来ているかもしれないからだ」
「おじさん、ヘタレすぎでしょ」
エーファは鼻を鳴らしてせせら笑う。
「エーファちゃん、ちょっと言いすぎですよ」
ヘレナが見かねたように彼女をたしなめる。
「そうだよ。このおじさんの言うこと、間違いじゃなかったらやばいじゃん」
仲間たちに言われたのは堪えたらしく、エーファは拗ねたようにうつむく。
「このおじさんの言うことがどれだけ信用できるか、分からないじゃない」
どうやら意固地になっているようだった。
「でも、ギルドの人がつくように言ったんですし」
「無駄に年食ってるおかげで、たまたま上手くいっただけかもしれないでしょ!」
ヘレナの言葉には感情的な言葉が返ってくる。
これは説得できそうにない。
知り合ったばかりのバルですら想像でき、申し訳なさそうな顔で彼を見てきたヘレナとイェニーに気にするなと苦笑に近い笑みを向けた。
「まずは薬草採取からやるべきだよ。他によいものを持ち込んだところで、依頼を達成していなければ、ギルドは評価してくれないからね」
彼は役目に忠実であろうと、投げ出さずエーファに忠告をする。
「……分かったわよ」
これについては意固地な彼女も素直に聞き入れた。
評価してもらえないという一言が効いたのかもしれない。
「念の為、慎重に行こう」
バルはそう呼びかけたが、頷いたのはヘレナだけだった。
エーファとイェニーは彼の声に反応せず、ずかずかと進んでいく。
「いや、まずはアウズンブラの様子をうかがわないと」
「怒らせなきゃいいんでしょ?」
バルの言葉にエーファは振り向きもせずに言い、川から離れた位置に生えている、一メートルくらいの高さの木に近寄った。
この木に生えている緑の大きな葉こそが、依頼にあった「ハイレンの葉」である。
単体で使っても何の意味もないが、他の薬草と混ぜることでその効能を高め、副作用を抑え込むという不思議な効果を持つ。
そのような理由で薬師たちに重宝されていた。
「確か枝を折って持って行った方がいいのよね」
エーファのつぶやきに仕方なく追いついてきたバルが答える。
「そうだよ。葉っぱだけ取ってしまうと、効能がかなり落ちてしまって、薬に混ぜる価値を失くしてしまうからね」
よく学習していると褒めると、彼女はフンと鼻を鳴らした。
「当たり前でしょ。私たちはいつか三級冒険者くらいに成り上がってやるんだから」
「三級なのか」
バルはちらりと数メートル先にいるアウズンブラに目をやりながら、合いの手を入れた。
黒牛は今のところ特に何の反応も見せてはいない。
「ええ。一級二級は簡単にはなれないみたいだし」
エーファはちょっと悔しそうに答える。
(そういうところは現実的なんだな)
とバルは若干奇妙に感じた。
生意気なくらい勝ち気な性格なのに、というのが正直な感想である。
「エーファちゃん、私たちも一本ずつ取ったよ」
そこへイェニーが声をかけてきた。
バルが振り返ってみれば、イェニーとヘレナの小さな手にも一本ずつ枝が握られている。
「よし、こんなものでいいだろう」
バルはそう言った。
ハイレンの木はしばらくの期間を置けば、再び枝は伸びて葉をつける。
だから取り尽くさなければ何回でも集めることができるのだ。
「特に数が指定されていない場合、ハイレンの枝は三本くらい持っていくのが適当なんだ。それ以上は取り過ぎだと注意されてしまう」
彼の言葉にエーファ以外は素直に、彼女だけは嫌そうに受け入れる。
三人はそれぞれ腰に提げていた白い麻袋の中に枝を入れた。
全ては入りきらず、上の方がはみ出てしまっているが、仕方ないことである。
「お金が貯まったら魔術具の【収納袋】を買いたいわね」
イェニーが自分の袋を見ながら言った。
魔術の効果が込められた収納袋は、質量や大きさを無視して物品を収納できる。
持ち運びに便利な品物だがその分かなり値段が高く、駆け出し冒険者の稼ぎではとても手が出せない。
「ええ。六級冒険者になればいける、でしょうか」
ヘレナが賛同し希望を口にする。
バルとしては知っている以上は言った方がよいと判断し、彼女たちに教えた。
「【収納袋】が買えるのは五級冒険者になるあたり、というのが一般的のようだよ」
「そうなんですね」
ヘレナはちょっとがっかりして肩を落とすが、エーファは強気なことを言う。
「そんなの、普通より頑張ればいいだけじゃない」
これにバルは「おや?」と思う。
(強気な部分と、弱気な部分が混ざり合っているのか)
彼女の言動から察するに、本来は強気な性格である可能性が高い。
そして弱気なのは自信を失うような出来事があったからだろうか。
「そのため、アウズンブラを何とかしなきゃ」
エーファは執着を見せた。
(説得はどうやら無理だな)
バルはそう感じて考えを変える。
無理やり諦めさせるのは不可能ではないかもしれないが、彼女はそれで反省するとは思えなかった。
きっと別の依頼で無茶をするだろう。
(だったらここで一回失敗して、痛い思いを経験してもらった方がいいな)
今ならば彼がフォローできるからだ。
「そこまで言うなら、試してみるかい?」
【次回:少女たちの挑戦が招く危機! バルはどう切り抜ける!?】
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