日常ではさえないただのおっさん、本当は地上最強の戦神

相野仁/角川スニーカー文庫

1-1 《その場しのぎのバル》と新人冒険者

「バルさん、今日はどんな依頼を受けますか?」


 ギルドの若い受付嬢のニエベが差し出した三枚の羊皮紙を見て、バルと呼ばれた三十路の男は少し悩む。


「ニエベちゃんのオススメはどれだい?」


 彼は自分で判断せず、目の前の少女に尋ねる。


「うーん、ハイレンの葉の採取はいかがでしょう?」


 ニエベは赤い瞳を彼に向けながら、理由を述べた。


「さっきギルドに登録した新人さんが受けたがっているのですが、あたしとしてはできれば一人ベテランについてもらいたくて」


「なるほど」


 バルは納得する。

 ニエベという少女はまだ若いせいか、新人や若手の冒険者を担当する事が多い。

 そして経験のあるベテランと組ませたがる。


(ついたあだ名が《トレーナー》だったか)


 バルは微笑ほほえましく思った。


「いいよ。俺でいいなら」


「ありがとうございます、バルさん!」


 ニエベはパッと輝く笑顔を浮かべた。

 若い男であればまぶしく感じられる、魅力的な笑顔である。

 それを直視してもバルは動じない。


「それでその新人というのは……?」


 彼が聞くと、ニエベはチラリと彼の右側へ赤い瞳を向けた。

 その先にあったのは獣人の少女の三人組である。


(年は十五、六歳くらい。犬人族か)


 少女たちは安物だが動きやすそうなシャツとハーフパンツという恰好で、誰かのお下がりらしい革の胸当てとショートソードや籠手、杖という装備だった。


「え、そのおじさんなの?」


 三人のうちの一人、オレンジ色の髪の少女が嫌そうに顔をしかめ、茶色の生意気そうな瞳をバルに向けてくる。


「おじさん、冒険者ランクは?」


「七級だよ」


 彼が答えると、その少女は舌打ちする。


「ダサッ。いい年して最低ランクじゃん」


 彼女がそう言ったのも無理はない。


 冒険者ランクは基本的に七級から一級まであり、数字が小さくなるほど実力が高くなるのが通例だ。

 いい年した大人が七級のままだと、馬鹿にする者は決して珍しくない。


「そうですよね。ベテランの同行が必要なのは分かりますが……頼りになるベテランじゃないと困ります」


 緑色の髪をした杖を持った少女が不安そうな顔でニエベに抗議する。

 彼女たちはチラリとバルの服装を見た。

 大きなポケットが四つついた黒い長袖の上着、汗を吸ってくれる白シャツ、藍色のパンツ、動きやすそうな革靴、どれも安物である。

 実入りのいい依頼をこなせる腕利き冒険者とはかけ離れた服装だった。

 彼女たちが反発する理由の一つなのは確かだろう。


「頼りになるベテランが大切だからバルさんに頼んだのよ?」


 ニエベはコメカミを怒りで痙攣させつつ、笑顔で応えた。


「この人は新人に三十回以上ついて、全員無事に帰しているすごい人なんだから」


 彼女はまるで自分のことのように誇らしそうに告げる。


「それってすごいんですか……?」


 水色の髪の少女が疑わしそうな目をバルに向けた。


「冒険者になれば、嫌でも分かるようになるわよ」


 新人には言葉で説明しても理解できないだろうと、ニエベは言う。


「分かったわよ」


 少女たちはしぶしぶ受け入れる。

 若手冒険者を担当している受付に嫌われると、まともな依頼を回してもらえなくなるかもしれない。


(なんて思っているのだろうな)


 とバルは推測する。

 彼女たちにかぎったことではなく、よくあることだった。


「じゃあバルさん、お願いしますね」


「了解」


 バルは頷いて彼女たちに向きなおる。


「よろしくな」


「よ、よろしくです」


 ペコリと頭を下げてあいさつをしたのは緑色の髪の女の子だけだった。


「俺はバル。君たちは?」


「へ、ヘレナです」


 緑髪の少女はまず名乗り、そして仲間を紹介する。


「オレンジ色の髪の子がエーファ、水色の髪の子がイェニーです」


「よろしくな」


 バルが爽やかなあいさつをしたのに対して、エーファはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。


「よろしく」


 イェニーは仕方なさそうな顔でようやく返事をする。


 前途多難だとしか思えない臨時パーティーの結成だったが、バルの表情は穏やかだった。


「薬草採取の場所は水辺の近くの木か……」


 バルは依頼書を確認しながらつぶやく。


「できれば手足を隠せる服装の方がいいんだが」


 少女たちはヘレナを除いて半袖にハーフパンツという、時期的におかしくないものの「冒険者を舐めてるのか?」と言われても仕方ない服装だ。


「えー」


 少女たちは程度の差はあれ、不快そうな反応を示す。


 まるで危機感がなく、ニエベが心配する理由が嫌でも分かるというものだ。


「せめて上着だけでも羽織った方がいい」


「いいわよ。帝都の近くなんだし、そんな危険はないでしょ。普通の人だって行き来してるんだから」


 バルの忠告に対して、エーファはうるさそうに手を振る。

 野良犬を追い払うような態度だったが、彼は怒ったりしなかった。


「……分かったよ。試してみればいいさ」


 そう言って折れる。

 危ない目に遭わないと準備の重要性を理解しない若者というのは、決して珍しくない。

 帝都は治安が良く、住民が日常において危険を感じることはほとんどないと言っても過言ではなかった。

 その意識を冒険者にも持ち込む輩がいるのは弊害というやつだろうか。


「分かればいいのよ」


 エーファは満足そうに笑い、ゆっくりと進む。


「おじさん、荷物持ちくらいはできるのよね?」


 アテにする気がないことを全く隠そうとしない彼女に、バルは穏やかな表情で頷いてみせた。


 それを少女たちは「ようやく黙ったか」と都合のいい解釈をする。


(とんだじゃじゃ馬娘たちだな)


 バルは内心苦笑をしながらさっさと先へ進む少女たちの後を追う。



【次回:勇み足なエーファたち。「そこまで言うなら試してみるかい?」ベテラン冒険者・バルが心得をく!】

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