4-10

 日没に始まったマレヴィテを襲うアンデッドの騒動が落ち着いたのは、結局朝日が昇り始めた頃だった。

 広場に立つ慰霊石の影響か、港に押し寄せていた屍人達は港から遠ざかり、今は海岸沿いに点在する林に身を潜めている。

 まるで日の光を恐れる吸血鬼みたいだと、徹夜明けの拓はぼんやり思った。

 町の外から向かってきた魔物のアンデッドはしばらく討伐を続けると侵攻が止まったが、何カ所かで再襲撃を警戒し歩哨を立てた為、結局戦える者は全て夜通しの労を強いられた。

 こんなにも長く異世界に滞在していた事など無かったので、疲れ方が尋常では無い。

 事態が落ち着いた事を確認した拓は、茫漠とした思考のままクーリオ達にお休みを言い、現実世界へと戻る。

 クーリオ達もやはり虚ろな瞳のまま、宿屋に帰っていく。


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 目覚ましの音で目覚めた拓は、リフレッシュした頭と体で元気に登校する。

 マレヴィテには一刻も早く戻りたいが、学校に行かないわけにもいかない。

 テストの答案用紙の返却と回答の解説を聞き、午前が過ぎていく。


 昼のチャイムが鳴ったところで、拓は帰り支度をして教室を出る。

 早退など決して褒められる事では無いが、この日の午後の授業は答案用紙が返ってくるだけで終わる科目しか無いし、何とかなるだろう。


 廊下を歩いていると、購買へと向かう柴田と鉢合わせた。

 早退の理由を勝手に推測し、勝手に発破を掛けてくる柴田に拓は苦笑するほかない。


「なあシバ、お前ゾンビゲーム好き?」


「あんまり好きじゃねーな。

 グロいのは勘弁だわ。」


「わかる。」

 悟った表情で言う拓に、怪訝な顔をする柴田。


「お前が付き合ってる彼女がゾンビゲーム好きなのか?」


「ば!

 つ付き合ってなんかなないよ?」

 慌てる様子を存分にからかいながら、柴田は昇降口で拓を見送った。


 帰りにコンビニでおにぎりを買い、帰宅と同時にそれを平らげる。

 歯を磨き、一応寝間着に着替え布団に入ると13:30。

 拓は魔道書マジカ・ムタレを開いた。


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 マレヴィテの門から死角となる街道脇の転移ポイントに現れた拓は、すばやく周囲を確認する。

 辺りは完全な夜。

 たしか転移ポイントは周りが安全な状況でないと利用できないはずだったが、安全の定義はあまり信用できない物かもしれない。

 すでに10m以内に魔狼のアンデッドが接近していた。

 二頭、しかも明らかに昨夜より腐敗の進行が進んでいる、正に屍体だった。

 皮も肉もあちこちが爛れていて、腐臭も酷い。

 部分的に完全に骨がむき出しになっていたりもする。

 いっそ骨だけなら良いのに…。

 そんな事を思いながら拓は狼ゾンビを両断した。

 飛び散る死片は見なかったこととする。


 門の周辺もやはりアンデッドが群がっており、ゴブリンや人を思わせるスケルトンなんかも混じっている。

 昨晩よりも深い場所から湧いて出てきたということなのだろうか。

 衛兵と共闘しているクーリオ達に、拓も無事合流できた。


「おっす、タク。

 早速で悪いが!」

 クーリオが文字通り「矢継ぎ早」に敵を射殺しながら拓に言う。

 実際は既に死んでいる敵ではあるのだが。


「シムルちゃんを喚んでくれ!」


「分かった!」

 町の中へと走り、適当な人気の無い場所を選んで、拓は徐にシムルを召喚する。

 いつもより幾分掛かって、シムルが応じてくれた。


「タクさん!」


「シムル!

 ごめんね、こんな夜に。」


「いえ、私も心配してましたから。

 ちゃんと浄霊杖も借りて、準備してました!」

 ドヤ顔でシムルが胸を張るが、口元にパンの滓がくっついていた。


「…ごめんね、食事中に。」

 拓は言いながらそのパン屑を指で取り、無意識にそのまま自分の口に放り込んだ。


「いえそんな…って、あーっ!」

 それに気付いて叫ぶシムルとやっちまったと慌てる拓。

 ふと二人見つめ合うと、今度はお互いはにかんで俯き合う。

 そんなことしてる場合じゃ無い、そう突っ込める者は残念ながらこの場に誰もいなかった。


 我に返り、急ぎクーリオ達の元に戻る二人。

 シムルは森の方角からもアンデッドが押し寄せている事を知らなかったので、目を丸くして驚いている。


「おー、シムルちゃん!」

 マキナが気付いて挨拶を投げてくる。


「シムルちゃん、本当にアンデッドちゃんを瞬殺できるの?!」

 無謀にもちゃんを重ねる余裕っぷりだ。


「は、はい!

 浄霊杖を借りてきました!」


「じゃあ、よろしくねー!」

 そう言ってマキナはまた魔物達に向き合う。


「タクさん。

 なんでマキナさんはアンデッドにちゃん付けて呼ぶんです?」

 シムルは何故かマキナに聞こえないように小声で拓に話しかけてくる。

 今ひとつシムルの気遣いの基準が分からないが、これはヴェネ・ブラウニーの価値観なのだろうか。

 ともあれ、シムルも常識人であった事に拓は喜びを覚えた。


「そうだよね。おかしいよね。」

 苦笑しながら同意する拓。


「おかしいです。

 そこは絶対、アンデッド『君』です!」


「そっちだったかぁ…。」


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 前線に立った拓と、すぐその背後で杖を構えるシムル。

 まずは見せて貰おうか、浄霊杖の性能とやらを。

 おあつらえ向きに拓の元に一目散に向かってくるゴブリンと思われる小柄なスケルトン。

 ひょこひょこと歩いてくる様は、少しだけちゃん付けの資格を持ってるようにも思え…なくもない。

 拓が剣を構える背中で、シムルが何か一言呟き、杖を敵に向け差し出す。

 杖に淡く青白い光が輝いたと思った瞬間、あっけなくスケルトンが崩れだし、骨の瓦礫となった。


「おお、本当に瞬殺だ!」

 拓も周りの衛兵も気色に満ちた声を上げる。

 マニブスも直ぐ側にいたので、気持ちの良い笑顔でシムルを讃える。

 照れくさくなったシムルが拓の背中に顔を隠す様が、また周囲に温かい笑いを提供した。

 ようやく長い長い夜が明けると、その場で希望が瞬く間に伝播し、辺りに活気が満ちた。


 その勢いで周辺のアンデッドの数を減らし、クーリオチームは港へと移動した。

 どのみち朝まで警戒はしないといけないとの事だったので、全滅までは付き合わなくて良いらしい。

 町中を移動中も、シムルはチームの皆から賞賛を絶え間なく送られ、しきりに照れている。

 何故か拓も一緒に照れていたが、それはスルーされていた。

 

 一方の港の様子は果たして。こちらもやはり、阿鼻叫喚であった。

 昨日に引き続き先日の遭難者達が集まってきているのと、街道同様、新たな屍人も増えていた。

 やはり腐敗状態が進んでいるというか、ほぼスケルトンであったが、総勢100人にも届きそうな軍勢となっている。

 さながら地獄絵図だ。

 B級ホラーだって、もう少し節操は持っているという物だ。

 前線の兵士に並んだ拓の背後で、またもシムルが杖を振るう。

 すると、目前にいたアンデッドが三体ほど、あっという間に動かなくなり地面に倒れる。


「おお!

 突然アンデッドが…!!」

 当然驚く衛兵達を尻目に、拓は内心で「駆けつけ三体」などと呟いていた。世の中には声に出さない方が良い事もあるという実例だろう。

 場が場なら、座布団は全て没収だ。

 また、ここで一つ判明したことがある。浄霊杖は半径5m程の範囲に効果があるらしい。

 効率よくアンデッド退治出来れば良いのだが…。


「皆さん!

 アンデッドの浄化は私たちが請け負います!

 防衛に専念してください!!」

 クーリオとマキナが周囲に叫ぶ。


「助かるよ!

 ついこないだまで一緒に酒飲んでたヤツと、これ以上やり合えねえ!」

 口々に礼を言われながら、拓とシムルは移動しつつ浄化していく。

 矢面に立つのは勿論拓なので、格好良いところをシムルに見せようと意気込むが、迫ってくるのがどう見ても人間なので潜在的な恐怖がつきまとう。

 夢に見そうだ、と思いながら、懸命に拓は体を張るのだった。


 時には、浄化されくずおれていく死者に向かって名前を呼んで泣き叫ぶ人もいて、その度に拓とシムルの胸に痛みがおりのように積み重なっていく。

 決まってその後、泣き腫らした顔でお礼を言われるが、二人ともどんな顔をしてその言葉を受ければ良いのか分からない。


 どのくらい時間が経ったのか、ようやくアンデッド達の数も数体を残すのみとなり、終わりが見えてきた。

 既に群れでは無くまばらになっているので、一体一体個別に浄化をして回らねばならない。


 無限にも思えた死者の軍勢も、残すは片手で数えられるのみとなった。

 その姿になったのはいったいいつ頃なのだろうか、元の容姿も分からぬ程に爛れた死者を拓が押さえつけ、シムルが杖を振る最中。

 ふと拓は周囲の人々の様子がおかしい事に気付いた。

 先ほどまではアンデッドが動かなくなる度に喝采を上げていたというのに、やけに静かだ。

 周りを見回すと、周囲の衛兵達は一様に海を茫洋とした表情で眺めていた。

 嫌な予感に押されるように、拓も海へと視線を向ける。


――そうだった。


――


 昨夜から分かっていた事じゃないか。

 もっと言えば、散々こんな馬鹿みたいな展開の物語、今までの半生で沢山読んできていたじゃないか。

 漫画、アニメ、ラノベ、ゲーム……。

 ご丁寧に沢山の伏線があったというのに。

 この展開は、予見しておくべきだったのだ。


 海面に、太い杭を突き刺したままの長い鎌首が持ち上がっていた。

 物語で読んだドラゴンを彷彿とさせる巨大生物。

 いや、巨大アンデッドが、ゆっくり入り江に向けて近付いてきていた。

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