4-9

 灯台の働きも兼ねている港の物見櫓から、町の衛兵がひっきりなしに鐘を打ち付けている。

 港でこの時間まで働いていた漁師や加工工場の女達は町の中へと走って戻って行こうとするが、入れ替わりに集まりだした衛兵や僅かな雇われ冒険者が邪魔になり、周囲は混乱の坩堝になりつつある。

 日が沈みきり、辺りは宵闇。

 地球と同じくただ一つ浮かんでいる今夜の月は上弦から三日ほど膨らんだ頃だろうか。

 気の早い星と一緒に、徐々に明るみ出している。

 港の中に幾つか置かれている篝火が周辺を赤く照らし出し、場違いな美しさを演出していた。


「盾を持つ者は前に!

 避難が終わるまでは、防衛に徹しろ!!」

 衛兵のリーダーらしき中年の男が、声を張り上げ指示を出す。

 幾ばくかの時を挟み、港の出入り口を塞ぐように、兵士と冒険者が整然と並び待ち構える。その中には槍を構えたカルロの姿もある。

 彼らが一様に唇を真一文字に引き締め、見据える先には、海を背にわらわらと蠢く幾つもの黒い影があった。


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「戦闘が始まってる!」

 酒場を飛び出してきたクーリオ達が港に近付くと、既に戦端は開かれており、海から突如現れ、上陸して町に向かおうとする魔物共を衛兵達混成部隊が必死に抑えている。

 無数の魔物の正体は…


「……アンデッドちゃん……」

 マキナが呆然と呟く。


「あれが…!?」

 拓もそれを聞いて呆然とする。

 全然可愛くなんかなかった。

 むしろグロい。

 アンデッドは、拓の知る屍人(ゾンビ)そのものだ。


 幸いと言って良いのか、ゾンビは腐乱死体な感じでは無く、青白い肌をしているが一見普通の人のように見える。

 それはそれで、別の意味で厄介な事だと拓も気付いていた。

 虚ろな瞳は焦点が定まっておらず、盾や棍棒などで殴られても意にも介さず、ただひたすらに前に進もうとする死人の群れ。


「おいっ!

 お前ガンザだろっ?」

 一体のゾンビを盾で抑えつけながら、衛兵が叫ぶ。


「やっぱりか!

 ここに居るのはタユだ、きっと!」

 そんな声があちらこちらから上がる。

 町に住む者がよく知る相手、即ち――


「こいつら、この前の遭難者だ!!」

 ゾンビ達は障害を取り除こうと腕や足を振るっているが、装備を固めた衛兵や冒険者の脅威にはならない。

そろそろ守勢から攻勢に打って出ようとしていた衛兵達だが、こちらも相手が元身内だと分かると流石に露骨な攻撃に出難くくなったようで、事態は膠着状態に入った。


「どうしよう?」

 ゾンビは燃やします、みたいな顔で詠唱をしていたマキナも、空気を読んでクーリオに指示を仰いだ。

 クーリオも困惑している。


「…浄霊杖なら…」

 シムルがゾンビ達を見ながら呟いた。


「何かいい手があるの?」

 拓が聞き、シムルが振り返って頷く。


「私の里に伝わる精霊具なんです。

 汚れてしまった死者の魂を清めて浄化させる杖なんですけど。」


「それを使えば、討伐しなくても天に送ってやれるのか?」


「はい、そのはずです。」

 クーリオの問いかけにも、シムルはそう返答する。だが、もちろん今ここには無い。

 これといった妙案を出せずにいると、やがてついにシムルの胸元に淡く輝く六芒星が現れてしまった。


「あぁ、もしかして!」

 シムルが慌てているうちに、フッという効果音が付きそうな一陣のつむじ風を残し、シムルの体があっさりと消えた。

 これまで発動する機会が無かったが、とうとう強制送還の憂き目に遭ってしまったようだ。


「タイムリミットか…」

 おやすみが言えなかったと拓は胸の中でごちたが、もちろん口に出す事は無い。


「いずれにせよ、この場はする事なさそうだがな…」

 クーリオは依然拮抗している場を眺める。

 町に入らないよう足止めをするだけなら、むしろ人手は余っているくらいだ。

 マキナが身近でやはり身を持て余している一人の衛兵に尋ねる。


「このまま抑えてるだけで良いんですか?」


「…ああ。

 あの円形の広場の真ん中に塔があるだろ?」

 男が指差す先には、高さ10メートル程の石を積んだ塔が確かにある。


「あの塔の天辺に光魔法で呪文を刻んだ魔晶石が埋まってるんだ。

 俺達は慰霊石と呼んでるんだが…。

 日の光で強力な退魔光を生むから、朝になればアンデッドは引き上げるはずだ。」

 海の町では海難の被害者は常にあるのだろう。悪霊を呼ぶ事もあるからこその措置と思えるが……。

 だが、それでは何の解決にもならない気がする。


「火葬してやるのもいいが、昔からこの町は信心深くてな。

 出来れば光魔法の使い手を呼んで、除霊してやりたいという話になるだろう。」


「では、教会から魔法使いを?」


「この町に今、光魔法を使える牧師は居ないよ。

 ヴィヴィの町から呼ぶにしても、何日かはかかっちまうだろうなぁ。」

 

 事は意外と厄介なようだ。何とものんびりした話に思える。


「明日、シムルが何とかって杖を持ってきてくれれば……」


「それだね、タク!」

 拓の言葉にマキナとマニブスが頷く。

 クーリオはやや不安顔だ。


「あの子、そこまで気が利くだろうか…。」


「大丈夫!」

 何の根拠も無くマキナが請け負っていると、港と別の方角から警鐘を打ち鳴らす音が聞こえてきた。


「なんだ…!?」


「これって…街道側の門から?」


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 町の入り口にある門では、警備に残っていた数名の衛兵と町中への侵入を目論む魔物の群れが、せめぎ合いを行っていた。

 魔物の群れはどういう訳か魔狼とオークの混合部隊だ。

 駆けつけた拓達も交じり、魔物の群れを叩いていく。


――アンデッドはアンデッドを引き寄せる


 魔物の群れは、アンデッドの集まりであった。

 当然共闘という感じは無く、ただ本能の命に従っているだけの動きだから、やはり御するのは容易い。

 しかし問題は数だ。

 街道沿いに、まだこちらに向かってくる影が後を絶たない。


「燃やしちゃうよー!」

 マキナが詠唱を始め、クーリオが矢を番える。

 前衛の3人も衛兵達と並び、各々向かってくる屍を相手取った。


「喰らえ。紅蓮浄華!!」

 マキナがやたらと良い声で、聞いた事の無い言葉を叫びながら特大の火魔法を放つ。


「何それ?!

 アンデッド用の必殺技?!」

 見たところ、飛んでいく火弾はかなりの威力のようだが、特に変わった魔法には思えない。


「雰囲気!!」

 あっけらかんとマキナは言い捨てる。


「……雰囲気じゃしょうが無いね……。」

 やや力が抜けたが、有象無象のアンデッド相手なので、その位なら油断にもならない。

 迫る死魔狼を剣で薙ぐ。


「俺もやる!

 ライトニング・アロー!」


「セイクリッド・バッシュ!」

 クーリオに続き、まさかのマニブスまで…。

 突然仲間内に巻き起こる中二病ブームに拓は混乱している。

 どうみても只の弓撃にシールドバッシュなんだが……。


「……影縫」

 ……ニナ、お前もか…。

 アンデッドにナイフを投擲している(しかも影では無く体に当てている)ニナを見ながら、拓は考える。

 カルロの活躍に刺激されたのか、港の攻防に参加できなかった鬱憤か…。

 旅のテンション、恥は掻き捨て。


「…聖輝閃」

 拓もボソッと技名を呟きながら、ただの斬撃で悪ノリに便乗するのであった。

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