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 2km程続く海岸線はなだらかな曲線を描いており、その真ん中にぽっかりと口を開けるように港が築かれている。

 岩塊を積み上げた防波堤が入り江をぐるりと囲み、何艘もの船が停泊している。

 小さなボートサイズの漁船から、火力で動かす大きな漁船まで様々だ。

 拓が思っていたよりもずっと大きな港だった。

 その港を中心に、マレヴィテの町は広がっている。

 町はそれなりに堅固な石垣で囲われており、立派な門には衛兵らしき歩哨が立っていた。


 町に到着したのは夕刻に近かったが、やけに町の人達に活気が無い。

 行き交う人の数も少ないし、皆一様に俯きがちなのはどういうわけであろうか。

 波の音と時折鳴く濁音混じりの海鳥の声以外、静かな物だ。

 昼寝を切り上げて徘徊しだした猫たちですら一言も発さない。


 町の様子にセルバとカルロも違和感を感じたようで、さっきからずっと訝しんでいる表情だ。

 とりあえず、商業ギルドに報告に向かう事にしたようだ。

 一同そろって町の中をゾロゾロと進んでいく。

 初めての町で初めての(異世界の)海、拓もシムルも自然と心が浮き立つが、空気を読んで神妙にしていた。

 流石に潮の香りがキツい。

 シムルが興味深げに鼻をすんすんさせている様が、拓の心の柔らかい部分を無造作に刺激してくる。

 ごろごろ転げ回って、叫び出したい気分だ。


 マレヴィテの商業ギルドは煉瓦造りの洒落た建物で、海の見える立地に白とオレンジの色調が映える。

 写真でしか見た事が無いが、拓にはヨーロッパの風景のように思えた。

 マレヴィテは冒険者の仕事がヴィヴィの町ほどは無く、従って商業ギルドが冒険者の斡旋や依頼の受け付けなどを兼ねているとの事。


 建物の中に入ると、ロビーは吹き抜けになっており、白い内装と相まってとても明るい雰囲気だ。

 にもかかわらず、やはり町中同様に活気は無い。

 正確に表現するなら、張り詰めている、という感じだろうか。

 人の数はそこそこいるのだが、数人ずつ固まって、それぞれにヒソヒソと声を落として話をしている。

 拓は一度参加した事のあるお通夜の空気と似たものを感じた。


「セルバさん。お帰りなさい。」

 受付カウンターに座る、穏やかそうな女性がセルバ達に声を掛けた。


「やあ、今帰ったよ。」

 セルバが挨拶を返しながら女性に近付いていく。


「何かあったのかい?」


「はい。実は一昨日、沖合に大型の魔物が現れまして。

 漁の最中だった4艘の船と26名の方が亡くなられました。」

 セルバの問いに、女性が完結に纏めた報告を返した。


「何だと…!」


「どうも迷い込んだようで……

 沖合だったので町からもその様子が見えましたから、すぐに対魔物用の武装船を出し、深手を負わせて撃退する事は出来ました。

 それ以降の被害は無いのですが…」

 女性も少し声を落とし、沈痛な表情で言った。

 思ってもみない事情に一同は声も無く黙り込む。

 お通夜みたいな雰囲気というのは、実際に間違った感想では無かったのだ。


「さて、どうするか。」

 ギルドを出たクーリオ達。

 セルバからギルド職員に紹介され、一通り施設や依頼に関する説明を受け、宿の斡旋をして貰ってから退出させて貰った。

 流石に、すぐにクエストを探す空気では無い。

 セルバやカルロとはここで別れる事となったが、狭い町だし今後も顔を合わせる事はありそうだ。


「一端宿を取ってから、夕食に出ましょう。」

 マキナの提案に皆頷き、歩き出す。


「タクさん、町の人達大丈夫ですかね?」

 シムルが見かける人々を気遣いながら、小声で話しかけてくる。

 すっかり夕暮れに染まり、町の雰囲気は一層寂寥感を増している。


「何か僕たちに出来る事があれば良いけどね。」

 そんな風に拓も答えた。


「タイミングが悪かったなぁ。

 ま、人手を必要としてる所もあるかもだ。

 明日は朝から商業ギルドに行ってみよう。」

 クーリオが港の方を見ながら、そんな風に呟いた。


 宿で部屋を手配すると、そのまま一階の食堂兼酒場で夕食を取る事にする。

 シムルもまだ強制送還されるまでには余裕がありそうなので、皆揃って旅の疲れを癒やそうとなった。

 宿は町の中心部より少しだけ小高くなった丘のような場所に建っており、酒場に居ても港や海の様子がよく見える。

 夕日が沈んでいく様を見ながらのエールは格別だろう。

 冒険者はやはりあまり居ないようで、本日の泊まり客ではクーリオ一行のみ。

 他の客は皆行商人のようだ。


 宴会が始まり食事がある程度済んだところで、酒を片手にクーリオとマキナが行商人の一グループの席に行き、情報収集を行いだした。

 上手くいけば護衛の仕事などがあるかも知れない。


 テーブルに残った拓とシムルは、ニナやマニブスと食事を続ける。

 新鮮な魚料理はどれも絶品で、たまに川で獲れる魚くらいしか食べないシムルは嬉しそうだ。


「シムル、こっちも美味しい。」

 そんなシムルが可愛いのか、やたらとニナがシムルに料理を勧める。


「マニブス達は、何日くらい逗留する予定なの?」

 拓がマニブスに聞く。

 確かこの後は、ヴィヴィの町に戻るか、他の土地まで護衛がてら向かうか、どちらにも動けるようにしてると聞いている。


「ここに仕事があれば、しばらく長居するかもね。

 せっかく来たからには、顔を売っておきたいからさ。」

 マニブスが白身魚をふんだんに使ったパイを切り分けながら答える。

 やたら美味しそうなので、拓も続いて自分の皿に取り分けた。

 さすがにネットなど無い世界だから、予定もアバウトな物だ。

 考えてみれば珍しい組み合わせなので、拓は二人に色々聞いてみる事にした。

 クーリオ達全員の師匠という人の事、マニブスやニナの普段の事。

 ニナはワインをちびちび口に含みながら、ずっと日が沈みゆく海を眺めている。

 意外とロマンチックな所があるのかも知れない。


「ニナさん、大人っぽいです。」

 シムルがそんな言葉を掛け、少し照れるニナ。珍しい表情を見られた。

 シムルは酒を飲んでいないが、とても楽しそうだ。

 拓も思わず嬉しくなる。

 そこにクーリオ達も帰ってきた。


「あの人達はしばらくこの町に居るそうだ。

 まだ護衛については何も決めてないそうだから、もしかしたら仕事に有り付けるかもな。」

 そう言いながらグラスにワインを注ぎ始めるクーリオ。

 まだしばらく酒盛りは続きそうだ。

 そろそろシムルの送還をしつつ自分もお暇しようかと、拓が腰を上げそうになったその時、相変わらず海を見ていたニナが呟いた。


「あれ、何だろう…。」


 …このパターンは、嫌な予感しかしないのだが……


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