4-7

 ヴィヴィの町を出発して4日目。

 海へと向かって流れる川沿いを、近付き離れ繰り返しながら道は続く。

 時刻は昼間近。

 この護衛の旅で通る二つ目の村が見えてきた。

 今日の昼食はこの村で取る予定だ。


「そういえば」

 しばらく皆が黙々と歩を進めている中、ずっと気になっていた事を拓は聞いてみる事にした。


「山賊みたいなものは出ないんでしょうか?」


「居ない事もないけど…この辺りには居ないな。」

 クーリオが答える。それに続けて、

「王都に繋がる道なんかには稀に出るらしいがな。

 実入りが少ない上に危険が大きすぎる。

 よほど追い詰められた者くらいしか選ばない手段だろう、追い剥ぎは。」

 そういったことに詳しいカルロが説明してくれた。


「なるほど。」


「特にこんな場所じゃ、襲っても得られる金品は知れてるだろうし、通りがかる人より魔物の方がよっぽど多いよ。」

 そんな事を言うセルバは多少自虐的な含みがありそうだ。


 とにかくそれを聞いて拓も大いに安心した。

 未だに人型の魔物を傷つける事さえ恐怖があるというのに、普通の人間相手に、本気で傷つける覚悟を持てるのだろうか。

 もちろん、人から本気で殺されそうになるのも怖すぎる。

 そんな覚悟を必要とする日が来ない事を切に願うが、それでも心の準備はしておくべきだと、拓はぼんやりと思うのであった。


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「わぁ、見て見てタク、シムル!」

 マキナが二人の間に入り、腕を掴んでぐいぐい引っ張る。

 目当ては、村人が作るパスタのような麺だ。

 シムルも目を輝かせる。


 拓も見た事がある、パスタマシンに似た機械を操る村のおじさんの前で、にゅるにゅると麺が吐き出されている。

 大枠は木で作られているが、排出口で麺を切り出す部分にだけ鉄が使われているらしい。

 フェットチーネくらいの太さの麺が、どんどん渦を高くしている。

 キュルル、とシムルの腹が鳴った。


「お嬢さん達、麺は好きかい?」

 人の良さそうなおじさんが、マキナに聞く。


「大好きよ。少し余分に売って貰えるかしら?」

 早速交渉に入るマキナ。


 村には旅人用の質素な宿屋の他に店と呼べるような物は無く、交易用の品々を売りたい村人が何人か広場に集まってきた。

 昼食を自分たちで作ると聞いて、おじさんがそれならと、パスタマシンを出してきてくれたのだ。

 マキナはすぐに食べるための量の倍をおじさんから買い取り、余った分を拓に保存させるつもりだ。

 すっかり便利な運び屋に化してきた拓も、この世界で麺を食べるのは初めてなので、ご満悦だ。

 一方その横では、ニナが真剣な表情で村の物産を吟味していた。

 マレヴィテが近いせいか、魚を練った加工品なんかもあるらしい。

 この世界の加工法に興味が湧く拓だったが、それを堪能するのは港町に入ってからだろう。


 祭りで使う為の広場の隅の竈を借り、今日の昼ご飯が完成した。

 干し肉とハーブをたっぷり使ったトマトソースのパスタ(この辺りでは単に「麺」と呼んでいるらしい)と、いつもの塩スープ、それと村人から沢山買い取った果物。

 パスタに使われているニンニクの香りが、暴力的なまでに食欲をそそる。

 旅に出てからというもの、毎日かなり食事の量を取っている気がするが、ここで摂取した栄養やらカロリーやらは一体どこに行くのだろう、拓はそんなことを考えながらパスタに舌鼓を打つのだった。


 食後の腹ごなしに、軽く運動をする面々。

 前衛陣とクーリオはそれぞれの得物で素振りを、マキナとシムルは屈伸などで体をほぐす。

 セルバはヴィヴィからの品物のいくつかをこの村で下ろすらしい。

 村人と値段交渉をしている。

 村人達は皆粗末な着物姿だが、全員血色も良いし明るい表情だ。

 生活するだけなら暮らしやすい土地なのだろう。

 この村を出れば、後は明日到着予定のマレヴィテまで人里は無い。

 油断はしないがそれでも後はさほど困難な旅路では無いだろう。


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 翌日。

 久しぶりに晴れ晴れとした気持ちで拓は異世界へとやって来た。

 それもそのはず。この日の日中に数学のテストの答案用紙が返って来たのだが、最も懸念されていた点数が、紙一重、ギリギリ赤点を回避していたのだ。

 拓の脳裏には、背面跳びでバーを揺らせながらも、クリアしてガッツポーズする高飛び選手の鮮明なイメージが浮かんでいる。

 もはやサイン・コスコス恐るるに足らず。


 で、昨日保存した場所へと現れた訳だが、どうしたことかキャンプが無くなっている。

 旅のメンバーも誰一人残っていない。

 どうやら、拓が来る前に移動を開始したらしい。

 魔道書のマップで確認すると、クーリオのマーカーが数キロ先を移動しているのが分かった。

 拓のマップには登録されていない場所なので、具体的にどんなところを歩いているのかは不明だ。

 とにかく、シムルを喚び出して後を追う事にする。


「えへへ、タクさん。

 …二人ですね。」

 シムルが拓の腕を抱き込みながら、見上げて言う。


「えへへ……」

 それを見た拓もついつい表情を緩めてしまう。

 もちろん、女子とここまで密着した事など、前世まで遡っても記憶に無い事だ。

 拓には前世の記憶を辿る事など出来ないけれども。

 荷車が二台すれ違えるギリギリの道幅の街道を二人のんびりデート気分で歩いて行くと、やがて道脇に大きな岩がいくつか集まっている場所があり、そこでクーリオ達が休憩を取っているのが見えた。

 出発から一時間ほど、思ったより早い合流に心なしか拓のテンションは下がった。

 もちろん、デートの終わりという意味で。


「おーっす」

 だが、テンションが低いのはむしろクーリオ達の方だった。

 皆疲れ果てたかのような表情をしている。


「タクに、シムル。

 薬草は無事に採れたのか?」

 唯一いつもと変わらない表情のカルロが問い掛けてきた。


 問われて頭に「?」マークが浮かぶ拓だったが、クーリオが目配せするのを見て、適当に話を合わせた。


「はい、お陰様で。」

 その返答に頷き、カルロはセルバの元に寄っていった。

 拓とシムルもクーリオの元に行き、話を聞く事にする。


「聞いてよ、タク。

 アンデッドちゃんが出たの!」

 声のトーンを落としながら、マキナがやつれた顔で言った。


「アンデッド、ちゃん?」

 たしかネーレも出会った最初の頃にそんな風な言い方をしていた気がする。


「マキナって、ネーレ?」


「うん?

 夜は寝れるけど?」

 ぽかんと聞き返すマキナ。

 思わず聞いてしまった拓だったが、もちろんマキナとネーレが同一人物と言う事は無い。

 両者のキャラが単に被っているだけなのか、それともこの世界ではアンデッドにちゃん付けするのがデフォルトなのか、拓には判断の付かない案件だ。


 呼び方はともかく、キャンプ地に夜半アンデッドが襲撃してきたのが原因で、日の出を待って早くに出発をしたらしい。

 出発してから拓とシムルの不在にカルロが気付いたが、街道から少し離れた場所に薬草の採取地で有名な林があったので、それを言い訳に誤魔化してくれたようだ。


「でも、夜中の襲撃をやり過ごせたなら、早くに出発する事無かったんじゃないの?」


「いや、アンデッドは確かに夜活発になる魔物だが、昼に湧かない訳じゃ無いんだ。」

 クーリオが説明してくれる。

 クーリオがちゃん付けしなかった事に内心胸を撫で下ろしながら、拓は話の続きを聞く。


「アンデッドは生命力に溢れた生者に惹き付けられる。

 そして、アンデッドはアンデッドを引き寄せる。

 長く留まってると、延々相手する事になるからな。

 この辺りじゃ、獣や魔物のアンデッドが出てきちまう。」

 そんなものか、と拓は納得する。


「アンデッドって、物理攻撃が通るの?」


「相手によるな。

 霊体系には確かに効きにくい。

 逆にスケルトンやゾンビには有効だ。」


(――いるんだ、スケルトンやゾンビ)


 拓は、あまりホラーが好きでは無い。

 具体的には、夜に一人では決して見ないと誓っている程度だ。

 でも、と思う。

 マキナがちゃん付けするくらいだから、案外可愛い物なのかも知れない。

 そう思う事にして、拓はそれ以上考えるのを放棄した。

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