4-6

 空がすっかり茜色に染まり、うっそうと繁った草木が燃えているような情景に染まった頃、一同は森を抜けきった。

 深い森を抜けたというだけなので、まだ所々に背の高い木がいくつか固まって立っているし、辺り一帯は足首を埋めるほどの草原が広がっている。

 今晩はもう少し先に進んだところでキャンプをする事になる。

 野営初日。


 適した場所を見付けると、まずはキャンプの設営班と夜食の準備班に別れ、行動する。

 拓は近くを流れる川までシムルと共に水汲みに出掛けた。


 ベントス村の近くの湖から流れている川で、このまま海まで続くようだ。

 川沿いには集落が出来る物で、おそらく明日の昼頃にはなんとかという村に行き当たるはずだ。

 川は綺麗な水を豊かに湛え、耳障りのいいせせらぎを生み出していた。

 周辺に魔物の気配も無い。


「シムル、疲れた?」


「いえ。これくらいの移動はたまにありますので。」

 ヴェネ・ブラウニーという妖精の一族の中でも子供に値する年齢のシムルは、人から見ると22歳とはいえ中学生くらいに見える。

 長い行程の徒歩の移動や水汲みのような重労働をしていると、ついつい心配したくなってしまうのだ。


 二人は川縁にしゃがみ、桶に水を汲む。

 拓はアイテム欄からポリタンクを出し、それにも水を汲む。

 こちらはセルバやカルロには見せられないので、汲み終わったらまたアイテム欄に収納する。


「さっきのカルロさん、凄かったですね!」

 シムルが瞳をキラキラさせながら熱っぽく言う。


「そうだね。」

 拓は少し嫉妬心を覚えたのか、やや素っ気ない風に返した。


「はい、あんなに重そうな長い槍を手足みたいに操って。

 村にあんなに見事な槍捌きが出来る人、いないですよ!」

 拓のもやもやを知らずにシムルが熱弁を振るう。

 カルロの槍の動きを真似しているのか、両腕をぶんぶん振り回す様はやっぱり可愛い。

 ちなみにボス魔狼の体からは希少な魔晶石が採れた。

 話には聞いていたが、拓が実際に見たのは初めてだ。黒と紫が複雑に混じり合い、濃淡で織りなされた模様がなんとも禍々しく中二心を擽る。


「タクさんの剣を振るう姿もとても格好良かったです!」

 フォローではなく、本心だろう。同じキラキラのまま拓をじっと見てシムルは続ける。


「タクさんが居てくれると思うと、怖い物なんか無いくらいです。

 …あ、もちろん他の皆さんも頼りになります、がその、えっと…」

 急に恥ずかしくなったのかモゴモゴと口を鈍らせるが、すでに拓の顔は真っ赤に染まっており、そんなシムルにフォローの言葉も掛けられない。


「おやおや~。

 春っすね~。これは若い春のいたいけな季節っすね~。

 いや、いけない季節のがいいっすか?」


「帰れ。」


「ええ~。

 またまたつれないタッくんリバーサイドバージョンっす。」

 川の対岸から突然現れいつもの意味不明な挨拶をしてきたネーレに、間髪入れず拓が拒否の姿勢を示した。


「あの、タクさんこちらの方は…?

 タクさんのお知り合いですか?」


 恐る恐るネーレと拓を交互に見ながらシムルが尋ねる。


「あ、シムルにも見えてるんだ。」


「そっすよ。今のシムルたんはタッくんの召喚妖精扱いっすから。」

 言いながらネーレは2mはある川幅を助走も無しにひょいっ、と跳んで拓の側まで近寄ってくる。


「はじめまして、ではないっすが、初めてのご挨拶っすね。

 あたしはネーレ、美女の中の美女でありながらタッくんの最強お姉さんを自負する者っす。」


「あー、シムル。この人は、アレだ。

 シムルの命を救ってくれた命の恩人だけど、基本的に駄使徒だ。」


「DA☆SHIT!!」

 何に興奮したのか、ネーレが少しおかしな発音で繰り返す。


「ふあ! 命の恩人さんですか!

 その節は、あの、ありがとうございました!」

 慌てて頭を深々と下げるシムルを、拓は微笑ましく、ネーレは恍惚とした顔で見る。

 ネーレの何かのスイッチはまだ入りっぱなしらしい。


 しばらく雑談していると次第にシムルも落ち着いてきた。

 ネーレの用事は特に無く、相も変わらず様子見という名のちょっかいを掛けてきただけらしい。


「そういえばネーレはちょいちょい来るけど、あっちの世界には会いに来ないね?」

 拓が言うのはもちろん日本での事だ。


「ああー……

 タッくんの住んでるとこはまだ大分マシっすけどね。

 あの、アキヴァルハラでしたっけ?

 あそこの水はかなり酷くって無理でしたねー。

 主上様にお借りした魔道具のローブを着てないと、あたし溶けちゃうっすよ。比喩で無く。」


「勝手に秋葉原をそんな物騒な名前に変えないでくれる?」


 ネーレの話だと日本でも現界は出来るが、この世界の方がやはり環境が良いらしく、楽だ、との事。

 また一つ駄使徒の無駄な知識を増やしてしまった、と黄昏れる拓である。

 実際に黄昏時ではあるのだが。


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 今晩のキャンプ飯はセルバが提供した干し貝柱と昆布でダシをとった塩味の根菜スープと、猪の干し肉に黒パンというシンプルメニューだ。

 森にまだ近いという事で、ニナ、マキナ、カルロが念の為歩哨に立ち、交代で食べる事にする。

 焚き火を囲み複数人で食事を取っていると何とも言えない温かな気持ちが湧く。

 こういうのもキャンプファイアと呼ぶのだろうか、などと考えながら、拓は箸ならぬスプーンを進める。


「クーリオ殿らはマレヴィテに着いたら、仕事を探すのかね?」

 セルバがパンをちぎりながらクーリオに尋ねる。


「はい。何か僕たちに出来るような仕事があれば。

 ヴィヴィとは近い町ですし、顔をつなぐ意味でも何かしらやりたいと思ってるんです。」


「そうか。私は大した影響力など持ってないが、なるべく協力しよう。

 商人の組合があるのでな、紹介しておこう。」


「たいへん助かります。」


「マレヴィテの魔物事情なんかは、どんな感じなんですか?」

 珍しくマニブスが口を出す。

 普段ならこういうのはマキナの役目なのだろう。

 こんなやり取り一つとっても、チームの連携力というか、生きていく為のハウツーを目の当たりに出来て、拓も感慨深い。


「さすがにヴィヴィほど脅威は無いと思う。

 近くに深い森は無いからね。

 ただ、海には厄介な魔物も多いから、漁師にとっては危険な土地かもしれんね。」


「海の魔物かぁ。俺達には圧倒的に経験が足りないとこだな。」


「そもそもどうやって戦ったらいいのかさえ分かんないよ。」


 そんな事を言い合うクーリオとマニブス。

 拓も考えてみるが、海の魔物という存在自体、想像が出来ない。

 また一つ楽しみが出来たと思う反面、不安も感じた拓だった。


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 一通り食事と片付けを終え、クーリオ、マニブス、拓はカルロに簡単な稽古を付けて貰う。

 セルバは町に持ち帰る交易品の布をいくつか縫製して、商品にする衣服の作成。

 女子陣は揃って、道中に採取した薬草類の処理や調合などを行っている。


 ガツッ、ズバン、と先ほどから剣戟の音が絶えない。

 今日はクーリオも片手剣を使い近接戦の訓練だ。

 クーリオ、マニブス対、カルロ、拓の組でのチーム戦。

 森の中では見られなかったカルロの槍捌きの真骨頂。

 大きな回転運動が加わり、更に強烈になったカルロの攻めに、マニブスも必死に凌ぐが分が悪い。

 クーリオがその動きを緩めようとするも、拓が邪魔をして近付けない。


「タク、踏み込みが甘い!

 今のは絶好の好機ぞ!」


「おす!」


「クーリオ、タクの動きを見切ったなら何故攻撃を返さん!」


「うす!」


 マニブスに休む暇を与えずに槍の連撃を叩き込みながら、息を乱す事無く的確なアドバイスが飛んでくる。

 拓もクーリオもそれに対する返事が短いのは、息を乱さない為だ。

 それでも尚、勢いはみるみる萎んでいく。


 結局30分程の模擬戦で、3人は力尽きた。

 地に手をつき大きく肩で息をする3人に向けて、カルロは平然とした口調で労いをかけた。

 あの境地に辿り着くにはまだまだ道のりが険しそうだ。


 それから就寝となり、拓は離れた場所でシムルを送還する。

 けっこうギリギリの時間のはずだ。

 セルバ達の見ている前で強制送還とならずに済んで安心する拓。

 お互い名残惜しそうにしながらお休みを言い合い、帰って行くシムルを見送り、拓もまた、自分のベッドへと帰るのだった。

 

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