4-11

「……おい、あれ……」


「……あぁ。間違いない……」


「……リヴァイアサン……」

 衛兵達の呆然とした呟きが、あちらこちらから漏れ聞こえる。


「リヴァイアサン……?」

 聞き捨てならない名前が拓の耳朶を襲った。

 有名ゲームでは神獣扱いのアレではなくて……?

 拓はもう一度、海面に立つ長い首を見遣る。

 頭部近くに刺さった太い杭のせいで、そのシルエットはかつてのソ連の国旗に描かれたシンボルのようにも見える。

 そしてそれは、ゆっくりと、でも確実に、此方に向けて近付いている。


「第五班!!

 至急バリスタへ向かえ!!」

 我に返った衛兵のリーダーだろう男が、大声で叫んだ。

 その声に周囲もまた自らを取り戻し、途端にざわめきが広がる。

 町中へと走る者、小隊ごとに集まる者、バリスタや投石機に向かう者。

 意外なほど統率の取れた衛兵達の動きに、気圧されたように佇むクーリオ達。


「クーリオ!

 クーリオ、いるか!!」

 それを叱咤するかのように、クーリオを呼ぶ懐かしい響き。

 そちらへ顔を向けると、カルロが向かって来ていた。

 カルロの顔を見た途端、拓達もまた落ち着きを取り戻せた。

 カリスマとはこういうものかと、拓は場違いな感動を覚える。


「お前達、ずいぶん活躍してたな!」

 カルロは少し嬉しそうな表情で、クーリオ達を労ってくれた。

 照れる仲間を一瞥し、すぐに表情をまた引き締めてカルロが続ける。


「最後の大仕事だ。

 無事にこいつを乗り切ろう。」


「「「はい!」」」

 カルロの後ろから、共に戦っていたらしい冒険者達が数人やって来た。

 改めて海からやって来る脅威を全員で見据える。

 既に怪獣が引き起こす波音もはっきりと聞こえる。

 港まではあと20mくらいしかない。

 拓のモノクルにも表示がPOPしあらわれた。

 リヴァイアサン【アンデッド】 Lv.35―


 拓は勿論、クーリオやもしかしたらカルロですら拝んだ事が無いかも知れない、海の大魔物、リヴァイアサン。

 アンデッドに成り果てているとはいえ、その異形は威圧という言葉を正に体現している。

 想像していたドラゴンそのものの顔つきに、長い首は恐竜のそれにも見える。

 白く濁った虚ろな眼球は何を映しているのか。

 少なくとも、港に陣取っている人間の事などは眼中に無い様子だ。

 鱗の一枚一枚も見分けられるほどに近付いた巨体は、動くだけで空気を震わせる。

 海面に持ち上がった首の高さは15mほどはあるだろうか。

 首にぶら下がる杭のような物は、子供の胴回りくらい優にあるだろうバリスタの矢で、一進み毎にグラグラと大きく揺れている様は何だか機械仕掛けを思わせる。

 だが近付いた事でその傷口が壊死していて、肉が削げ落ち始めている事が分かった。


「来るぞ!!」

 叫んだのは誰だったか。

 港の突堤に辿り着いたリヴァイアサンが、今まで海面に沈めていた前足を使い、身を持ち上げた。

 小さな津波を起こして海面が持ち上がり、そしてその巨体が露わになる。


「フリーズ!!」

「ライトニング!!」

「ファイヤー!!」

 マキナも含め、魔法使い達が一斉にそれぞれの得意魔法をぶつける。

 同時に弓矢の雨が魔物を襲う。


「町には絶対に入れるな!!」

「ここで食い止めろ!!」

 衛兵のリーダーとカルロの叫びが重なった。

 魔法も矢もリヴァイアサンの進行を止める事は出来ず、ついにその竜躯が完全に突堤の上へとのし上がった。

 だが、ここからが本番だ。


「続けー!!」

 カルロの突進に、マニブス、拓、そして多くの衛兵や冒険者が後を追う。直径3m位ありそうな極悪な大きさの脚に、それぞれ群がる。

 リヴァイアサンが脚を持ち上げると、その先に馬鹿げたサイズの爪が四つ。僅かに月の光を浴び、薄暗い死の光を纏って冒険者達へと振り落とされる。

 三々五々に散る冒険者達へ、踏み抜いた巨体の脚が起こす地揺れと風圧が容赦なく襲いかかる。

 拓も受け流しスキルを咄嗟に発動するが、レベルの低い技では為す術も無く、無様に地面を転がった。

 

 リヴァイアサンが民家の一つも丸呑みしそうな大きな口を開き戦慄くが、首に刺さった杭のおかげか、咆哮は起こらずに代わりにびゅうびゅうと空気が震える。

 軸足へと攻撃していたカルロやマニブスはひたすらに渾身の一撃を振るっているが、リヴァイアサンにはさして効いていない。

 吹き飛ばされていた拓を含めた冒険者達も直ぐに起き上がり、再びその大脚へと向かって行く。


「お願い!」

 距離を取った場所から、シムルが輝きを放つ浄霊杖を振るうが、やはりそのサイズ差ゆえか効果は認められない。


 今度は逆の脚を持ち上げたかと思うと、瞬く間に振り落とす。

 さしものカルロも地揺れと風圧でゴロゴロと転がった。

 目標としていた大きな背中がいとも簡単に地を這う姿を目の当たりにし、拓の心に暗い影が一瞬広がった。

 だが。それでも。

 異世界ここで過ごした時間は。数少ないけれども友人達と過ごした時間は。一度は死んだこともあるのに。涙を流してくれた人もいるというのに。

 容易く諦めて良いなどという結論は、導けるはずも無かった。

 せめて今、この隙にと、拓は必死で斬撃スキルを用いた剣戟を叩き込む。それでも尚、ようとして効果の程が知れない。。


「今度こそ!」後衛陣も、手をこまねいているわけではない。

 魔法と弓の第二射が撃ち込まれる。

 先ほどより距離が近いせいか、巨体に僅かな反応が現れる。


 ――rrrrrrrr……

 嫌がった咆哮だろうか、声にならない空気の振動が放射状に広がり、一瞬リヴァイアサンの動きを止める。

 一斉に攻撃を打ち込む前衛陣。

 マニブスも拓も、剣を打ち付ける度自身の手の痺れが跳ね返ってくるばかりだ。

 

 その時だった。


 ドンッ!!

 という派手な音と共に、空気の膜を切り裂きながらバリスタの矢が、リヴァイアサンの首元に向かって放たれた。

 人間で言う喉元だろうか。

 冒険者達の頭上を越え、一直線にその極太の矢は大怪獣の巨躯を貫き、先に打ち込まれていた矢もろとも、背後の波間を抉って飛んでいく。


――rrrrrrr!!!

 またも、声にならない雄叫び。

 ビリビリと大気を震わせる。

 堪らずリヴァイアサンが片脚を持ち上げた瞬間を狙ったかのように、今度は大人の頭の二倍ほどある大きさの岩が立て続けに二つ、リヴァイアサンの首にヒットした。

 言うまでも無く投石機からの援護だろう。

 ついに、轟音をたてながらリヴァイアサンがその身を地に倒したのだった。


「今だ!

 嬢ちゃん!!」

 カルロがシムルに振り向き、声を上げる。


「は、はひっ!!」

 声が上擦りながらも、シムルが応えてリヴァイアサンへと駆け出す。

 慌てて拓も護衛としてシムルの側に駆け寄った。

 ニナとマニブスも走ってくる。


 リヴァイアサンは起き上がろうと脚をばたつかせているが、アンデッドゆえか、それともダメージのせいか、出鱈目な動きをするばかりだ。

 手を伸ばせば触れられる距離まで近付いたシムルが、聞こえないほどの声量で詠唱を呟き、杖を振るう。

 隣に立つ拓は、張り詰めた緊張感の中で精一杯眼を見開き、剣を構える。

 もはや、剣先を空に向けるだけでも腕がプルプル震える有様だ。

 追いついたニナ達が背後で息を整える中、浄霊杖の輝きが一際に膨れ上がった。

 今までは翳せば直ぐに効果を発揮し消えていった光が、長い時間を掛けて聖なる輝きを増していく。


 ――rrrr……

 虚空を睨んでいるようなリヴァイアサンの顔つきが、やがて意思を感じさせないモノに変わっていき、体全体を黒い燐光が覆った。


「おぉ……」

 誰の物とも判別しない呟きが漏れたと思うと、そのざわめきが静かに港全体に広がっていった。

 リヴァイアサンの体が動きを完全に止め、徐々にその身を包む燐光がどす黒さを増し、ついには只の骸へと成り果てるのに、そう時間は掛からなかった。

 人々のざわめきすら立ち消え、全員が息を潜める中、完全な沈黙が入り江を支配した。


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「かんぱーーいい!!」

 何度目の乾杯だろう……。

 港の何カ所で篝火がたかれ、その周辺で宴のグループが点々と形成されている。

 空はまだ闇が満ちているが、徐々に光の領分を増してきている。

 もうしばらくしたら東の水平線から日の出が拝めるだろう。


 拓がいない間に判明した今回の騒動の一端は、広場に設えられた慰霊石がひび割れていた為、効力が弱まっていた事だったらしい。

 幸いリヴァイアサンの体からは、幾分くすんではいたものの、巨大な魔晶石が採れた。

 慰霊石を交換する事で、今回のようなアンデッドの大量発生は当分起こらないだろうという話だ。

 それにしてもこれほどのアンデッドの発生やリヴァイアサンのような強大な魔物が襲ってくる事象が重なるなど、普通では考えられない。

 結果的にアンデッド化でもしてなければリヴァイアサンなんて大物を、拓達が倒す事など叶いはしなかったけれども。

 その辺りもまた、ヴィヴィの町同様、周囲の生き物の勢力図に異変が起きているのかも知れない。

 一抹の不安がないでも無いが、今は一時の勝利の美酒を味わうのもいいだろう。

 拓のレベルがまた一つ上がった事も、心の内でこっそり祝っておく。


「シムルたーん!

 イカ!

 イカ食べないとおぅ。」

 顔を真っ赤に染めたマキナが、シムルに絡む。


「マキナさん!

 マキナさんはっ、なんでイカにはちゃんを付けないんですかぁ!」

 シムルも赤い顔でマキナに文句を言う。


「えーー?

 イカにちゃんは付けないっしょー!」

 ゲラゲラ笑いながらシムルの取り皿にイカの丸焼きを載せるマキナ。

 ある意味これもゾンビかもしれない。


「酷い。」

 端的にニナが表現するが、そう言うニナもすっかり顔を赤らめて酒臭い息を吐く。


「やれやれ。

 色気も何もあったもんじゃねえな。」

 クーリオがそんな女性陣を見て嘆いた。

 まっとうな事を言ってるっぽいが、この台詞も実は10回目くらいだ。

 ここ最近見慣れた景色だと感じながら、拓はブドウジュースの入ったグラスを空ける。

 

 やがて、波間を煌めかせながら、ゆっくりと新しい太陽が顔を見せ始めた。





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