第二章 はじめの一歩、そして出会い
2-1
昨日図らずもまた一つ大人の階段を昇った拓であったが、今日も変わり映えの無い森の中である。
とは言え、左前方の木陰に水面が見え隠れするようになり、マップで気になっていた湖に辿り着いたようだ。
まだ人里の気配は無いが、気分転換にはなりそうだ。
でこぼことした歪な山道が二手に分かれ、左に進む細い道がおそらく湖に通じているのだろう。
道なりに進んでいると、やがて湖の畔に出た。
面積は大きめの沼とも呼びたくなる位の物で、対岸の様子もそれなりに見える。
東京ドーム何個分、ていうのは東京ドームに行ったことの無い拓には分からないが、拓の通う高校のグラウンドが縦横2面すつくらいは収まるだろうか。
見渡す限り、人家どころか人工物らしき物は無く、ただ森に囲まれているだけの湖だ。
魚でもいないかと湖面を注意して見ながら、畔の周りを歩いてみる。
湖に近付きすぎると湿地に足を取られそうだ。
しばらく歩いていると、人の話し声が聞こえてきた。
どうやら群生している葦のような植物に隠れて見えなかったようで、先客がいたらしい。
(おぉ、これが第一村人発見てやつか)
やや緊張しながら、声のする方に向かう。
やがて人影が見えてきたが、どうやら気付かなかったのは彼らが一般的な大人の姿よりも小柄だったかららしい。
お揃いの茶色のマントを着けた、マントと同じような茶色い髪の6人の男女。
何やら湖面に向かって作業をしている。
自動翻訳機能とやらがちゃんと機能するのか不安に思いながらも、急に近付いて警戒されないよう、声を掛けてみることにした。
「こんにちはー。」
少し出だしの声が上ずってしまったが、どうやら声が届いたらしく、3人ほどが振り返ってくれた。
一番手前で屈んだまま、こちらを見上げるように振り返った少女を見て、拓は思わず息を飲んだ。
茶色い髪と同じような色に金色が少し混じった鮮やかな瞳。
細い眉は柔らかなカーブを描き、小さな鼻と可愛らしく開いた小さめの口元が、正に思い描く美少女然としていたのだ。
「こんにちは。」
口々に挨拶を返してくれ、拓もほっと息を吐いた。
「何をしているんですか?」
とりあえず手前の少女に話しかけながら近付いていくと、他の人達は自らの作業に戻っていく。
「フィトゥルーリアの採取です。」
立ち上がりながら、少女が手に持った植物を見せてくれる。
水草のような物だろうか、細い茎に鮮やかな緑の葉を付けている。
「それは、何に使うんですか?」
「あら、ご存じじゃありませんか?
薬草の一種で、ポーションなんかの材料にもなるんです。」
優しい笑みを浮かべながら、少女は教えてくれた。
あどけない表情ところころとした鈴のような声がまた似合っていて、声まで美少女かよ、と心の中で呟く拓。
「この湖は清浄なので、毎年沢山育ってくれるんです。」
少女の頭が拓の顎辺りなので、身長は140cmに届くかどうか、といったところ。
中学生くらいかな、と思ったが、モノクルに表示された年齢は22歳だった。
「私、ヴェネ・ブラウニーのシムルと言います。」
ブラウニーと言えば、地球でも有名な妖精の名前だ。
おそらくヴェネ・ブラウニーというのはブラウニーの一種なのだろう。
茶色い髪や小柄な事が、それを裏付けている。
「はじめまして。僕はタクといいます。」
美少女の妖精との出会い。これにテンションが上がらない男子高校生がいるわけ無いだろう。
相変わらず上ずったままの声で拓は自己紹介をした。
自分の本名が拓と書いてヒロシと読むことも忘れているんじゃないか。それほど浮かれた様子の生田拓、16歳。
異世界で恋に落ちた瞬間である。
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シムルと色々お話をして、何とかお近づきになりたい拓であったが、お仕事中の他のブラウニー達もいる手前、フィトゥルーリアなる水草の採り方を教わりながら、ポツポツと会話をする流れになった。
この草は根、茎、葉、とそれぞれに素材の価値があるらしく、丁寧に採取する必要がある。
じゃぶじゃぶと水の中に手を突っ込んでいると、心まで洗い流されるかのように感じる。
浮かれすぎだろう。
シムルの住むブラウニーの集落は、この湖の北西の方向に半日ほど歩いた場所にあるらしい。
町の方角は北東方向だったはずなので、帰り道に同行することは出来なさそうだ。
今度必ず遊びに行く、なんて約束まで図々しくもしてしまった。
そんな暢気な空気が神の勘気に触れたのか、突然目の前の湖面に水しぶきが上がり、眼前に巨大な口が開いた。
鰐だ。
かつて動物園で見た鰐と姿も大きさも同じくらい。
鋭い歯を上下にズラリと並べた口を開きながら、ザバザバとこちらに向かってくる。
離れた場所にいたブラウニー達は慌てて湖面の側から逃げていくが、すぐ目の前で鰐を出迎えたシムルは驚きすぎて腰が抜けたらしく、尻餅をついて呆然としている。
驚いたのは拓も一緒だったが、咄嗟にシムルの腰に手を回すと、抱きかかえ後方に距離を取った。
Lv.5のステータスとシムルが小柄だったおかげか。
拓の童貞力も侮れない。
鰐は留まること無く追ってくる。
以前TVで見た通り、身体に似合わずなかなか俊敏なようだ。
シムルを下ろしてその前に立ちはだかる。
地を這いながら、再び大口を開けて迫り来る鰐。
意外なほど拓は冷静だった。
以前TVで見た知識。
鰐が大きな口を鋭く振って、拓に噛みつく。
すんでの所で身を躱し、すかさず閉じた口の上に飛び乗る。
鰐は口を閉じる力が強力な代わりに、口を開く力は弱い。
口の上に乗られ、すかさず暴れようとする鰐の頭蓋に、間髪入れずショートソードの剣先がズブリとのめり込んだ。
一度引き抜き、もう一度差し込む。
鰐は死んだ。
ヒロインは守られた。
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