2-2

「本当に、本当にありがとうございました!」


 まだ少し涙目だが、シムルは何度も頭を下げて拓に礼を言った。

 後ろで彼女の仲間のブラウニー達も頭を下げている。


「いや、もう充分ですから。頭を上げてください。」

 拓も何回か同じ言葉を繰り返し恐縮する。


 ようやく気が済んだのか、再会を誓ってブラウニー達は帰って行った。

 背中には充分な量を収穫した水草が入った篭を背負っている。


 ゆっくりと遠ざかっていく彼らを見送りながら、拓は自然と呟いた。


「はぁ。また会えるかなぁ。」


「良い子でしたねー。ま、きっとまた会えるっすよ。」


 声に振り返ると、いつの間にかネーレが立っていた。

 今日は落ち着いた水色のワンピース姿だ。

 爽やかに別れたのはつい一昨日のことでは無かっただろうか。


「…ネーレさん、いつの間に?」


「タッくんがヒョイサクしてるあたりっす。」


「それけっこう前じゃね?

 そもそも何でここに。」


「もうやだなぁ。タッくんと綺麗な水のある場所なら、いつでもどこでもこのネーレたんは現れるって言ってるじゃないすかー。」

 一度も聞いたこと無い。


「はぁ。で、今日はどうしたの?」


「かぁー、相変わらずつれないすねー。

 ツンタク最高っす。」


 わざとらしく手の甲を額に当てて、てへへ、と笑うネーレ。


「いやー、別に用事は無いっすよ。

 ちょくちょく様子見に来るって言ったっすよね。」


「ちょくちょく過ぎなんじゃ?」


「いや、なんだか青い春の香りがしたんで、つい我慢できなくて。」

 ニヤニヤしながら流し目のネーレ。

 今までも知らないうちにどこからか見られていたのだろうか。

 この女は油断ならないと、改めて気を引き締める拓であった。


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「とにかく。町までは後3時間も歩けば着くと思うっすから、今日のうちに町の近くにセーブポイント作っとくのがあたし的にはオススメっすよ。」


 そんなネーレの言葉に後押しされ、拓は再び山道へと戻り、愛想の無い簡素な道を下り始めた。

 

 シムルの事、湖の事、シムルの事、ネーレの事、町の事、シムルの事…。

 そんなあれこれをとりとめも無く考えていると、やがて盆地が開け、ついに石垣でぐるりを囲んだ町が見えてきた。


 思っていたよりも大きい町なのかもしれない。

 町の周囲には、畑がそこかしこに散らばっていた。

 なかなか豊かな土地のようだ。


 人目に付く前にと、拓は近くの木立の中に紛れ、保存をして異世界を後にした。


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 翌日。

 

 朝目覚ましが鳴った瞬間に目を覚ました拓は、起きぬけに魔道書のページをめくり、シムルとの邂逅の一部始終を目で追う。

 …うん、夢じゃ無い。

 夢のような物だけれど、夢じゃ無い。

 

 学校にいてもなお、拓はシムルの事を思い出していた。

 シムルに夫や恋人がいる可能性も無いでは無いが、シュレディンガーのシムルよろしく、今はただ記憶の中の彼女を愛でたい気持ちで一杯なのであった。


「タク、やけに機嫌良さそうじゃんね?」


 拓の悪友ことシバが話しかけてきた。


「シバ、俺は昨日天使に会った。」


「それは二次元の話?三次元の話?」


「それはもちろん…」

と言いながら、果たして異世界での出会いは三次元と呼べるのかと思いとどまる。

 少なくとも「リアル」とは表現できない気がする。

 結局適当に言葉を濁して煙に巻く拓なのであった。


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 学校帰りに拓はカジュアル系の服飾店に立ち寄った。

 狙いは洋服では無く、オイルライター。

 ショーケースに飾られた、銀色に輝くZoppo(ゾツポ)のライター。

 別に喫煙に目覚めたわけでは無い。

 例の異世界での百円ライターに変わる品を求めた結果だ。


 今はもう違うが、拓の父親は数年前まで喫煙者だった。

 彼がやはりZoppoのライターを愛用していて、何回か拓もオイルの補充や石の交換なんかをやらせてもらったことがあったのだ。

 だから、いつか自分のZoppoのライターを持つ事が密かな夢でもあった。

 それに異世界でなら、着火以外にも色々役立ちそうな気もする。


 コンビニでオイルや石も買い、準備万端整える。

 ちなみに、以前のポンコツライターは取り出し方が分からなかったので、削除コマンドで消去した。


 元々誰の持ち物だったのか、昨日ネーレに聞こうとも思ったのだが、何となくやめておいた。

 どんな答えが返ってきても、がっかりする自信があったからだ。

 

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