第141話 レオナの息子

 親父が、ムサンビに切られて倒れた時、傍にあった親父の槍を陛下の元へ、必死になって運んだ。まるで、誰かに背中を押されているように、兎に角、槍を陛下に持っていくことだけが、そのことだけが頭にあった。


 陛下に渡した時、陛下は槍を握ったまま、しばらく立ち尽くされていた。その時、一瞬だけ、相貌を崩され、苦悩、苦痛、悲しみが出た。それを見たのは多分俺だけだと思う。俺は、その姿を見ただけで、親父と陛下の友としての深い仲を感じった。


 それから、でっかい骨の魔物が襲って来た時、たまたま近くにいた俺は、親父の槍を運べと仰せつかった。


 そして、指揮所を守った時、マリオリ様から名前を聞かれた。

 その時、レイジ・クライムとは言わずに、お袋の旧姓のミリオンと答えた。


 親父は、俺が上達した時、頂上の方々に紹介すると言ってた。それなのに、ここで、クライムの名前を出すのは、何となく、親父に負けたように感じたからだ。


 俺は、親父を尊敬している。


 一方で、勝手に俺とお袋を残して一人で出奔したとこは許せなかった。


 親父が出奔した後、祖父で元貴族の実家に俺たちは身を寄せた。元貴族と言っても、ほとんど農民と変わらない暮らしぶりだった。それでもお袋は、生来明るい人なので、気丈に振る舞って祖父や祖母、そして俺の暮らしを一人で支えていた。そんな、お袋だが、夜、時々、泣いていたところを何度か見た事があった。


 アルカディアが崩壊した時、俺の小さな村にも魔物の襲撃があった。俺も村の若い連中と一緒に戦っていたが、お袋は逃げ遅れて死んでしまった。程なくして、親父がやって来た。親父は、お袋の墓の前で、立ち尽くしていた。ちょうど陛下と同じように。

 

 こんな話は、今、この世界では何処にでもある。寧ろ良い方だろう。魔物に食われることもなく、ゴブリンにひどい仕打ちを受けることもなかった。


 でも、親父が居たら、違っていたかも知れない。


 そして、俺は、親父とは、ほとんど口をきかなかった。


 数日後、親父が、シン王国に逗留中の陛下のもとに戻る時、

「俺を超えるつもりはないか?」

と聞いて来た。


 そして、

「俺を負かすほどの武を身に付けるつもりは無いか?」

と聞いて来た。


 親父を負かす。お袋の分まで含めて、この男を一度だけ打ち負かす。それで、気が晴れるだろうか。


 俺は、無言で頷き、一緒にシン王国に行った。


 親父は俺を他の兵士と同様に扱ったが、時には厳しい稽古が課せられた。それでも、この男を一度打ち負かす、その一点に掛けて、気絶しても何度も立ち上がった。


 そんな、男が死んでしまった。

 目標がなくなってしまった。

 

 悲しみ、悔しさ、そんな感じではなく、穴がポッカリ開いたような、突然の濃い霧で進む道がなくなったような、虚無感だけが残った。


 そんなことを思っていた時、マリオリ様に呼び出され、腕を磨くために、三人の師範に習うと良いと言われた。


   ◇ ◇ ◇


 始めがケイ姉だった。ケイ姉からは徹底的に余分な力の抜き方を教わった。その時、ケイ姉の足音が全く聞こえず、足跡がほとんど無いことを知った。そして、その後の師範にもこれは共通することを後で知った。


 俺は、最初、ケイ様と呼んでいたが、

「それは、嫌」

と言われた。ケイ姉は言葉が少ない。


 俺が困った顔をしていると、

「姉さんで良い」

とボソッと言われた。それから、ケイ姉と呼んでいる。


 次の日が、アーノルドの兄貴だった。呼吸法を仕込まれて、時々、腹をどついて来る。それで何度か気を失った。呼吸法を教わって、師範達の呼吸がものすごく長い事を知った。かなり激しく動いた時でも、ゆっくりと呼吸している。


 それから、兄貴は、ケイ姉と違って、ベラメェ調でよく話す。兵士たちから一番人気があるのは兄貴だ。親しみやすいのだろうと思う。


「老師」

と呼んだら、


「俺は、そんな年寄りじゃねぇよ。馬鹿野郎」

と言いながら、ドスっと腹に拳を入れて来た。でも、その時は、気絶することなく、うまく躱せると、


「おっ、やるじゃねぇか。でもよ、俺のことは、兄貴と呼べ、良いか、老師、師範、様、なんて年寄りめいたのは、許さねぇからな」

と言っていた。


 そして、最後の日がシェリー姉だった。半日瞑想して、心を風のない湖の水のようにせよと教えられた。しかし、ついウトウトしてしまう。すると、肩のあたりに指をそっと当ててくるのだのが、次の瞬間、暴走するモックに当たった様な衝撃を受けて吹き飛んでしまう。


「気の運用の仕方は、アーノルドから教わりなさい。私のはちょっと違うから」

と言われた。シェリー姉はホモンクルスだからと言うことらしい。でも、この軍の中では誰もそんなことを気にしていない。兎に角強い人属とみんな思っている。


 後で、ケイ姉に聞いたが、三人、いや、アルカディアの老師達と比べても、シェリー姉が一番強いとのことだ。


 後半で、槍の速さを教わった時、シェリー姉の剣の凄まじさには驚いた。何とか軌跡が見えたが、シェリー姉曰く、

「見ようとしてはだめ。心を風のない湖の水の様にすると、相手の動きが波紋となってわかる様になるから。そうすれば、速く動かせるわよ」

と言うことだ。


 そして、シェリー姉の八相掌の触りを教えてれた。シェリー姉が思いっきり、殴ってこいと言うけど手加減したら、胸の辺りを触られて吹き飛ばされた。


「私は、坊やの拳を受けれない程弱くは無いわよ」

と言って来た。


 次は思いっきり拳をたたき込んだが、拳に軽く手が添えられ、方向が変わって、投げ飛ばされた。


「玄武結界は使ってないわ。この敵の力を逸らすのは、坊やの槍にも通用する思うわ。身に付けるといいわよ」

と八相掌の套路の一部を習った。


 最後に他の師範達と同じ様に、どの様にお呼びすれば良いかと聞いたら、


「アーノルドは、自分を何と呼べと行ってましたか?」

と聞いて来たので、


「老師、師範、様など年寄りめいたのではなく、兄貴と呼べと」

と答えると、これまで見た事がない、優しい笑顔で、

「それなら、姉さんと呼んでいただければ良いですよ」

と答えて来た。


 それから、何となく、霧が晴れた。


「親父、師範達は親父より強いじゃないか? それなら、師範達について強くなるよ。そうすれば、親父を打ち負かしたことになる」

と呟いてみた。


 親父がお袋と一緒に笑っている様に感じた。

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