第139話 ルーキー

「陛下は、レオナ殿の槍を運んできた若者を覚えておられますか? 」

とマリオリさんは兄上に聞いた。


「ああ、あの若者も槍使いだったな」

と兄上は答えた。


「おっ、俺も知ってるぜ。レオナがよくシゴいていた奴だろ。中々の腕だ。磨けば相当強くなる。あれは、レオナの息子だろ?」

とアーノルドが言い出した。皆が一斉にアーノルドを見た。


「アーノルド、教えてもらったのか?」

と僕は、アーノルドに聞いた。


「いや、名前も知らねぇが、あの槍の使い方は、レオナそっくりだ。套路は嘘を付かねぇ。なぁ? 」

とアーノルドは、シェリーとケイさんに顔を向けた。


「レオナ様の槍術は、アルカディアの武術科では教えていないものです。それで、あれだけ似ているとすれば、息子でなくとも、かなり近しい人か、レオナ様が見込んだ人のはずです」

とシェリーが答え、

「指揮所の前で、骸骨兵を蹴散らした時、私もそう思いました」

とケイさんも答えた。


「しかし、名前が、クライムではなく、ミリオン、そうレイジ・ミリオンと名乗っていたのじゃが」

とマリオリさんは顎を手でさすりながら答えた。


「ミリオン、ミリオン、ミリオン、ああ、レオナの夫人の旧姓だ。レオナが出奔する時に残してきた夫人で、息子が一人いるはずだ」

兄上は、トンと手を打って答えた。


「そうなのですか。しかし陛下にも、レオナ殿は伝えなかったのは何故でしょうか?」

とマリオリさんは少し怪訝な顔で兄上に聞いた。


「そう言うやつさ。レオナは。私に近しい騎士だからと息子を取り立てるなど、これっぽっちも思わない奴だ。ハハハハハ」

と兄上はカラカラと笑った。


そして、


「レイジは、お前たち武闘派の方々から見て、見込みがあるのだな? 」

と兄上は、見回した。


「一つ、何かの殻を破ればな。時々、迷いが出るだよ。それが套路全体を緩慢にしてしまう。なっ? そう思うだろ?」

とアーノルドは、兄上の質問を受け取ったのち、さらに、シェリーとケイさんに渡した。


「ええ、そうですね。ここって時に迷いが出ますね。アーノルドも私も調練でしか見たことがないですが」

とシェリーは補足した。


「感情が槍を鈍らせてしまう。でも、武を志す者としては武器や拳に感情を乗せては駄目」

とケイが、ボソッと答えた。


 武闘派の人たちの言うことは、時々解らないことがあるが、僕が昔、アーノルドから、聞いたところでは、剣を振る時、自分の悲しみも憎しみも、自分では感じていても、剣には乗せないのだそうだ。アーノルドは、闘っている時も、何か喋っているが、剣にはお喋りは乗っていないと言うことらしい。


「『無』の境地ですか。我々、魔法使いも提唱中は、雑念を払わないと正確な魔法陣が書けないと言うのに似てますな」

とマリオリが僕の方に向いて語りかけてきた。


 なるほど。確かにそうだ。


 僕は大きく頷いた。


「皆の意見は解った。これから、レイジにスパルタ教育を課す。ここには武術師範級が三人もいるし、さらに、シンとファルには老師が二人いる。そして、しばらくはミリオンのままにしておこう。きっとレオナが、クライムを名乗る時を教えてくれるさ」

と兄上は三人の師範級の人たちに頼んでいた。


 最後に兄上はマリオリさんに


「レオナの夫人の行方を探ってくれないか。できればレイジからは聞かずに。……… いつも、こんな事ばかりを頼んで申し訳ない」

と頭を下げて頼んでいた。


「陛下、勿体無いお言葉。臣下として当然の務めです。それに小官としても同僚の家族のことは気になりますから。手の者を使って探させましょう」

とマリオリは恐縮して答えていた。


   ◇ ◇ ◇


 それから三日間、レイジには悪いが地獄の特訓が始まったらしい。


 初日はケイさんから、力の抜き方を朝から晩までミッチリ指導されて、最後はタガーの相手を教えるために十数回、手合わせをさせられたようだ。どれも最後に蹴り飛ばされ、気絶したところを水を掛けられ、起こされたと言うことだ。


 その次の日がアーノルドで、呼吸法を朝から晩までやらされて、何度か腹に拳を入れられ気絶したらしい。それも水を掛けられ起こされ、最後はやはり、ロングソードの相手を教えるために手合わせを数十回やらされ、何度も首の所で寸止めで負かされたようだ。


 最後の日が、シェリーで半日、瞑想をさせられたようだ。寝たりすると、指でちょっと押されるが、気で吹き飛ばされた模様。後の半日は槍の速さを鍛錬し、シェリーの場合は、剣の相手と徒手の相手を教えるために十数度、相手をさせられ、そして、おきまりのように気で吹き飛ばされた模様。


 どの日も、よく晴れた日の光の中、パラソルを広げた椅子の上で聖霊師様は、メリルキンの作るお茶や菓子を摘みながら、見ていたそうだ。ヒーナが、時折やって来て、軽い怪我や打ち身などは薬を使って直してようだ。


 聖霊師様は

「若いもんは、体力の回復も早いし、我らの術に頼るより、鍛えた方がよろしい」「よろしい」

とヘトヘトになっても、回復術は使わずに、ニコニコしながら見ていた。


「タンの若い頃を思い出すの」「出すの」

と二人して、顔を見合わせることもあったようだ。

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