第137話 秘密の地下室

――― ダベンポート雑貨店の地下研究室のさらに下、そこには一年分の食料とともに広い部屋が数室あり、生活に困らない避難場所があった。室内は聖石によって明るく照らされ、分厚い扉が区切りごとに設けられている。その一室には、難を逃れて来た一行が待っていた ―――


「王女様、カーリンさん、さーこちらへ」

とマリーと言う、店の主人代理が部屋に誘ってくれた。


――― 大きな部屋に、見るからに座り心地の良さそうなソファーが壁際に沿って備えてあり、天井のシャンデリアは眩いくらいの光を放っている。中央にテーブルが置かれ、四脚のカップからは紅茶の香りとともに湯気が立ち上っている。壁には綺麗な海の風景画が飾られていて、どのような仕掛けか動いているように見えた。そこにフードを深く被った老婆らしき人属と割賦の良い紳士が談笑しながら座り、そして、シン王国の武術家の服を着た人物が、青空の海の絵を見て背中を向けている。力みの無いその佇まいかなりの達人であることは同じ武術を志すものにはすぐに解った ―――


「あっ、先生! 」

とメリエ様が、先に誰かを見つけて駆け寄ろうとした。それを少し押し留めて、


「失礼ですが、貴方たちは ………」

と私は聞いた。見た感じや雰囲気からは邪悪さは全くなかったが。


「やぁ、カーリン、久しぶりですね」

と一番奥の方で、青空の海の絵を見てた武術家が振り向いた。


「レン老師、どうしてここに。アルカディアの災難から、ファルの方に逃れていらしたのですか?」

と私は、懐かしい師匠の顔を見て、少し心が休まった。


「ジェームズとシンから来たのよ。そうそう、こちらの方々は、アルカディア・ファル分室の先生方よ。こちらは分室長の錬金術師のアルバート・ミル先生、それとこちらが占いのマギー・モルバート先生、アルバートはメリエ様の先生もされているので、知った仲ね」

と私に語りかけてくれた。


 私も警戒を解き、メリエ様は分室長の方に駆けよって、緊張の糸が切れたのか、大泣きしだした。


 メリエの小指を見た分室長は、

「痛かったろうに。少し痛みを和らげる魔法を掛けてあげるけど、吾輩の錬金術は鉱物が専門じゃからな。ここにヒーナがいれば良かったが」

と小さな手を大きな手で包み込んで、魔法を唱えた。


「ヒーナさんとは、ジェームズさんの婚約者の?」

と私は聞いた。


「そうじゃよ。彼女の薬学の知識と腕は天下一品じゃ」

と分室長はメリエ様を優しく撫でながら答えた。メリエ様も痛みが和らいで、安心したのか、うとうとし始めた。


 そういえば、ヒーナさんから、もらった薬はよく効いた。アメーリエ様の傷があんなに早く治るとは思わなかった。私の体はどうしたことか、傷がすぐに治ってしまう。


「ところで、ここは?」

と今更ながらではあるが、ここに居る面々に聞いてみた。


 それによると、ジェームズさんが何かあった時の為に予め作っておいた避難室だということだ。ここは、魔道具による防衛装置が働いていてかなり安全らしい。貴族や王家の者たちは大体このような部屋を持っているが、市井の雑貨店にあるのは、かなり珍しい。ジェームズさんを単なる雑貨店店主と言うべきかはあることだけれど。


 マリーさんが入ってきた。その後ろから小さな人形のような物が、ピョコピョコとお盆のポットのお茶を零さぬように持ってきたのが可愛い。


「ほー、鬼のカーリンもそんな顔するのね。それねジェームズが作ったゴーレムよ。なぜか女心を擽るわね。私も、時々膝に乗せているわ」

とレン老師が言った。レン老師の教練は一際厳しく、教わる時は、私でも怖かった。『そんな顔』と言うところは、そのまま返上したいところだが、苦笑いで済ませた。


「私が思うに、アメーリエ様は、メリエ様をここにお連れするようにと命じられたと思います。今、その役をはたしたので戻ろうと思います。メリエ様を保護していただけませんでしょうか」

と私は、レン老師に告げた。


「そう、解ったわ。メリエ様は、ここでお守りしましょう。恐らく、このファル王都からの脱出は難しいし、このファル内で、ここが一番安全でしょう。何かあったら、ここに戻るのよ」

とレン老師は、私の手をとって励ましてくれた。


 メリエ様が起きて来て、

「カーリン、行っちゃうの? お母様を守ってくれる?」

と小さい目で、悲しみを堪えながら訴えて来た。


「お任せください。お母様をきっとお守りし、お迎えに上がります」

と私は跪いてメリエ様の目線と同じ高さになって、胸に手を当てて敬礼した。


 私は、ダベンポート雑貨店を後にして、王宮に戻った。

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