第136話 怒りのアメーリエ
「あなた、ごめんなさい」
と言いながら、アメーリエは風の精霊の突風で、夫 ブライアンと衛兵たちを少し遠ざけた。
「あら、元お姫さん、私と闘うお積もり? 精霊召喚士じゃ私に勝てないわよ」
とリリスは、言いながらも、先ほどからアメーリエが、召喚の呪文を提唱していないように見えるのが気になった。
”先行提唱かしら。それとも多重提唱? ”
「いつまでも、私を甘く見ていると、怪我しますわよ」
とアメーリエも言い返した。
すると、
バリバリバリバリ
―――床にヒビが入る音―――
と、アメーリエとリリスを取り囲むように床にヒビが入った。そして、三階分の床が一気に抜け落ち、最下層の地下まで穴があいた。
アメーリエは、風の精霊の助けを借りて、ゆっくりと着地したが、リリスは羽を失っている上に突然だったので、三階分の高さを落下した。
「いつ …… 痛いわね。でも幸い、この家畜の死体のお陰で、大事にはならなかったわ」
と言いながら、リリスは、死体の山のクッションから、起き上がった。
風の精霊に埃を払ってもらい、視界が明瞭になった時、アメーリエは絶句して、立ち尽くした。
そこには、半裸の女の死体が山のように積まれていた。
そして、
「これは、一体、何?、答えなさい! 魔物の女!」
とアメーリエは絶叫に近い声を上げて問い詰めた。
「あら、此奴らが貴方の娘さんを隠すからよ。だから、お仕置きしてやったのよ」
と爪を見ながら、リリスは答えた。
さらに続けて、
「それに、あなたの兵士たちも楽しんだじゃない? ふふふふ。あっ、でも安心して、王様には、やらせなかったわ。変なのと接触すると催淫の術が弱まるかもしれないじゃい。だって、王様だもの。召使の一人や二人、思いを寄せている奴もいるかもしれない。 ねぇ、そうでしょう?」
そして、リリスはアメーリエに向けて指をさした。
「さあ、新しい獲物よ。殺さない程度に好きなようにしなさい」
と言うと、周りから、半身魔物化した、裸の男たちがユラユラと立ち上がり、アメーリエに向かって襲いかかって来た。
「ファル王国の兵士として、誇りを持って逝きなさい」
とアメーリエが言うと、業火の渦がたち、半魔物化した男たちは一瞬の叫び声とともに消え去った。
「あら、自国の兵士なのに、案外、あっさり殺しちゃうのね。もう少し、楽しめると思ったのに」
とリリスはニヤニヤしながら、死体の山から降りて来た。
「貴方は、許さない。娘に危害を加え、夫を誑かし、誇り高いファル王国の兵士を弄び、侍女たちを物のように殺した。そして、あの親子も、あの母親は貴方を信じて、子供を逃してくれると信じて犠牲になったのに ………」
とアメーリエの怒りは頂点に達していた。
「あら、私に取っては、どれも家畜よ。あなただって、豚に、そんな、温情傾けていたら、食べれないわよね?」
とリリスは、首を傾げて、蔑むようにアメーリエを睨みつけた。
「貴方は、自分は元人属と言ったわよね。他の魔物なら、こんな怒りはぶつけない」
アメーリエは、眉を釣り上げ、怒りで髪の毛が逆立っていた。
「もう、うんざり。貴方の手足を切り、真っ裸にしてデーモン王に貢いであげる」
リリスは、尾っぽをアメーリエの脚に突き立てようとした。
しかし、その尾は何かに弾き返された。
「貴方、さっきから、何で提唱なしで、精霊を召喚しているの?」
とつい口に出して聞いてしまった。
「死に行く魔族の女には関係ないわ」
とアメーリエは冷たく突き放し、リリスとの間を詰めていく。
「その、棒ね。役立たずの棒だと思っていけど」
と迫ってくるアメーリエから、逃れるかのように後づさりしながら、土の槍の魔法を密かに提唱した。
そして間合いに入った時、
「泣くのは貴方よ」
とリリスは土の槍をアメーリエの手足に向かって出した。
槍が、大地から鋭く出て、アメーリエに刺さったかに見えた。しかし、その槍は、途中から砂に変わり消え去った。
そしてアメーリエは首を横にふった。
すると土の槍がリリスの足元から出て、リリスの体を突き刺した。
リリスは、信じられない顔をしながらも、尾っぽで攻撃しようとしたが、その尾は氷つき、途中で折れてしまった。
「私は貴方を許さない。たとえ、天地が許しても私は許さない」
とアメーリエは、感情のない冷たい目をリリスに向け、真冬の鋭く突き刺さる冷気のような声を発した。
その冷たさとは裏腹に、リリスに刺さった土の槍は、赤く熱を帯びた鉄になりリリスの体の中から焼いた。
「ぎゃー」
とリリスは悲鳴を上げた。
魔族なるが故にすぐには死ねない。この時ほど、我が身の頑丈さを羨んだことはない。
「今のカーリンの分よ」
アメーリエは、冷静にリリスの姿を見つめ、冷たい声を発した。
大地から、細い木の根が這い上がり、リリスの両手両足の爪の間から入っていく。
「キー、お前」
とリリスは悲鳴を上げたが、細い木の根は、血管の中を体の中心に向かって突き進んでいく。
そして、魔族の二つの心臓に到達した時、木の根は膨張し、
クシュ、クシュ
という音がして、心臓は潰れた。
木の根は、さらに首の血管の中を進んで脳に達し、脳の中の血管という血管に入り込み、全体を覆った。
そして幹になり、リリスの体は、内部から粉々に引き裂かれた。木の幹が大きく育った時、焼けた鉄ぐしとなった土の槍から炎が上がり、木ごと灰となった。
この間、アメーリエは顔を背けることなく、睨みつけていた。
◇ ◇ ◇
アメーリエは、夫の元に戻り、ブライアンに口づけをした。
’私の愛するブライアン、これで大丈夫よね’
と考えながら、口を離した。
ブライアンの顔からは険は取れたが、目の焦点が合わず、惚けた顔になっている。
「あなた、しっかりして、あなた、ブライアン・ダベンポート・ファル国王! 」
と私は、ブライアンの両肩を持って少し揺らした。
「………」
反応が鈍い。
今は、非常事態。国王がこれではファルが危ないわ。あなたには申し訳ないけど、ちょっと我慢して。拳を夫の頬にたたき込んだ。
パシ
と音がしたが、頬に当たった音ではなく、私の拳はブライアンの手で止められていた。
「解った。大丈夫だ。アメーリエ、心配したぞ。そして心配かけたな」
と夫は答えてくれた。
私は嬉しさのあまり、ブライアンの胸に顔を埋めて泣き出した。
「魔除けの結界装置が止まっている。早く作動させよう」
と夫は、次第にはっきりしてきた頭をフル回転し、現在の状況を分析し、方針を立て始めた。
「はい」
「まずは、前線に行って、将兵を安心させ、魔法使いを四人、装置の方に連れて行かなければならない。君も一緒に来てくれ」
と何時もの夫に戻り始めた。
考えてみると、『リリス夫人の言う通り』なんて、ほんと夫らしくなかったわね。夫は、なんでも自分で仕切らないと気が済まない性分なんだから。
私が考えながら、夫の顔を見つめていると
「アメーリエ、私の顔に、何か未だおかしな所があるのか?」
「いえ、御髪とお顔に血がついておられます」
と答えると、
「ん、今は戦時。簡単に拭うだけにしておこう」
と自分の袖口で顔を拭って、前線に行き始めた。
「この者たちは、連れ合いがいるかどうかわからない。取り敢えずこのままにしておこう。後で、衛生兵を派遣する」
と周りで、ボーッと突っ立っている衛兵を見ながら答えた。そして前線に向かった。
◇ ◇ ◇
ファル王都は広い。馬で移動して、第三城壁についた。
「第二城壁も破られたか」
突然の国王の出現に周りの兵士たちは、直立し、敬礼した。
「直って良し。で被害状況は?」
「はっ、魔物魔族は一点集中で魔法障壁と壁を破壊し、そこから雪崩れ込んできます。なぜか魔除けの結界が効いていないようで、この王都内にいても動きが鈍りません」
と直立して、その将校は答えた。
「ふむ、その点は余の不手際でもある。許せ」
と夫が頭を下げた。そこにいる将兵は恐縮して跪いた。
「立つ事を許す。それから、悪いが触れを出してくれないか。アメーリエの廃妃は誤報であると。今は、余の王妃である」
と夫は『余の王妃である』と言うところを特に大きな声で宣言した。
さらに、ブライアンは、
「魔法使いは、今何人いる? 」
と直立している将校に聞いた。
「今、三人おります」
と答えた。
「三人か。アメーリエ、申し訳ないが、手伝ってくれないか」
と私に向いて、少し眉を潜めて聞いて来た。
私は、
「判りました。すぐに結界装置の塔に向かいます」
と答えた。すると今度は、少し私の耳の近くで、
「ところで、メリエは逃げられたであろうか?」
と聞いて来た。この時は、親バカの顔になり、本当に心配している。
多分、カーリンは私の意を汲んで、ダベンポート雑貨店に行っているはず。しかし夫のプライドがヘンリー王との関係で、どの位、良しとするのかが解らないので、
「カーリンなら、きっと大丈夫です」
とだけ答えた。
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