第135話 大混乱
「誰のものか判るわよね。ちゃんと防腐処理してあるから。うふっ、逃げたら指じゃなくて、頭が転がることになるわよ」
とリリスは、自分の爪を見て、ニヤニヤしながら喋った。
「ひっ」
と私は、声にならない悲鳴をあげて、その小さなものを両手に取り、胸の前で握りしめた。
’ああ、かわしそうに。痛かったでしょう。母が代わってあげたい’
私は、背中を丸めて嗚咽した。
「お前、なんて事をするんだ!」
と横でカーリンが怒声をリリスに浴びせた。
私は小さなものを胸にしまい、
「私のメリエ、娘をここへ連れてきなさい。でなければ全員、死ぬわ」
と笏を手に持ち、私は凄んだ。
リリスは、私を睨んでいたが、
苦々しい顔をして
「こいつの娘を連れてきなさい」
と後ろの兵士に命じた。
しばらく、にらみ合いが続いた。
そして女の子を抱えた兵士が入ってきた。
◇ ◇ ◇
私は、後ろのファル王をチラッと見て、催淫術にかかっていることを確認した。
「メリエ! メリエ!」
と元お姫さんは叫んで、煩いったらない。
「大丈夫よ、殺してないわよ。指を一本切っただけじゃない。十本もあるだから、一本ぐらい良いいじゃない。鼻でも良かったのよ」
と私は、煩いお姫さんの声より大きな声で言った。
「メリエ、大丈夫?、メリエ」
さらに、元お姫さんは半狂乱になりながら叫び続けた。
そして、
「わー、痛いよー、お母様、痛い」
と目を覚まして子供まで叫び出した。
「メリエ、痛いのは指だけなの? お腹は大丈夫? 」
と元お姫さんは、娘のところに近付こうとした。
「あらあら、ダメよ。そうは行かないわ」
と私は、尻尾をお姫さんの娘の喉に突き立てて、近づけないようにした。
「メリエを渡しなさい。さもないと、ローデシア城のように、この城ごと焼くわよ」
とお姫さんは言った。
「あら、そんな事をしたら、この子も死んじゃうじゃない?」
と私は爪を磨きながら聞いた。その間も子供は泣きじゃくって煩いったらありゃしない。
「あなたは信用できない。貴女の元に娘がいると、どんな目に合うか分からない。だから、渡しなさい。さもなければ、私も娘も死ぬまで」
全く、母子って、ほんと面倒だわ。私も昔それにすがった事があるけど。裏切られることだってあるのに。
「あら、じゃあ、どうするのよ、娘もデーモン王のところに連れて行く気?」
「ダメよ」
「ダメって、あんたは逃がさないわよ」
女二人で押し問答をしているとき、娘は父親を見つけ、
「お父様、助けて、痛い、お父様、お父様、助けて」
と叫び始めた。
すると、後ろから、うめき声が聞こえた。私は嫌な予感がして、後ろを振り返ると、王が耳、目、鼻から血を流し苦痛に歪んだ顔で、
「に、げ、ろ」
と言った。
’この親父、娘を溺愛していたな’
と思った時、強い衝撃を受け、娘を離してしまった。
「家畜のババア、またしても、邪魔立てするつもり?」
と体制を立て直しているとき、
元お姫さんが、
「カーリン、メリエをエルメルシアのダベンポートに」
と言うや否な、風の精霊の突風でカーリンとメリエを窓の外に吹き飛ばしてしまった。
いたぶって殺そうと思っていた獲物を取られてムカついた。
「貴女、なんて事してくれたの。もう良いわ。代わりに死ななない程度に貴女の手足を切り刻んでやる」
◇ ◇ ◇
「くそ、どうするか」
デーモン王は天幕の中で、長い時間苦悶した。
「人属が俺の弱点を知り、それをムサンビに伝えた。ムサンビは生きているのだろうか? 」
と呟いているところに、ゴブリンロードが天幕の外から声を掛けてきた。
「ヘイカ、オウトノ、ガイシュウ、イッカクヲトッパシマシタ。ソレカラ、マヨケノケッカイガキエマシタ」
と言ってきた。
「俺に伝えるのは、王都が完全に落ちてからでいい。今度、この様に邪魔をしたら、殺すからな」
と苛立ちまぎれに怒鳴りつけた。
あの、広いファル王都の外周一角を破ったところで、何もならん。馬鹿どもが。
ん? ………
魔除けの結界が消えただと。
「おい、お前、魔除けの結界が消えたとはどう言うことだ?」
と俺は天幕から出て、跪いているゴブリンロードの前に立って詰問した。
そいつは、大きな体を小さくして、汗をダラダラとかきながら、
「コワレタマホウショウヘキカラ、トビコンダ、マモノハ、ピンピンシテイマス」
と答えた。
フーン、城内で何かあったのか、それとも罠か。
「おい、一箇所だけを攻撃して魔法障壁を破壊することに集中せよと将軍たちに伝えろ。解ったら早く、い・け!」
と俺は鈍間なゴブリンロードを蹴飛ばして天幕に戻った。
ここを、さっさと落とすことにしよう。ムサンビが来るにしても時間がかかるだろうし、エルメルシアの人属を葬るのは、ファルの後でいい。
ところで、リリスはどうしたんだ? 連絡がない。
◇ ◇ ◇
――― 外周を守っていた兵士たちは 狼狽えていた ―――
「おい、魔除けの結界が効いてないぞ。如何なっているだ」
と前線を指揮していた、大尉が大声で呟いた。
「これでは、守れない。 撤退、撤退。第二城壁まで撤退! 」
と叫んだ。しかし、部下は、壊れた魔法障壁の穴から入ってきた魔物、魔族たちに次々と食い殺された。
第二城壁の防衛隊長も
「おい、結界は如何なっている? 全然効いていないじゃないか ……… 魔術師の半分は全力で魔法障壁の修復に当たれ、残りは魔除けの結界を張れ」
と魔術師たちに命令を発した。
しかし、数人の魔法使いが張る魔除けの結界では、数十体の魔物を避ける程度にしかならない。デーモンからの叱責を恐れた将軍達は、自分の眷属を犠牲にしてでも、手柄を立てるのに躍起なっている。
「宮廷錬金術師は、壁を強固にせよ。そして、出来る限り、錬金術を使って、奴らを食い止めろ」
と自身も錬金術師である防衛隊長は、盛んに錬金術を使って魔族たちを葬った。
大魔法や大錬金術を屈指して防衛しても、とにかく多い魔物たちは次から次へと襲ってくる。
◇ ◇ ◇
――― メリエを抱えたカーリンは、混乱したファル王都を考えながら彷徨った ―――
エルメルシアのダベンポートに行けとは、ジェームズ殿の店へ行けと言うことだろうか。何方にしても、今は掛けるしかない。
「メリエ様、どうか我慢ください。今、お父上、お母上は魔物から市民を守るために尽力を尽くしておられます。それが王家の務め」
と諭しながら、脱出の方法を考えていた。
メリエは、涙を一杯にして、口をへの字にして、
「うん、うん」
と頷いていた。
張り裂けんばかりの悲しみを堪えておられる。
――― 第一城壁が破られたことが、市民たちの間に広まり、動揺が走った。そして、結界が効いていないことが伝わった時、もはや、パニック状態となった。ネズミが集団自殺に向かう様に、あっちこっちに逃げ惑い、略奪し、潰し合い、殺しあった ―――
そんな時、カーリンの目にある看板が映った。
’ダベンポート雑貨店’
ジェームズ・ダベンポート殿の店についたが、周りの店は暴徒によって略奪の被害にあっているのになぜか其処だけは、楚々としている。
カーリンは、メリエを抱えて近づこうとした時、何故か判らなくなった。
壁になり、看板が消え、其処に何があったのかも、何しに来たかも忘れかけた、その時、壁の中から、手招きするものが出てきた。
すると、また店になった。
「こちらにいらして下さい。そのお方は王家の方ですね。私はメリー。ジェームズ様から、この店の留守を任されています」
とメリエの小さな王冠を見て、女が言った。
「さあ、こちらへ、ここは忘却の術が掛かってますので、こちらに来れば、誰にも気づかれません」
と誘ってくれた。
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