リリス

第126話 残忍なリリス

「えーん、えーん」

――― 子供の泣き声 ―――


 私たちは、サリエ達と二日前に別れ、途中の街で馬を借りて、ファル王都の近くまで来たところだった。馬を借りたと言っても、人属は、市民も兵もおらず、繋がれた馬を拝借したようなものだった。


「カーリン、子供の泣き声がしない?」

と私は、少し前を走っているカーリンに聞いた。


「確かに、聞こえました」

とカーリンは鋭い目付きで辺りを見回した。


「少し待って」

と言った後、


「私が、風の精に命ずる。この辺りを探索し、子供がいないか確かめておくれ」

と言った後、フーッと息を出して、風の精を呼び出した。


――― 一陣の風が辺りを吹き抜けて、サワサワと、木々を揺らし、草木を靡かせた ―――


「あっちに居るみたいね」

と私は馬から降りて、茂みの方に向かおうとした。


「お待ちください。茂みには何が居るか判りません。私が行きます」

とカーリンは私を手で制止して、自分で行こうとした。

「じゃあ、一緒に行ってちょうだい」

と私もカーリンに手を向けて、それ以上は言わせないようにした。


 そして、少し茂みを進むと、ちょっと広い場所に出たが、そこは死体の山だった。


「うっ」

死体は、ローデシアで散々見て来たが、ここはまた、酷い有様だ。


「臭いがしなかったのは、風向きの所為でしょうか」

とカーリンが不思議そうに呟いた。


 確かにこれだけの遺体があれば、臭いだけで判るものだが、こんな近くで、目にするまで判らなかった。


 それに、風は吹いていない。


「えーん、えーん、怖いよ」

とまた子供の声だ。


 その声の方に向かっていくと、六歳くらいの女の子がうずくまって泣いていた。


「大丈夫ですよ。怖かったのね」

と私は、娘のメリエを思い出しながら、ゆっくりと近ずいた。


 その声を聞いた、女の子は驚いた顔を向けて、怖がった。


「大丈夫。私はアメーリエよ。さぁ、大丈夫だから、安心して」

と両手を広げて、母のように抱いてあげる仕草をした。


「本当に大丈夫? 大丈夫なの?」

とその子供は聞き返して来た。


「ええ」

と抱き寄せようとした時、


「お待ちください」

とカーリンが剣を私と子供の間に出した。


「カーリン、どうしたの」

と私がカーリンを見ようとした時、子供の首がおかしな方向に曲がった。


   ◇ ◇ ◇


「痛ーい、痛いよ」

と言った後、首のあたりから大きな牙のような物が出て来た。

そして、子供の首は地面に落ち、切り口から、大きな虫の足が数本出て来た。

そして、次には、子供の体を引き裂いた。


「お下がりください。魔地蜂です」

とカーリンは、剣を熱して、魔地蜂を焼き殺した。


すると、空の上から、


「あら、もう少しだったのに」

と声がした。


 見上げてみると、リリスとか言うサキュバスとその取り巻きが飛んでいた。


「もう少しで、卵を植え付けられたのに。そうすれば、我が陛下の元に行くしかなかったのにね」


「貴様」

とカーリンが炎を纏いながら、怒気を発して怒鳴った。


「やっぱり、貴女の方が、お付きの騎士だったのね。シャドー・ピクシーには、たっぷりとお仕置きしておいたわ」

とリリスが自分の爪を見ながら呟いた。


 私も炎の精霊を呼び出し攻撃に備えた。


「貴女! 子供に、魔地蜂の卵を植え付けるなんて」

と私も、怒りを隠すことなく、大きな声を出した。


「あら、家畜に何しようと良いじゃない。ところで、まだ居るわよ。卵を植え付けた人属が」

とリリスは、さらに奥の茂みを指さした。


 私は、火の精霊に茂みだけを燃やすように命じだ。


 するとそこには、私より少し若い女性の上に魔地蜂が覆い被さり、尻の針を刺していた。気絶しているのか、何かの魔術なのか、意識がなさそうだ。


「酷い」

としか声が出なかった。


「あら、酷いかしら。でも、腐らないわよ。魔地蜂の毒は腐らないし血もあまり流れないの。さっきの子のは、貴女を襲わせるために直ぐに成虫にしたけど、普通は幼虫のまま、ゆっくりと体の中を食べていくのよ。知ってるわよね」

とリリスは、笑みを浮かべながら、楽しそうに語って来た。


――― 魔地蜂の幼虫は体の中で孵り、宿主の体の溶かしながら食べていく。内臓からユックリと溶かし、そして傷口を塞ぎ、そしてまた溶かす。その時の激痛は尋常なものではない ―――


「なんて事を」

と私は、腹わたが煮えくりかえる思いで怒鳴った。


「卵から孵ったらダメね。一月ほどで苦しんで死ぬわね。ところで、ファル王国は、地蜂を放すには取って置きの場所よね」


「貴様」

とカーリンが怒鳴って、剣を振り下ろした。すると剣先から炎の火柱が出て、リリスを焼こうとした。


 しかし、リリスもその取り巻きたちも、難なくそれを避けた。


「貴女の武器や技は、遠距離では、遅すぎるわね。そんなの、寝てたって避けられるわよ」

とリリスは笑いながら答えた。


「ところで、私を殺しても、地蜂はファル王都に行くわよ」

とユックリと地面に降りながら言った。


「ノアピのお嬢さん、貴女が我が陛下の元に行くと言うのなら、止めてもいいわよ。その雌の卵も孵化しない様にしてあげるわ」

と言った後、


「魔族の言うことなど、信用してはいけません」

と間髪入れずにカーリンが遮った。


「貴女は、気に入らないわ」

とカーリンに長い尾で突然攻撃し、太ももに突き刺した。


「あら、抵抗したら、ファルが虫食いだらけになるわよ」

と目を細めて、笑みを浮かべながら脅して来た。


「もう止めて。私がデーモン王の元に行くから」

と私は、懇願した。


「アメーリエ様、いけません! 」

とカーリンは強い口調で私を制した。


「このオバサンは、ちょっと懲らしめなきゃ、気が済まないわ。私の取り巻きを殺したし、飼っていたゴブリンも殺してくれたわ」

と言いながら、とリリスとその取り巻きたちは寄ってたかって、ニヤニヤしながら長い尾で甚振った。


「グッ」

カーリンは歯を食いしばって耐えているのを見たとき、我が身を切られる思いがした。そして、カーリンが落とした剣を拾い、自分のどの元に突きつけた。


「止めないと、私は自害します」

と必死の思いで魔族の女の行動を阻止しようと思った。


 カーリンを見ると、すでに胸、腹を刺され、顔色が青くなって横たわっている。


「あら、死なれたら、不味いわね」

とリリスは、口元に手を当てて、思案げに答えた。


「それから、あのひとの卵を、貴女なら取れるの」

と私は剣先を喉に突き立てて聞いた。


 リリスは、目を上に向けて一考し、

「そうね、孵化ようにはできるわよ」

とリリスはニヤッと笑った。


「どうやっ・・・」

と私が、聞いている側から、リリスの尾っぽが、そのひとの腹を突き刺した。


「ぎゃー」

とそのひとはのたうち回って、転げ回った。私は、考えるまもなく、駆け寄った。


 すると剣を持つ手に激痛が走り、カーリンの剣を落としてしまった。


「お姫様には、剣は似合わないわ」

と言いながら、リリスはカーリンの剣を遠くへ飛ばした。


 それでも、痛みで転げ回っているそのひとに近寄ると、


「私の子は? リチは? 何処なの? 助けると言ったでしょ、グッ」

彼女は、自分が激痛に苛まれているにも関わらず、リチとか言う子供のことを心配していた。


私は、リリスに向かって、

「このひとのお子さんは何処に……… まさかのさっき子………」

と嫌な予感がした。


「そうよ、さっき、急成長の薬で魔地蜂を大きした時、死んじゃったじゃい」

とリリスは何食わぬ顔で、自分の爪を見ながら答えた。


 すると、さっきのひとが、


「私が犠牲になれば、リチだけは見逃してくれるって、言ったじゃない! それなのに…… 」

とそのひとは、お腹を押さえながらリリスに訴えた。お腹を押さえている手が血の色ではなく、赤紫になっている。


「気が変わったのよ。だって、子供の方がそこのお姫様を騙すのに好都合じゃなくて。………騙される貴女が悪いのよ」

と目を細めて、そのひとに答えた。


「リチ ……… ごめんね。お母さんが魔族を信用したばかりに ……… ぐっ」

とそのひとは自分の体の痛みよりも、子供を失った悲しみに心を痛めているようだ。


「貴女、なんて事を、貴女は信用できません」

と私は、そのひとに近寄りお腹を押さえて、起こしながら大声で抗議した。

 

「キッ」

そのひとのお腹に手を当てた時、リリスの一撃よりも強い激痛が走った。


「あら、あら、貴女の手、溶けちゃうわよ。でも、もう火傷程度かしらね」

とリリスは、笑声を混ぜて後ろから、言葉を投げて来た。


「さぁ、もう飽きたわ。行くのよ、我が王の元に」

と言った後、私の足に激痛が走った。


 リリスと取り巻き達は、甚振るのを楽しんで何度も尾っぽで、突き刺し、ひぱった。

 その時、腰に差していた、ローデシアの笏が地面に落ちた。


「どっかで見たことがあるわね。それ。ああ、王の寝室で見たわ。でも魔力もなければ、仕掛けもないただの棒切れじゃない」

とリリスは空を飛びながら、腕を組んで独り言を言っている。その顔には笑みを浮かべ、勝利を確信した顔だった。


 私は、足の傷で這い蹲り、燃えるように痛い手をなんとか伸ばして、ローデシアの笏の手に取り、


’どうか、お願いします。父祖様、歴代のローデシア帝の皆様、私はファルに嫁いだ身ですが、今、ローデシアが、ロッパの人属が、危機に瀕しています。だから如何かお助けください’

と懸命に祈った。


「ほほほほっ、そんな棒切れに祈ってどうするの」

とリリスがバカにして来た。


 すると、笏の先端の宝石が今まで見たことがない光を放ち、辺りを白くした。

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