第127話 憤怒のカーリン
辺りは白く何も無い空間だ。リリスも、子供たちも、カーリンもいない。
木々も、林も、土さえも無い。白い空間だった。
「私、死んじゃったのかしら。ああ、さっきの
と涙がポロポロと出て来た。
”アメーリエ・ルーゼン・ローデシアよ。ソナタは、すでにローデシアの帝位継承権は無い。しかし我らを次の帝位継承者へ運べ。それまでの間、其方を助けよう”
何人もの、男の声も女の声も混じって、その声は私に語りかけて来た。
なぜか懐かしい感じがした。
「その声は父祖様たちでしょうか?」
と跪いて、頭を下げて聞いた。
しかし、辺りは、元の森に戻り、あの母親はもう息がなく、カーリンは横たわっていた。
「聖素爆発かと思ったけど、やっぱり棒切れね」
とリリスは、少し驚きもあるのか、声が若干上ずった。
◇ ◇ ◇
そしてモヤモヤした白い煙がローデシアの笏あたりから出て、カーリンに向かって漂い始めた。
それを見たリリスは、尻尾で煙を突き刺し、羽で風を送るが、煙はカーリンに向かって漂っていく。
「お前達、あの煙を止めるのよ。何か悪い予感がするわ」
と取り巻き達に命じた。
すると、洞窟で音が響くように
「我が、ローデシアの騎士よ、王女を守れ」
と男女の声が、不思議な声が鳴り響いた。
そして、その煙はカーリンの体に入っていった。
それを見たリリスは、尻尾で二度、カーリンの胸、喉を突き刺した。
そして三度目を突き刺そうとした時、
ガッ
と、うつ伏せに寝ているカーリンの右手が、尻尾を掴んだ。
「何、放しなさい。この死に損ないが」
とリリスは悲鳴に似た声をあげて、指をカーリンに差して吠えた。
取り巻きが一斉にカーリンに爪を立てて襲った。
ところが、
バン
と破裂音と共に衝撃波が、カーリンの体から出て、取り巻き達を吹き飛ばした。
リリスは、土の槍呪文を唱え、カーリンに突き刺した。
それでも、尾っぽを掴む手は放さない。
カーリンの右手は温度が上がっていく。
そして、ゆっくりと、起き上がった。
「アメーリエ様、こいつを信用されますか?」
とカーリンは、感情の無い顔をリリスに向けながら、アメーリエに聞いた。
「いえ、もう信用できません」
「判りました」
とカーリンが答えた。すると見る見るうちに、体が炎に包まれ、髪の毛が逆立ち、顔は忿怒の形相にがわった。
リリスはその顔を見たとき、デーモン王が怒っている時の顔と同じくらいの恐怖を感じた。とっさにアメーリエに向かって、ファイアボールを投げつけたが、カーリンが尾っぽを引っ張り、ファイアボールは逸れた。
さらに、そのファイアボールは水の精霊によって、かき消された。
「何、あの召喚士、提唱していないはず」
とリリスが確かめる間も無く、自分の尾っぽを引っ張られ、地面に叩きつけられた。
当のアメーリエも自分が呼び出した聖霊を見て驚いた。
’私、心の中で真名も唱えなかった。ただ、水で消して欲しいと願っただけ’
「アメーリエ様に何をする」
とカーリンは、雷鳴のように怒鳴り、さらにまた尾っぽを引っ張り、地面に叩きつけた。
「ギャ」
とリリスは声をあげた。
先ほど吹き飛ばされた取り巻きがカーリン目掛けて襲いかかろうとした。しかし、カーリンは光り輝くような温度になり、取り巻き達は顔に手をかざして後ずさった。カーリンはその隙に、左手を開き、自分たちが乗って来た馬の方に手を向けた。
すると、馬の背に残して来た盾が、大鳥が滑空するが如く飛んできて、一匹の取り巻きの胴を上下に切り裂いた。
その盾を掴んだカーリンは、リリスの尾っぽを持ったまま、
「高温」
と呟き、盾を前にして、野火が移動するが如く、取り巻き達を吹き飛ばし、焼いていった。
「おのれ、家畜のババァ、許さん」
と尻尾を掴まれたままのリリスは呪文を発して、大量の雹をぶつける。
その雹はカーリンに届く前に、湯気となることもなく瞬時に消え去った。
「魔族のババァ、もう直ぐ、シワの心配をする必要はなくなるぞ」
とカーリンは言葉を返した。
「何を」
とリリスは、虚勢を張るつもりで言ったが、すぐに恐怖に変わった。
カーリンは、尾っぽを右手に巻きつけて手繰り寄せ始めた。
「おのれ、家畜の分際で、離せ」
とリリスは叫びながら、雹を飛ばし目一杯羽ばたいて、離れようとした。
しかし、カーリンは尾っぽを放す事はなく、手繰り寄せていく。
その怒りの形相そのままに。
◇ ◇ ◇
私は逃げようと、尾っぽで締め上げ、もがき、羽をばたつかせて、離れようとした。
デーモン王に魔族にさせらた時、真っ先に殺したのは、自分の父親だった。いつも酒に酔って、私を叩き、私を犯し、そして私を売った。母は、父の暴力が怖くて、何も言わず、何もしなかった。その母も父に騙されて結婚してしまったらしい。そして、いつしか消えた。私は村の人達に何度も助けを求めたが、いつも、埃でも払うかのように追い返された。
父親を殺した後、見殺しにした村人全員を殺しまわった。それからは何時も自分が優位に立ち、逃げ惑う人属を殺し、男達を籠絡した。皆私に恐怖するのが楽しかった。
しかし、あいつは、私の攻撃に一切怯まず、怒りの形相で、ただ私を手繰り寄せる。
今はもう恐ろしい、ただそれだけだった。
そして、手が届く距離になったとき、爪を立ててカーリンの顔を引っ掻いた。 カーリンはビクともせず、私は喉元を掴まれて、地面に叩きつけられた。
「ぐあ、はっ」
地面にめり込むほどの力で、叩きつけられ、魔族になって初めて、自分の血を吐いた。
更にそいつは、
「羽は邪魔だ」
と言い、高温にした盾で私の両方の羽を切った。
「ぎゃー」
とあまりの痛さに声をあげてしまった。
’畜生、こんなはずじゃない’
◇ ◇ ◇
「許 …… してください。私も元は人属。メル大陸の農家の娘です。酷い事をしたのもあのデーモンの所為。だから許してください」
とリリスは喉元を抑えられ、苦しいながらも許しを乞うてきた。
カーリンの憤怒の顔は解けず、リリスの喉を圧迫していった。
「お前の言うことなど、信用できない」
とカーリンは腕の温度を上げ始めた。
ブーン、ブーン
―――遺体のあたりから、大量の魔地蜂の羽音―――
リリスは、自分の腰の薬びんに手を伸ばし、それをアメーリエの方に投げた。
傷だらけのアメーリエはそれを躱しきれず、薬びんの薬を被ってしまった。
「アメーリエ様!」
とカーリンの意識がそれた。
リリスは、渾身の力を込めて、カーリンを横に倒し、巻かれたいた自分の尾っぽを目一杯、引っ張った。
するとカーリンは、クルクルと転がった。
「私は大丈夫」
とアメーリエは声を上げたが、大量の魔地蜂が向かってきた。
カーリンは、盾を高温して近くの魔地蜂を叩き落とし、アメーリエは、風の精霊の力を借りて、疾風で切り裂き、火炎の渦で魔地蜂を焼き尽くした。
そして、火炎の渦が止んだ時、リリスは消えていた。
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